・最判平成13年6月12日民集55巻4号793頁  生ゴミ処理装置事件:上告審。  上告人(原告・被控訴人)と上告補助参加人とは、生ごみ処理装置の共同開発研究事業 契約を締結し、上告補助参加人が、「生ゴミ処理装置」という名称の発明をし、上告人と 上告補助参加人とは、本件発明につき、共同して特許出願をした。本件は、上告人が、被 上告人(被告・控訴人)に対し、上告人が特許出願をしていた発明に係る特許を受ける権 利の持分を被上告人が侵害したと主張して、被上告人名義に設定の登録がされた特許権の 持分についての移転登録手続を求めた事案である。原審判決は上告人の請求を認容したが、 原審判決は、発明者または発明者から特許を受ける権利を承継した者(真の権利者)であ っても、これ以外の者(無権利者)を特許権者として特許権の設定の登録がされたときは、 特許権の移転登録手続を請求することはできないとして、請求を棄却した。  本判決は、「上告人は、本件特許権につき特許無効の審判を請求することはできるもの の、特許無効の審決を経て本件発明につき改めて特許出願をしたとしても、本件特許出願 につき既に出願公開がされていることを理由に特許出願が拒絶され、本件発明について上 告人が特許権者となることはできない結果になるのであって、それが不当であることは明 らかである」などと述べたうえで、「これらの不都合を是正するためには、特許無効の審 判手続を経るべきものとして本件特許出願から生じた本件特許権自体を消滅させるのでは なく、被上告人の有する本件特許権の共有者としての地位を上告人に承継させて、上告人 を本件特許権の共有者であるとして取り扱えば足りるのであって、そのための方法として は、被上告人から上告人へ本件特許権の持分の移転登録を認めるのが、最も簡明かつ直接 的であるということができる」とした。そして、「本件の事実関係の下においては、上告 人は被上告人に対して本件特許権の被上告人の持分につき移転登録手続を請求することが できると解するのが相当である」として、原審判決を取り消して自判した。 (控訴審:福岡高判那覇支) ■判決文  主  文  原判決を破棄する。  被上告人の控訴を棄却する。  控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。  理  由  上告代理人兼上告補助参加代理人大城浩、同當真良明の上告理由について 1 本件は、上告人が、被上告人に対し、上告人が特許出願をしていた発明に係る特許を 受ける権利の持分を被上告人が侵害したと主張して、被上告人名義に設定の登録がされた 特許権の持分についての移転登録手続を求めた事案である。 2 原審が適法に確定した事実関係等は、次のとおりである。  (1) 上告人と上告補助参加人とは、平成4年8月11日、生ごみ処理装置の共同開発 研究事業契約を締結し、上告補助参加人が、「生ゴミ処理装置」という名称の発明(以下 「本件発明」という。)をした。同年10月29日、上告人と上告補助参加人とは、本件 発明につき、共同して特許出願(以下「本件特許出願」という。)をした。被上告人は、 上告人の取締役(ただし、代表権は有しない。)として、この出願手続に関与した。  (2) 平成5年6月29日、被上告人は、上告人が被上告人に特許を受ける権利の持分 を譲渡した旨の同月25日付けの譲渡証書を添付して、本件特許出願の出願人を上告人か ら被上告人に変更する出願人名義変更届を特許庁長官に提出した。この譲渡証書は、被上 告人が、上告人の代表者の承諾を得ずに、その印鑑を使用して作成したものであった。  (3) 平成6年7月5日、本件特許出願について出願公開がされた。その公開特許公報 の記載内容は、本件特許出願の願書に添付された明細書、図面及び要約書と同一であった。  (4) 本件特許出願については、平成7年7月12日に出願公告がされ、同8年3月2 8日に、上告補助参加人及び被上告人を特許権者として、特許権の設定の登録がされた (以下、この特許権を「本件特許権」という。)。  (5) 上告人は、本件特許権の設定の登録がされるのに先立って、被上告人に対し、上 告人が本件発明につき特許を受ける権利の持分を有することの確認を求める本件訴訟を提 起した。ところが、上記(4)のとおり、本件特許権の設定の登録がされたために、上告人 は、本件訴訟の第1審係属中に訴えを変更して、被上告人に対し、本件特許権の被上告人 の持分につき、上告人に対し移転登録手続をすることを求めた。 3 原審は、次のとおり判断して、上告人の請求を棄却した。  発明者又は発明者から特許を受ける権利を承継した者(以下「真の権利者」という。) であっても、これ以外の者(以下「無権利者」という。)を特許権者として特許権の設定 の登録がされたときは、特許権の移転登録手続を請求することはできない。