・東京高判平成13年5月22日  オリンパス発明報奨金事件:控訴審  本件は、一審被告(オリンパス光学工業)の従業員であった一審原告が、在職中にし た職務発明につき、一審被告に対し、特許法35条3項に基づく相当の対価の支払を請 求し、これにつき原判決が一審原告の請求を一部認容して、228万9000円の支払 いを認容したところ、当事者双方が、これを不服として、控訴を提起した事案である。 一審原告は、5228万9000円(このうちのは、原判決が認容した分である。)の 支払を求める。  判決は両者の控訴を棄却した。 (第一審:東京地判平成11年4月16日、上告審:最判平成15年4月22日) ■判決文 第3 当裁判所の判断  当裁判所も、一審原告の本訴請求は、原判決の認容した限度で理由があると判断する。 その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実及び理由の「第三 争点に対する 判断」欄記載のとおりであるから、これを引用する。  1 被告規定の性質について  特許法は、その35条3項で「従業者等は、契約、勤務規則その他の定により、職務発 明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ、又は使用者等のため 専用実施権を設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と定めている。  一審被告は、使用者等は、上記条項にいう「勤務規則その他の定」によって、職務発明 に係る特許権等の使用者等に対する承継等だけでなく、特許権等の承継等の「相当の対価」 の額も、従業者等の同意なしに、一方的に定め得る旨主張する。  しかしながら、使用者等は、職務発明に係る特許権等の承継等に関しては、同項の、 「勤務規則その他の定」により、一方的に定めることができるものの、「相当の対価」の 額についてまでこれにより一方的に定めることはできないものと解するのが相当である。  上記条項は、職務発明に係る特許権等の承継等を生じさせるものとして、従業者等の意 思を必須の要素とする「契約」と並んで、従業者等の意思を要素としない「勤務規則その 他の定」を明確に定めているから、使用者等が、従業者等の意思いかんにかかわらず、 「勤務規則その他の定」により、一方的に承継等を生じさせることは、文言上、明らかで ある。しかし、同条項の「契約、勤務規則その他の定により」がかかるのが、「承継させ」、 「設定する」のみであることは、構文上明らかというべきであるから、同条項の文言を、 一審被告の上記解釈の根拠とすることは不可能である。同条項は、「従業者等は、・・・ 承継させ、・・・設定したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有する。」として、 従業者等は、その意思によるにせよ、その意思に反してであるにせよ、職務発明に係る特 許権等の承継等があったときには、「相当の対価」の支払を受ける「権利」を有すること を明瞭に定めている。このように、従業者等に「権利」として支払を受けることの認めら れた「相当の対価」の具体的な額を、当該権利に関する義務者である使用者等が一方的に 定め得るとすれば、それは、法律上、むしろ異様な状態というべきである。  上記条項を、同条1項(「使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」とい う。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。) がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至った行為がその 使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。) について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその 発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。」)及び4 項(「前項の対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明が されるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」)の規定と 併せて読めば、同条の立法の趣旨は、従業者等の職務発明についての特許権等が本来従業 者等に帰属するものであることを明らかにしてこれを出発点としつつ(同条1項)、使用 者等と従業者等との利益を衡量したうえで、職務発明に係る特許権等の帰属自体について は、これを当事者間の合意に委ねるのみでは、使用者等の利益保護が不十分であるとの見 地から、使用者等が、従業者等の同意なしに、「勤務規則その他の定」により、職務発明 に係る特許権等を使用者等に承継等させることができるものとしたうえで、しかし、その 場合には、従業者等は、「相当の対価」の支払を受ける「権利」を取得するものとして、 従業者等の利益保護を図り、使用者等と従業者等との間の利害を合理的に調整しようとす ることにあることが、明らかである。