・東京高判平成12年11月9日判時1746号135頁  「アール・ジー・ビー・アドベンチャー」キャラクター事件:控訴審。  控訴人(原告:トニー・ウェイマン・クー)は、被控訴人(被告:株式会社エーシーシ ープロダクション製作スタジオ)に対し、本件図画に係る著作権(複製権、翻案権)およ び著作者人格権にもとづいて、本件図画を使用したアニメーション作品「アール・ジー・ ビー・アドベンチャー」の頒布、頒布のための広告および展示の差止めならびびに損害賠 償を請求しているが、原判決は、本件図画が、控訴人と被控訴人との間の雇用契約にもと づいて作成されたものであり、職務著作に係るもの(法人著作物)であることを理由に、 被控訴人にその著作権が帰属するとして、控訴人の請求を棄却した。  本控訴審判決は、原審を一部変更して、本件図画の一部について著作権および著作者人 格権(氏名表示権)の侵害を認め、控訴を認容して被控訴人に対する差止めおよび損害賠 償請求を認容した。判決は、「第一回目の来日期間中に作成、創作された本件図画一ない し五及び一九ないし二三、第二回目の来日期間中に作成、創作された本件図画六及び九並 びにその後の香港滞在中に作成、創作された本件図画八については、雇用契約に基づき職 務上作成されたものであるとする被控訴人の主張は認めることができず、著作権法一五条 一項の規定に基づき被控訴人が著作者であると認めることはできないし、また後に被控訴 人がその著作権の譲渡を受けたことの主張、立証もない。しかし、第三回目の来日期間中 に作成、創作された本件図画七及び一〇ないし一七は、被控訴人と控訴人との間の雇用契 約が成立した後に作成、創作されたものであり、また、前示事実及び弁論の全趣旨に照ら し、本件図画七及び一〇ないし一七の作成は法人である被控訴人の発意に基づくものであ り、かつ、これらの本件図画は被控訴人の法人名義の下に公表することが予定されている ものであると認められるので、著作権法一五条一項の規定に基づき、被控訴人が著作者で あると認めることができる」と述べた。 (第一審:東京地判平成12年7月12日、上告審:最判平成15年4月11日) ■評釈等 柳沢眞実子・コピライト478号63頁(2001年) ■判決文 第三 争点に対する判断 一 争点1(職務著作の前提となる雇用契約の成否)についての判断 1 まず、甲第二七、第二八号証及び乙第三〇号証並びに弁論の全趣旨によれば、次の事 実が認められ、これに反する特段の証拠はない。   (一) 控訴人は、中国本土で生まれ、昭和五一年から香港に居住してきたが、アニメ ーション等のデザインに興味を持ち、大学においても、グラフィックデザイン等を専攻し た経歴を有する。控訴人は、平成四年(一九九二年)ころから、アニメーションの製作ス タジオを経営する「香港エーシーシー・ユナイテッド・プロダクション(香港ACC)」 に在職したこともあって、日本のアニメーション製作技術の習得を希望していた。   (二) 被控訴人代表取締役の菅谷信行は、香港ACCに出資していたのが契機となっ て控訴人を知り、日本でアニメーション技術を習得したいという控訴人の希望の実現に協 力することにした。   (三) 控訴人は、平成五年(一九九三年)七月一五日、観光ビザで来日したが在留期 間が徒過したため同年一〇月一日香港に戻り(第一回目の来日期間)、同年一〇月三一日 に観光ビザで再度来日し、平成六年(一九九四年)一月二九日まで日本に滞在した(第二 回目の来日期間)。その後同年五月一四日まで香港に戻っていたが、その間の三月末に在 留資格認定証明書の発行があり、就労ビザを取得したことから、同年(一九九四年)五月 一五日から本格的に日本に滞在することになった(第三回目の来日期間)。 2(一) 本件図画一ないし五、同一九ないし二三は第一回目の来日期間に、本件図画六及 び九は第二回目の来日期間に、本件図画八は第二回目の来日期間後の香港滞在中に、本件 図画七及び一〇ないし一七は第三回目の来日期間にそれぞれ作成されたが、乙第三〇号証 (被控訴人代表者菅谷信行の陳述書)、乙第三一号証(被控訴人取締役川崎健司の陳述書)、 乙第三二号証(被控訴人取締役佐久間敏郎の陳述書)並びに川崎健司の原審証言及び被控 訴人代表者菅谷信行の原審の本人尋問の結果中には、次の趣旨の陳述記載部分ないし供述 部分が存する。  