・東京高判平成12年12月25日判時1743号130頁  「中田英寿 日本をフランスに導いた男」事件:控訴審。  本件控訴審判決は、プライバシー侵害を認めた原審判決を維持し控訴棄却した。被告に よる著作権法32条1項(引用)にもとづく抗弁も否定された。 (第一審:東京地判平成12年2月29日) ■判決文 1 プライバシー権の侵害について  控訴人らは、表現の自由が民主政治の基盤を成す権利であることから、公衆の強い関心 の対象となっているプロサッカー選手である被控訴人のプライバシー権は、国民の知る権 利の観点からも、国会議員等の場合と同様、広くその制約を受ける旨主張する。確かに、 表現の自由は民主主義社会において極めて重要な意義を持ち、民主政治の基盤を成すもの であるが、その保護の観点から、どの程度、範囲において個人にプライバシー権の制約を 受忍させることを正当化することができるかを考えた場合に、被控訴人のようにプロサッ カー選手として公衆の関心の対象となっている個人に関する情報を公表する行為と、国会 議員等の公職者やこれらの候補者に関する情報のように、国民の政治的意思決定の前提と なる情報を公開する行為とを同列に論ずることはできないのであって、控訴人らの右主張 は失当というほかはない。  次に、控訴人らは、著名人の伝記本においては、その業績に直接関係ない私生活上の事 実の公表も許されるべきであると一般に認識されている旨主張する。しかし、証拠(甲五 ないし一七、乙六、七。枝番を含む。)によれば、本件書籍以外にも、プロサッカー選手 の半生やその考え方等を紹介した書籍が多数出版されているが、その大部分は、当該選手 がインタビューに答えたり、自身の文章を載せるなどしてその出版に協力しているもので あること、例外的に本人の承諾なく出版販売が企画された「ミスターJリーグ武田修宏」 と題する書籍(乙七)については、当該選手からパブリシティ権に基づいて書籍の出版販 売頒布の禁止等を求める仮処分が申し立てられた(もっとも、右申立ては被保全権利の疎 明を欠くとして却下された。)ことが認められる。右事実に照らすと、本人の同意を得る ことなく、プロサッカー選手の私生活上の事実を公表する伝記本の出版をすることが、社 会通念上一般に許容されているとは到底いうことはできない。  また、控訴人らは、本件書籍には、犯罪歴や特殊な家庭環境、身体的な欠陥、特異な性 癖等の私事性の強い事柄に関する記述はないから、プロサッカー選手になる以前の事柄で、 サッカー競技に直接関係のない事実であっても、一般人の感性を基準として公開を欲しな い事柄ではない旨主張する。しかし、本件書籍には、被控訴人の出生時の状況、身体的特 徴、家族構成、性格、学業成績、教諭の評価等に関する記述が含まれていることは前示 (原判決三七頁二行目から末行まで)のとおりであり、その内容が、控訴人らの例示する 犯罪歴等を含む記述ではないとしても、私事性の強い被控訴人の私生活上の事実であるこ とに変わりはなく、一般人の感性を基準として公開を欲しない事柄に属するというべきで ある。  さらに、控訴人らは、原判決がサッカー競技と直接関係がないとした事実も、プロサッ カー選手中田の重要な構成要素である同人の身体能力、精神力、技術力、判断力そしてサ ッカーに対する姿勢、信念等に関連する事項であるから、プライバシー権を侵害するもの ではない旨主張する。しかし、プロサッカー選手としての個人が同時に私生活を営む一私 人でもある以上、選手としての身体能力、精神力、技術力、判断力等の要素は、同人のす べての身体的、人格的な側面と関連するから、このような事項を公表してもプライバシー 権の侵害は成立しないものとすれば、事実上プロサッカー選手には保護されるべきプライ バシー権がないというに等しいこととなるが、そのような広範なプライバシー権の制約を 受忍させるべき合理的な根拠は見いだせない。  以上のとおり、プライバシー権の侵害に関する当審における控訴人らの主張はいずれも 理由がない。 2 著作権(複製権)の侵害について  控訴人らは、本件詩は、被控訴人の強い精神力や信念について記述した本文の内容を補 足し裏付けるものとして掲載されており、本文に対して従の関係にあるから、著作権法三 二条一項の「引用」に当たる旨主張する。  確かに、本件詩の掲載頁の下部に「中学の文集で中田が書いた詩。強い信念を感じさせ る。」とのコメントが記載されており、また、証拠(甲一)によれば、本件書籍には、被 控訴人の強い精神力、信念を印象付ける記述が多く存在し、その全体の基調の一つともな っていることは認められるが、本件詩については、被控訴人の自筆による原稿が写真製版 によりその全文をそのまま複写する形で掲載されていること、本件書籍の本文中に本件詩 について直接言及した記述が一切見られないこと等の前示の認定(原判決五四頁一行目か ら七行目まで)をも考慮すると、右のような事実から、本文と本件詩の主従関係において、 前者が主、後者が従と認めることはできない。  そうすると、本件詩の掲載が著作権法三二条一項にいう「引用」に当たるということは できず、被控訴人の著作権(複製権)を侵害するというべきである。 三 結論  以上のとおり、原判決は相当であって、控訴人らの本件控訴は理由がないからこれを棄 却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法六七条一項本文、六一条、六五条一 項本文を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第一三民事部 裁判長裁判官 篠原勝美    裁判官 石原直樹    裁判官 宮坂昌利