使用者等が、一方的に、特許権等譲渡の対価を定め ることができ、従業者等がその定めに拘束されるとしたのでは、使用者等の利益に偏し、 上記立法趣旨に反することは論ずるまでもないところである。また、同条の上記立法趣旨 に照らせば、特許法35条3項、4項を強行規定と解すべきことも、当然というべきであ る。  現に多数の企業がその職務発明規定において定めているように(乙第1、第34、第3 6号証)、使用者等が、画一、公平な事務処理の観点から、あるいは、特許を受ける権利 が特許登録されるまでに時間を要し、承継等の時点で相当の対価を算出するのが困難であ る等の理由から、あらかじめ「勤務規則その他の定」により、職務発明に係る特許権等の 承継等の相当の対価につき、出願補償、登録補償、工業所有権収入取得時補償等に分ける などしつつ、その算定基準や支払時期等を定めておくことが許されることはいうまでもな い。そして使用者等によって定められたところが特許法35条3項、4項の趣旨に照らし て合理的であり、具体的な事例に対するその当てはめも適切になされた場合には、それに より従業者等は「相当の対価」の支払を受けることになるであろう。しかしながら、上記 のとおり、特許法35条3項、4項は、強行規定であるから、上記定めが、これらに反す ることができないことは明らかである(就業規則に関する労働基準法92条1項参照)。 したがって、上記定めにより算出された対価の額が、特許法35条3項、4項にいう相当 の対価に足りないと認められる場合には、従業者等が対価請求権を有効に放棄するなど、 特段の事情のない限り、従業者等は、上記定めに基づき使用者等の算出した額に拘束され ることなく、同項による「相当な対価」を使用者等に請求することができるものと解すべ きである。  一審被告は、このような解釈は、職務発明の譲渡に対しては、いったん社内規定により 支払われても、別段の請求があれば、常に、更に何らかの「相当の対価」の額を当該従業 者等に支払わなければならないということになり、現在の企業内の発明及びその実施の実 態とあまりにもかけ離れたもので、到底採り得ないものであり、このような事情の下では、 日本企業の多くが発明の取扱いに窮し、特許管理の崩壊をもたらすことになる旨主張する。 しかしながら、上記解釈を採用したからといって、別段の請求があれば、常に更に支払わ なければならないことになるわけではない。上記のとおり、社内規定が特許法35条3項、 4項に照らして合理的であり、かつ、具体的事例に対するその当てはめも適切になされた ときには、それにより、従業者等が相当な対価の支払を受けることになるからである。一 審被告の主張は、結局のところ、使用者等が相当の対価の上限を任意に定めることができ、 特許法35条4項に基づき算出される相当の対価が、規定で定めた上限を超える場合であ っても、規定を超える額の請求を制限できるとするものであって、明らかに上記強行法規 に反する主張である。一審被告が主張するように、日本企業の多くがこれまで社内規定に より相当の対価の額を一方的に定め、どのような場合にもそれ以上の請求はできないとし ていた実態があるとしても、それは、強行法規に違反する取扱いが事実上行われてきたこ とを示すにすぎず、そのことは、何ら、上記解釈を採ることの妨げとなるものではない。  一審被告は、一審原告が、就職時に、会社の就業規則その他の諸規程の遵守を誓った誓 約書(乙第10号証)を提出しており、これにより被告規定について包括的な同意をした 旨主張する。しかし、特許法35条3項、4項が強行法規であることに照らせば、上記誓 約書の提出によって、個々の職務発明についての対価の額につき何らかの合意がなされた とか、対価請求権を放棄したものということができないことは明らかである。また、一審 被告は、一審原告が、被告規定による報償金を数回にわたり異議なく受領しているから、 被告規定に同意したものとみなすべきである旨主張する。しかしながら、一審原告が被告 規定による報償金を数回にわたり異議なく受領したとの事実自体では、その余の対価の請 求権を放棄する意思を表示したとまでは認めることができず、上記事実によって放棄の意 思が表示されたとするためには、そのような評価を許す根拠となる特別の事情が必要であ るというべきであるのに、同事情に該当すべき事実は、本件全証拠によっても認めること はできない。