・東京地判平成12年11月30日  音楽出版社エンダ事件。  原告(社団法人日本音楽著作権協会)は、本件において、以下の各請求権に基づき被告 ら(株式会社エンダら)に対し損害賠償等を求めている。すなわち、(1)請求@:被告 株式会社エンダが、佐藤楽曲につき作曲者である亡佐藤勝から著作権の譲渡を受けた事実 がないにもかかわらず、譲渡を受けているものとして原告に対して作品届を提出し、著作 物使用料の分配を受けた行為について、主位的に、被告荒家と共謀の上右金員を詐取した ことを理由とする被告ら両名に対する不法行為に基づく損害賠償請求権、予備的に、法律 上の原因なく右金員の分配を受けたことを理由とする被告エンダに対する不当利得返還請 求権、(2)請求A:被告エンダが、コンサートを主催するに際して、原告の管理する音 楽著作物について使用許諾を受けながら、所定の使用料を支払わなかったことを理由とす る使用料および違約金の支払請求権、(3)請求B:被告エンダが、コンサートを主催す るに際し、原告の使用許諾を受けることなく原告の管理する音楽著作物を使用したことに 基づく使用料相当額の損害賠償請求権である。  判決は、「佐藤が『昭和ブルース』の著作権を小学館プロダクションに譲渡したという 事実が仮に認められるとしても、佐藤がグッドミュージックに対し佐藤楽曲の著作権を信 託的に譲渡したことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。…… そうすると、グッドミュージックから被告エンダに対する著作権譲渡の事実の存否につき 判断するまでもなく、被告エンダは法律上の原因なく原告から著作物使用料の支払を受け たということになる。」として、原告の「不法行為を理由とする請求(請求@のうち)は 理由がないが、被告エンダに対する不当利得返還請求(請求@のうち)、請求A及び請求 Bについては理由がある」として、原告の請求を一部認容した。 ■争 点 1 被告エンダは、佐藤楽曲の著作権を佐藤から適法に譲り受けたか。 2 被告らが、原告に対し佐藤楽曲の作品届を提出して著作物使用料の分配を受けたこと が、詐欺による不法行為を構成するか。 ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 争点1(著作権譲渡の事実の存否)について 1 前記当事者間に争いのない事実、証拠(甲一の1ないし16、三、五の1ないし16、乙 二ないし五、一〇、一二、一四、丙一、三、被告エンダ代表者兼被告本人荒家)及び弁論 の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。 (一) 佐藤は、主に映画音楽の分野で多数の楽曲を発表している作曲家であり、中でも昭 和四二年に作曲した「若者たち」は、現在も広く歌い継がれている。また、佐藤は日本作 曲大賞、芸術選奨文部大臣賞、紫綬褒章などを受賞している。  被告荒家と佐藤の最初の接触は、被告荒家が小学館プロダクションに勤務していた昭和 四五年ころ、他人の紹介を経ることなくいきなり佐藤に電話をして、「小学館の荒家です が、一度お会いしたい。」と述べて面会を申し込んだことにさかのぼる。佐藤が被告荒家 を自宅に呼んだところ、被告荒家は「若者たち」のような曲を作ってほしい旨依頼し、そ の際自分は昭和四二年当時新興ミュージックに勤めていたと述べた。  佐藤は、小学館や新興ミュージックの名前が出たことから、被告荒家を信用して、その 依頼を受けることにし、「昭和ブルース」を作曲した。 (二) 被告荒家は、その後小学館プロダクションを辞め、昭和四五年から同四六年にかけ てアルファ・ミュージックに関与したが、同じころ独立して音楽出版会社を設立するため の準備を始めた。被告荒家が中心となって昭和四六年二月一三日に設立された会社が、グ ッドミュージックである。    グッドミュージックの設立発起人は七名であり、その中には被告荒家と佐藤が含まれて いた。グッドミュージックの設立時の発行済株式総数は三〇〇〇株であり、そのうち、被 告荒家は一〇〇〇株、佐藤は四〇〇株をそれぞれ引き受けた。グッドミュージックの設立 時の役員は四名であり、被告荒家は代表取締役に就任し、同社を運営していた。