被控訴人の代表取締役菅谷信行は、控訴人の第一回目の来日に際し、控訴人に対し、他 社における研修が困難であることを説明したところ、控訴人は被控訴人において勤務する ことを希望したため、菅谷は、被控訴人において控訴人を雇用することとし、賃金は月額 一二万円とし、勤務時間その他の就労条件について説明し、控訴人も、これらの条件を了 承した。菅谷は、その後被控訴人の本社において、出勤した控訴人に対し、従業員が業務 上作成した著作物の著作権は被控訴人に帰属する旨の条項が記載されている就業規則を示 しながら、勤務条件等を重ねて説明した。  以上の趣旨の陳述記載部分ないし供述部分である。   (二) しかしながら、右の陳述記載部分ないし供述部分は採用し難いものといわざる を得ない。  すなわち、本訴において提出された被控訴人の就業規則で印刷されたものは、乙第九号 証のみであって、それ以前に印刷されたものは提出されていないところ、川崎健司の原審 証言によれば、乙第九号証の就業規則が印刷されたのは一九九四年(平成六年)一月以降 であるというのである。そして、乙第九号証には、一九九三年一月の社内就業規則と記載 されているが、冒頭に掲記の被控訴人の渋谷区千駄ヶ谷一丁目所在のスタッフルームの部 屋番号五〇一号室は、一九九三年(平成五年)一二月に移転した新しい部屋番号であるこ と(被控訴人代表者菅谷信行の原審本人尋問の結果)からも、乙第九号証が印刷されたの がそれ以降であることは明らかである。したがって、乙第九号証をもって、控訴人の第一 回目の来日期間の一九九三年(平成五年)七月ないし九月当時、就業規則が印刷されたも のとして存在していたことを認めるには疑問があり、また、他にその当時、被控訴人の事 務所に印刷された就業規則が存在していたことを認めるべき客観的な証拠はない(原審に おける菅谷信行及び川崎健司の供述中には、乙第九号証と同内容の就業規則は一九九三年 一月以前から存在していて、印刷された就業規則が社長室に掲示されていた旨の部分があ るが、その存在をうかがわせる書証等の提出はない。)。  右の点と、甲第二六号証(その当時被控訴人に勤務していた船橋恵美子作成の報告書で あり、当時、被控訴人に就業規則が存在していたことはなかったとの報告記載がある。) 及び甲第二七号証(控訴人作成の陳述書)に照らせば、一九九三年(平成五年)七月当時、 被控訴人において印刷された就業規則があったものと認めることはできない。  そうである以上、当時、菅谷が就業規則を示して勤務条件を控訴人に説明したとの前記 陳述記載部分ないし供述部分は、客観的な資料に基づくものとはいえず、採用することが できない。   (三) 乙第八号証の一ないし七は控訴人に対する被控訴人の「給料支払明細書(控)」 であり、そこには、控訴人が被控訴人から、第一回目及び第二回目の来日期間中である平 成五年八月分ないし平成六年二月分として、毎月、基本給名目で一二万円(さらに、平成 五年八月分は特別手当の名目で五万円)の支給を受けた旨の記載がある(ただし、控訴人 が平成六年一月二九日香港に戻っていた間の平成六年三月ないし五月分のものはない。)。 控訴人も、第一回目及び第二回目の来日期間である約六月間にこれら合計七七万円の支払 を受けていたこと自体を争っているものではない。  しかしながら、そこには、健康保険料や雇用保険料、所得税等の控除はなく(甲第三九 号証(第二東京弁護士会会長に対する池袋公共職業安定所所長からの回答書)によれば、 控訴人が雇用保険被保険者資格を取得したのは、第三回目の来日期間中の平成七年四月一 日であったことが認められる。)、控訴人が右額の支払を受け、その支払名目が給料とさ れていたことをもってしても、控訴人が被控訴人との間で雇用契約を締結したことを認め ることはできない。 3 したがって、前記2(一)に記載の陳述記載部分ないし供述部分をもって、被控訴人主 張のように、平成五年七月一五日の第一回来日時に雇用契約が締結されたことを認めるこ とはできないし、他にこれを認めるべき的確な証拠はない。