・東京地判平成12年11月30日  「アニメ昔ばなしシリーズ」事件。  原告(S.H.)は、原告書籍「アニメ昔ばなしシリーズ」第一巻ないし第一〇巻およ び「名作アニメ絵本シリーズ」第一巻ないし第九〇巻の著作者、著作権者であり、被告 (株式会社永岡書店)は右書籍につき原告との間で出版契約を締結していた者である。原 告は、@被告会社は右契約に基づく出版権の消滅後に発行の日付をさかのぼらせた上で原 告書籍を印刷、販売して、原告の複製権を侵害した、A仮にそうでないとしても、被告会 社が右出版権の消滅後に在庫の原告書籍を販売したことは、原告の複製権の侵害に当たる、 Bしかも、被告会社は、原告書籍を定価を大幅に下回る価格で販売して原告の著作者人格 権を侵害した、C被告会社は、原告の許諾を得ることなく、被告書籍を出版して、原告が 原告書籍について有する著作権を侵害した、旨を主張し、被告に対し、損害賠償、謝罪広 告の掲載、原告書籍の再版および販売の差止めを求めた事案である。  判決は、「被告会社が原告書籍の発行日をさかのぼらせて出版したことを認めることは でき」ない、「被告会社が原告書籍の在庫を販売することは、複製物の頒布として適法で あり、何ら原告の複製権を侵害するものではない」、「原告の主張するいわゆるバッタ販 売による原告の人格に対する評価の低下は、右の意味での著作者人格権に関わるものでは ない」とした。また、最判平成9年7月17日〔ポパイ腕カバー事件:上告審〕を参照し て、「原告書籍は、原典である古典童話ないし昔話を原著作物とする二次的著作物という べきであるから、その著作権は原告書籍について新たに付与された創作的部分のみについ て生じ、原著作物であるところの原典たる童話ないし昔話と共通し、その実質を同じくす る部分には生じない」としたうえで、「三びきのこぶた」「にんぎょひめ」「ももたろう」 「ぶんぶくちゃがま」「さるかにばなし」についていずれも著作権侵害を否定し、原告の 請求をすべて棄却した。 ■争 点 1 被告会社は、本件出版契約の解除の意思表示がされた後、発行日をさかのぼらせた上 で原告書籍を印刷して出版したか。 2 被告会社が、本件出版契約の解除の意思表示がされた後、在庫の原告書籍を販売した ことが複製権の侵害に当たるか。 3 被告会社が、定価よりも安い価格で原告書籍を販売したことが原告の著作者人格権を 侵害するか。 4 被告書籍の内容は、原告が原告書籍について有する著作権を侵害するものか。 5 被告永岡の責任 6 原告の被った損害 ■判決文 第三 当裁判所の判断 一 争点1(発行日をさかのぼらせて出版した事実の有無)について 1 証拠(甲九〇の一、二、九一の一、二、九二ないし九四)及び弁論の全趣旨によれば、 次の事実が認められる。 (一)原告は、平成七年一二月一〇日発行の原告書籍である「月のてんし」と「オズとに じのくに」、その他数点の原告書籍をそのころ被告会社から贈呈され、有限会社アニメ企 画の書庫の本棚に並べて保管していた。これらの書籍を現在観察すると、年月の経過によ り背表紙の地色、赤色等によるタイトルの文字等が薄く色褪せたものになっている。 (二)原告書籍は、現在でも店頭で入手することができるところ、原告が最近購入した書 籍の中には、前記アニメ企画において保管されていた書籍と比べ、発行年月日が古いのに 背表紙の地色、タイトルの文字が鮮明に読みとれるものが存在する。 (三)原告が最近購入した原告書籍の小口(本の綴じ口の反対側)及び天地(本の上下の 裁断面)には、再裁断した形跡はみられない。 (四)被告会社は、原告書籍の製版フィルムを本訴提起後も保有していた。 2 原告は、右の各事実及び被告らの主張する原告書籍の在庫数量には疑義があること等 を理由に、被告会社が印刷日付をさかのぼらせて原告書籍を出版していることは明らかで ある旨主張する。  しかし、被告らは、過去三期分の決算時の在庫数量を証拠として提出しているところ (乙一九)、その数字に別段不自然な点は見られず、被告らが在庫の数をごまかしている 旨の原告の主張は、認めるに足りない。また、一般に書籍は長年光に当たることにより背 表紙等が変色し、文字が薄く色褪せたものになることがあるが、右変色の程度は書籍の保 管状況によって様々であって、例えば、光に当たらず、湿度も一定の暗室のような場所に 保管されていたとすれば、相当の年月を経ても変色がほとんどみられないということもあ り得るはずである。