なお、グ ッドミュージックは、昭和四六年四月一日、原告の会員資格を取得している。 (三) グッドミュージックは、昭和四九年ころ株式会社音楽出版館に商号を変更したが、 それとほぼ同じ時期に、被告荒家は実質的にグッドミュージックの経営を離れた(ただ、 登記簿上は引き続き代表取締役として登記されていた。)。  それ以降は、竹内健司(昭和五二年まで)、野村威温(昭和五三年から)が被告荒家を 引き継いでグッドミュージックを経営していたが、同社は、平成八年、資本金が最低資本 金の額に達しないことを理由にみなし解散となった。そのため、現在では、被告荒家が運 営していた時期の分も含め、契約書、財務関係等の資料は存在していない。 (四) 被告荒家は、昭和五三年一月六日、被告エンダ(平成元年三月二三日に商号変更す る前は株式会社「エム、エィ、ピー、」)を設立し、当初から現在までその代表取締役と して、被告エンダを運営している。  佐藤楽曲については、昭和五二年一月二六日受付でグッドミュージックから原告に対し 作品届(甲五の1ないし16)が提出され、その後、平成二年一一月三〇日受付で、グッド ミュージックから被告エンダに対し佐藤楽曲を含む四四曲の著作権を譲渡したとして解約 届(乙一の2)が、被告エンダからは作品届(甲一の1ないし16)がそれぞれ提出されて いる。 (五) 佐藤は、昭和四〇年ころ、黒澤映画の背景音楽に関する海外での著作権を仲介に入 った日本人に騙されて他人に譲渡したことがあった。佐藤は、そのことを深く後悔してお り、右の出来事があったこと及び佐藤がそれを悔いていることは、被告荒家を含めて佐藤 の知人、友人、音楽関係者には公知となっていた。 (六) 被告荒家は、独立後は主に作曲家や音楽プロデューサー等の関係者から情報を聞き つけては、あちこちに情報を伝えるという仕事をしており、佐藤のところにもよく顔を出 して仕事の話を持ち込んでくることがあった。しかし、佐藤から被告荒家に対して積極的 に仕事を依頼したことはなく、被告荒家が関与する場合でも、当初の口利き程度の段階に すぎず、実際の作曲の仕事は佐藤と原盤制作会社であるレコード会社等の担当者の間で進 められるのが通常であった。  被告荒家と佐藤は平成一〇年までは毎年年賀状を交換していたが、その交際はあくまで も作曲家と音楽出版関係者という仕事上の付き合いの域を出るものではなく、現に被告荒 家は、四、五年の間佐藤方を訪問しないこともあった。 (七) 佐藤は、原告からその著作物についての使用料の分配金の明細を記載した書面を毎 月受領していたが、対象となる楽曲が多数にのぼるため、原告や著作権の管理を委託した 音楽出版社が適切に処理をしているものと信頼して、特に明細書を細かくチェックするこ とはしていなかった。  佐藤は、平成一〇年四月ころ、「赤ひげ」と「天国と地獄」などのビデオ販売元である 東宝の音楽出版部門を扱う東宝ミュージックの担当者から、右楽曲の背景音楽について、 被告エンダにより作品届が提出されていることを聞き、原告に調査を依頼したことがきっ かけで本件が発覚した。東宝ミュージックの指摘を受けて佐藤が調査したところ、佐藤と グッドミュージックとの間に佐藤楽曲の著作権譲渡契約があったことを裏付ける契約書等 の書類は発見できなかった。 2 右に認定の事実を前提に、佐藤がグッドミュージックに対し佐藤楽曲の著作権を信託 的に譲渡したかどうかを判断するに、次の各点を指摘することができる。  第一に、右譲渡の事実を裏付ける客観的な証拠がない。  すなわち、著作権譲渡の事実が存在するとすれば、それを証する契約書等の書類があっ てしかるべきであるが、そのような書類は現存しない(みなし解散となったグッドミュー ジックはともかく、少なくとも佐藤は書類を保管していてしかるべきである。)。また、 佐藤の有する著作物使用料の取り分(二分の一)についてグッドミュージックからの支払 を証明する書類(振込依頼書等)も存在しない。  この点に関し、被告荒家は、グッドミュージックは少なくとも平成二年ころまでは佐藤 に著作物使用料を支払っていたはずである旨供述し、これに沿う竹内の陳述書の記載(乙 一六)も存在するが、客観的な裏付けを欠く上に、反対の趣旨の佐藤の陳述書の記載(丙 一)に照らし、措信できない。  