・東京高判平成13年5月30日  キューピー人形(日本興業銀行)事件:控訴審(平成12年(ネ)第7号)。  本件は、控訴人が、キューピー人形に係る著作物の著作権者であり、被控訴人(株式会 社日本興業銀行)によるイラストおよび人形の複製等が控訴人の本件人形に係るわが国に おける著作権の侵害に当たるとして、被控訴人に対し、これらの複製の差止め等を求める とともに、当審において請求を追加し、被控訴人に対し、控訴人が本件著作権の著作権者 であることの確認を求めた事案である。なお、脱退前被控訴人(ローズ・オニール遺産財 団)は、原審において、被控訴人イラスト及び被控訴人人形の複製が本件著作権の侵害に 当たるとして、被控訴人に対し、これらの複製の差止め等を求めたが、本件著作権を控訴 人に譲渡したとして、当審において訴訟から脱退し、被控訴人はその承諾をした。  本件判決は、「原判決をいずれも取り消し、第二事件に係る控訴人の差止め及び廃棄の 請求を棄却し、控訴人が当審において追加した著作権確認請求を認容」した。 (第一審:東京地判平成11年11月17日) ■判決文 第3 争点に対する判断  1 本件著作物の創作及び発行について (1) 証拠によれば、以下の事実を認定することができる。  ローズ・オニールは、1874年6月25日、アメリカ合衆国ペンシルバニア州で出生 し、1889年ころから雑誌にイラストを寄稿するなどしてその画才が注目されていたと ころ、1896年ころから本格的にイラストレーターとして活動を始めた。ローズ・オニ ールは、1903年以降、従来西欧神話の天使であり双翼を有する幼児の姿をしたキュー ピッドのイラストに若干の修飾を加えた、Two Valentines イラスト、1903年作品、1 905年作品、1906年作品等を発表した後、「Ladies' Home Journal」1909年1 2月号に、従来のキューピッドのイラストと異なり、新たな空想上の存在を感得させる独 創的なキューピーイラストが描写された本件イラスト著作物を発表した(甲1、14、乙 4、6、7、9)。  ローズオニールは、そのころ、キューピーの人形を作ってほしいとの子供たちの手紙を 受け取ったことから、戯れにキューピーイラストを立体的に表現して本件人形と同一の形 態を有するキューピーの小さな彫像を彫ったところ、そのことを知った複数の玩具工場か らキューピー人形を製造したいとの申出を受け、人形の複製を許諾する工場を選定した。 1912年、ドイツでビスク製のキューピー人形が試作されることとなり、ローズ・オニ ールも渡独し、玩具工場において助言及び指導をした。また、ローズ・オニールは、当時 イタリアで美術を学んでいた妹のカリスタにキューピー人形の制作につき助力を依頼し、 カリスタは助手を務めるようになった。ドイツで制作された本件人形は、1913年、ア メリカ合衆国において販売され、爆発的な人気を博した(甲1、14)。  ローズ・オニールは、1912年12月17日、アメリカ合衆国連邦特許商標庁に対し、 キューピー人形の意匠について意匠特許登録の出願をし、その意匠は、1913年3月4 日、登録第43680号意匠特許として登録された(甲16)。また、ローズ・オニール は、1913年11月20日、アメリカ合衆国著作権局に対し、キューピーの小さな彫像 の著作物につき、自らを著作権者とする著作権の登録を申請し、登録番号H1040とし て登録がされた(甲2、10)。  控訴人の所持する本件人形は、上記登録意匠と同一の形態を有するが、そこには、「cR OSE O'NEILL.1913」の著作権表示及び「REG U・S・PAT・OFF・DES・PAT・V・4・1913」 の意匠特許表示がされている(甲3、16)。  上記認定の事実を総合すれば、ローズ・オニールは、1910年ないし1912年の間 に、アメリカ合衆国で、本件人形と同一の形態を有するキューピーの小さな彫像を本件著 作物として創作し、1913年にその複製物として本件人形を制作するとともに、本件著 作物を発行したものと認めるのが相当である。  なお、控訴人が所持し別紙著作物目録によって特定される本件人形(甲第3号証に撮影 された人形)そのものは、その原型となった作品の複製物であることが形態等に照らして 明らかである以上、それ自体について著作物性をいう余地はないから、弁論の全趣旨にか んがみれば、控訴人も、このことを前提とした上、本件著作物は、上記のとおり、ローズ ・オニール自身が彫った、本件人形と同一の形態を有するキューピーの小さな彫像であり、 また、本件著作権は、上記小彫像の著作者であるローズ・オニールに帰属した後に遺産財 団を経て控訴人が譲り受けたとする本件著作物の我が国における著作権であるとの主張を しているものと解される。 (2) 被控訴人は、アメリカ合衆国著作権局登録記録によっても、上記著作権登録請求に よって登録された作品が本件人形と同一であることは何ら示されておらず、上記意匠特許 公報にも、ローズ・オニールが本件人形を創作、発行した事実は何ら示されていないと主 張する。しかしながら、上記認定のとおり、甲第3号証に撮影された人形には、ローズ・ オニールがその人形の著作権者であるとする著作権表示とともに、ローズ・オニールが上 記意匠特許権者である旨の意匠特許表示が付されているのであり、また、アメリカ合衆国 連邦特許商標庁に登録された上記意匠特許の登録公報(甲16)には、甲第3号証の人形 と同一の意匠がローズ・オニールを創作者として登録されている。そして、本件著作物は、 1909年にローズ・オニールが創作した本件イラスト著作物中に描かれたキューピーイ ラストを立体的に表現したものであって、これらの事実を総合すると、アメリカ合衆国著 作権局に登録されたキューピーの小彫像が本件人形と同一形態のものであると認めるのに 十分である。  2 本件著作物の創作性について (1) キューピーイラスト(本件イラスト著作物中のキューピーのイラスト)の形態は、 @裸で立っている、A全身が3頭身である、B掌を広げている、C頭は丸い、D髪の毛は 中央部が突出して額にまで細く流れている、E耳のそばにカールした髪がある、F顔は頬 がふっくらと丸い、G目は丸くパッチリしている、H眉毛は小さく目との間隔が広い、I 鼻は小さく丸い、J口はほほ笑んでいる、K背中に小さな双翼がある、L腹が膨れている、 M性別は判別できない、N陽気に笑っているか茶目っ気のある表情をしている、という特 徴を有するものと認められ、その他の特徴を含め総合的に考察すると、キューピーイラス トは、従来のキューピッドのイラストと異なり、新たな空想上の存在を感得させる独創的 なものであって、従来、子供、天使、キューピッド等の題材を扱った作品におけるこれら の表現として不可避又は一般的なものにとどまらない創作性を有するものと認められる。 