・東京高判平成13年1月23日判時1751号122頁  ケロケロケロッピ事件:控訴審。  控訴棄却。 (第一審:東京地判平成12年8月29日) ■判決文 第3 当裁判所の判断  当裁判所も、控訴人らの本訴請求は理由がないものと判断する。その理由は、次のと おりである。 1 複製権又は翻案権の侵害について (1) 複製権又は翻案権の侵害の要件  著作権法は、21条で「著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。」と規定 し、27条で「著作者は、その著作物を・・・若しくは変形し、・・・その他翻案する 権利を専有する。」と規定しているから、著作者に与えられている、「複製する権利」 (複製権)や変形などの方法で「翻案する権利」(翻案権)の根拠となり得るのは、著 作権法が「著作物」としているものということになる。そして、著作権法が、その2条 1項1号において、「著作物」を「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文 芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」と規定していることからすれば、 著作権法にいう「著作物」と評価されるためには、「表現したもの」であること、言い 換えれば、著作者の思想又は感情が外部に認識できる形で現実に具体的な形で表現され たものであることを要するものというべきである。そして、そうである以上、著作権法 による「著作物」に対する保護が、思想又は感情自体に及ぶことはあり得ないのはもち ろん、思想又は感情を創作的に表現するに当たって採用された手法や着想も、それ自体 としては保護の対象とはなり得ないものというべきである。  これを前提にした場合、ある者(本件では被控訴人)のある作品(本件では被控訴人 図柄)が他の者(著作者、本件では控訴人)の複製権又は翻案権を侵害しているといい 得るためには、その作品(本件では被控訴人図柄)が他の者(著作者、本件では控訴人) の思想又は感情を創作的に現実に具体的に表現したものと同一のもの、あるいは、これ と類似性のあるものであることが必要であるということができる。より具体的に言い換 えれば、その作品(本件では被控訴人図柄)を著作者(本件では控訴人)が現実に具体 的に表現したもの(本件では本件著作物)と比較した場合、後者(本件では本件著作物) 中の、著作者(本件では控訴人)の思想又は感情が外部に認識できる形で現実に具体的 な形で表現されたものとして、独自の創作性の認められる部分について、表現が共通し ており、その結果として、前者(本件では被控訴人図柄)から後者(本件では本件著作 物)を直接感得することができることが必要であるというべきである。 (2) 本件著作物 ア 本件著作物は、カエルを擬人化した図柄である。本件著作物において、その「表現 したもの」における、基本的な表現に注目すると、@顔の輪郭が横長の楕円形であるこ と、A目玉が丸く顔の輪郭から飛び出していること、B胴体が短く、これに短い手足を つけていること、を挙げることができる。  カエルを擬人化するという手法が、少なくとも我が国において広く知られた事柄であ ることは、鳥獣戯画などを持ち出すまでもなく、当裁判所に顕著である。そして、カエ ルを擬人化する場合に、作品が、顔、目玉、胴体、手足によって構成されることになる のは自明である。  擬人化されたカエルの顔の輪郭を横長の楕円形という形状にすること、その胴体を短 くし、これに短い手足をつけることは、擬人化する際のものとして通常予想される範囲 内のありふれた表現というべきであり、目玉が丸く顔の輪郭から飛び出していることに ついては、我が国においてカエルの最も特徴的な部分とされていることの一つに関する ものであって、これまた普通に行われる範囲内の表現であるというべきである。  そうすると、本件著作物における上記の基本的な表現自体には、著作者の思想又は感 情が創作的に表れているとはいえないことになる。  そこで、次に、上記基本的な表現を基礎とする細部の表現について検討する。 イ 本件著作物(1)(別紙(二)(1))  本件著作物(1)は、擬人化されたカエルを正面から描いた図柄であり、顔の形状及び 配置をみると、横長の楕円形の中央に、鼻を表す2個の点及びその下に略⌒状に結んだ 口が描かれており、目玉の配置及び形状をみると、顔の上方には、飛び出した二つの大 きな丸い目玉が若干のすき間を開けて配置され、これらの丸い目玉の上端に二重丸によ り瞳を表した黒目が描かれており、胴体の形状及び配置をみると、顔とほぼ同じ程度の 大きさの略台形状をした胴体であり、その左右上方に細い腕が伸びて、その先端はグロ ーブ様の手のひらとなっており、上記胴体の下部には細い足が伸びて長靴を履いている ことが認められる。