第二に、当事者である佐藤とグッドミュージックの代表者であった被告荒家との間には 著作権の信託的譲渡をするような人的関係が存在しなかった。  すなわち、譲渡があったとされる昭和四五年から同四六年にかけて、佐藤と被告荒家は 知り合って日が浅く、しかも佐藤は黒澤映画の背景音楽に関する海外での著作権を他人に 譲渡したことを後悔していたのであるから、簡単に著作権を他人に譲渡することは考えに くい。しかも、佐藤のような著名な作曲家が、被告荒家のように業界で顕著な実績を挙げ ていたとは言い難い者が経営する会社に対し、将来にわたり著作物による収益の半分を与 えるという内容の契約をするというのは、余りに不合理である。  被告らは、佐藤がグッドミュージックの設立に深く関わっていることから著作権を譲渡 する十分な理由がある旨主張するが、弁論の全趣旨によれば、昭和四六年当時、株式会社 の設立に当たり七名以上の発起人が必要とされていたため、友人、知人の名前を借りて発 起人になってもらうことが世間で行われていたことが認められるものであって、佐藤がグ ッドミュージックの発起人として署名捺印していることから、直ちに経営に深く関与した と認めることはできない。  第三に、仮に譲渡があったとすると、被告荒家のその後の行動は不合理である。  すなわち、被告荒家の供述するように、原告から分配された佐藤楽曲の著作物使用料を 佐藤に再分配する義務のあることを認識しながらそれを怠っていたのであれば、当然その 旨を佐藤に報告した上で詫びてしかるべきであり、その機会もあったのに、被告荒家は本 件が発覚するまで佐藤にその旨を謝罪したことはなく、かえって、被告エンダの主催する コンサートのチケット一〇枚の購入を佐藤に依頼し、その代金の支払を電話で要求してい た(丙一により認められる。)というのである。これは、著作物使用料の再分配をすべき 義務を負っている者の態度としては説明が困難である。  以上によれば、被告荒家の陳述書(乙一四)に記載のあるように佐藤が「昭和ブルース」 の著作権を小学館プロダクションに譲渡したという事実が仮に認められるとしても、佐藤 がグッドミュージックに対し佐藤楽曲の著作権を信託的に譲渡したことを認めることはで きず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。 3 そうすると、グッドミュージックから被告エンダに対する著作権譲渡の事実の存否に つき判断するまでもなく、被告エンダは法律上の原因なく原告から著作物使用料の支払を 受けたということになる。 二 争点2(詐欺による不法行為の成否)について 1 前示認定の事実によれば、被告エンダが原告に対し提出した佐藤楽曲についての作品 届は、客観的真実に反する内容であったことになるが、本件全証拠によっても、右作品届 の提出をもって被告らが欺罔行為を行ったとまでは認めることができない。佐藤が原告に 宛てた報告書(甲三)には、「東宝レコードからLP『黒沢明の世界』が発売された際、 『天国と地獄』『赤ひげ』には日本地域では音楽出版社がついていない事情を知っていた 荒家氏が、グッド・ミュージックが譲渡を受けたとしてJASRACに作品届を出してし まったのではないかと思います。」という記載があるが、仮にこの事実が認められるとし ても、被告らによる欺罔行為を認めるには足りない。 2 また、被告荒家は、平成二年当時から佐藤に対し佐藤楽曲の著作物使用料の分配金を 再分配する義務があると思っていた旨供述しており、右供述を覆して欺罔の意思を認定す るに足りる証拠もない。 3 右によれば、詐欺による不法行為を理由とする被告両名に対する損害賠償請求は理由 がないが、原告の被告エンダに対する不当利得返還請求は理由がある。 三 まとめ  以上によれば、原告の本訴請求は被告両名に対する不法行為を理由とする請求(請求@ のうち)は理由がないが、被告エンダに対する不当利得返還請求(請求@のうち)、請求 A及び請求Bについては理由がある。  よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村量一    裁判官 和久田道雄    裁判官 田中孝一