なぜならば、 このような場合に真の権利者の無権利者に対する特許権の移転登録手続請求を認めること は、裁判所が、特許庁における特許無効の審判手続を経由せずに無権利者に付与された特 許を無効とし、真の権利者のために新たな特許権の設定の登録をするのと同様の結果とな るが、このことは、特許権が行政処分である設定の登録によって発生するものとされ、ま た、特許の無効理由の存否については専門技術的な立場からの判断が不可欠であるために 第1次的には特許庁の判断に委ねられているという特許争訟手続の趣旨及び制度に反する からである。 4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は次のとおりで ある。  上記2の事実関係によれば、本件発明につき特許を受けるべき真の権利者は上告人及び 上告補助参加人であり、被上告人は特許を受ける権利を有しない無権利者であって、上告 人は、被上告人の行為によって、財産的利益である特許を受ける権利の持分を失ったのに 対し、被上告人は、法律上の原因なしに、本件特許権の持分を得ているということができ る。また、上記2の事実関係の下においては、本件特許権は、上告人がした本件特許出願 について特許法所定の手続を経て設定の登録がされたものであって、上告人の有していた 特許を受ける権利と連続性を有し、それが変形したものであると評価することができる。  他方、上告人は、本件特許権につき特許無効の審判を請求することはできるものの、特 許無効の審決を経て本件発明につき改めて特許出願をしたとしても、本件特許出願につき 既に出願公開がされていることを理由に特許出願が拒絶され、本件発明について上告人が 特許権者となることはできない結果になるのであって、それが不当であることは明らかで ある(しかも、本件特許権につき特許無効の審決がされることによって、真の権利者であ ることにつき争いのない上告補助参加人までもが権利を失うことになるとすると、本件に おいて特許無効の審判手続を経るべきものとするのは、一層適当でないと考えられる。)。 また、上告人は、特許を受ける権利を侵害されたことを理由として不法行為による損害賠 償を請求する余地があるとはいえ、これによって本件発明につき特許権の設定の登録を受 けていれば得られたであろう利益を十分に回復できるとはいい難い。その上、上告人は、 被上告人に対し本件訴訟を提起して、本件発明につき特許を受ける権利の持分を有するこ との確認を求めていたのであるから、この訴訟の係属中に特許権の設定の登録がされたこ とをもって、この確認請求を不適法とし、さらに、本件特許権の移転登録手続請求への訴 えの変更も認めないとすることは、上告人の保護に欠けるのみならず、訴訟経済にも反す るというべきである。  これらの不都合を是正するためには、特許無効の審判手続を経るべきものとして本件特 許出願から生じた本件特許権自体を消滅させるのではなく、被上告人の有する本件特許権 の共有者としての地位を上告人に承継させて、上告人を本件特許権の共有者であるとして 取り扱えば足りるのであって、そのための方法としては、被上告人から上告人へ本件特許 権の持分の移転登録を認めるのが、最も簡明かつ直接的であるということができる。  もっとも、特許法は、特許権が特許庁における設定の登録によって発生するものとし、 また、特許出願人が発明者又は特許を受ける権利の承継者でないことが特許出願について 拒絶をすべき理由及び特許を無効とすべき理由になると規定した上で、これを特許庁の審 査官又は審判官が第1次的に判断するものとしている。しかし、本件においては、本件発 明が新規性、進歩性等の要件を備えていることは当事者間で争われておらず、専ら権利の 帰属が争点となっているところ、特許権の帰属自体は必ずしも技術に関する専門的知識経 験を有していなくても判断し得る事項であるから、本件のような事案において行政庁の第 1次的判断権の尊重を理由に前記と異なる判断をすることは、かえって適当とはいえない。 また、本件特許権の成立及び維持に関しては、特許料を負担するなど、被上告人の寄与に よる部分もあると思われるが、これに関しては上告人が被上告人に対して被上告人のした 負担に相当する金銭を償還すべきものとすれば足りるのであって、この点が上告人の被上 告人に対する本件請求の妨げになるものではない。  以上に述べた点を考慮すると、本件の事実関係の下においては、上告人は被上告人に対 して本件特許権の被上告人の持分につき移転登録手続を請求することができると解するの が相当である。 5 そうすると、原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は原判決 の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、 原判決は破棄を免れない。そして、以上に説示したところによれば、上告人の請求を認容 した第1審判決は正当として是認することができ、被上告人の控訴はこれを棄却すべきも のである。  よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 元原 利文    裁判官 千種 秀夫    裁判官 金谷 利廣    裁判官 奥田 昌道