そもそも、第一回目及び第二 回目の短期間の来日に際しては、控訴人は就労目的の来日ビザを取得していなかったので あり、本訴における当事者双方の主張及び提出証拠からは、当事者それぞれの当初の意図、 目的に若干のずれがあり、当事者間の法律関係が一義的、明確に合意されていたとはいえ ないことがうかがわれ、第一回目及び第二回目の来日期間中に控訴人が創作した著作物が 雇用契約に基づくものであると認めるには、控訴人が就業規則を提示されたことの確認書 あるいは雇用契約書の存在など何らかの明確な客観的な証拠を要するところ、本訴におい てこれらの証拠はないといわざるを得ない。  なお、甲二七号証(控訴人の陳述書)及び弁論の全趣旨によれば、平成五年七月から同 年一二月までの日本滞在中は、賄い付きで被控訴人従業員宅に居住し、その費用は被控訴 人において負担したこと、及び控訴人は被控訴人のオフィスにおいて作業をしていたこと は控訴人においても争っていないことが認められるが、控訴人の原審供述及び弁論の全趣 旨によれば、この間は、控訴人についてタイムカードや欠勤届、外出届等による勤務管理 はされていなかったことが認められ、また、右2で説示したところを合わせ考えると、右 事実をもってしても、控訴人と被控訴人との間の雇用契約を認めるに足りるものではない。 4 これに対し、乙第八号証の八ないし三二(給料支払明細書(控))によれば、控訴人 は、第三回目の来日期間中の平成六年(一九九四年)五月一六日から平成八年(一九九六 年)六月五日までの間、被控訴人から、一か月当たり基本給名目で二四万円、特別手当名 目で一万円(平成七年五月分以降は更に交通費九〇〇〇円)の支給を受け、これから雇用 保険料(一〇〇二円又は一一二七円)、所得税(一万三一七〇円又は一万二八〇〇円)及 び雑費(平成七年四月分まで月額四万円)の控除を受けるに至っており、右内訳が明記さ れた給与支払明細書の交付も受けていることが認められる。また、乙第七号証(控訴人作 成の退職届)によれば、控訴人は被控訴人に対し、平成八年六月六日付けで退職届けを提 出したことが認められ、前記甲第二七号証によれば、控訴人は、平成七年四月から独立し て居住するようになり、被控訴人との関係においてはタイムカードその他の届けによる勤 務管理がされるようになったことが認められる。  右のように一二万円から二五万円に一か月当たりの支払額が増額されたのは、控訴人が 就労ビザを取得して来日した第三回目の来日の際においてであり、その際に被控訴人が控 訴人に就業規則を提示したことを認めるべき的確な証拠はないものの、就労目的の来日ビ ザを取得した上でのものであり、雇用保険料、所得税等の控除が行われ、前示のとおりこ の間の平成七年四月一日に、控訴人は雇用保険被保険者資格を取得していたことなどから すると、第三回目の来日の平成六年(一九九四年)五月一五日の翌日からは、控訴人は雇 用契約に基づき被控訴人に勤務するようになったものと認めることができる。 5 以上判示したところに従えば、第一回目の来日期間中に作成、創作された本件図画一 ないし五及び一九ないし二三、第二回目の来日期間中に作成、創作された本件図画六及び 九並びにその後の香港滞在中に作成、創作された本件図画八については、雇用契約に基づ き職務上作成されたものであるとする被控訴人の主張は認めることができず、著作権法一 五条一項の規定に基づき被控訴人が著作者であると認めることはできないし、また後に被 控訴人がその著作権の譲渡を受けたことの主張、立証もない。しかし、第三回目の来日期 間中に作成、創作された本件図画七及び一〇ないし一七は、被控訴人と控訴人との間の雇 用契約が成立した後に作成、創作されたものであり、また、前示事実及び弁論の全趣旨に 照らし、本件図画七及び一〇ないし一七の作成は法人である被控訴人の発意に基づくもの であり、かつ、これらの本件図画は被控訴人の法人名義の下に公表することが予定されて いるものであると認められるので、著作権法一五条一項の規定に基づき、被控訴人が著作 者であると認めることができる。 