・東京地判平成13年5月16日  東京リーガルマインド事件。  原告ら(アドビ・システムズ・インコーポレーテッド、マイクロソフト・コーポレーシ ョン、アップル・コンピュータ・インコーポレーテッド)は、コンピュータ・プログラム についての著作権を有するが、被告(株式会社東京リーガルマインド)による複製行為が 行われたとして、被告に対し、同プログラムの使用行為の差止めおよび損害賠償を求めた 事案である。被告は、「高田馬場西校」校舎において、設置された多数のコンピュータに 本件プログラムを原告らの許諾なしにインストールして複製し、もって、原告らの複製権 を侵害したという点については争いがない。なお、平成11年5月20日に証拠保全とし ておこなわれた検証手続により、136台のコンピュータ内の記憶装置に、本件プログラ ムの無許諾複製がされている事実が確認されている。また、被告は、原告らから違法複製 品の使用の中止を求められた後、新たに本件プログラムの使用を希望して、自ら選択して、 本件プログラムの正規複製品を購入している。  判決は、「原告らの受けた損害額は、被告の得た前記利益額と同額であると推定される べきである。また、原告らの受けた損害額を許諾料相当額により算定すべきであるとした 場合も、許諾料相当額はこれと同額であると解するのが相当である」として、正規品1個 当たりの小売価格をもとに損害額を算定し、「本件においては、原告らの受けた損害額は、 被告が本件プログラムを違法に複製した時点において、既に確定しているとみるのが相当 である」としたうえで、原告アドビに5597万5600円、原告マイクロソフトに13 60万7000円、原告アップルに1513万7800円の損害賠償請求を認容した。 ■争 点 (1) 差止めの必要性 (2) 損害額 ■判決文 第3 争点に対する判断 1 争点(1)(差止めの必要性)について  証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば、被告が、本件検証手続後、西校校舎を含め、 全事業所におけるプログラム使用状況を調査し、正規に購入した複製品以外のものの使用 を中止し、保有コンピュータの内部記憶装置のすべてから該当プログラムを抹消し、適法 な使用許諾プログラムに置き換えたことが認められる。  そうすると、被告による著作権侵害行為が今後も継続して行われるおそれは解消したと 認めることができ、原告らの請求中、被告による本件プログラムの使用の差止めを求める 部分は理由がない。 2 争点(2)(損害額)について (1) 検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。  平成11年5月20日、西校校舎において実施された本件検証手続の結果、西校校舎4 階の41教室に16台、同42教室に47台、同43教室に45台、同44教室に46台、 4階廊下部分に1台、1階の各室に合計64台、合計219台のコンピュータが存在する ことが確認された。  西校校舎に存在した全219台のコンピュータのうち合計136台を対象として本件検 証手続が行われ、83台(44教室の11台、4階廊下部分と1階各室の合計65台、4 1ないし43教室の合計7台のコンピュータ)については、時間的制約により、本件検証 手続の対象外とされた。  そして、上記136台のコンピュータ内の記憶装置に、別紙検証結果表記載のとおりの 本数の本件プログラムの無許諾複製がされている事実が確認された。 (2) 西校校舎に存在した全219台のコンピュータのうち、83台を除外した合計13 6台に係る侵害行為によって得た被告の利益額は、別紙侵害品目録1ないし3記載のとお り、無許諾複製したプログラムの数に正規品1個当たりの小売価格(価格は弁論の全趣旨 により認める。)を乗じた額であると解するのが相当である。そうすると、原告アドビ分 は3160万1000円となり、原告マイクロソフト分は768万1800円となり、原 告アップル分は854万6000円となる。ところで、西校校舎内における各コンピュー タの使用態様は、本件検証の対象とされた136台と対象とされなかった83台との間で 相違がないものと解するのが合理的であるから、西校校舎に存在した219台の全コンピ ュータに係る侵害行為によって得た被告の利益額は、上記136台分の利益額に136分 の219を乗じた額と推認するのが相当である。そうすると、原告アドビ分は5088万 6900円となり、原告マイクロソフト分は1237万円となり、原告アップル分は13 76万1600円となる(いずれも下2桁を四捨五入した。)。  そして、原告らの受けた損害額は、被告の得た前記利益額と同額であると推定されるべ きである。また、原告らの受けた損害額を許諾料相当額により算定すべきであるとした場 合も、許諾料相当額はこれと同額であると解するのが相当である。 (3) 被告の著作権侵害行為と相当因果関係が認められる弁護士費用としては、本件事案 の内容、性質、訴訟経緯等一切の事情を総合すると、前記(2)の損害額の10パーセント を乗じた金額をもって相当と解する。そうすると、原告アドビ分は508万8700円と なり、原告マイクロソフト分は123万7000円となり、原告アップル分は137万6 200円となる(いずれも下2桁を四捨五入した。)。 (4) 以上のとおり、原告らについての損害額は、原告アドビについては5597万56 00円となり、原告マイクロソフトについては1360万7000円となり、原告アップ ルについては1513万7800円となる。 (5) 原告らの主張に対する判断 ア 原告らは、西校校舎での無許諾複製状況から他の事業所においても同様の無許諾複製 の事実が推認されるべきである旨主張する。  しかし、被告の西校校舎以外の事業所において、本件プログラムの無許諾複製がされて いる事実を認めるに足りる証拠は一切なく、また、他の事業所はそれぞれ西校校舎とは使 用目的、使用状況が異なると考えられるから、他の事業所における無断複製の事実及びそ の規模を、西校校舎における無断複製状況を基礎として推認することも相当でない。原告 らの上記主張は理由がない。 イ 原告らは、許諾料相当額は正規品小売価格の2倍相当額を下らない旨主張する。  しかし、本件全証拠によるも、そのような事実を認めることはできない。原告らの上記 主張は理由がない。 ウ 原告らは、被告がその業務において、本件プログラムを使用して、年間153億円の 利益を上げていることをとらえて、正規品小売価格相当額以外に別途5000万円以上の 利益を得ているので、上記合計金額が原告らの受けた損害額と推定されるべきである旨主 張する。  しかし、本件プログラムの無許諾複製によって被告の得た利益額は、正規品小売価格相 当額により評価し尽くされ、これを超えると解するのは相当でなく、本件において、被告 が違法複製品を使用した回数や期間を考慮するのは相当でないというべきである。したが って、原告らの受けた損害額は、正規品の小売価格相当額を超える額と推認することはで きない。原告らの上記主張は理由がない。 (6) 被告の主張に対する判断  被告は、西校校舎内の本件プログラムについての違法複製品をすべて正規品に置き換え、 正規品を購入することによって許諾料全額を支払ったから、原告らの損害は生じていない と主張する。  しかし、被告の上記主張は、以下のとおり失当である。  すなわち、被告の原告らに対する著作権侵害行為(不法行為)は、被告が本件プログラ ムをインストールして複製したことによって成立し、これにより、被告は、本件プログラ ムの複製品の使用を中止すべき不作為義務を負うとともに、上記著作権侵害行為によって、 原告らに与えた損害を賠償すべき義務を負う。そして、本件のように、顧客が正規品に示 された販売代金を支払い、正規品を購入することによって、プログラムの正規複製品をイ ンストールして複製した上、それを使用することができる地位を獲得する契約態様が採用 されている場合においては、原告らの受けた損害額は、著作権法114条1項又は2項に より、正規品小売価格と同額と解するのが最も妥当であることは前記のとおりである。そ の意味で、本件においては、原告らの受けた損害額は、被告が本件プログラムを違法に複 製した時点において、既に確定しているとみるのが相当である。  確かに、被告は、原告らから違法複製品の使用の中止を求められた後、新たに本件プロ グラムの使用を希望して、自ら選択して、本件プログラムの正規複製品を購入したこと、 上記正規品は、違法複製品と同一又は同種(違法複製品とは版の異なるものも存在する。) のものであることが窺える。しかし、被告の上記行為は、不法行為と別個独立して評価さ れるべき利用者としての自由意思に基づく行動にすぎないのであって、これによって、既 に確定的に発生した原告らの被告に対する損害賠償請求権が消滅すると解することは到底 できない(もとより、弁済行為と評価することもできない。)。顧客は、価格相当額(許 諾料相当額)を支払うことにより当該正規品(シリアル番号が付された特定のプログラム の複製品)を将来にわたり使用することができる地位を獲得するが、その行為(当該正規 品についての所定の条件の下での使用許諾申込みを承諾する行為)により発生した法律関 係が、顧客と著作権者らとの間において既に成立した権利義務関係(損害賠償請求権の存 否又は多寡)に影響を及ぼすものではないことはいうまでもない。  この点、被告は、当初から正規品を購入した場合や、最後まで正規品を購入しなかった 場合と不均衡が生ずるから不都合である旨主張する。しかし、当初から正規品を購入した 場合には違法複製行為がないのであるから、損害を賠償する義務がないのは当然のことで あって不均衡とはいえないし、最後まで正規品を購入しなかった場合には、本件プログラ ムの複製物の使用が許されないのであって、自らの自由意思により、正規品を購入して将 来にわたり使用する地位を確保した本件のような場合とはその前提を異にするから、やは り不均衡とはいえない(被告において、本件プログラムに係る正規品を購入せず、他社の プログラムを購入するという選択もできる。)。さらに、本件全証拠によるも、被告が正 規品を購入したことにより、原告らが被告に対して、損害賠償義務を免除する旨の意思表 示をしたと認めることもできない。したがって、上記主張は理由がない。 3 結論  よって、原告らの本件請求は、主文第1項記載の限度で理由があるからこれを認容し、 その余を棄却する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 飯村 敏明    裁判官 石村 智 裁判官沖中康人は,転補のため署名押印することができない。 裁判長裁判官 飯村 敏明