・東京地判平成12年10月31日判時1750号143頁  「麗姿」事件:第一審  本件は、原告(株式会社和漢生薬研究所)が、被告(株式会社タケ)に対し、被告標章 (「麗姿」等)の使用行為について、第一に原告が有する商標権に基づき、これと選択的 に、第二に被告標章の使用行為が不正競争行為に該当するとして、第三に原告・被告間の 代理店契約の終了に基づき、その差止めを求めた事案。  判決は、商標の類似性を否定した上で、「原告・被告間の契約は、被告が自己のブラン ドを付して販売する化粧品類について、原告がその中身を製造する、いわゆるOEM契約 と認めるのが相当であるから、『麗姿』は、むしろ被告のブランドすなわち被告の商品表 示というべきであって、これを原告の商品表示であるという原告の主張は失当である」な どとして、原告の請求を棄却した。 (控訴審:平成13年5月15日) ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 争点1(一)(被告標章の使用による本件商標権侵害の有無、とりわけ本件登録商標 と被告標章の類否)について 1 被告使用の標章 (一)被告が、被告標章(一)、(三)の二、(四)の二、(五)、(六)を、現に使用 し、又は過去に使用したことがある事実は、当事者間に争いがない。また、証拠(甲六五) によれば、被告標章(二)は、被告が販売する石鹸のパッケージに使用されたことがある ことが認められる。 (二)右被告標章のうち被告標章(一)は、毛筆のような書体に丸みを帯びさせるなどし、 よりデザイン性を高めた書体で、縦書きされており、その称呼は「れいし」である。被告 標章(二)は、被告標章(一)と同様な書体を横書きしたもので、称呼は被告標章(一) と同じである。被告標章(三)の二は、横書きにした英大文字「TAKE」の下に配した 黒い正方形の中に白抜き文字で、「麗姿REISHI」と二段組横書きにしたもので、そ の称呼は「たけれいしれいし」であり、被告標章(四)の二は、正方形が黒色でなく、文 字も白抜きでない黒い文字である点及び正方形の下に横書きに「Reishi Savo n’s」と記載されている点以外は被告標章(三)の二と同様で、その称呼は「たけれい しれいしれいしさぼんず」である。被告標章(五)は、英大文字で「TAKE REIS HI」と、二段組横書きにしたもので、その称呼は「たけれいし」であり、被告標章(六) は、英文字で「Reishi Savon’s」と横書きにしたもので、その称呼は「れ いしさぼんず」である。 (三)被告標章(三)の一及び同(四)の一は、弁論の全趣旨によれば、それ自体を被告 が実際に使用したことがあるものではなく、被告が実際に使用している標章から、一部分 を取り出して(被告標章(三)の一は同(三)の二から、被告標章(四)の一は同(四) の二から)、被告が今後使用する可能性のある標章を原告において作成したものと認めら れる。しかしながら、右二つの標章は、それ自体としては、被告が使用したことがなく、 また、被告において、被告標章(三)の二、同(四)の二についてその一部を取り出して 使用するおそれがあると認められるものでもないから、原告の本訴請求のうち、被告標章 (三)の一、同(四)の一についてその使用の差止め等を求める部分は、その利益を欠く ものというべきである。 2 本件登録商標の特徴  本件登録商標は、別紙商標目録(一)記載のものである。その外観は、「和漢研 麗姿」 という文字を二段組横書きにしたもので、上段には、原告の商号を略した「和漢研」とい う文字が、太めの角ゴチック体で記載されている。下段には「麗姿」の文字が、上段の 「和漢研」よりも僅かに広い幅の中に、これよりもやや太くかつ大きな文字で、同様な書 体で描かれている。その称呼は「わかんけんれいし」である。 3 本件登録商標と被告標章の類否の検討 (一)商標の類否は、同一又は類似の商品に使用された商標が外観、観念、称呼等によっ て取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、か つ、その商品の取引の実情を明らかにし得る限り、その具体的な取引状況に基づいて判断 すべきものである(最高裁平成六年(オ)第一〇二号同九年三月一一日第三小法廷判決・ 民集五一巻三号一〇五五頁)。 (二)これを本件登録商標についてみると、本件登録商標は右2に述べたとおりの構成で あり、上段部分の「和漢研」は、原告の社名を略した造語と認められるから、あまり用い られない語である。このうち日本と中国の両方を表す「和漢」は、「和漢朗詠集」「和漢 三才図絵」「和漢薬」などといった語もあるところから、「和漢の事物を広く集めた」と いう趣旨にも通じる、古風な趣を持った語である。