・東京地判平成13年1月30日  ユトリロ展覧会事件。  原告(ジャン・ファブリス)は、フランス人の画家であるモーリス・ユトリロ(以下、 単に「ユトリロ」という。)の絵画の鑑定人であり、ユトリロの著作物に対する著作権の 二分の一を有すると主張する者である。本件において、原告は、被告国を除くその余の被 告ら(株式会社岩手日報社、株式会社新潟日報社ほか)が開催し又はそれに関与したユト リロの絵画の展覧会に関し、@ 贋作を真作として展示し、カタログに複製したことによ り原告の人格権が侵害された、A 原告の許諾を得ることなくカタログにユトリロの絵画 を複製して掲載したことにより原告の著作権(複製権)が侵害された、と主張して、右被 告らに対し、著作権及び人格権に基づき右カタログの複製、頒布の差止め、人格権に基づ き謝罪広告の掲載、著作権及び人格権の侵害に基づき損害賠償を求めるとともに、被告国 に対しては、展覧会を主催する者に対し、展示予定作品につき贋作を展示したりカタログ に掲載しないよう、またカタログへの作品の掲載につき著作権者の承諾を得るよう指示、 助言すべき注意義務を怠ったと主張して、国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を求めて いる。  判決は、一部の被告各社による著作権侵害を認めて損害賠償を命じたが、ユトリロに対 する敬愛の情に基づく請求および鑑定人としての名誉の毀損を理由とする損害賠償請求に ついては棄却し、国に対する請求および被告高島屋に対する請求は却下または棄却した。 ■判決文 四 争点4(ユトリロに対する敬愛の情に基づく請求の当否)について 1 原告は、@ 原告がリュシー・ヴァロールの秘書として同人に仕えたこと、A 同人 の死後も一貫してモーリス・ユトリロ・アソシエーションの会長としてユトリロの著作物 の保護等の活動に携わっていることなどを挙げて、原告のユトリロに対する敬愛の情は、 人格権として不法行為法上の保護に値する旨主張する。 2 一般に、条文(民法七一〇条)に明文で規定されている身体、自由、名誉といった権 利のほか、一定の個人の人格に関わる権利ないし利益は、「人格権」と呼べるか否かは別 として、不法行為法上の保護を受け得る場合があると認められる(最高裁昭和五八年(オ) 第一三一一号同六三年二月一六日第三小法廷判決・民集四二巻二号二七頁参照)。そして、 当該権利、利益が不法行為法上の保護を受け得るかどうかは、個々の権利、利益の内容に 照らし、具体的に検討する必要があり、その際には関連する法の規定をも斟酌するのが相 当である。 3 ところで、著作者の死後における人格的利益の保護に関する規定である著作権法一一 六条は、著作者の死後における人格的利益の保護の実効性を期するため、著作者の人格と 親密な関係を有し、その生前の意思を最も適切に反映することができると考えられるその 配偶者若しくは二親等内の血族又は著作者の遺言で指定された者が、その著作者人格権の 侵害となるべき行為に対し、差止請求権又は名誉回復等措置請求権を行使し得ることとし ている。そして、著作者人格権が、もともと著作者の一身に専属し、譲渡することができ ない権利であること(著作権法五九条)からすれば、著作権法一一六条に定める遺族等以 外の者は、著作者の死後において著作者人格権を保護するための措置を執ることはできな いことはもちろん、その人格的利益の保護を求めることもできないと解するのが相当であ る。また、請求の主体の点をおくとしても、原告主張の事実をもってしては、いまだ、原 告のユトリロに対する敬愛の情は、私的な感情にとどまるものであって、法的な保護に値 する利益と認めることはできない。 4 以上によれば、原告のユトリロに対する敬愛の情に基づく差止め、損害賠償及び謝罪 広告掲載の各請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。  五 争点5(鑑定人としての名誉の毀損を理由とする損害賠償請求)について  原告は、本件絵画2が贋作であることを前提に、これが本件展覧会で展示されたこと、 これを複製して掲載した本件カタログが頒布されたことにより、原告が贋作に展覧会歴や カタログ歴を作ることに加担したという外形が作出され、その結果ユトリロの絵画の鑑定 人としての原告の名誉が毀損されたと主張する。 しかし、仮に原告がユトリロの絵画について権威ある鑑定人であるとしても、そのこと及 び原告がユトリロの著作物につき著作権の二分の一の持分を有することを知っているのは、 我が国では一部の美術関係者に限られると認められる上に、本件全証拠によっても、右各 絵画について、原告が何らかの鑑定をし、あるいは本件展覧会の開催に関与した旨が、本 件展覧会における表示や本件カタログその他の配付資料に記載された事実を認めることは できないから、原告主張の外形の作出及び鑑定人としての名誉の毀損が生じたことを認め ることはできない。  したがって、ユトリロの絵画の鑑定人としての名誉の毀損を理由とする損害賠償請求は 理由がない。