さらに、被告会社が印刷会社に原告書籍の印刷を発注したのは、平成 一〇年二月二七日が最後であり、その後は注文をしていない(乙二〇の1ないし3により 認められる。)。  そうすると、右認定の事実から、被告会社が原告書籍の発行日をさかのぼらせて出版し たことを認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。 二 争点2(在庫の販売による複製権侵害の成否)について  原告と被告会社が本件出版契約を締結したことは当事者間に争いがないところ、証拠 (甲三の1ないし4)によれば、本件出版契約の契約書には、被告会社は原告書籍の出版 権が消滅した後もその在庫を頒布することができる旨の条項が含まれていることが認めら れる。  したがって、被告会社が原告書籍の在庫を販売することは、複製物の頒布として適法で あり、何ら原告の複製権を侵害するものではない(著作権法八五条一項一号)。 三 争点3(著作者人格権の侵害の成否)について 1 著作権法にいう著作者人格権とは、公表権(同法一八条一項)、氏名表示権(同法一 九条一項)及び同一性保持権(同法二〇条一項)の三つの権利を内容とするところ(同法 一七条一項)、原告の主張するいわゆるバッタ販売による原告の人格に対する評価の低下 は、右の意味での著作者人格権に関わるものではないから、著作者人格権侵害の主張はそ れ自体失当である。 2 また、右の主張を、一般不法行為法としての名誉、人格権侵害を主張するものと解す るとしても、出版物の価格設定は出版権者にゆだねられているから、著作物が定価より安 い価格で販売されたとしても、これにより直ちに著作権者の名誉等が侵害されることには ならない。  よって、名誉、人格権の侵害を理由とする不法行為の主張も、理由がない。 四 争点4(著作権の侵害の成否)について 1 本件における原告書籍と被告書籍は、ともに伝承に係る昔話ないし古典的な童話を幼 児向けに表現した絵本であり、その物語の内容は古くから言い伝えられ、また、広く一般 に知られているものである。右によれば、原告書籍は、原典である古典童話ないし昔話を 原著作物とする二次的著作物というべきであるから、その著作権は原告書籍について新た に付与された創作的部分のみについて生じ、原著作物であるところの原典たる童話ないし 昔話と共通し、その実質を同じくする部分には生じない(最高裁平成四年(オ)第一四四三 号同九年七月一七日第一小法廷判決・民集五一巻六号二七一四号頁参照)。したがって、 被告書籍が原告書籍の著作権を侵害しているかどうかを判断するに当たっては、まず、原 典たる童話ないし昔話に原告書籍において新たに付加された創作性を有する部分が被告書 籍においても同様に存するかどうかを検討すべきである。この場合において、原告書籍と 被告書籍とが、筋の運びやストーリーの展開が同一であっても、それが原典たる童話ない し昔話において既に表われているものであるときや、創作性を認めるに足りない改変部分 に係るものであるときには、原告書籍の著作権侵害に結び付くものとはいえない。以下、 右のような観点から、原告書籍と被告書籍を比較検討する(なお、原告の主張には、特に 原告書籍と被告書籍の絵の対比において複製権侵害の趣旨と理解できる内容も含まれてい るので、併せて検討する。)。 2 「三びきのこぶた」について (一)証拠(乙四、五)及び弁論の全趣旨によれば、従来から伝えられている「三びきの こぶた」の物語と比べると、原告書籍においてこれと相違する独自の表現部分としては、 次のものがあると認められる。 (1)一番上の子豚に「怠け者」、二番目の子豚に「食いしん坊」という性格付けをして いること、それに伴い、一番上の子豚は「素早く家を造って昼寝をする」、二番目の子豚 は「家を造る作業でお腹が空いたので食事にする」という行動に出ること (2)狼が二番目の子豚の造った木の家に息を吹きかけることなく体当たりして壊してい ること           (3)狼が三番目の子豚の造ったレンガの家に息を吹きかけることなく体当たりして壊そ うとするが失敗すること  (4)三匹の子豚が、協力して三番目の子豚の造ったレンガの家の屋根に石を並べること (5)狼が三番目の子豚の造ったレンガの家を壊そうとして、ハンマーで壁を叩くが、家 は壊れず、逆に子豚たちが並べた屋根の上の石が落ちてきて、狼が怪我をすること (6)狼がサンタクロースの格好をして、煙突からレンガの家に侵入すること、三番目の 子豚が狼が化けたサンタクロースの正体を見破り、兄弟豚に対し注意を促すこと (7)物語の結びが、「三匹の子豚はいつも協力しあって暮らしました。」