また、本件著作物の複製物である本件人形を撮影した甲第3号証によれば、本件人形の形 態は、キューピーイラストの有する上記表現上の特徴をすべて具備していることに加え、 これを立体的に表現したという点において新たな創作性が付与されたものと認められる。 したがって、本件著作物は、ローズ・オニールがその制作に先立って創作したキューピー イラストの二次的著作物として創作性を有するというべきである。なお、1910年作品 中のキューピーのイラストは、キューピーイラスト(本件イラスト著作物中のキューピー のイラスト)の複製物であって、その創作により新たな著作権が生ずるものではないから、 本件著作物の原著作物であるということはできない。 (2) 被控訴人は、本件人形の表現上の特徴について、極めてありふれたものであり、幼 児ないし子供を題材とすれば、だれが書いても同じ表現にならざるを得ないものであると 主張する。しかしながら、幼児ないし子供を題材とした作品であっても、その表現は多種 多様であり得るのであって、従来の作品に新たな創作性が付与されたものであれば、旧著 作権法及び現行著作権法上の著作物というべきである。上記のとおり、キューピーイラス トが従来の作品における子供、天使、キューピッド等の表現として不可避又は一般的な表 現にとどまらず、むしろ、新たな空想上の存在を感得させる表現上の創作性を有する以上、 これを立体的に表現した本件著作物もまた、その創作性を認めることができる。 (3) また、被控訴人は、本件著作物の特徴のすべては、ローズ・オニールの先行著作物 であるTwo Valentines イラスト、1903年作品、1905年作品、1906年作品等 に現れており、本件人形がこれら作品の複製物にすぎないと主張するので、検討する。  ア Two Valentines イラスト(乙4)との対比 Two Valentines イラストは、髪の毛が通常の幼児の量であり、目の形も通常の幼児の大 きさと比べて違和感がなく、頭部の突起が余り目立たないなど、全体的に受ける印象が人 間の幼児に近いものである点で、空想上の存在である印象の強い本件人形と異なっている。 また、上記イラストは、背部の双翼が目立つ点でも、本件人形と異なっている。  イ 1903年作品(甲66、乙6)との対比  当審で提出された甲第66号証によれば、1903年作品は、毛髪及び眉毛が不明りょ うで、口及び鼻がほぼ点で描かれ、双翼が比較的明りょうで、上目遣いで哀願するような 悲しい表情をしているという点において、本件人形と異なっている。なお、原審で提出さ れた乙第6号証は、全体的に不鮮明であって、このような比較は困難である。  ウ 1905年作品(乙7)との対比  1905年作品は、髪の毛が通常の幼児の量であり、顔及び身体が写実的に描かれてお り、頭部の突起があるものの毛髪の量に比してさほど違和感がないなど、全体的に受ける 印象が人間の幼児に近いものである点で、空想上の存在である印象の強い本件人形と異な っている。また、上記作品は、目を閉じて下を向き、表情が暗く、背部の双翼が目立つ点 でも、本件人形と異なっている。  エ 1906年作品(乙9)との対比  1906年作品は、側頭部において髪の毛が比較的明りょうであり、頭の突起があるも のの毛髪の量に比してさほど違和感がないなど、全体的に受ける印象が人間の幼児に近い ものである点で、空想上の存在である印象の強い本件人形と異なっている。他方、上記作 品は、恥ずかしげな表情をしており、背部の双翼が目立つ点でも、本件人形と異なってい る。  オ Special Messenger イラスト(乙11)との対比  Special Messenger イラストは、提出された写し(乙11)が不鮮明であるため、毛髪、 鼻、双翼等の存否又は形状が不明であり、上記のような比較は困難である。ただし、写し から看取し得る限り、眉毛が長く明りょうで、口を開けて笑っており、全体的に受ける印 象が人間の幼児に近いという点で、本件人形と異なっている。 (4) 本件著作物は、これら先行著作物と異なり、キューピーイラストの表現上の特徴を すべて備えており、これを立体的に表現したという点においてのみ創作性を有すると認め られることは上記のとおりであるから、本件著作物は、キューピーイラストを原著作物と し、これを変形して立体的に表現したという点においてのみ創作性を有する二次的著作物 であるというべきであって、被控訴人主張の先行著作物の二次的著作物ということはでき ない。  3 美術の著作物の該当性について (1) 本件著作権は、日米著作権条約及び旧著作権法により我が国国内において生ずる著 作権であるから、権利発生の実体的要件については、我が国の旧著作権法が適用されるべ きである。上記のとおり、本件著作物は、キューピーイラストを原著作物とし、これを立 体的に表現した二次的著作物であるところ、キューピーイラストは、美術の著作物に属す るイラストとして著作物性を有し、本件著作物は、これを立体的に表現したという点にお いて更に創作性が付加されているから、旧著作権法1条に規定する「美術ノ範囲ニ属スル 著作物」として旧著作権法により保護されるということができる。なお、1903年アメ リカ合衆国著作権法が保護の対象としていなかったものについては、日米著作権条約に規 定する内国民待遇の射程が問題となる余地がないわけではないが、美術の著作物である本 件著作物については、1903年アメリカ合衆国著作権法によっても保護されることは明 らかであり、現に上記のとおり同国において著作権登録もされているから、この点でも、 本件著作物が旧著作権法により保護を受けることに問題はない。 (2) 被控訴人は、本件人形がいわゆる応用美術に当たるから著作物として旧著作権法及 び現行著作権法による保護を受けることはできないと主張する。しかしながら、上記認定 のとおり、本件人形は、ローズ・オニール自身が戯れに彫ったキューピーの小さな彫像 (本件著作物)を複製して制作されたものであるところ、控訴人の主張する本件著作権は、 玩具工場等において大量に複製されたキューピー人形そのものではなく、ローズ・オニー ル自身が彫った上記キューピーの小さな彫像に係る著作権をいうものと解すべきであるか ら、甲第3号証に撮影された人形自体が金型を用いて大量生産されたものであるとしても、 そのことは、本件著作物が美術の著作物であることを否定する理由とはならない。