・東京高判平成13年1月31日判時1744号120頁  ESPRIT事件。  商品の小売業は、商標法上の「役務」に該当しないとして、商品の小売を指定役務と する商標は商標法6条1項の要件を具備しないとした審決が維持された。  判決は、「商標法にいう「役務」とは、他人のためにする労務又は便益であって、付 随的でなく独立して市場において取引の対象となり得るものをいうと解するのが相当で ある」としたうえで、商品の小売は「サービス自体が独立して取引の対象となっている ものとはいえない」とした。 ■判決文 第5 当裁判所の判断 1 小売業における役務の独立性について  一般に、役務とは他人のためにする労務又は便益をいうと解されるところ、商標は、 商品又は役務に使用され、自他の商品又は役務の識別機能を有し、出所表示機能、品質 保証機能を果たし得るものでなければならないのであるから、商標法にいう「役務」と は、他人のためにする労務又は便益であって、付随的でなく独立して市場において取引 の対象となり得るものをいうと解するのが相当である。したがって、商品の譲渡に伴っ て付随的に行われるサービスは、それ自体に着目すれば他人のためにする労務又は便益 に当たるとしても、市場において独立した取引の対象となり得るものでない限り、商標 法にいう「役務」には該当しないと解すべきである。  このような観点から、本願商標の指定役務とされる商品の小売の独立性を見るに、一 般に、小売業においては、店舗設計や商品展示がそれ自体顧客に対する便益の提供とい う側面を有しており、また、店員による接客サービスも、それ自体としては顧客に対す る労務又は便益の提供に当たるということができる。そして、原告は、これらの点に着 目して、小売は独立した役務として経済行為の対象となっている旨主張するが、小売は あくまでも商品の販売を目的とするものであって、原告の主張する付随サービスは、商 品の販売を促進するための手段の一つにすぎないというべきであり、現に、商品の小売 において、商品本体の価格とは別にサービスの対価が明示され、独立した取引としての 対価の支払が行われているものではない。この点につき、原告は、これらのサービス活 動は商品価格に上乗せされている旨主張するが、仮に、そのような上乗せが事実上され ているとしても、商品本体の価格とは別に対価が支払われることのないものである以上、 サービス自体が独立して取引の対象となっているものとはいえない。  また、原告は、商品の小売は、商標法2条1項1号にいう「業として商品を譲渡する」 行為ではなく、同項2号にいう「業として役務を提供し、又は証明する」行為に該当す ると解すべき旨主張する。しかし、同項1号は商品の「譲渡」について何らの限定も加 えておらず、そうすると、文理上、生産者から消費者への直接的な移転、又は、生産者 から流通業者への移転、流通業者間の移転及び流通業者から最終消費者への移転のすべ てが譲渡に包含されるものと解するのが自然であり、また、商品の小売を、原告の主張 するように「第三者が生産し、第三者がその品質を証明し、第三者によって譲渡された 商品を、需要者のために選択し、購買の機会を与える」行為と解するとしても、これを 上記のような商品の移転(流通)過程から除外して扱うべき合理的な理由を見いだすこ とができないばかりか、商品の小売に該当するかどうかについて混乱が生ずることも避 けられない。  したがって、原告の上記主張は採用することができず、小売において提供される原告 主張のような付随サービスは、独立して市場において取引の対象となり得るものではな いというべきである。 2 国際協調の軽視について  原告は、ニース協定第7版(1997年1月1日発効)において、第35類の注釈と して「他人の便宜のために各種商品を揃え(運搬を除く)、顧客がこれらの商品を見、 かつ、購入するために便宜を図ること」が同類に含まれる「サービス」として特に掲げ られていること、多くの国が小売サービスの商標登録を事実上認めており、そのような 取扱いが世界的なすう勢であることを主張する。  商標法6条は、「商標登録出願は、商標の使用をする一又は二以上の商品又は役務を 指定して、商標ごとにしなければならない。」(1項)、「前項の指定は、政令で定め る商品及び役務の区分に従ってしなければならない。」(2項)と規定し、これを受け た商標法施行令1条は、同別表による「商品及び役務の区分」の各区分に属する商品及 び役務はニース協定1条に規定する国際分類に即して通商産業省令で定める旨規定して いる。  しかし、乙第8号証によれば、ニース協定は、同じ第35類の注釈として、「この類 には、特に、次のサービスを含まない。」との項に「主たる業務が商品の販売である企 業、すなわち、いわゆる商業に従事する企業の活動」を掲げていることが認められ、こ れによる限り、商品の小売はこの「商品の販売」に当たると解されるところであって、 原告の主張に係る上記注釈の記載が、「小売店サービス」がニース協定の国際分類にい う「サービス」に含まれることを意味するものとはいえない。また、原告も自認すると おり、そもそもニース協定の国際分類は、同盟国の取扱いを拘束するものではなく(ニ ース協定2条(1))、各国の運用をいう点も、そのこと自体、商品の小売が我が国商 標法上の役務に当たるかどうかの解釈に直接影響を及ぼすようなものではない。なお、 原告は、小売サービスについて商標登録を認めるのが世界的なすう勢であるとも主張す るが、乙第2〜第8号証並びに弁論の全趣旨によれば、「小売店サービス」の商標登録 の可否については、1987年以来、世界知的所有権機関(WIPO)のニース協定専 門家委員会及び同準備作業部会において繰り返し議論されてきたが、米国等全面的に賛 成する諸国、ニュージーランド等条件付で賛成する諸国がある一方で、我が国のほか被 告主張のような相当数の諸国が反対していたこと、こうした状況の下で、1995年に、 いわば妥協の産物として、上記のとおり、ニース協定の第35類の注釈として、「他人 の便宜のために各種商品を揃え(運搬を除く)、顧客がこれらの商品を見、かつ、購入 するために便宜を図ること」との文言が加えられたが、「この類には、特に、次のサー ビスを含まない。」との項に「主たる業務が商品の販売である企業、すなわち、いわゆ る商業に従事する企業の活動」を掲げている従来の文言はそのまま存置され、1997 年1月1日に発効した経緯のあることが認められるから、原告主張のように小売サービ スについて商標登録を事実上認めている諸国があり、また、同旨をいう欧州商標庁の審 決等があるからといって、それが世界的なすう勢であるということもできない。  したがって、原告の上記主張は、立法論としては格別、我が国の現行商標法の解釈論 として、商品の小売から成る本願商標の指定役務の役務該当性を否定した審決の判断を 誤りとする根拠とはならないものというべきである。 3 以上のとおり、原告主張の審決取消事由は理由がなく、他に審決を取り消すべき瑕 疵は見当たらない。  よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担並びに上告 及び上告受理の申立てのための付加期間の指定につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟 法61条、96条2項を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第13民事部 裁判長裁判官 篠原 勝美    裁判官 長沢 幸男    裁判官 宮坂 昌利