これと、研究所を表す「研」と合わさ って、「和漢の事物を広く集め、研究している」との観念を生じる、取引者等の注意を強 く引く語であるということができる。  他方、下段部分の「麗姿」は、原告の造語ではなく、証拠(甲三〇の六)によれば、 「うるわしいすがた」を表す語であって、「広辞苑」のような、収録語数の多い辞典には 掲載されていることが認められる。そして、その生じる観念から、石鹸、歯磨き、化粧品、 香料等は、これらを用いた効果として「うるわしいすがた」を得ることができるという意 味で、関連性を有するものであって、証拠(甲三五、三九ないし四四)によれば、これら を指定商品として、「麗姿麗身 レイシレイシン」(二段組み横書き)、「麻保良れい し」、「海爽麗姿」が商標登録されていることが認められる。 (三)本件登録商標は、「和漢研」と「麗姿」という二つの語を組み合せたいわゆる結合 商標であるところ、前者の「和漢研」部分の方が、一般的でない、前記のような観念を生 じる語であることから、取引者・需要者の注意をより強く引く部分であるということがで きる。他方、「麗姿」部分は、より一般的な語であって、指定商品である「化粧品、石鹸 類、香料類」と関連する語であることからすれば、取引者・需要者に特定的、限定的な印 象を与える力を有するものではない。そうすると、後記のとおり(後記二参照)「麗姿」 はむしろ被告のブランドであって、これが具体的取引において原告を出所として示す識別 標識として使用されているような特段の事情の認められない本件においては、本件登録商 標については、そのうち「麗姿」部分のみからは出所の識別標識としての称呼、観念を生 ぜず、「和漢研 麗姿」全体として若しくは「和漢研」部分としてのみ出所の識別標識と しての称呼、観念を生じるものであるから、「和漢研 麗姿」全体若しくは「和漢研」部 分が要部であるというべきである。  そうすると、被告標章は、前記1に判示したように、単に「麗姿」部分からなる、ある いはこれに「和漢研」以外の、「TAKE」などの語を組み合わせたものであり、本件登 録商標の要部たる「和漢研 麗姿」若しくは「和漢研」と外観、称呼、観念のいずれも異 にするものであるから、本件登録商標とは類似しないというべきである。  以上より、被告が現在使用し又は過去に使用したことのある被告標章(一)、(二)、 (三)の二、(四)の二、(五)、(六)についても、商標権侵害を理由としてその使用 の差止め等を求める請求は理由がないというべきである。 二 争点2(一)(被告による被告標章の使用が不正競争行為に該当するか、とりわけ 「麗姿」は原告の商品等表示といえるか。)について 1 証拠(甲一、二、四の七ないし一〇、甲七の一及び二、甲八の一ないし三、甲九の一 及び二、甲一二、一三の一ないし五、甲二〇ないし二二、二四、二六ないし二八、五七、 六三、六五ないし六八、乙一、二の一及び二、乙三の一及び二、乙四の一ないし五、乙五 の一及び二、乙七、一二の一ないし四、乙一四、一五の一ないし三、乙一六の一及び二、 乙一七、二〇の一ないし三、乙二一の一及び二、証人森昌夫、被告代表者本人)及び弁論 の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。 (一)原告は、事業目的を、医薬品、健康食品、医薬部外品、化粧品等の製造並びに販売 などとする会社であるところ、東洋医学や漢方薬学などの研究の成果を取り入れ、霊芝 (きのこの一種)やその他の生薬成分を練り込んだ枠練り石鹸を、平成三年ころから製造 してきた。この石鹸には、「和漢ドゥサボン」の名が付けられ、石鹸の本体には「和漢」 と型押しされており、パッケージに「和漢 de SAVON」と表示されていた。この 石鹸は、平成五年五月ころには、株式会社あみゅーれという、代理店方式を利用した連鎖 的な販売方法の販売元により販売されていた。この会社は、原告との間に代金支払に関す る紛争を生じ、その後(時期は明らかでないが、遅くとも平成六年三月ころ。)は、右会 社と同様な販売方法をとるちえの輪を販売総代理店として、同様な方法により、消費者に 販売されるようになった。 (二)他方、被告は、当時「株式会社オフィス・タケ」と称しており(平成九年二月三日 に現在の商号に変更。)、通信販売の方法により物品の販売を行う会社である。被告代表 者は、平成五年五月ころ、知人からよい石鹸があると言われて手渡され、さらに原告の顧 問をしている森を紹介された。この石鹸を気に入った被告代表者は、森を介して、原告に 対して、この石鹸の販売を一手にやらせてほしい旨を申し入れた。原告は、いったんはこ れを断ったが、被告は、独占的販売でなくてよいから販売したい旨を粘り強く申し入れた。 