上記認 定のとおり、ローズ・オニール自身が戯れに彫った上記キューピーの小さな彫像(本件著 作物)は、複数の玩具工場がキューピー人形の工業的大量生産を申し出た以前に、キュー ピーイラストを立体的に表現した美術の著作物として制作されたものである以上、本件人 形が、その後、玩具工場からの申出により大量に複製頒布されたとしても、このことによ って本件著作物の著作物性が喪失すると解すべき理由はないからである。  4 職務著作について  (1) 被控訴人は、本件著作物ないし本件人形はローズ・オニールがスタッフとして勤 務していた出版社等に係る職務著作物として制作されたものであって、当該出版社等にそ の著作権が原始的に帰属した旨主張する。控訴人が主張する本件著作権は、我が国におけ る著作権であるが、職務著作に関する規律は、その性質上、法人その他使用者と被用者の 雇用契約の準拠法国における著作権法の職務著作に関する規定によるのが相当であるから、 被控訴人主張の職務著作物該当性については、アメリカ合衆国法によることになる。19 09年アメリカ合衆国著作権法は、「著作者」という用語は職務著作の場合における使用 者を含むと規定するにとどまっていたが、連邦最高裁判所の判例により、純然たる使用者 と被用者の関係に限らず、法人等とその被用者でない者との関係においても、前者が後者 に作品の制作を依頼した場合においては、一般に、このような依頼を受けた者は、著作権 を、当該作品自体とともに、依頼を行った者に移転する旨の黙示の合意をしたものと推定 されていた(Community for Creative Non-Violence v. Reid, 490 U.S. 730, 109 S.Ct. 2166, 2175 (1989)、乙56参照)。  (2) 本件において、被控訴人は、雇用契約の相手方とされる出版社等がアメリカ合衆 国のいずれの州法に基づいて設立された法人であるのかなど、州法について準拠法を確定 するために必要な事実を主張していないので、上記準拠法がアメリカ合衆国のいずれの州 法であるかは明らかとはいえないが、いずれの州法が準拠法であるとしても、ローズ・オ ニールが、当時、上記出版社等と雇用契約関係にあったことを認めるに足りる証拠はない。 また、上記認定のとおり、ローズ・オニールは、本件イラスト著作物を発表した後、キュ ーピーの人形を作ってほしいとの子供たちの手紙を受け取ったことから、戯れにキューピ ーの小さな彫像(本件著作物)を彫ったのであって、その制作について、レディース・ホ ーム・ジャーナル等から依頼を受けていたとは認められない。さらに、本件著作物は、上 記認定事実に照らし、ローズ・オニールを著作者として公表されたと認められるのであり、 上記出版社等の著作者名義で公表することが制作当初から予定されていたものとはいえな い。したがって、本件著作物について、被控訴人主張の職務著作物と認める余地はなく、 本件著作権は、本件著作物の制作により、原始的にローズ・オニールに帰属したものとい うべきである。被控訴人の上記主張は採用することができない。  5 著作権の保護期間について (1) 明治39年5月11日に公布された日米著作権条約は、日米両国民の内国民待遇を 規定しており(1条)、その後、昭和27年4月28日に公布された平和条約7条(a)に より日米著作権条約は廃棄されたが、アメリカ合衆国を本国とし、同国国民を著作者とす る著作物に対し、平和条約12条(b)(1)(ii)及び外務省告示により、昭和27年4月28 日から4年間、引き続き内国民待遇が与えられるとともに、昭和31年4月27日までの 間、日米著作権条約が有効であるとみなされた。上記の著作物については、上記4年間の 経過と同時に、万国条約特例法11条に基づき、今日に至るまで引き続き内国民待遇が与 えられていると解される。 1910年ないし1912年の間に本件著作物を創作し1913年にこれをアメリカ合衆 国において発行したローズ・オニールは、日米著作権条約及び旧著作権法により、我が国 における本件著作権を取得し、その保護期間は、旧著作権法3条、52条1項により、著 作者であるローズ・オニールの死後38年とされた。日米著作権条約は、平和条約7条(a) により廃棄されたが、平和条約12条(b)(1)(ii)、外務省告示及び万国条約特例法11条 により、内国民待遇が継続された。ローズ・オニールは、1944年4月6日、アメリカ 合衆国ミズーリ州において死亡し(甲6、9)、本件著作権の保護期間中である昭和46 年1月1日に施行された現行著作権法51条により、本件著作権が著作権者であるローズ ・オニールの死後50年間とされ、また、連合国特例法4条1項により、本件著作権の保 護期間について3794日間の戦時加算がされる結果、2005年5月6日まで存続する こととなるから、本件著作権は、現在も保護期間が満了していない。 (2) 被控訴人は、ベルヌ条約が万国条約及び万国条約特例法に優先するため、本件著作 権についても、ベルヌ条約が適用され、万国条約特例法11条の適用が排除されると主張 する。そして、1909年アメリカ合衆国著作権法は、著作権の保護期間は最初の発行後 28年であり、この保護期間経過1年前までに連邦著作権局に対して更新の申請をして登 録がされた場合には、更に28年の更新が認められる旨規定していたから、更新手続が執 られたことの証拠のない本件著作物の同国における著作権は、1941年に保護期間が満 了している。しかしながら、万国条約特例法は、万国条約の実施に伴い、著作権法の特例 を定めることを目的とするところ(1条)、同法附則2項において、万国条約特例法施行 前に発行された著作物については原則としてその適用がない旨を規定し、他方、同項括弧 書により、同法11条については、同法施行前に発行された著作物についても適用される 旨を規定している。また、同法11条は、平和条約25条に規定する連合国で同法施行の 際万国条約締結国であるもの及びその国民を著作権者とし、平和条約12条の規定に基づ いて旧著作権法による保護を受けている著作物について、引き続き同一の保護を受ける旨 規定する。万国条約特例法11条が平和条約25条に規定する連合国及びその国民(以下 「連合国国民」という。)