となっている こと  原告は、右の点のほか、狼や子豚が生きているという翻案をしたのは原告が初めてであ り、原典では子豚は狼に食べられ、鍋に落ちた狼も最後に子豚に食べられることになって いる旨主張するが、原告書籍より前に発行された絵本(乙四、五)で、既に狼に家を壊さ れた子豚が順次弟豚の家に逃げ込み、狼もやけどをするが助かるように翻案している例の あることがことが認められるから、原告の右主張は失当である。 (二)そこで、被告書籍が原告書籍における右の独自の表現部分を備えているかについて 検討するに、被告書籍(甲一三)では、 (1)三匹の子豚のうち、一番上の子豚には「飽きっぽい」、二番目の子豚には「のんき」 という性格付けがされている。そのため、原告書籍にあるような昼寝や食事という行動に 結びつく記述はない。   (2)狼は、二番目の子豚の造った木の家に息を吹きかけて壊そうとするが、走ってきて 息がゼエゼエしていたので、体当たりして壊している。 (3)狼は、三番目の子豚の造ったレンガの家に息を吹きかけて壊そうとするが、うまく いかないので、体当たりをしている。 (4)三匹の子豚が協力して三番目の子豚の家の屋根に石を並べたり、狼がハンマーでそ の家を壊そうとしたため、その石が落ちて狼が怪我をするという場面はない。 (5)狼はそのままの格好で屋根の煙突から家の中に侵入しており、サンタクロースに変 装していないので、子豚の間に「サンタクロースに化けているよ」といった問答はない。 (6)物語の結びは、「怖い狼はそれから二度と現われず、三匹の子豚は幸せに暮らしま した。」となっている。  右によれば、原告書籍における独自の表現部分である(一)の(1)から(7)につい ては、いずれも、被告書籍がこれを備えていないから、原告書籍における右各表現部分が 創作性を備えているかどうかを問題にするまでもなく、右各表現との類似性を理由とする 著作権侵害の主張は理由がない。原告は右(2)及び(3)について、体当たりしている 点が共通である旨主張するが、そもそも、体当たりの点だけを取り出して創作性を備えた 表現部分と認めることはできない上、従来の物語では、二番目の子豚の家は狼の息で壊さ れ、三番目の子豚の家についても狼が息を吹きかけて壊そうと試みるように記述されてい たところ(乙四、五により認められる。)、被告書籍はこの点を残しつつ、二番目の子豚 の家については、木の家が簡単に吹き飛ぶのかという疑問に答える趣旨で、三番目の子豚 の家についてはそれとの関連で「体当たり」という方法を採用したもので、原告書籍と被 告書籍はこの点で異なっているから、体当たりの部分が共通しても、それだけでは原告書 籍の表現部分と類似するものとはいえない。 (三)原告が別表一において指摘するその余の点は、ストーリーの展開上欠くことのでき ない部分で原告書籍において付加された創作性のある部分と認められないし、具体的な描 写も異なるから、原告書籍の著作権を侵害するものとはいえない。また、表紙の三匹の子 豚の服装については、被告書籍における絵を原告書籍における絵と比較すれば服のデザイ ンや襟の有無等の違いがあることが認められるから、複製権の侵害は認められない。  以上によれば、被告書籍の「三びきのこぶた」が原告書籍の著作権を侵害するものとは 認められない。 3 「にんぎょひめ」について (一)原告が、原告書籍における独自の表現部分として指摘するもののうち、窓ガラスか ら船内を覗き見るという記述を採用しなかったこと、甲板にテントを張るという設定をや めたこと、それに伴い人魚姫がテントの幕を開けて王子に近づくのではなく船室に忍び込 むように翻案したことは、いずれもストーリーの展開上重要な部分ではなく、細部の表現 の変更にとどまるものであって、これをもって原告書籍において付加された創作性のある 部分と認めることはできない。 (二)原告は、アンデルセンの原典では人魚姫は泡になって消えてしまうのに対し、原告 書籍では、世界で初めて天に昇るという翻案をした旨主張し、「人魚姫が取り持つ奇跡」 との見出しを付したブティック社作成の書面(甲五三)には、「ディズニーの映画の人魚 姫は王子と暮らすことになっていますが、当社の『よい子とママのアニメ絵本』では、著 者平田昭吾先生の脚色により人魚姫は天使に守られて天国に昇ることになっています。」 との記載がある。  しかし、証拠(乙六、七)によれば、昭和三年八月発行の菊池寛編「アンデルセン童話 集」、昭和三八年一二月改訳の大畑末吉訳「完訳アンデルセン童話集T」では、いずれも 人魚姫は上の方に天高く昇っていくように記述されていることが認められるから、原告の 右主張は失当である(なお、甲五三号証は、原告の著作に係る絵本を出版する会社の作成 した宣伝用書面であって、これをもって原告書籍が初めて人魚姫が天に昇る旨の記述をし たことを認めるに足りる証拠とはいえない。)。 (三)原告は、別表二のB、Cのとおり、被告書籍の絵は原告書籍の絵を翻案ないし複製 したものと主張するが、両者を比較すると、王子が寝ている絵についてはベッドの型や人 魚姫のポーズが異なるし、五人の人魚姫の絵についても髪の毛や下半身の部分の色が青、 緑、橙色などカラフルになっている点は共通するが、髪の飾り、胸当て、尾びれの模様な どが異なるから、著作権の侵害は認められない。  以上によれば、被告書籍の「にんぎょひめ」が原告書籍の著作権を侵害するものとは認 められない。 4 「ももたろう」について (一)原告は、従来から伝えられている「桃太郎」のストーリーは盗人の上前をはねると いう反社会的な内容であるので、原告書籍では、独自の観点から、桃太郎が取り戻した宝 物を盗まれた人に返し、その感心な行いに対して殿様から褒美をもらうように翻案した旨 主張する。  しかし、証拠(乙九ないし一一)によれば、いずれも原告書籍より前に発行された、小 学館発行「日本のむかし話 ももたろう」(乙一〇)及びすばる書房発行「おとぎばなし 絵本 ももたろう」(乙一一)では、桃太郎が鬼から取り戻した宝物を元の持主に返す旨 の記述がされており、フレーベル館発行「にほんむかしばなし ももたろう」(乙九)で は、桃太郎が長者の娘と結婚して幸せに暮らす旨の記述がされていることが認められるか ら、原告の主張する右の点に独自性を認めることはできない。  したがって、被告書籍において取り戻した宝物を元の持ち主に返した旨の記述がされて いることをもって原告書籍の著作権の侵害ということはできない。また、被告書籍には、 殿様から褒美をもらうとか、その姫と結婚するという記述はないから(甲三九により認め られる。)、この点に関する原告の主張もまた失当である。 (二)次に、具体的な描写についてみるに、証拠(甲六、三九)によれば、原告書籍と被 告書籍を比べると、右に挙げた点のほか、「ももたろうさん、ももたろうさん」という歌 の歌詞の有無、鬼ヶ島に行くための船の調達方法、鬼の城への侵入方法に関する記述など 多くの点において違いがあることが認められる。  その他、原告が別表三において指摘する内容は、細部の表現にわたりもともと創作性の 認められないものか、絵として異なるものである。  以上によれば、被告書籍の「ももたろう」が原告書籍の著作権を侵害するものとは認め られない。 5 「ぶんぶくちゃがま」について (一)原告は、被告書籍の茶釜の絵は原告書籍にある蓋のめり込んだ茶釜の絵を複製した ものである旨主張する。  しかし、証拠(乙一三)によれば、蓋のめり込んだ茶釜自体は実際に存在することが認 められるから、蓋がめり込んだ構造自体に創作性を認めることはできないし、茶釜は日用 品であり、一般にそのデザイン自体はカット集等により広く知られていることからすれば、 原告書籍の茶釜の絵の備える突起があるなどの特徴を被告書籍における茶釜の絵が備えて いるとしても、これをもって直ちに著作権の侵害を認めることはできないというべきであ る。 (二)また、原告が別表四のAないしCで指摘する点について検討するに、証拠(甲七、 四五)によれば、原告書籍の絵と被告書籍の絵を比較すると、Aの絵については、「もり ん寺」という寺の名称の有無、寺の戸の構造、石畳のデザイン、背景の植物の描き方及び 登場人物の数、顔、仕草が異なることが認められ、両者は異なる絵であるといえる。  Bの絵については、狸及び古道具屋のキャラクター、狸の仕草、背景の有無が異なるこ とが認められ、両者は異なる絵であるといえる。  