被告の販売方法は通信販売であり、原告において従来行ってきたような代理店形式による 販売方法とは異なっていて、これに抵触しないことから、四か月ほどにもわたる交渉の末、 原告は、被告が通信販売の方法により原告の製造する右石鹸を販売することを了承した。 このようなやりとりの中で、原告・被告いずれの側から出たアイデアか必ずしも定かでは ないが、被告が販売する石鹸の名称に、これまでの「和漢ドゥサボン」とは異なり、原料 に使われている霊芝と言葉をかけた「麗姿」なる名称を用いることが決められた。そして、 パッケージのデザインも、「和漢ドゥサボン」と異なる、「サボン麗姿」なる文字を入れ たもので、ちえの輪が販売するものとは差別化することになった。なお、この間の平成五 年九月二四日、原告は本件登録商標の商標登録出願をしている。  平成五年後半から平成六年一月にかけて原告・被告間で販売条件等についての交渉が行 われ、同年一月末日付けで、両者間に取引基本契約が締結された(取引基本契約書。乙一)。 右取引基本契約においては、原告は、継続的に被告が発注するところの被告の指定ブラン ド化粧品類(実際には石鹸のみ)の製造を引き受けてこれを被告に売り渡し、被告は買い 受けること(取引基本契約書第二条)、被告は、被告の指定ブランドや指定文字等が記載 された容器類、包装資材等の代金等を、原告の請求により別途支払うこと(同第一〇条二 項。もっとも、実際には、容器類、包装資材等は、被告において支給することが定められ た。)、原告は、いかなる事由があっても商品を第三者に販売し、譲渡したりしてはなら ないこと(同第一二条)などが定められた。 (三)右契約により、「サボン麗姿」(中身の石鹸は「和漢ドゥサボン」と同じ。)の通 信販売による独占的販売権を得た被告は、雑誌等にこの石鹸の広告を掲載した。この石鹸 は、一〇〇グラムのサイズのものが小売価格六〇〇〇円もする高価なもので、被告は、高 級であるが東洋医学や漢方薬学などの研究の成果を取り入れたもので効果があることを、 宣伝する路線を採った。原告もこれに協力し、右の石鹸の開発者であるとして、東洋医学 や漢方薬学などの研究者である森の顔写真や名を出すようにした。「サボン麗姿」のパッ ケージには、裏面に「製造元」として原告の名称、所在地が、「総発売元」として「株式 会社オフィス・タケ麗姿事業部」なる名称と被告所在地が記載されていた。右石鹸の雑誌 広告には、「取材協力」や「問い合わせ先」として「株式会社オフィス・タケ麗姿事業部」 の名称が記載されていた。  他方、代理店方式を取るちえの輪では、個々の代理店は地方ごとにあるもので、広告も、 個々の代理店が出すものであることから、地方紙などに掲載したり、パンフレットを配布 したりするなどにとどまった。ちえの輪の代理店が配布するパンフレット中に、被告が全 国誌に出した広告が引用されることもあった。 (四)平成八年春には、さらに高価な「サボン麗姿ゴールド」が発売された。これは、 「サボン麗姿」と同じ一〇〇グラムのサイズのものが小売価格二万円もするもので、平成 八年八月二二日午後九時から日本テレビ系全国ネットで放映された「輝け!噂のテンベス ト」という番組で、「世界一高価な石鹸」として紹介された。番組では、これまでの広告 と同様、製造者は原告で、販売者は被告として紹介された。この「サボン麗姿ゴールド」 は、「サボン麗姿」同様、被告とちえの輪の双方の系列で販売され、本体には「和漢」と 型押しされていた。  なお、ちえの輪の系列で販売される石鹸の名称については、当初の「和漢ドゥサボン」 から、「麗姿ドゥサボン」「麗姿ドゥサボンゴールド」と変更された。石鹸のパッケージ には別紙商標目録(二)記載の標章が付された。この変更がされた時期は不明であり、早 ければ平成五年九月ころ(甲二三)から徐々にされたと思われるが、平成八年春以降の広 告パンフレットなどの中にも、「麗姿ワカンドゥサボン」「麗姿ワカンドゥサボンゴール ド」(甲三の一)、「和漢・ドゥサボン」(甲四六の三)のように、なお「和漢」の名と 「ドゥサボン」の名称が表示されているものがある。 2(一)被告標章のうち、(三)の一及び(四)の一については、前記のとおり(前記一 1(三)参照)、被告において、実際に使用しているものではなく、使用するおそれも認 められないから、これらについて不正競争防止法に基づいて使用の差止め等を求める点は 理由がない。  そこで、被告が現に使用し、また、過去に使用したことのあるその余の被告標章(前記 一1(一)参照)について、原告の主張するように、その使用が不正競争行為に該当する かどうかを、検討する。 (二)原告は、「麗姿」の語が原告商品を表示するものとして取引者・需要者の間で広く 認識されていると主張する(原告の主張は、「麗姿」の語自体を、原告商品を表示するも のとして、主張するものと解される。)。  