の著作物であることを要件としているのは、連合国と我が国と の間で効力を生じた条約が平和条約7条(a)により廃棄されたためである。万国条約特例 法11条は、平和条約12条(b)(1)(ii)及び外務省告示により4年間に限り内国民待遇が 継続されたものの、平和条約の失効により、それまで内国民待遇を与えられていた連合国 国民を著作者とする著作物の著作権が我が国において消滅することを避けるため、万国条 約19条の趣旨及び既得権尊重という一般法理念に基づき、著作権法の特例として、上記 著作物について特に内国民待遇を継続してその保護を図ったものと解される。そうすると、 万国条約特例法が万国条約の実施のみを目的とする法律であるということはできず、同法 11条は、平和条約12条及び外務省告示が失効した後において、既得権尊重という一般 法理念及び国際信義の観点から、国際法上は保護義務を負わなくなる著作物を引き続き国 内法上保護するものというべきであるから、このような万国条約特例法11条の趣旨に照 らすと、同条は、連合国国民の著作物を特に保護する規定として、アメリカ合衆国のベル ヌ条約加入の後も引き続き適用されるものと解するのが相当である。 また、被控訴人は、同一当事国間においてベルヌ条約と万国条約の双方が有効な場合につ いて、万国条約17条及び同条に関する附属宣言は、万国条約を排除し、ベルヌ条約を適 用することを定めていることを主張する。しかしながら、現在、日米両国間の著作権保護 について適用される条約はベルヌ条約であり万国条約は適用されないとしても、上記のと おり、万国条約特例法11条が、その趣旨に照らし、連合国国民の著作物を特に保護する 規定としてアメリカ合衆国のベルヌ条約加入の後も引き続き適用されるものである以上、 ベルヌ条約が万国条約に優先するからといって、我が国国内法である万国条約特例法11 条の適用が排除されるべきものではない。また、ベルヌ条約は、同盟国間において内国民 待遇等の著作権保護を定める条約であるが、同盟国がベルヌ条約の規定を超えて連合国国 民の著作権を保護することを禁止するものと解すべき根拠はないから、アメリカ合衆国国 民の著作物について内国民待遇を継続する万国条約特例法11条がベルヌ条約に反するも のではない。  (3) 万国条約特例法10条は、同法がベルヌ条約同盟国を本国とする著作物について は適用されない旨規定するが、同条は、同法附則2項により、万国条約特例法施行前に発 行された著作物である本件著作物への適用が排除されているから、後にアメリカ合衆国が ベルヌ条約に加入しても、本件著作物について同法10条が適用される余地はないと解す るのが同法の文理に合致する。また、保護期間の相互主義を定める著作権法58条(ベル ヌ条約7条(8)の許容するところである。)は、同法2章4節に規定されているところ、 同法附則7条は、同法施行前に公表された著作物の著作権の存続期間について、同法2章 4節の定める期間より旧著作権法による著作権の存続期間の方が長いときはなお従前の例 によると規定しており、著作権法2章4節の規定により旧著作権法の定める保護期間が短 縮されることを想定していない。旧著作権法において、ベルヌ条約同盟国を本国とする著 作物について著作権の保護期間の相互主義を定めた規定はないから、ベルヌ条約には遡及 効がある(同条約18条(1))からといって、アメリカ合衆国が同条約に加入したことに 伴い著作権法58条の遡及的適用により本件著作権の保護期間が短縮又は消滅すると解す ることは、同法附則則7条の趣旨にも反するというべきである。   また、アメリカ合衆国がベルヌ条約に加入したことに伴い著作権の保護期間について 相互主義が遡及的に適用されると解することは、既に生じた私権について後の法改正によ り遡及的にこれを消滅させることとなるが、このような法改正は、私権保護及び法的安定 性の観点から是認することができず、特に法令に明文の規定を欠く以上、解釈によりその ような結果を招来させるためには、そのような解釈を正当とする十分な根拠を要するとい うべきである。しかしながら、そのような遡及適用を肯定する解釈は、上記のとおり、万 国条約特例法附則2項及び著作権法附則7条の文理及び法の趣旨に反する上、現行著作権 法制とも整合しない。すなわち、著作権法は、その施行に際し、特に附則26条において、 万国条約特例法11条の「著作権法」を「旧著作権法(明治三十二年法律第三十九号)」 に改め、「その保護」の下に「(著作権法の施行の際当該保護を受けている著作物につい ては、同法の保護)」を加える改正を行い、万国条約特例法11条により保護を受けてい る著作物が現行著作権法の下において引き続き保護される旨を明記する法改正をしながら、 同条に規定する内国民待遇と著作権法58条に規定するベルヌ条約同盟国間における保護 期間の相互主義との関係について、特段の規定を置いておらず、そのほか、著作権法の施 行及びアメリカ合衆国のベルヌ条約加入に際し、上記内国民待遇とベルヌ条約同盟国間に おける保護期間の相互主義の調整を図るために特段の立法もされていない。そうすると、 私権保護及び法的安定性を犠牲にし、あえて内国民待遇に優先して保護期間の相互主義を 遡及適用すべき法令上の根拠も、そのような法解釈を採るべき合理的理由も見いだすこと ができない。したがって、アメリカ合衆国のベルヌ条約加入により著作権法58条を遡及 的に適用すべきであるとする被控訴人の主張は、採用することができない。  (4) なお、付言すると、以上のとおり、本件人形の著作物は、本国であるアメリカ合 衆国において1941年に保護期間が満了したにもかかわらず、我が国においては、その 後60年を経過した今日において、なお本件著作権が存続していることとなるが、このよ うな結論に対しては、一見したところ、不自然な感を受けないわけではない。しかしなが ら、ベルヌ条約及び万国条約は、いずれも内国民待遇の原則に則っているが、本質的には 抵触法条約であって、超国家的な実体法のまとまったシステムを課しているわけではない から、加盟国の国内実体法同士がかなりの程度に異なっている場合には、著作物の保護の 程度にも差異を来し、最初に発行された国では保護を受けないような著作物でも、他の加 盟国では保護を受けるという事態も生じ得るところである。本件において、こうした事態 を招いた第一の理由は、本件人形の創作当時、アメリカ合衆国著作権法が創作から28年 間の保護期間を定めていたのに対し、我が国の旧著作権法が著作者の死後38年の保護期 間を定めていたことにある。