・東京地判平成12年12月26日  キャンディ・キャンディ商品化事件。  本件は、連載漫画につき、そのストーリーの創作を担当した著述家である原告(名木田 恵子)が、原告に無断で行われた右連載漫画の登場人物の絵の商品化事業について、右は 原告が右連載漫画について有する原著作者としての権利を侵害するものであると主張して、 右商品化事業に関与した被告ら(株式会社フジサンケイアドワーク、朝井匡人、有限会社 アイプロダクション、五十嵐優美子)に対して、著作権侵害を理由とする損害賠償を求め た事案である。  判決は、「本件連載漫画の登場人物の絵のみを利用する行為に対しても、原告は、本件 連載漫画の原著作物の著作者として、著作権を行使し得るものというべきである」として 損害賠償請求を認容した。  損害額の算定に関して、「著作権者は、侵害行為が行われた時点において著作物を具体 的に利用する行為を行っていないとしても、特段の事情のない限り、著作権の保護期間の 満了までの間に著作物を利用する可能性を有するものであるから、侵害者に対して、著作 権法一一四条一項の規定に基づく損害額の賠償を求めることができるというべきである」 としつつ、「しかしながら、著作権者が著作権法一一四条一項に基づく損害額を主張する ことができるのは、著作権者が、著作物を利用する権利を専有し、自らの権原のみに基づ いて著作物を利用することが可能であり、他方、侵害者により販売等のされる侵害品が真 正品と同内容の物として互いに排他的な競争関係に立つことから、侵害品の販売等による 利益をもって著作権者が真正品の販売等により得ることのできたはずの利益と等価関係に 立つという擬制が可能なことによるものというべきであるから、このような前提が存在し ないことが明らかな場合には、著作権法一一四条一項に基づく損害額を主張することは許 されないというべきである」としたうえで、「著作権者の著作物を原著作物として二次的 著作物が作成されている場合において侵害者が二次的著作物の著作権を侵害する物を販売 等している場合や、著作権者の著作物を原著作物として侵害者が無許諾で二次的著作物を 作成してこれを販売等している場合には、著作権者(原著作物の著作権者)は、著作権法 一一四条一項に基づく損害額を主張することは許されないと解するのが相当である」とし て「本件において、原告は、本件連載漫画につき原著作物の著作権者としての権利を有す るにすぎないから、二次的著作物である本件連載漫画の複製権を侵害する物品の販売に対 して、原告が著作権法一一四条一項に基づく損害額の賠償を求める点は失当である」とし 同条2項にもとづく算定がなされた。 ■判決文  《中 略》 3 争点3(原告の被った損害の額)について (一)著作権法一一四条一項に基づく損害額の主張の許否について (1)著作権法一一四条一項は、民法七〇九条の特別規定であり、損害額についての権利 者の立証責任を軽減するものである。すなわち、権利者としては、民法七〇九条に基づい て損害賠償を請求するためには、@故意・過失、A他人の権利の侵害(違法性)、B損害 の発生、C侵害と損害との因果関係、D損害の額を主張立証しなければならないところ、 右のうちC(損害と侵害との因果関係)及びD(損害の額)については、一般にその立証 に困難を伴うことから、権利者の権利行使を容易にするため、これについての推定規定を 設けたものであって、特許法一〇二条二項、実用新案法二九条二項、意匠法三九条二項及 び商標法三八条二項と同趣旨の規定である。  そして、右規定により推定されるのは前記の不法行為の要件事実中のC(侵害と損害と の因果関係)及びD(損害の額)であって、B(損害の発生)までが推定されるものでは ないから、著作権法一一四条一項に基づく損害を主張してその賠償を求める者は、損害の 発生を主張立証しなければならない。  しかし、著作権者は著作物を利用する権利を専有するものであって(著作権法二一条な いし二七条)、市場において当該著作物の利用を通じて独占的に利益を得る地位を法的に 保障されていることに照らせば、侵害者が著作権を侵害する物を販売等する行為は、市場 において侵害品の数量に対応する真正品の需要を奪うことを意味するものであり、著作権 者は、侵害者の右行為により、現在又は将来市場においてこれに対応する数量の真正品を 販売等する機会を喪失することで、右販売等により得られるはずの利益を失うことによる 損害を被ると解するのが相当である。