また、色彩の面をみると、全体の輪郭が細い藍色の線で描かれてお り、黒目と手足については、全面的に水色に彩色されていること、長靴がピンク色とさ れていることが認められる。 ウ 本件著作物(2)(別紙(二)(2))  本件著作物(2)は、擬人化されたカエルを正面から描いた図柄であり、顔の形状及び 配置をみると、横長の楕円形の中央に、鼻を表す2個の点及びその下に略)状に結んだ 口が描かれており、目玉の配置及び形状をみると、顔の上方には、飛び出した二つの大 きな丸い目玉が若干のすき間を開けて配置され、これらの丸い目玉のほぼ中央に二重丸 により瞳を表した黒目が描かれており、胴体の形状及び配置をみると、顔より小さい略 台形状をした胴体であり、その左右上端に細く短い腕が出て、その先端はグローブ様の 手のひらとなっており、上記胴体の下部には細く短い足が出て長靴を履いていることが 認められる。また、色彩の面をみると、全体の輪郭が細い藍色の線で描かれており、黒 目、顔、胴体及び手足について、全面的に水色に彩色されていること、長靴がピンク色 とされていることが認められる。 エ 本件著作物(3)@(別紙(二)(3)@)  本件著作物(3)@は、擬人化されたカエルが前に倒れて顔を地につけているところを 正面から描いた図柄であり、顔の形状及び配置をみると、横長の楕円形が描かれており、 目玉の配置及び形状をみると、顔の下方に、飛び出した二つの大きな丸い目玉が若干の すき間を開けて配置され、これらの丸い目玉の下端に二重丸により瞳を表した黒目が描 かれており、胴体の形状及び配置をみると、丸い胴体の一部が顔の背後に隠れるように 描かれており、上記胴体の右下部には短い足の一部が見えていることが認められる。ま た、色彩の面をみると、全体の輪郭が細い藍色の線で描かれており、黒目、顔及び足に ついて、全面的に藍色に彩色されていること、胴体が全面的にピンク色に彩色されてい ることが認められる。 オ 本件著作物(3)A(別紙(二)(3)A)  本件著作物(3)Aは、擬人化されたカエルを側面から描いた図柄であり、顔の形状及 び配置をみると、楕円形の左側を大きくえぐって大きく口を開けた状態が描かれ、目玉 の配置及び形状をみると、顔の上方に、飛び出した一つの大きな丸い目玉が配置され、 この丸い目玉の左寄りに二重丸により瞳を表した黒目が描かれており、胴体の形状及び 配置をみると、顔とほぼ同じ程度の大きさの略台形状をした胴体であり、その前後(正 面視すれば左右)上方に細く短い腕が出て、その先端はグローブ様の手のひらとなって おり、上記胴体の下部には細く短い足が出て長靴を履いていることが認められる。また、 色彩の面をみると、全体の輪郭が細い藍色の線で描かれており、黒目、顔及び手足につ いて全面的に藍色に彩色され、胴体が全面的にピンク色に彩色され、目と顔の開口部が 全面的に水色に彩色されていること、長靴がピンク色とされていることが認められる。 カ 本件著作物(3)B(別紙(二)(3)B)  本件著作物(3)Bは、擬人化されたカエルを正面から描いた図柄であり、顔の形状及 び配置をみると、横長の楕円形の中央に、大きく口を開けているところが描かれており、 目玉の配置及び形状をみると、顔の上方には、飛び出した二つの大きな丸い目玉が若干 のすき間を開けて配置され、これらの丸い目玉のほぼ中央に二重丸により瞳を表した黒 目が描かれており、胴体の形状及び配置をみると、顔とほぼ同じ程度の大きさの略台形 状をした胴体であり、その左右上方に細く短い腕が出て、その先端はグローブ様の手の ひらとなっており、上記胴体の下部には足がみえず靴の一部と思われる楕円形のものが 描かれていることが認められる。また、色彩の面をみると、全体の輪郭が細い藍色の線 で描かれており、黒目、顔及び手について全面的に藍色に彩色され、口内、胴体及び靴 様のものがピンク色に彩色されていることが認められる。 キ 本件著作物(3)C(別紙(二)(3)C)  本件著作物(3)Cは、擬人化されたカエルを側面から描いた図柄であり、顔の形状及 び配置をみると、楕円形の右側を大きくえぐって大きく口を開けた状態が描かれ、目玉 の配置及び形状をみると、顔の上方に、飛び出した一つの大きな丸い目玉が配置され、 この丸い目玉の右寄りに二重丸により瞳を表した黒目が描かれており、胴体の形状及び 配置をみると、顔とほぼ同じ程度の大きさの略円形状をした胴体であり、そのほぼ中央 に細く短い腕が出て、何かを持っているかのような構成となっており、上記胴体の下部 には細く短い足が出て長靴を履いていることが認められる。また、色彩の面をみると、 全体の輪郭が細い藍色の線で描かれており、黒目、顔及び手足について藍色に彩色され、 胴体及び長靴がピンク色に彩色され、目と顔の開口部が水色に彩色され、口内が黄色に 彩色されていることが認められる。 