したがって、上記報償金受領の事実は、一審原告がその余の対価を請求する ことの妨げとなるものではないというべきである。  一審被告の主張は、採用することができない。  2 本件における「相当な対価」について (1) 本件発明により一審被告が受けるべき利益の額について  @ 一審原告は、現実に製造販売されているコンパクトディスクプレーヤーのほとんど すべてが本件発明の構成を採用しており、コンパクトディスク関連書籍に記載されている 光ピックアップの図において、本件特許を用いたものが記載されているとして、本件発明 により一審被告が受けるべき利益の額を、コンパクトディスクプレーヤーの国内総生産額 を基準として算定すべきである旨主張する。  しかしながら、仮に、現実に製造販売されているコンパクトディスクプレーヤーのほと んどすべてが本件発明の構成を採用し、かつコンパクトディスク関連書籍に本件特許を用 いたものが記載されていたとしても、後に述べる各事情の下では、そのことから、直ちに、 コンパクトディスクプレーヤーの国内総生産額が、一審被告の実施料収入等の「受けるべ き利益」の算定に機械的に結び付くものではないことは明らかというべきである。  A 諸隈特許が原判決別紙各社製品目録記載のピックアップ各社の各製品に使用されて いることは当事者間に争いがない。  一審原告は、諸隈特許について、これは、自然法則を無視したもので、発明とはいえず、 かつ、ビクター特許との関係で新規性、進歩性を欠くという無効原因を有するから権利行 使ができないものである、仮に無効な特許でないとしても、ビクター特許との関係で、実 施例に限定して解釈されるべきである旨主張する。  証拠(甲第4、第5号証、乙第32、第35、第37号証)及び弁論の全趣旨によれば、 以下の各事実を認めることができる。  諸隈特許出願のころ、光ピックアップ装置において、従来技術では、光ビームを補助レ ンズ(リレーレンズ)、反射鏡(ガルバノミラー)及び対物レンズを通してディスク面上 に集光し、ディスクを透過する光又は反射する光の強度を光検出器で検出し、ディスク面 に記憶した電気的出力信号として取り出す際に、光ビームの収束光を正確に位置合わせす るための微調整を、誤差信号検出器により検出された誤差信号に基づき、対物レンズ及び ガルバノミラーを操作して行っていたため、装置の機構が複雑となるとともに対物レンズ として大型、高性能のものが必要となり、全体として小型、軽量に構成することが困難で あるという問題点があったこと、  ガルバノミラーを使用せず、対物レンズをフォーカシング方向とトラッキング方向の二 方向に移動させる装置(ビクター特許)も提案されていたものの、二方向に駆動するため、 それぞれ別個の支持、駆動機構を設けて対物レンズと中間機構を介して連結したものであ るから、部品点数が多くなるとともに、対物レンズを含む可動部分の重量が大となって情 報検出ヘッドを小型、軽量に構成することが困難であるという問題があったこと、  この課題を解決するため、諸隈特許のうち、特公昭62−55218号の特許は、対物 レンズの保持体の近くにフォーカシングコイルとトラッキングコイルとを一体的に固定し、 これらフォーカシングコイルとトラッキングコイルとが対物レンズと一体となって二方向 に移動するようにすることにより、対物レンズとこれを駆動する部材を連結する中間部材 を不要とし、部品点数を減少させることによって、情報検出ヘッドを小型に構成すること を可能にするとともに、電磁駆動される可動部分がフォーカシングとトラッキングの二方 向とも同一の対物レンズ保持体であることにより、弾性支持部材をそれぞれ別個に設ける 必要がなく、簡潔に構成することを可能にしたこと、諸隈特許のうち、特公昭62−55 219号は、同様の装置につき、一体に形成した弾性支持部材を強調したものであること  一審原告は、諸隈特許においては、可動部の質量を実質的に従来よりも増加させており、 可動部を小型化することも、装置全体を小型軽量化することにもならないと主張する。し かしながら、上記認定によれば、諸隈特許の構成をとることにより、可動部の質量自体は 大きくなることがあり得るとはいえ、部品点数を減少させることにより装置全体の小型軽 量化が図られているということができるから、諸隈発明につき、自然法則を無視している とか発明ではないとすることはできない。  また、一審原告は、ビクター特許に照らすと、諸隈特許は新規性、進歩性に欠ける旨主 張する。しかしながら、証拠(甲第4、第5号証、乙第32、第37号証)によれば、諸 隈特許は、いずれも、原出願である特願昭和50-130528(昭和50年10月31日 出願)の分割に係る特許であること、ビクター特許の出願は昭和50年4月1日、出願公 開は昭和51年10月7日であることが認められ、上記認定事実によれば、ビクター特許 は、諸隈特許の原出願の先願に当たるにすぎないことが認められ、また、分割出願の出願 日は原出願の日まで遡及する(特許法44条2項)から、ビクター特許は、分割出願であ る諸隈特許との関係でも先願に当たるにすぎないことになる。