しかし、前記認定事実によれば、原告・被告間の取引基本契約においては、原告は、被 告の指定するブランドの化粧品類を製造してこれを被告に納入し、ブランドの付された容 器等は被告の負担により製作され、原告は商品を第三者に販売してはならないものとされ ているものであり(取引基本契約書。乙一)、また、「サボン麗姿」「サボン麗姿ゴール ド」は、その広告等において、「総発売元」又は「取材協力」ないし「問合わせ先」とし て、常に「株式会社オフィス・タケ麗姿事業部」の表示がされていたことに照らせば、原 告・被告間の契約は、被告が自己のブランドを付して販売する化粧品類について、原告が その中身を製造する、いわゆるOEM契約と認めるのが相当であるから、「麗姿」は、む しろ被告のブランドすなわち被告の商品表示というべきであって、これを原告の商品表示 であるという原告の主張は失当である(なお、テレビ番組、雑誌広告等において、原告が 「サボン麗姿」「サボン麗姿ゴールド」の製造元として取引者・需要者の間で広く認識さ れるに至っているとしても、その総発売元である被告との間では、互いに「他人の」商品 等表示に当たらず、原告が被告の行為を不正競争行為と主張することはできないというべ きである。)。 3 以上によれば、原告の不正競争防止法違反の主張は、理由がない。 三 争点3(原告・被告間で、代理店契約が締結されたか、右契約締結の際に、代理店関 係解消後は、被告において、「麗姿」の語を被告の商品に使用しない旨の合意があったか。) について 1 前記二1認定の事実に加えて、証拠(甲六の一ないし三、甲一〇、一二、五七、乙一 三の一及び二、乙一六の一及び二、乙一七、証人森昌夫、被告代表者本人)及び弁論の全 趣旨によれば、以下の事実が認められる。  平成八年七月二九日、被告は、原告の製造する製品の仕入れの便宜のためと、原告から の依頼もあって、ちえの輪と代理店加入の契約を締結した。しかし、被告はちえの輪の他 の代理店とは販売方法が異なるため、定型の契約書の「従来のちえの輪のルールによって 販売することを前提として」という部分が削除された。また、ちえの輪との右契約の締結 後も、商品は原告から直接納入されていた。  平成八年秋ころ、被告は、ちえの輪の系列での販売と混同が生じている様子があったこ とから、「サボン麗姿ゴールド」の中身の石鹸本体も被告独自のものに変えることを考え、 「和漢」の型押しのない、独自の金型を使用することを原告に申し入れた。この際、一回 の引取量を一〇〇〇個とすることでいったん合意したが、同年末ころになって、原告から、 様々な事情から、五〇〇〇個としてもらいたい旨の申入れがあった。被告はこれだけの量 を販売しきれないことから、これを拒否した。しかし、結局原告の要求に応じざるを得ず、 ちえの輪と共同で原告から仕入れすることによって、この数量をこなすことにした。この ころから原告・被告間の信頼関係が揺らいでいった。被告は、平成九年一○月ころ、「サ ボン麗姿」「サボン麗姿ゴールド」を別の製造元で製造されたものに切り替えることとし、 ちえの輪の販売代理店や消費者等に対して、麗姿シリーズの生産工程の見直しを図り、製 造元をこれまで委託していた原告から自社へと切り替えることにしたことなどを内容とす る案内状を送付して、被告独自の商品の販売開始を通知し、また価格も従来の製品より下 げて販売するようになった。これにより、被告と原告との関係が打ち切られた。 2 右認定事実に基づき検討する。 (一)原告は、原告・被告間で代理店契約が締結されたと主張するが、原告・被告間で代 理店契約が締結されたことを認めるに足る証拠は存しない。これとは異なり、原告・被告 間で商品供給契約が締結されたことは前記二1認定のとおりであるが、これは代理店契約 ではなく、原告が被告の指定ブランド化粧品類の製造を引き受けて被告に供給する旨のO EM契約であって、「麗姿」を原告のブランドとして契約終了後は被告に同ブランド名不 使用の義務を負わせるものとは、到底解されない。 (二)なお、仮に、原告の主張が、被告とちえの輪との間で代理店契約が締結されたこと をいうものであるとしても、契約当事者でない原告が、被告に対して、契約上の義務を理 由として「麗姿」の語を使用しないように求めることはできないから、いずれにしても原 告の主張は失当である。  以上のとおり、代理店契約上の義務を根拠とする原告の請求も、理由がない。 四 以上によれば、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のと おり判決する。 (口頭弁論終結の日 平成一二年八月二九日) 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村量一    裁判官 村越啓悦    裁判官 田中孝一