ク 本件著作物(3)D(別紙(二)(3)D)  本件著作物(3)Dは、擬人化されたカエルの上半身を正面から描いた図柄(体は横向き) であり、顔の形状及び配置をみると、横長の楕円形の中央に、大きく口を開けていると ころが描かれており、目玉の配置及び形状をみると、顔の上方には、飛び出した二つの 大きな丸い目玉が若干のすき間を開けて配置され、これらの丸い目玉のほぼ中央に笑っ ている表情を表す略∩型の目が描かれており、胴体の形状及び配置をみると、顔とほぼ 同じ程度の大きさの略楕円形状をした胴体であり、そのほぼ中央に細く短い腕が出て、 何かを持っているかのような構成となっていることが認められる。また、色彩の面をみ ると、全体の輪郭が細い藍色の線で描かれており、目、顔及び手について濃い藍色に彩 色され、口内、胴体がピンク色に彩色されていることが認められる。 ケ 本件著作物(3)E(別紙(二)(3)E)  本件著作物(3)Eは、擬人化されたカエルをほぼ正面から描いた図柄であり、顔の形 状及び配置をみると、横長の楕円形の中央に、大きく口を開けているところが描かれて おり、目玉の配置及び形状をみると、顔の上方には、飛び出した二つの大きな丸い目玉 が若干のすき間を開けて配置され、これらの丸い目玉のほぼ中央に笑っている表情を表 す略∩型の目が描かれており、胴体の形状及び配置をみると、顔とほぼ同じ程度の大き さの胴体であるが、テーブルによってその大半が隠されており、上記胴体の下部には細 く短い足が出てスリッパを履いていることが認められる。また、色彩の面をみると、全 体の輪郭が細い藍色の線で描かれており、目、顔及び手足について濃い藍色に彩色され、 口内、胴体及びスリッパがピンク色に彩色されていることが認められる。 コ 本件著作物(4)@及びA(別紙(二)(4)@及びA)  本件著作物(4)@は、擬人化されたカエルを正面から描いた図柄であり、顔の形状及 び配置をみると、横長の楕円形の中央に、鼻を表す2個の点及びその下に略Uの字に結 んだ口が描かれており、目玉の配置及び形状をみると、顔の上方には、飛び出した二つ の大きな丸い目玉が若干のすき間を開けて配置され、これらの丸い目玉の下端に接する ように二重丸により瞳を表した黒目が描かれており、胴体の形状及び配置をみると、顔 とほぼ同じ程度の大きさの胴体であり、略台形状の服を着ており、胴体の左右上端に、 わずかに見える腕とその先端にグローブ様の手のひらが描かれ、上記胴体の下部には細 く短い足が出て長靴を履いていること、両手には、Aの英文字を書いた四角い紙様のも のを持っていることが認められる。また、色彩の面をみると、全体の輪郭が太い藍色の 線で描かれており、黒目、顔、胴体及び手足について、全面的に水色に彩色されている こと、長靴がピンク色とされていることが認められる。  本件著作物(4)Aは、本件著作物(4)@と比べると、両手に持っている四角い紙様のも のに書かれた英文字がBであるという点で相違し、その余は同じである。 サ 以上、認定したところによれば、本件著作物のいずれについても、前記基本的表現 自体には「著作物」の要件としての創作性を認めることができないという以外にない。 しかし、それを現実化するに当たっての細部の表現においては、擬人化したカエルの図 柄に、形状、配置、配色によるバリエーション(変形、変種)を与えることによって、 表現全体として作者独自の思想又は感情が表現されているということができ、ここに創 作性を認めることができる。 (3) 本件著作物と被控訴人図柄との対比 ア 上記認定のとおり、本件著作物は、上記認定の形状、図柄を構成する各要素の配置、 色彩等による細部の表現により表現全体として独自の創作性を認めることができるもの であるから、被控訴人図柄が本件著作物を複製又は翻案したものであるといい得るか否 かは、上記細部の表現について、両者の表現が共通していて、その結果、被控訴人図柄 から本件著作物を直接感得できる状態にあるか否かにより定まることになる。  以下、これについて考察する。 イ 被控訴人図柄@(別紙(一)@)  被控訴人図柄@は、擬人化されたカエルを正面から描いた図柄であり、顔の形状及び 配置をみると、横長の楕円形の下方に略〉状に結んだ口が描かれており、目玉の配置及 び形状をみると、顔の上方に、飛び出した二つの大きな丸い目玉が相互に接して配置さ れ、左(見る者から見て)の目玉の右寄りには、ウインクしている表情を表す略>状の 目が、右の目玉の左寄りには、丸く小さな黒目が描かれており、胴体の形状及び配置を みると、顔より小さい略台形状をした胴体であり、蝶ネクタイのついた緑色の縦の縞模 様の服を着ており、胴体の左右上端に腕と手のひらの区別のない、太く短い手が出て、 その先端には小さな三つの凹凸が描かれており、上記胴体の下部には、先端が緩い三つ の凹凸となった足の先が出ていることが認められる。