そうすると、諸隈特許は、 ビクター特許の存在を理由に特許法29条の規定する新規性、進歩性を否定されることは なく、ビクター特許の存在を理由に特許性を否定されるのは、同特許の願書の最初に添付 した明細書又は図面に記載された発明と同一である場合に限られることになるのである (特許法29条の2)。そして、前記認定のとおり、ビクター特許においては、可動コイ ルを対物レンズに支持するための弾性支持部材を設けている点において諸隈特許と相違す ることが明らかであるから、ビクター特許に係る発明が諸隈発明と同一であるとは認める ことができず、ビクター特許を理由に諸隈特許に無効原因があるとする一審原告の主張は 採用することができない。他にも諸隈特許に無効原因があることが明白であることを認め るに足りる証拠はない。一審原告は、諸隈特許がその実施例に限定されるべきであるとも 主張するが、上記説示に照らし採用することができず、他に上記主張を採用するための根 拠となる事実を認めるに足りる証拠はない。  当事者間に争いのない事実及び証拠(甲第4、第5号証)によれば、本件特許は、諸隈 発明の、対物レンズの保持体の近くにフォーカシングコイルとトラッキングコイルとを一 体的に固定し、これらフォーカシングコイルとトラッキングコイルとが対物レンズと一体 となって二方向に移動するようにするとの構成を前提としたうえで、フォーカシングコイ ル及びトラッキングコイルの一部が、ほぼ直交状態で交差するように両コイルをレンズに 固定し、上記交差部を共通の磁束が貫くようにする構成をとることによってピックアップ 装置の小型化を図ったものであることが認められる。上記事実によれば、本件特許は諸隈 発明の利用発明であるということができる。  B 一審原告は、一審被告とピックアップ製造各社との間のライセンス契約において、 諸隈特許が中心的な交渉の対象となり、本件特許は重きを置かれていなかったことを、一 審被告が受けるべき利益の価額の算定根拠の一つとすることは正当ではない旨主張する。 しかしながら、ライセンス契約の締結過程において、重きを置かれ、実施料支払の根拠と された特許と、そうでない特許との間で、使用者等にもたらす利益に差異が生じることは 当然であり、両特許の間に差異を設ける合理的理由がないことが明らかであるといった特 段の事情がない限り、ライセンス契約の過程で重きを置かれた事実を使用者等が受けるべ き利益の算定根拠とすることは正当である。本件においては、後記の事情を総合すると、 諸隈特許と本件特許との間に差異を設けることには、合理的理由があるというべきである。  C 当事者間に争いのない事実及び証拠(乙第12、第22号証)によれば、本件特許 の原明細書における特許請求の範囲、発明の詳細な説明においては、対物レンズを固定し、 リレーレンズを駆動してフォーカシング及びトラッキングを行うことを内容とする記載の みがなされ、添付の図面もそれに対応するものであったのが、その後の補正により、特許 請求の範囲及び発明の詳細な説明中の「リレーレンズ」が「レンズ」とされ、図面につい ても、対物レンズを固定しリレーレンズを駆動することを示す図が削除されたことが認め られる。上記認定事実によれば、本件特許については、出願当初の明細書においては対物 レンズを固定し、リレーレンズを駆動するものとされていたのが、手続補正により、当初 明細書には記載のなかった対物レンズを駆動する構成を含むものとされたものであること から、上記補正は、要旨変更に当たることがほぼ確実であり、本件特許は、その出願日が 補正の日まで繰り下げられることにより、上記明細書の記載との関係等で、無効事由があ る蓋然性が極めて高いというべきである。なお、このこととの関連では、証拠(乙第12、 第23号証)及び弁論の全趣旨によれば、パイオニアは、平成7年8月4日、本件特許に つき、上記要旨変更等を理由として、無効審判を申し立てたこと、その後、同年12月に、 一審被告とパイオニアとの間でクロスライセンス契約が締結されたため、上記無効審判が 取り下げられたことが認められる。  このように本件特許に無効事由が認められる蓋然性が極めて高いことに照らすと、一審 被告が、ライセンス契約締結にあたり、本件特許に重きを置かなかったことが不合理であ るとはいえない。一審原告は、一審被告が、本件発明を本件特許を含め7件に分割して出 願し、うち6件が登録されたこと(甲第42ないし第47号証)は、一審被告が、実際に は、本件発明を極めて重視していたことを示すものである旨主張する。