当時のアメリカ合衆国著作権法は、著作権の更新の制度を有 し、更新の有無及び著作者の死亡時期によっては、必ずしも我が国旧著作権法による保護 期間の方が長期であるとは限らなかった。また、内国民待遇とは、条約締結国国民の著作 物を我が国国民の著作物と同様に保護することを意味し、我が国国民の著作物に優先して 保護するものではない。日米著作権条約及び旧著作権法により、我が国国民の著作物とア メリカ合衆国国民の著作物は、その保護期間を含め、完全に平等に保護されていたのであ る。平和条約、外務省告示及び万国条約特例法が内国民待遇を継続したということは、こ のような内外国人平等の保護を継続したということを意味し、それ以上の意味はない。   本件著作物に対し、当時の我が国国民の著作物と比べより長期の保護期間が与えられ たのは、連合国特例法4条1項により、アメリカ合衆国国民の著作物に対し保護期間を1 0年以上加算したことによるものであって、確かに、同項が施行されていなかったならば、 本件著作権は既に保護期間が満了していたこととなる。しかしながら、大戦の敗戦国にお いて、このような措置を採ったのが我が国のみであったとしても、我が国が独自の判断に よりこのような措置を採ったことは、大戦後の特殊な諸般の状況に照らし、立法政策上、 合理性を認めることができるから、本件著作権の保護期間を判断するに当たり、連合国特 例法4条1項による約10年の戦時加算をすべきことは当然であり、これによって導かれ る保護期間を他の法令の解釈により調整することは、法解釈として正当なものということ はできない。  6 本件著作権の控訴人に対する譲渡について (1) 相続人が、その相続に係る不動産持分について、第三者に対してした処分に権利移 転の効果が生ずるかどうかという問題に適用されるべき法律は、法例10条2項により、 その原因である事実の完成した当時における目的物の所在地法であって、相続の準拠法で はないことは、判例とするところであるから(最高裁平成6年3月8日第三小法廷判決・ 民集48巻3号835頁)、本件著作権の譲渡は、アメリカ合衆国国民であり同国ミズー リ州において死亡した亡ローズ・オニールの相続財産の処分ではあるけれども、本件著作 権の譲渡について適用されるべき準拠法は、相続の準拠法として同州法とされるべきでな いことは、上記判例の趣旨からも明らかである。 そして、著作権の譲渡について適用されるべき準拠法を決定するに当たっては、譲渡の原 因関係である契約等の債権行為と、目的である著作権の物権類似の支配関係の変動とを区 別し、それぞれの法律関係について別個に準拠法を決定すべきである。 (2) まず、著作権の譲渡の原因である債権行為に適用されるべき準拠法について判断する。 いわゆる国際仲裁における仲裁契約の成立及び効力については、法例7条1項により、第 一次的には当事者の意思に従ってその準拠法が定められるべきものと解するのが相当であ り、仲裁契約中で上記準拠法について明示の合意がされていない場合であっても、主たる 契約の内容その他諸般の事情に照らし、当事者による黙示の準拠法の合意があると認めら れるときには、これによるべきものとされている(最高裁平成9年9月4日第一小法廷判 決・民集51巻8号3657頁)。著作権移転の原因行為である譲渡契約の成立及び効力 について適用されるべき準拠法は、法律行為の準拠法一般について規定する法例7条1項 により、第一次的には当事者の意思に従うべきところ、著作権譲渡契約中でその準拠法に ついて明示の合意がされていない場合であっても、契約の内容、当事者、目的物その他諸 般の事情に照らし、当事者による黙示の準拠法の合意があると認められるときには、これ によるべきである。控訴人の主張する本件著作権の譲渡契約は、アメリカ合衆国ミズーリ 州法に基づいて設立された遺産財団が、我が国国民である控訴人に対し、我が国国内にお いて効力を有する本件著作権を譲渡するというものであるから、同契約中で準拠法につい て明示の合意がされたことが明らかでない本件においては、我が国の法令を準拠法とする 旨の黙示の合意が成立したものと推認するのが相当である。 (3) 証拠によれば、以下の事実が認められる。  本件著作権は、ローズ・オニールの死後、同人の遺産を管理する遺産財団に承継され、 ミズーリ州タニー郡巡回裁判所により、ポール・オニールが遺産財団管財人に選任された。 ポール・オニールは、1964年3月18日、同裁判所の命令を受けて任務を終了したも のの、1997年7月14日、ローズ・オニールの新たな財産が発見されたとして、デビ ッド・オニールから同裁判所に対し遺産財団管財人選任の申立てがされ、同裁判所は、同 月15日、デビッド・オニールを遺産財団管財人に選任した(甲6、9)。  控訴人は、平成10年5月1日、遺産財団から、本件著作権を含むローズ・オニールが 創作したすべてのキューピー作品に係る我が国著作権等を、頭金として15,000アメリカド ル、ランニング・ロイヤリティとしてキューピー製品及び物品に係る控訴人自身の純収入 の2%を支払うほか、キューピー作品に関して第三者から受領した金額の2分の1を対価 として支払う旨の約定により譲り受けた(甲72)。  被控訴人は、控訴人が本件著作権等の対価を当審口頭弁論終結日まで明らかにしなかっ たことを理由に控訴人主張の譲渡が虚構である旨主張し、確かに、この点に係る控訴人の 訴訟遂行は問題なしとしないが、このことから直ちに、上記著作権譲渡契約の存在を否定 することはできず、他に上記の認定を左右するに足りる証拠はない。 (4) 被控訴人は、デビッド・オニールを遺産財団管財人に選任したアメリカ合衆国ミズ ーリ州タニー郡巡回裁判所の決定が法定の要件を充足しておらず無効であると主張する。 しかしながら、上記のとおり、ローズ・オニールはアメリカ合衆国ミズーリ州において死 亡したから、同州タニー郡巡回裁判所は、国際民事訴訟法上、遺産財団管財人の選任につ いて専属管轄を有するものと認められ、同選任の裁判が上訴により取り消されるなど、そ の確定を妨げるべき事情はうかがわれず、被控訴人が同裁判に対しアメリカ合衆国ミズー リ州の訴訟手続により不服を申し立てた等の事情もうかがわれない。また、上記のとおり、 遺産財団は、1964年1月16日にいったん清算を終了したが、他方、我が国において 本件著作権が存続しているのであるから、上記裁判所が遺産財団管財人を選任する要件で ある、清算終了後に未処分財産を発見したときに当たる上、本件著作権等、新たに発見さ れた財産に価値があり、ローズ・オニールから承継された知的財産権を管理するために遺 産財団管財人が必要であるということは、遺産管理状の交付申立てをする正当事由に当た るということができる。