また、色彩の面をみると、全体の 輪郭が太い黒色の線で描かれており、顔及び手足について、全面的に黄色に彩色され、 両頬の中央が丸くピンク色に彩色されていることが認められる。 ウ 被控訴人図柄C(別紙(一)C)  被控訴人図柄Cは、被控訴人図柄@と比べると、口が略)状に結ばれている点、二つ の大きな丸い目玉の中の目が、略∩状であり、笑っている表情を表している点、服の縞 模様が水色である点、手足の動きが異なる点で相違し、その余は同じである。 エ 被控訴人図柄D(別紙(一)D)  被控訴人図柄Dは、被控訴人図柄@と比べると、二つの大きな丸い目玉の中の目がい ずれも丸く小さな黒目に描かれ、また、目玉の上方に3本の睫毛が描かれている点、服 の縞模様がピンク色である点、手足の動きが異なる点で相違し、その余は同じである。 オ 上記のとおり、独自の創作性を認めることができる本件著作物の形状、図柄を構成 する各要素の配置、色彩等による具体的な表現全体に関して、本件著作物(1)、(2)、(3) @ないしE、(4)@及びAと、被控訴人図柄@、C及びDを、それぞれ個別的に対比し てみると、輪郭の線の太さ、目玉の配置、瞳の有無、顔と胴体のバランス、手足の形状、 全体の配色等において、表現を異にしていることが明らかであり、このような状況の下 で、被控訴人図柄を見た者が、これらから本件著作物を想起することができると認める ことはできないから、被控訴人図柄を、そこから本件著作物を直接感得することができ るものとすることはできないというべきである。 (4) 控訴人は、基本となるキャラクターが共通していれば、このキャラクターに特徴 を持たせて差別化を図り、それにより個性を出すことが行われたとしても、同じキャラ クターであると認識することができる限り、複製権又は翻案権の侵害に当たるという趣 旨の主張をする。  しかし、著作権法によって保護されるのは、「表現したもの」、すなわち、現実にな された具体的表現を通じて示された限りにおいての創作性であり、その意味では、著作 権法によって保護されるのは、現実になされた具体的な表現のみであるというべきであ る。ただし、現実になされた具体的な表現に創作性が認められる場合に、次に問題とな るのは当該著作物の保護の範囲であり、具体的な保護の範囲を検討するに当たって、本 来それ自体としては著作権法上の保護の対象とならない思想又は感情自体、あるいは、 表現手法ないしアイデアの創作性、その延長上で、キャラクターの創作性が影響を及ぼ すことがあることは否定できないところである。そして、キャラクターとして把握され るもの及びその創作性のいかんによっては、当該キャラクターを創作し、それを現実に 具体的な図柄として表現した者は、その図柄を著作物とする保護の範囲として、当該キ ャラクターを現実化した図柄すべてを主張することが許されることもあり得るであろう。  しかしながら、前述したとおり、カエルを擬人化するという手法が広く知られた事柄 であることは明らかであり、カエルを擬人化する場合に、顔、目玉、胴体、手足によっ て構成されることになることも自明である。そして、本件著作物の基本的な表現に着目 してみる限り、前述のとおり、それは、通常予想されるありふれた表現といい得る範囲 に属するものであるから、これ自体を保護に値するキャラクターの構成要素とすること はできず、細部の表現によって構成されるところから抽象化されるものを本件著作物の キャラクターと把握する場合には、被控訴人図柄を同一のキャラクターの具体化とみる ことができないものであることは、前述したところから明らかである。  そうすると、本件著作物の具体的表現を捨象した抽象的概念と考えられるキャラクタ ーをいかなる内容のものとして把握するとしても、それを考慮することにより、前記(3) の判断が左右されることはあり得ないことになる。 (5) 以上によれば、被控訴人図柄が本件著作物の複製権又は翻案権を侵害したものと いうことはできないことは、その余の点について判断するまでもなく明らかである。 2 被控訴人図柄の著作者等の開示について  被控訴人図柄の著作者等の開示に係る主張が、理由のないものであることは、上述し たところに照らし明らかである。 3 結論  以上検討したところによれば、控訴人の本訴請求は、いずれも理由がないから、原判 決は結論において相当であって、本件控訴は理由がない。よって、本件控訴を棄却する こととし、控訴費用の負担について、民事訴訟法67条、61条を各適用して、主文の とおり判決する。 東京高等裁判所第六民事部 裁判長裁判官 山下和明    裁判官 山田知司    裁判官 宍戸 充