すなわち、侵害者が侵害品の販売等を行った時期に 著作権者が実際に著作物の利用行為を行っていなかったとしても、著作権者において著作 権の保護期間が満了するまでの間に当該著作物を利用する可能性を有していたのであれば、 侵害者の行為により著作権者に損害を生じたということができる。  そうすると、著作権者は、侵害行為が行われた時点において著作物を具体的に利用する 行為を行っていないとしても、特段の事情のない限り、著作権の保護期間の満了までの間 に著作物を利用する可能性を有するものであるから、侵害者に対して、著作権法一一四条 一項の規定に基づく損害額の賠償を求めることができるというべきである。 (2)右のとおり、著作権者が著作権法一一四条一項に基づく損害額を主張してその賠償 を求めるためには、著作権者が著作物を利用する行為を行っていることを要するものでは ない。  しかしながら、著作権者が著作権法一一四条一項に基づく損害額を主張することができ るのは、著作権者が、著作物を利用する権利を専有し、自らの権原のみに基づいて著作物 を利用することが可能であり、他方、侵害者により販売等のされる侵害品が真正品と同内 容の物として互いに排他的な競争関係に立つことから、侵害品の販売等による利益をもっ て著作権者が真正品の販売等により得ることのできたはずの利益と等価関係に立つという 擬制が可能なことによるものというべきであるから、このような前提が存在しないことが 明らかな場合には、著作権法一一四条一項に基づく損害額を主張することは許されないと いうべきである。  そうすると、著作権者の著作物を原著作物として二次的著作物が作成されている場合に おいて侵害者が二次的著作物の著作権を侵害する物を販売等している場合や、著作権者の 著作物を原著作物として侵害者が無許諾で二次的著作物を作成してこれを販売等している 場合には、著作権者(原著作物の著作権者)は、著作権法一一四条一項に基づく損害額を 主張することは許されないと解するのが相当である。けだし、二次的著作物は、原著作物 に依拠してこれを翻案したものであるといっても、原著作物に新たな創作的要素を付加し たものとして、原著作物から独立した別個の著作物として著作権法上の保護を受けるもの であって、原著作物の著作権者であっても二次的著作物の著作権者の許諾なくしては二次 的著作物の利用を行うことができず、また、二次的著作物の販売等により得られた利益に は二次的著作物において新たに付加された創作的部分の対価に相当する部分が含まれてい るからである。すなわち、右のような場合には、原著作物の著作権者は自らの権原のみで は二次的著作物を利用することができず、また、侵害者が二次的著作物を販売等したこと により得た利益をもって原著作物の著作権者の得べかりし利益と等価関係に立つというこ ともできないから、原著作物の著作権者は、著作権法一一四条一項に基づく損害額の賠償 を求めることができないのである。 (3)したがって、本件において、原告は、本件連載漫画につき原著作物の著作権者とし ての権利を有するにすぎないから、二次的著作物である本件連載漫画の複製権を侵害する 物品の販売に対して、原告が著作権法一一四条一項に基づく損害額の賠償を求める点は失 当である。 (二)著作権法一一四条二項に基づく損害額について  《中 略》 4 結論  以上によれば、被告らは、共同不法行為による損害賠償として、原告に対して八六万一 八〇一円及びこれに対する不法行為後(訴状送達の日の翌日)である被告アドワークは平 成一一年九月二二日以降、被告朝井は平成一一年一〇月二四日以降、被告五十嵐及び被告 アイプロは平成一一年九月二四日以降、各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を 連帯して支払うべきものであるから、原告の請求を右の限度で認容することとし、主文の とおり判決する。 東京地方裁判所民事第四六部 裁判長裁判官 三村量一    裁判官 和久田道雄    裁判官 田中孝一