さらに、デビッド・オニールの上記遺産管理状の交付申立書には、 これらの要件が記載されており(甲9)、これらの点を併せ考慮すれば、上記裁判所の遺 産財団管財人の選任決定は適法にされたものと推認するのが相当である。したがって、被 控訴人の上記主張は採用することができない。 そうすると、控訴人と遺産財団とは、本件著作権について、上記譲渡契約を有効に締結し たということができる。 (5) 次に、著作権の物権類似の支配関係の変動について適用されるべき準拠法について 判断する。一般に、物権の内容、効力、得喪の要件等は、目的物の所在地の法令を準拠法 とすべきものとされ、法例10条は、その趣旨に基づくものであるが、その理由は、物権 が物の直接的利用に関する権利であり、第三者に対する排他的効力を有することから、そ のような権利関係については、目的物の所在地の法令を適用することが最も自然であり、 権利の目的の達成及び第三者の利益保護という要請に最も適合することにあると解される。 著作権は、その権利の内容及び効力がこれを保護する国(以下「保護国」という。)の法 令によって定められ、また、著作物の利用について第三者に対する排他的効力を有するか ら、物権の得喪について所在地法が適用されるのと同様の理由により、著作権という物権 類似の支配関係の変動については、保護国の法令が準拠法となるものと解するのが相当で ある。 (6) そうすると、本件著作権の物権類似の支配関係の変動については、保護国である我 が国の法令が準拠法となるから、著作権の移転の効力が原因となる譲渡契約の締結により 直ちに生ずるとされている我が国の法令の下においては、上記の本件著作権譲渡契約が締 結されたことにより、本件著作権は遺産財団から控訴人に移転したものというべきである。  7 本件著作権の第三者への譲渡について (1) 被控訴人は、遺産財団管財人ポール・オニールが遅くとも1948年6月5日まで に本件著作権を含むキューピー作品に係る著作権をジョゼフ・カラスに譲渡したと主張す る。 (2) しかしながら、仮に、遺産財団管財人ポール・オニールがジョゼフ・カラスに対し 本件著作権を譲渡し、この譲渡契約が有効であるとしても、上記のとおり、遺産財団から 控訴人に対する本件著作権譲渡による物権類似の支配関係の変動については、本件著作権 の保護国である我が国の法令が準拠法となるから、本件著作権について、ジョゼフ・カラ スに対する譲渡と控訴人に対する譲渡とが二重譲渡の関係に立つにすぎず、控訴人に対す る本件著作権の移転が効力を失うものではない。 我が国著作権法上、被控訴人は、本件著作権について、譲渡を受け、又は利用許諾を受け るなど、控訴人が本件著作権譲渡の対抗要件を欠くことを主張し得る法律上の利害関係を 有しないから、控訴人は、被控訴人に対し、対抗要件の具備を問うまでもなく、本件著作 権を行使することができる。  8 訴訟信託について  (1) 上記のとおり、本件著作権譲渡契約の有効性については、我が国の法令が準拠法 となるところ、我が国の法令上、遺産財団から控訴人に対する本件著作権の譲渡が訴訟行 為をさせることを主たる目的とする訴訟信託に当たると認めるに足りる証拠はない。  (2) 被控訴人は、控訴人が本件著作権の譲渡を受けて間もなく本件訴訟を提起したこ とを主張するが、このことから直ちに訴訟信託が推認されるものではない上、控訴人は、 上記認定のとおり、遺産財団に対して相当額の対価の支払を約し、また、本件訴訟の遂行 を弁護士である訴訟代理人に委任し、同代理人が原審及び当審の口頭弁論期日に出頭して 訴訟を遂行していることは訴訟上明らかであるから、この点においても、本件著作権の譲 渡が訴訟信託であるとは認め難い。  9 権利の失効について (1) 権利を有する者が久しきにわたりこれを行使せず、相手方においてその権利はもは や行使されないものと信頼すべき正当の事由を有するに至ったため、その後にこれを行使 することが信義誠実に反すると認められるような特段の事由がある場合には、上記権利の 行使は許されないとして、いわゆる失効の原則が適用される場合のあることは、判例とす るところである(最高裁昭和30年11月22日第三小法廷判決・民集9巻12号178 1頁、同昭和40年4月6日第三小法廷判決・民集19巻3号564頁)。 (2) しかしながら、本件において、被控訴人は、被控訴人が現在に至るまで70年以上 にわたり被控訴人商標等を使用し続けてきたこと、ローズ・オニール及びその承継人が、 その間、本件著作権の行使をしなかったことなどを主張するが、それだけでは、上記法理 の適用により本件著作権の権利行使の不許ないし権利の消滅を根拠付けるに足りる事情と いうことはできないから、被控訴人の主張は採用の限りではない。 なお、被控訴人は、権利の失効について権利濫用を基礎付ける事情としても主張するが、 本件においては、後記のとおり、被控訴人が本件人形の複製又は翻案をしたものとは認め られないから、権利濫用の成否については判断しない。  10 以上のとおりであるから、控訴人は、本件著作権の著作権者であるというべきであ る。  11 複製又は翻案について (1) 二次的著作物の著作権は、二次的著作物において新たに付与された創作的部分につ いてのみ生じ、原著作物と共通し、その実質を同じくする部分には生じないと解するのが 相当である(最高裁平成9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁)。 これを本件についてみると、上記のとおり、本件著作物は、本件イラスト著作物中に描か れたキューピーイラストを原著作物とする二次的著作物であり、また、原著作物であるキ ューピーイラストを立体的に表現した点においてのみ創作性を有するから、立体的に表現 したという点を除く部分については、キューピーイラストと共通しその実質を同じくする ものとして、本件著作権の効力は及ばないというべきである。 (2) そこで、この見地から控訴人主張の複製又は翻案の成否について判断するに、本件 著作物それ自体が証拠として提出されていない本件においては、その複製物である本件人 形と被控訴人イラスト等を対比検討するのが相当である。  