しかしながら、少 なくともライセンス契約締結との関連では、上記分割出願の事実だけから直ちに、一審被 告が本件発明を重視していたと認めるには足りないものというべきである。  上記分割に係る特許で登録されたもののうち、1件(甲第42号証)は、各社製品に採 用されていないリレーレンズを駆動するものであること、本件特許を除くその余の分割に 係る特許(甲第43ないし第46号証)は、いずれも特許請求の範囲にいう「レンズ」が リレーレンズと対物レンズの双方を含む上位概念として記載されていると解されるため、 本件特許と同様に無効とされる蓋然性が極めて高いと認められること、現に、一審被告と 他社とのライセンス契約において中心的な交渉の対象とされたのは、諸隈特許であったこ となどに照らすと、本件特許に上記分割に係る特許が加わることによって、本件発明によ り使用者等が受けるべき利益額の算定に格別の影響が及ぶものと解することはできない。  なお、一審被告は、本件特許に係る発明は、公知技術であるソニー考案及びビクター特 許から容易に推考し得るもので、本件特許は、無効事由を有する旨主張する。しかし、上 記考案及び特許があることのみでは、本件特許が、上記無効事由を有することが明白であ るとは認められないから、一審被告の主張を採用することはできない。  また、一審被告は、本件特許には上記無効事由があるため、本件特許は無価値で、これ に基づく権利行使は事実上不可能であり、本件特許により一審原告が受けるべき利益はな い旨主張する。しかしながら、前記認定のとおり、本件特許については、パイオニアによ る無効審判申立てはあったものの、同申立ては取り下げられ、有効な特許として存続した こと、本件特許は前記クロスライセンス契約の対象となる特許として掲げられていたこと、 当事者間に争いのない事実及び証拠(甲第10号証の1ないし6、検甲第1ないし第6号 証の各1)によれば、原判決別紙製品目録記載の各社製品のうち、少なくとも、三洋電機、 ソニー、アイワ、ケンウッド、シャープ、ビクターの各製品においては、本件特許が実施 されていると認められること、証拠(乙第23号証)及び弁論の全趣旨によれば、三洋電 機は諸隈特許の存続期間満了後も、ライセンス契約を更新し、実施料を支払っていること が認められること、に照らすと、本件特許が無価値で一審原告が本件特許により受けるべ き利益がないということはできない。一審被告の主張は採用することができない。  D 一審被告は、一審原告の提案には、単にリレーレンズを駆動するというアイデアが 示されていたにとどまり、駆動の具体的方法についてのアイデアは示されておらず、その 後は、一審原告は全く関与せず、特許出願は、一審被告の特許担当者が弁理士と打ち合わ せたうえ、レンズの駆動方式及び回路配置図を追加して行ったものであり、しかも、手続 補正により、一審原告の提案内容は完全に放棄され、最終的に特許査定を受けた本件特許 には、一審原告の提案内容は全く含まれていないから、本件特許は、本件発明について受 けた特許ではない旨主張する。これに対し、一審原告は、レンズの駆動方法についても当 初から口頭で提案しており、回路配置図も同人が作成した旨主張する。  一審原告の提案内容を示す書証は、陳述書を除くと、リレーレンズを駆動するアイデア のみが記載された乙第21号証しかなく、一審原告が駆動方式についても提案し、回路配 置図を作成したことを認めるに足りる証拠はない。しかしながら、当事者間に争いのない 事実及び証拠(乙第22号証)によれば、本件特許については、出願段階から一貫して一 審原告が発明者とされ、一審被告は、一審原告を本件発明の発明者として、出願補償、登 録補償、工業所有権収入取得時報酬を支払うなど、一貫して一審原告を本件発明の発明者 として取り扱ってきたことが認められ、この事実に照らすと、一審被告が、本件特許に係 る発明に対する一審原告の寄与が全くないことを立証しない限り、本件特許が本件発明に ついて受けたものであることを否定することはできないものと解するのが相当である。  証拠(甲第29号証、乙第21、第23、第24、第31号証)によれば、一審原告の 当初提案書には、リレーレンズを駆動する方法が記載されていなかったが、一審被告の特 許担当者の意見で回路配置についての図面が追加され、本件出願に至ったこと、その後、 特許部の担当者を中心として、リレーレンズという限定を外し、対物レンズを含むレンズ の駆動方式へと特許請求の範囲を大幅に変更する手続補正を行ったことが認められるもの の、これらの証拠によっては、一審原告がレンズの駆動方式の図面作成等につき全く寄与 していなかったことを認めるには足りず、他にもこれを認めるに足りる証拠はない。  E 以上のとおり、本件発明により、一審被告が受けるべき利益についての当事者の主 張はいずれも採用することができない。  