・東京地判平成12年11月13日判時1736号118頁  墓石顧客名簿事件。  本件は、原告(株式会社中山石渠)が、墓地・霊園の紹介、斡旋、仲介、墓石・石製品 の販売及び管理等を目的とする被告会社(株式会社聖和堂)および、かつて原告会社に従 業員として勤務していた被告個人らに対し、被告個人らが原告の営業資料(「暫定顧客名 簿(電話帳抜粋)」、「お客様情報」、「(予約)聖地使用契約書」、「来山者名簿」、 「加工図・パース」および「墓石原価表」)に含まれる営業秘密を不正に持ち出し、被告 株式会社聖和堂が右営業秘密を使用した行為が、不正競争行為、債務不履行および不法行 為に該当すると主張して、被告らに対し、損害賠償の支払を請求した事案である。  判決は、「本件営業資料のうち、「暫定顧客名簿(電話帳抜粋)」、「お客様情報」、 「来山者名簿」及び「(予約)聖地使用契約書」は、不正競争防止法2条4項所定の「営 業秘密」に該当するということができる」としたうえで、被告らの行為は、不正競争防止 法2条1項4号または5号に該当するとして、原告の損害賠償請求を認容した。 ■争 点 1 本件営業資料は営業秘密に該当するか。 2 被告らの行為は、不正競争行為に該当するか。 3 債務不履行及び不法行為の成否 4 損害の成否及び額 ■判決文 第三 争点に対する判断 一 争点1(本件営業資料の営業秘密性)について 前記第二、一2の事実、証拠(甲四、九ないし一一、一九、二六、二八、乙五、六、枝番 号の表記は省略する。)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これを覆す に足りる証拠はない。 1 秘密管理性について 平成八年一一月ころ、原告においては、原告東京本社の事務所が新宿区西新宿に移転した 後、テレアポ専用の部屋が設けられたが、同室は被告Gが責任者として管理し、同室内 には施錠可能なロッカーが設置され、「暫定顧客名簿(電話帳抜粋)」及び「お客様情報」 は、右ロッカー内に保管されていた。「(予約)聖地使用契約書」及び「来山者名簿」は、 社員が日常業務を行っていた事務室内の矢沢営業課長の机の引き出しに保管されていた。 「加工図・パース」は、右事務室内の書棚にファイルして保管されていた。「墓石原価表」 は、右事務室内の、原告東京本社の責任者でもある石森礼一又は矢沢営業課長の机の中に 保管されていた。なお、原告においては、新規採用社員に対して、原告が保管する営業資 料について、営業活動以外への使用の禁止を徹底指導していた。  以上の事実に照らすならば、本件営業資料は、原告において、秘密として管理されてい たと認めることができる。 2 有用性について  「暫定顧客名簿(電話帳抜粋)」及び「お客様情報」には、同一顧客への再三にわたる 電話での勧誘や事情調査を経て得られた顧客情報が記載され、前者には、@全く無反応の 者、A何らかの反応があり、中、長期間にわたり勧誘すれば、成約に至る可能性のある者 (中期客、長期客)、B好反応があり、短期間のうちに成約に至る可能性がある者(短期 客)かどうかの情報が、後者には、成約見込み客に定期的に電話して得られた購入計画状 況等に関する情報が含まれている。ところで、原告において、無差別に行った電話帳によ る顧客勧誘の成約率は、約〇・〇一五パーセントと極めて低い。したがって、右各資料に 含まれる成約可能性に関する顧客情報は、効率的な営業活動をするに当たって、有用な情 報であるといえる。「来山者名簿」及び「(予約)聖地使用契約書」には、顧客の住所、 氏名、電話番号等の情報が記載され、前者には、原告の折り込み広告を見て、墓に関心を 持って寺院を来訪した顧客に関する情報が、後者には、最終的に契約を断念した顧客に関 する情報が記載されている。