ア まず、被控訴人人形を本件人形と対比すると、両者とも、全体的な特徴として、@ ほぼ直立の人形である、A乳幼児の体型であり、頭部が大きい、B裸である、C性別がは っきりせず中性的である、Dふっくらとしているという共通点を有し、細部の特徴として、 E頭頂部にとがった形状の髪の毛が前後に細長く生えて前に垂れており、側頭部の耳付近 に若干の毛髪があるが、頭部のその余の部分には髪の毛がない、F後頭部が突き出してい る、G頬がふっくらしている、H目は丸く大きい、I瞳が大きい、J眉は、目から離れた 位置に描かれている、K鼻は目立たず、小さく丸い、L口は、ややほほ笑んでいる表情に 描かれている、M両手は、腕を伸ばし、掌を広げている、N腹部は、前に張り出している、 O肩の付近に小さな双翼が描かれているという点で共通する。  これに対し、本件人形と被控訴人人形とは、相違点として、@全身のプロポーションに ついて、前者はほぼ2.5頭身であるのに対し、後者はほぼ2.3頭身である、A顔について、 前者は縦長の楕円形状であるのに対し、後者は縦横の長さがほぼ同じである、B眉につい て、前者は点のように描かれているのに対し、後者は円弧状に細長く描かれている、C口 について、前者は唇が細長く描かれているのに対し、後者は細く短かく描かれている、D 腹部について、前者は下腹部が前方に突き出ているのに対し、後者は全体が前方に張り出 している、E胴について、前者は中央が最も太いのに対し、後者は尻のあたりが最も太い、 F尻について、前者は背中部分から突き出すことなく連続して、下方に向けて狭まってい るのに対し、後者は背中部分に比べ後方に突き出ているという点がある。  イ 次に、被控訴人イラストは、平面的な著作物であるから、立体的な本件著作物の創 作的な表現が再生されているというためには、被控訴人イラストから立体的な表現を看取 することができ、かつ、看取された立体的表現が本件人形の内容及び形式を覚知させるか 又は本件人形の本質的な特徴を直接感得させるものであることを要するというべきである。 この観点から被控訴人イラストを見ると、イラストごと程度の差はあるものの、陰影、彩 色の濃淡等により、ある程度立体的表現を看取することができ、全体的特徴として、乳幼 児の容貌でありふっくらとしているという点で共通する。そこで、更に進んで、被控訴人 イラストを本件人形と対比する。  (渡辺イラスト)  渡辺イラストを本件人形と対比すると、全体的な特徴として、乳幼児の体型であり、頭 部が2.3〜3等身で大きく、全身がふっくらとしているという点で共通し、細部の特徴と して、@頭頂部にとがった形状の髪の毛が前後に細長く生えて前に垂れており、側頭部の 耳付近に若干の毛髪があるが、頭部のその余の部分には髪の毛がない(図面(八)は側頭 部にも髪の毛がない。)、A目は丸く大きく、瞳が大きい、B鼻は目立たず、小さい、C 口は、ややほほ笑んでいる表情に描かれている、D頬が全体的にふっくらしている、E腹 部は、前に張り出しているという点で共通する。  これに対し、本件人形と渡辺イラストには、以下のような相違点がある。すなわち、@ 前者は裸であるのに対し、後者のうち図面(三)(五)(七)(九)のものは衣服を着て いる、A性別について、前者は全く不明確であるのに対し、後者のうち図面(一)(三) (五)(九)のものは衣服及びリボンにより性別が表現されている、B眉について、前者 は点のように描かれているのに対し、後者は横に細長く描かれている、C口について、唇 が細長く描かれているのに対し、後者は唇が細く短く描かれている、D双翼について、前 者は肩付近に付けられているのに対し、後者は描かれていない(不明りょうな図面(一) のものを除く。)という点である。  (駄場イラスト)  駄場イラストを本件人形と対比すると、全体的な特徴として、全身の描かれた図面(六) (一〇)(一三)(一四)(一五)(一七)のものについて頭部が大きく、いずれの図面 のものもふっくらとしているという点で共通し、細部の特徴として、@図面(六)(一〇) (一三)(一四)(一五)(一七)のものについて、頭頂部にとがった形状の髪の毛が前 後に細長く生えて前に垂れており、側頭部の耳付近に若干の毛髪があるが、頭部のその他 には髪の毛がなく、図面(一一)(一二)(一六)のものについては、側頭部の耳付近に 若干の毛髪があり、A目は丸く大きい、B眉は、目から離れた位置に描かれている、C鼻 は目立たず、小さく丸い、D口は、ややほほ笑んでいるように描かれているという点で共 通する。  これに対し、本件人形と駄場イラストには、以下のような相違点がある。すなわち、@ 前者は全身の立像であるのに対し、後者のうち図面(一一)(一二)(一六)のものは頭 部及び手のみが描かれている、A全身のプロポーションについて、前者はほぼ2.7頭身で あるのに対し、後者はほぼ2.3頭身である、B前者は裸であるのに対し、後者のうち全身 の描かれた図面(六)(一〇)(一三)(一四)(一五)(一七)のものについては衣服 を着ている、C性別について、前者は不明であるのに対し、後者のうち図面(一三)左側 のものはスカート及びリボンにより性別が表現されている、D顔について、前者はやや縦 長の楕円形状であるのに対し、後者は縦横の長さがほぼ同じである、E後者は瞳にハイラ イトが施され睫毛が描かれているのに対し、前者にはこのような表現がない、F眉につい て、前者は点のように描かれているのに対し、後者は円弧状に細く描かれている、G口に ついて、前者は唇が細長く描かれているのに対し、後者は細く短く描かれている、H双翼 について、前者は肩付近に付けられているのに対し、後者のうち図面(一三)中央のもの については、背中全体に双翼が大きく描かれ、その余のものについては、双翼が描かれて いないという点である。  (3) そうすると、本件著作物が原著作物であるキューピーイラストを立体的に表現し た点においてのみ創作性を有し、その余の部分に本件著作権は及ばず、他方、被控訴人イ ラスト等が上記の諸点において本件人形と相違し、全体的に考察しても受ける印象が本件 人形と異なることに照らすと、本件著作物において先行著作物に新たに付加された創作的 部分は、被控訴人イラスト等において感得されないから、被控訴人イラスト等は、本件著 作物の内容及び形式を覚知させるに足りるものでもなく、また、本件著作物の本質的な特 徴を直接感得させるものでもないから、本件著作物の複製物又は翻案物に当たらないとい うべきである。  