そして、本件発明が諸隈発明の利用発明であること、各社との交渉では諸隈特許が中心 的な交渉の対象となり、本件特許及び前記分割特許には重きが置かれていなかったこと、 ソニーは諸隈特許の存続期間満了後は、実施料を支払っていないこと、原判決別紙各社製 品目録記載の各社製品について、諸隈発明がすべての製品に用いられていること、本件特 許及び前記分割特許(甲第43ないし第46号証)には無効事由が存在する蓋然性が極め て高いこと、当初出願の発明のままでは、各社のピックアップ装置がこれを実施している と評価することができないこと等の諸点を総合すると、本件発明により一審被告が受ける べき利益額を5000万円とした原審の認定には合理性があるというべきである(民事訴 訟法248条、特許法105条の3参照)。当裁判所もこれを採用する。 (2) 一審被告の貢献度について  既に、(1)のDで認定したとおり、本件特許を本件発明について受けた特許でないとす ることはできないものの、一審原告の提案内容が、一審被告の特許担当者を中心とした提 案で大幅に変更されたものであること、前記のとおり、当初出願の内容では、各社のピッ クアップ装置がこれを実施しているとはいえず、上記変更の結果各社のピックアップ装置 の一部がこれを実施していると評価できる内容になったこと、本件発明が一審原告の担当 分野と密接な関係を有するものであること(乙第23号証、弁論の全趣旨)等の事情を考 慮すると、本件発明がなされるについて一審被告が使用者として貢献した程度は95パー セントであるとした原判決の評価には合理性があるというべきである(民事訴訟法248 条、特許法105条の3参照)。当裁判所もこれを採用する。 (3) 以上によれば、本件発明により一審被告が受けるべき利益額5000万円から一審 被告の貢献度95パーセントに相当する金額を控除した、一審原告の受けるべき職務発明 の対価を250万円とし、同金額から既払分の21万1000円を控除した残額である、 228万9000円を認容額とした原判決は相当である。  3 消滅時効の成否について  一審被告は、法35条3項の規定に基づく対価支払請求権の消滅時効が、特許権等を譲 渡した時から進行することは判例上異論がない旨主張する。しかし、当事者間に争いのな い事実及び証拠(甲第1号証、乙第2ないし第4、第23号証、第29号証の1ないし7) 及び弁論の全趣旨によれば、本件発明は昭和52年になされ、昭和53年1月5日に特許 出願され、その後、出願の分割を経て、特許査定を受け、本件特許及び前記分割特許とし て特許登録されたこと(本件特許の特許査定は昭和63年6月30日、特許登録は平成元 年3月14日である。)、被告規定においては、本件発明がなされた昭和52年当時から 職務発明につき出願時、登録時及び工業所有権収入取得時等に分けて報償を行う旨定めて おり、その後数回の規定変更を経て、平成2年9月29日改正後の規定に至るまで、同様 に分割して支払う旨が定められていたこと、一審被告は、平成2年から平成7年までの間 に本件特許及び前記分割特許を含む特許につき、数社との間でそれぞれライセンス契約を 締結し、平成2年よりソニーから実施料収入を得、加えて平成4年より三洋電機からの実 施料収入を得たこと、本件発明については、平成4年10月1日に、上記平成2年改正後 の規定に基づき、一審原告に対し工業所有権収入取得時報償が支払われたことが認められ る。  以上の認定によれば、本件においては、一審原告に対し工業所有権収入取得時報償が支 払われた平成4年10月1日までは、算定の基礎となる工業所有権収入は必ずしも明らか でなく、一審原告が一審被告からいくらの報償額が受け取れるかが不確定であったという ことができるから、同日までは、一審原告が相当の対価の請求権を行使することは期待し 得ない状況であったというべきであり、同日までは消滅時効は進行しないと解するのが相 当である。  一審被告がその主張の根拠とする判例(大阪高裁平成6年5月27日判決、東京地裁昭 和58年12月23日判決)は、いずれも、職務発明につき「勤務規則その他の定」がな かった事案に関するものであって、被告規定がある本件とは事案を異にするものであって、 本件には当てはまらないものであることが明らかである。  以上によれば、一審原告が本件訴えを提起した平成7年3月3日の時点において、一審 原告の相当対価請求権の消滅時効が完成していなかったとした原判決は相当であり、一審 被告の主張は採用することができない。 第4 結論  よって、原判決は相当であるから、一審原告及び一審被告の各控訴を、いずれも棄却す ることとしし、訴訟費用の負担について民事訴訟法67条、61条を適用して、主文のと おり判決する。 東京高等裁判所第6民事部 裁判長裁判官 山下 和明    裁判官 宍戸 充    裁判官 阿部 正幸