このような顧客は、墓に高い関心を持った顧客であり、成約 に至る可能性が高いグループということができる。したがって、右資料に含まれる情報は、 効率的な営業活動に当たり有用な情報ということができる。「加工図・パース」及び「墓 石原価表」は、それぞれ、墓石の外観と単価等が記載され、前四者とは、有用性の範囲・ 程度は異なるが、一応、有益な情報といって差し支えない。  以上のとおり、本件営業資料は、いずれも、有用な情報を含んでいるということができ、 特に「暫定顧客名簿(電話帳抜粋)」、「お客様情報」及び「来山者名簿」は、墓石販売 業者の営業活動にとって活用価値の高い情報を含んでいるということができる。 3 非公知性について 「暫定顧客名簿(電話帳抜粋)」、「お客様情報」、「来山者名簿」及び「(予約)聖地 使用契約書」は、原告の独自の営業活動によって得られた事項が記載され、右認定した管 理状況に鑑みると、非公知であったと認めることができる。他方、「加工図・パース」及 び「墓石原価表」は、記載された事項の性質、内容に照らして、非公知であったとはいえ ない。 4 以上のとおり、本件営業資料のうち、「暫定顧客名簿(電話帳抜粋)」、「お客様情 報」、「来山者名簿」及び「(予約)聖地使用契約書」は、不正競争防止法二条四項所定 の「営業秘密」に該当するということができるが、「加工図・パース」、「墓石原価表」 は、同法同条項所定の「営業秘密」に該当するということはできない。 二 争点2(被告らの不正競争行為)について 1 被告G及び同Sの不正競争行為 (一) 前記第二、一1の事実、証拠(甲一一ないし一四、二三、二六、二八、乙五、六) 及び弁論の全趣旨によれば、後記(二)の事実が認められ、これらを総合すると、以下の事 実が認められる。  被告Gは、平成五年一二月一日、原告東京本社の従業員として雇用され、電話による 顧客開拓活動を行う部署の責任者として勤務し、被告Sは、平成七年一〇月一六日、原 告東京本社の従業員として雇用され、墓地用地を確保する業務に従事していた。右被告ら は、平成八年一一月ころから、原告を退社して、新会社を設立して、原告と同一の業務、 態様で営業を行おうと決意し、その準備を始めた。そして、右被告らは、原告が管理する 本件営業資料を持ち出す準備を重ね、同年一二月一〇日、@原告東京本社テレアポ室内の キャビネットから、原告が所有し、被告G自らが管理していた「暫定顧客名簿(電話帳 抜粋)」及び「お客様情報」、A原告事務室の整理棚ないし事務机から、原告が石森によ って管理させていた「来山者名簿」、「(予約)聖地使用契約書」、「加工図・パース」、 「墓石原価表」の全部又は一部の資料をコピー機を使用して複写して、社外に持ち出し、 営業秘密を窃取した。 (二) このように推認した理由は、以下のとおりである。 (1) Nは、当初原告において、パートタイマーとして勤務していたが、被告G及 び同Sに対して、独立して、原告と競業する事業を始めるよう慫慂した。そして、N 自らも、原告を退社して、被告会社に移り、また、被告会社に出資して、積極的に経営に 関与したが、その後、被告Gらと意見が対立して、被告会社を退いた。Nは、このよ うに被告G及び同Sと行動を共にしていた者であるが、被告Gらが、原告において 本件営業資料をコピー機を使用して複写して、写しを搬出し、その後設立した被告会社の 営業のため、右資料の一部を活用した経緯の詳細を直接知っており、前記(一)のとおり、 陳述書に記載している(甲一一、二七)。 (2) 平成八年一一月ころ、被告Gは、電話による顧客開拓をしていたパートタイマーら に対して、勤務時間中に、電話による顧客開拓業務をするかわりに「暫定顧客名簿(電話 帳抜粋)」に記された成約見込み客の情報を別のファイルに転記する作業を指示したこと があった。 (3) 原告に設置されているコピー機のコピー枚数は、平成八年一月から同年一〇月までの 間は、平均して四〇〇〇枚弱から五〇〇〇枚強の間を推移していたのに比較して、同年一 一月分は八八〇〇枚、翌一二月分は七二〇〇枚と極端に増加した。被告G及び同Sが 退職した平成九年一月から三月までは、再び、五七〇〇枚、四六〇〇枚、四六〇〇枚と減 少した。 (4) 平成八年一二月一〇日、被告G及び同Sは、ほとんどの社員が参加する原告主催 の忘年会兼ゴルフ大会に参加せずに、出勤した。被告G及び同Sは、原告事務室のコ ピー機を使用して資料を長時間にわたって複写して会社外に持ち出した。右被告らの行為 は、同日出勤したHらパートタイマーらに目撃された。被告Gは、その直後に、 目撃したHらを退職させた。 (5) Iは、平成九年四月末ころから、翌一〇年一月二五日までの約九か月間、被 告会社のパートタイマーとして雇用され、電話による顧客開拓業務に従事していたが、そ の際、被告Gから手渡された「暫定顧客名簿(電話帳抜粋)」には既に、氏名欄に線が 引いてあったり、書き込みがされていた。  各事実が認定でき、これらの事実を総合すると、被告G及び同Sは、平成八年一一 月ころから本件営業資料を持ち出す準備を重ね、同年一二月一〇日に原告に無断で、本件 営業資料を持ち出したと推認するのが相当である。したがって、右被告らの行為は、不正 競争防止法二条一項四号所定の、不正の手段により営業秘密を取得する行為に該当する。 2 被告Iの不正競争行為  前記第二、一1の事実、証拠(甲六、一一、二七、乙五、二五)及び弁論の全趣旨によ れば、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。 被告Iは、同Gと同Sが原告に在職中から同被告らと懇意にしており、同被告らが 原告を退職した後も、被告会社にしばしば顔を出し、その業務に協力していた。  そして、被告Iは、平成九年二月ころから同年五月ころまでの間、原告が管理してい た「来山者名簿」を自宅に持ち帰り、被告会社にあててファックス送信した。平成九年六 月ころ、被告Iは、同Gらから、被告会社の事務所において、「来山者名簿」のファ ックス送信に対する謝礼として、現金三〇万円を受領した。  したがって、被告Iの行為は、不正競争防止法二条一項四号所定の、不正の手段によ り営業秘密を特定の者に示す行為に該当する。 3 被告会社の不正競争行為  前記第三、二1及び2において認定した事実、証拠(甲四、六、一五、一九)及び弁論 の全趣旨を総合すると、被告会社は、被告G及び同Sが原告から不正に持ち出したり、 同Iを通じて入手した「暫定顧客名簿(電話帳抜粋)」、「お客様情報」及び「来山者 名簿」を利用して営業活動を行ったものと認められる(右事実は、被告会社が、平成九年 八月一一日に契約した****の氏名が「暫定顧客名簿(電話帳抜粋)」に、平成九年四 月に契約した****の氏名が「お客様情報」に、平成九年五月二一日に契約した***、 同月二五日に契約した****、同月二六日に契約した***の各氏名が「来山者名簿」 に、それぞれ記載されていたことからも推認される。)。  したがって、被告会社の行為は、不正競争防止法二条一項五号所定の、不正取得行為が 介在したことを知って営業秘密を使用する行為に該当する。 4 以上のとおり、被告らの行為は、不正競争防止法二条一項四号又は五号に該当する。 そして、被告Gは被告会社の代表取締役であること、同Sは被告会社の取締役である こと、同Iは、同Gの依頼に応じて、同Gらに協力する意図の下に不正競争行為を したこと等の経緯に照らせば、被告らは共謀して不正競争行為を行ったと解することがで きる。  そうすると、被告らの不正競争行為は共同不法行為に該当するので、被告らは、これに より生じた損害については連帯して賠償する責任がある。  《以下略》