Cの絵については、登場人物の数、登場人物のキャラクター、のぼり旗の有無、背景の 処理の仕方が異なることが認められ、両者は異なる絵であるといえる。  以上によれば、被告書籍の「ぶんぶくちゃがま」が原告書籍の著作権を侵害するものと は認められない。 6 「さるかにばなし」について (一)証拠(甲八、三六、乙一六、一八)及び弁論の全趣旨によれば、従来から伝えられ ている「さるかにばなし」と比べると、原告書籍における独自の表現部分としては、次の ものがあると認められる。   (1)母と子の愛をテーマの一つにしており、母蟹はお腹の空いた子蟹が待っているから といって、にぎり飯と柿の種の交換をいったんは断るが、柿の木を育てれば毎年柿が食べ られるという猿の説明に納得して、結局は右交換に応じること (2)結末で、猿はみんなの優しい心に感謝し、木に登って柿の実を取ってきて配り、蟹 やその仲間たちと仲良く暮らすこと  原告は、右の点のほか、臼などの助っ人が猿に反省を求め懲らしめるが、最後は心から 反省した猿を許す構成にしたこと、結びを「罪を憎んで人を憎まず」の教訓にしたことも 独自の表現部分であると主張する。  しかし、証拠(乙一六)によれば、従来から伝えられている「さるかにばなし」には、 大きく分けて、柿の実を投げつけられた蟹が猿に殺され、他の蟹が猿を殺して仇を討つと いう復讐型と、蟹は猿に傷つけられるだけであり、その結末もただ猿を懲らしめて悪心を 改めさせるという膺懲型の二つの系譜があること、現に、昭和二〇年より前に発行された 講談社出版の「猿蟹合戦」(乙一六)では後者のように記述されていることが認められる から、原告の右主張は失当である。  また、右のとおり蟹は傷つけられるが死なないとすれば、子蟹が親蟹の看病をすること はストーリーの展開上当然予想される流れであり、この部分に創作性を認めることはでき ない。 (二)そこで、右の独自の表現を被告書籍が備えているかについて検討するに、被告書籍 (甲三六)では、 (1)親子の愛は特にテーマとはなっていないため、子蟹がお腹を空かせて待っている設 定はなく、柿の木を育てると毎年おいしい柿が食べられるといった貧困対策につながる表 現もない。 (2)結末で、みんなが力を合わせて楽しい毎日を過ごしたという記述はあるが、猿が柿 の木に登って柿の実を採りみんなに配ったという記述はない。  右によれば、被告書籍は、原告書籍の独創的な表現部分である(一)の(1)及び(2) を備えていないから、原告書籍における右各表現部分が創作性を備えているかどうかを問 題にするまでもなく、右各表現との類似性を理由とする著作権侵害の主張は理由がない。 確かに、右(2)で、猿と蟹たちが仲良く暮らしたとする点は両者で共通するが、このこ とは、蟹たちが反省した猿を許すというストーリーの展開上当然予想される流れであり、 この部分だけを取り出して創作性を備えた表現部分と認めることはできない。 (三)その他、原告が別表五において複製権の侵害であると主張する点については、両者 の絵は、全体の構図、猿や蟹等の登場するキャラクターのポーズが異なり、同じ絵である とは認められない(例えば、Dの絵については、親蟹の怪我の部位、親蟹が寝ている布団 の色や模様、木桶と手拭いの位置、床の材質や色等において違いがある。)。  以上によれば、被告書籍の「さるかにばなし」が原告書籍の著作権を侵害するものとは 認められない。 7 「編集権、編集構成権」の侵害について  著作権の対象となる著作物とは、「思想又は感情を創作的に表現したものあって、文芸、 美術又は音楽の範囲に属する」ものをいうところ(著作権法二条一項一号)、原告が「編 集権、編集構成権」の対象として主張する本の版型、ページ数、タイトル名などは、いず れも思想等の表現ではなく、創作に係る要素もないから、著作物性は認められない。した がって、右の点をもって著作権侵害をいう原告の主張は、それ自体失当である。 第四 まとめ   以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由 がない。 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村量一    裁判官 和久田道雄    裁判官 田中孝一