なお、被控訴人イラスト等の中には、被控訴人人形、被控訴人イラストの図面(一)な いし(四)等、本件著作物の本質的な特徴を相当程度感得させるかのように見られるもの もあるが、本件著作物は、本件イラスト著作物を原著作物とし、これを立体的に表現した という点においてのみ創作性を付加された二次的著作物であるから、被控訴人イラスト等 に本件著作権の効力が及ぶというためには、本件著作物において新たに付加された創作的 部分が感得されることを要するのであって、本件人形と被控訴人イラスト等との間に上記 の程度の相違点があれば、被控訴人イラスト等に本件著作権の効力は及ばないといわざる を得ない。 (4) 控訴人は、本件著作物の原著作物であるキューピーイラストについて我が国におけ る保護期間が満了していないことを理由として、本件著作権の効力が原著作物に新たに付 加された創作的部分についてのみならず本件著作物全体に及んでいると主張する。 しかしながら、二次的著作物の著作権が原著作物に新たに付加された創作的部分について のみ生ずることは、二次的著作物の著作権者が原著作物について著作権を有していること によって影響を受けないと解するのが相当である。なぜならば、二次的著作物が原著作物 から独立した別個の著作物として著作権法上の保護を受けるのは、原著作物に新たな創作 的要素が付加されているためであって、二次的著作物のうち原著作物と共通する部分は、 何ら新たな創作的要素を含むものではなく、別個の著作物として保護すべき理由がないと ころ(上記最高裁判決)、我が国において原著作物の著作権について保護期間が満了して おらず、かつ、二次的著作物の著作権者が原著作物の著作権者であるからといって、二次 的著作物のうち原著作物と共通する部分について別個の著作物として保護すべき理由がな いという点では、二次的著作物の著作権者が原著作物の著作権者でない場合と何ら異なる ところはないからである。 したがって、キューピーイラストの著作権について我が国における保護期間が満了してお らず、かつ、控訴人がその著作権者であるということは、本件著作権の権利範囲に影響を 及ぼさないというべきであり、控訴人の主張は、採用することができない。 (5) また、控訴人は、原審第4回口頭弁論期日において、本件イラスト著作物について 著作権の保護を求める著作物として主張する趣旨ではないし、今後もそのような趣旨の主 張をするつもりはないと述べているとおり、本件において、上記原著作権に基づく請求を していない以上、原著作物の著作権について保護期間が満了しておらず、控訴人が原著作 権の著作権者であるということは、本件訴訟の結論に影響を及ぼさない。  12 したがって、被控訴人イラスト等が本件著作物の複製物又は翻案物であるというこ とはできないから、控訴人の本件著作権に基づく差止め及び廃棄の請求は、その余の点に ついて判断するまでもなく、理由がない。  13 職権により検討するに、記録に照らすと、本件訴訟の経緯は以下のとおりである。  原審において、脱退前被控訴人は、被控訴人イラスト等の複製が本件著作権の侵害に当 たるとして、被控訴人に対し、被控訴人イラスト等の複製の差止め、これらの複製物の廃 棄、損害賠償及び不当利得返還を求める訴え(東京地方裁判所平成10年(ワ)第2533 号事件、以下「第一事件」という。)を提起し、次いで、控訴人が、本件著作権を脱退前 被控訴人から譲り受けたとして、独立当事者参加の申出により、被控訴人に対し、前同様 の差止等を求める訴え(同裁判所平成10年(ワ)第16389号事件、以下「第二事件」 という。)を提起して第一事件に参加し、脱退前被控訴人は、訴訟脱退の申立てをした。 しかし、被控訴人がその承諾をしなかったため、脱退の効力を生じなかったところ、原審 は、本件から第一事件の弁論を分離して口頭弁論を終結した上、原告(注、脱退前被控訴 人)の請求をいずれも棄却する判決をし、次いで、第二事件について口頭弁論を終結して、 参加人(注、控訴人)の請求をいずれも棄却する判決をした。これに対し、控訴人は、被 控訴人に対し、本件控訴の提起をし(損害賠償請求及び不当利得返還請求は不服申立ての 範囲外)、当審において、控訴人が本件著作権の著作権者であることの確認を求める請求 を追加し、脱退前被控訴人は訴訟から脱退し、被控訴人はその承諾をした。  民事訴訟法(明治23年法律第29号、以下「旧民事訴訟法」という。)71条の独立 当事者参加に基づく、参加人、原告、被告間の訴訟について本案判決をするときは、三当 事者を判決の名宛人とする一個の終局判決のみが許され、当事者の一部に関する判決をす ることが許されないことは、判例とするところであり(最高裁昭和43年4月12日第二 小法廷判決・民集22巻4号877頁)、このことは、民事訴訟法47条1項により第三 者が当事者の一方のみを相手方として独立当事者参加をした場合にも同様であると解する のが相当である。なぜならば、旧民事訴訟法71条と同様、民事訴訟法47条4項は、必 要的共同訴訟に関する同法40条1項ないし3項を準用しており、三当事者間における訴 訟の合一確定を要請している点において、旧民事訴訟法71条と異なるところはないから である。  そうすると、原審において、民事訴訟法47条1項による上記参加がされた本件におい ては、合一確定の要請に照らし、控訴人のした本件控訴は、脱退前被控訴人に対しても効 力を生じ、脱退前被控訴人が当審において被控訴人の地位に立つとともに、控訴人に対し て正本が送達されず判決が確定していない第一事件を含め、両事件が全体として当審に移 審して審理の対象になったというべきである。したがって、本件の弁論を分離して第一事 件及び第二事件につき各別に言い渡された原判決はいずれも違法であり、この瑕疵は職権 調査事項に当たるから(上記最高裁判決)、第一事件及び第二事件に係る原判決は、いず れも取消しを免れない。  14 第一事件に係る脱退前被控訴人、被控訴人間の訴訟は、当審における脱退前被控訴 人の脱退により終了しているので、更に、第二事件に係る控訴人の請求の当否について判 断すると、上記判示のとおり、控訴人の差止め及び廃棄の請求は理由がなく、控訴人が当 審において追加した著作権確認請求は理由がある。  よって、原判決をいずれも取り消し、第二事件に係る控訴人の差止め及び廃棄の請求を 棄却し、控訴人が当審において追加した著作権確認請求を認容することとし、訴訟費用の 負担につき民事訴訟法67条2項、64条本文、61条を適用して、主文のとおり判決す る。 東京高等裁判所第13民事部 裁判長裁判官 篠原 勝美    裁判官 石原 直樹    裁判官 長沢 幸男