二 著作権及び著作者人格権侵害並びに差止請求についての判断  前示のとおり、被控訴人は、本件図画を使用したRGBアドベンチャーを製作し、これ をショウスキャン用として米国のタレントファクトリー社に配給し、日本では、東京都世 田谷区のテーマパーク「ナムコ・ワンダーエッグ2」におけるアトラクションとして上映 されたものであるところ、控訴人の氏名は、RGBアドベンチャーにおいて本件図画の著 作者として表示されておらず、被控訴人のこれらの製作、配給等は、控訴人の本件図画一 ないし六、八、九及び一九ないし二三の著作権及び著作者人格権を侵害するものである。  そして、検乙第一号証(RGBアドベンチャーを収録したビデオテープ)及び弁論の全 趣旨によれば、RGBアドベンチャーにおいて使用されている控訴人著作に係る右の本件 図画は、不可分的にRGBアドベンチャーに使用されているものであり、また、被控訴人 がRGBアドベンチャーを配給するおそれがあると認められるので、本件図画一ないし六、 八、九及び一九ないし二三を使用したRGBアドベンチャーの頒布、又は頒布のための広 告・展示の差止めを求める控訴人の請求は理由がある。 三 争点2(損害額)についての判断 1 著作物使用料相当損害金  被控訴人が、本件口頭弁論終結時においてRGBアドベンチャーの配給等により何らか の対価を得たこと、及び、得たとしてその額がいかなるものであったかを認めるべき的確 な証拠はない。これらの事実、あるいは、控訴人の著作物の使用に対する一般的な対価額 については、控訴人による具体的な根拠を示す主張、立証のないところである。さらに、 甲第四二号証の一、二及び弁論の全趣旨によって成立が認められる甲第三三号証並びに弁 論の全趣旨によれば、控訴人の知人のサム・リーの妻・黄雅恵が、控訴人の来日前の平成 五年(一九九三年)四月二六日付けファクシミリ送信で被控訴人代表取締役の菅谷信行に 伝えたところによると、控訴人は、自己が作成、創作する図画の著作権の帰属に強い関心 を示していたことが認められるが、その反面、本訴提起前に被控訴人に対しその対価額の 取決めないしその支払の交渉をした事実を認めるべき証拠はない。  しかしながら、控訴人の著作物である本件図画一ないし六、八、九及び一九ないし二三 (計一三作品)が被控訴人製作のRGBアドベンチャーに使用されており、被控訴人は、 少なくとも過失により控訴人の有する著作権を侵害したものというべきであるから、控訴 人に対し、右著作物の使用料相当の損害金を支払わなければならない。そして、前認定の とおり、控訴人が右の本件図画一三作品を創作した第一回目及び第二回目の来日期間約六 か月間に被控訴人から基本給名目で受け取っていた一か月当たり一二万円と、第三回目来 日以降被控訴人から受け取った一か月当たり基本給額二四万円及び特別手当一万円合計二 五万円との差額が一か月当たり一三万円であって、その六か月分は七八万円となることに 合わせ、エンターテインメント関係雑誌においてRGBアドベンチャーの製作費が三億四 〇〇〇万円と紹介されている事実(甲第二三及び第二五号証)からすると、控訴人が著作 権を有する本件図画一三作品の一点当たりの使用料は十数万円を下回らないものと推認す べきことなどの事情を総合勘案すると、被控訴人が控訴人に賠償すべき右の本件図画一三 作品の著作物の使用料相当損害金は一五〇万円を下回るものではないものと認めるのが相 当である。 2 著作者人格権侵害の損害  控訴人の氏名が、RGBアドベンチャーにおいて、前記控訴人が著作権を有する図画の 著作者として表示されていないことは、前示のとおりであること、甲第二三及び第二五号 証のエンターテインメント関係雑誌において、RGBアドベンチャーの製作費が三億四〇 〇〇万円と紹介されていること、他方、被控訴人は、現段階ではRGBアドベンチャーの 本格的配給を差し控えていること(弁論の全趣旨)、その他RGBアドベンチャーにおい て控訴人が著作権を有する図画が使用されている範囲など、本件に表れた一切の事情を勘 案すれば、控訴人が本件図画一ないし六、八、九及び一九ないし二三の著作物の著作者人 格権侵害によって被った無形の損害額は、一〇〇万円をもって相当と認める。 3 被控訴人が賠償すべき合計額  よって、被控訴人は控訴人に対し、右1、2の合計二五〇万円の損害を賠償する義務が ある。 第四 結論  よって、主文のとおり原判決を変更する。 東京高等裁判所第一八民事部 裁判長裁判官 永井紀昭    裁判官 塩月秀平    裁判官 橋本英史