・東京地判平成13年7月2日  「宇宙戦艦ヤマト」事件。  本件は、映画の著作物である「宇宙戦艦ヤマト」シリーズの各作品について、著作者 であると主張する原告(「宇宙戦艦ヤマト」の元プロデューサー)が、被告(株式会社 バンダイ)らに対し、被告らが「宇宙戦艦ヤマト 遙かなる星イスカンダル」および 「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」のプレイステーション用ソフトゲームソフト を製作、販売する行為は、原告が本件各著作物について有する著作者人格権(同一性保 持権および氏名表示権)を侵害するとして、本件各ゲームソフトの複製等の差止めおよ び損害賠償の支払を求めた事案である。  判決は、「本件譲渡契約により、原告と被告東北新社との間で、原告は同被告から対 価の支払を受けて、本件各著作物を含む対象作品についての著作権及びあらゆる利用を 可能にする一切の権利を譲渡し、かつ、原告が譲渡の対象とされている権利を専有して いることを保証したことが約されたことは明らかである。そうすると、被告東北新社 (又は、その許諾を受けた者)による本件各著作物を利用する行為が、原告の著作者人 格権を害するなど通常の利用形態に著しく反する特段の事情の存在する場合はさておき、 そのような事情の存在しない通常の利用行為に関する限りは、原告は、本件譲渡契約に よって、原告の有する著作者人格権に基づく権利を行使しない旨を約した(原告が同被 告に対して許諾した、あるいは、請求権を放棄する旨約した。)と解するのが合理的で ある。」としたうえで、さらに、「原告は、本件各著作物の著作者がオフィスアカデミ ー社及びウエストケープ社であると説明し、被告東北新社側もこれを信頼して、両者間 で、本件譲渡契約を締結したのであるから、本訴において、これと明らかに矛盾する主 張、すなわち、『原告が著作者であり、被告らの行為は原告の有する著作者人格権を侵 害する』との主張は、信義則ないしは禁反言の原則に反する主張として許されないとい うべきである。」とした。また、「被告バンダイ及び被告バンダイビジュアルは、被告 東北新社が本件譲渡契約に基づいて取得した権利に基づき(許諾を得て)、本件各著作 物を利用しているのであるから、同バンダイらに対する著作者人格権に基づく原告の権 利主張も、同様の理由により許されない。」とした。結果として、原告の請求を棄却し た。 ■争 点 (1) 原告は、本件各著作物の著作者か。 (2) 原告は被告らに対し、本件譲渡契約により、被告らが、本件各著作物に改変を加え ること及び原告の氏名を表示しないことについて、著作者人格権に基づく請求権を放棄 をしたか(被告らが改変を加えること等について承諾したか。)。 (3) 原告が著作者人格権侵害に基づく請求をすることは信義則違反か。 (4) 損害額 ■判決文 第3 争点に対する判断 1 争点(2)及び(3)(請求の放棄、信義則違反)について判断する。 (1) 前記前提となる事実、証拠(甲22ないし29、丙1、丁1ないし4)及び弁 論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。 ア 原告は、アニメ作品の制作等を業としていたが、昭和49年から58年に掛け て、テレビないし劇場用映画である本件各著作物を制作、著作した(なお、本訴におい て、被告らは、本件各著作物の制作過程について、反証を全く行っていないが、このよ うな弁論の全趣旨に照らして、上記のように認定した。)。 イ 原告は、平成7、8年ころ、一連の「宇宙戦艦ヤマト」シリーズの新作「宇宙 戦艦ヤマト・復活編」の製作の準備を進めていたが、その製作費の資金繰りに窮してい た。原告は、平成8年2月ころより、被告東北新社に対して、出資を要請し、原告の有 する著作権等の譲渡のための交渉を重ねた。そして、原告は、平成8年12月20日、 同資金を得るため、被告東北新社との間で、自らが代表するウエストケープ社及びボイ ジャーエンターテインメント社をも当事者として、本件各著作物に係る著作権等を対象 とする本件譲渡契約を締結した。 ウ 本件譲渡契約は、その1条4項において、当該契約の「対象権利」は、「対象 作品に対する著作権および対象作品の全部又は一部のあらゆる利用を可能にする一切の 権利」と定義している。すなわち、本件譲渡契約は、1条1項ないし3項において、原 告らが著作権等を有する劇場用映画「宇宙戦艦ヤマト」等の映像著作物を「現存作品」 と、原告が将来完成させる「YAMATO 2520 VOL.4〜7」等の映像著作物を「将来作品」と、 現存作品及び将来作品を併せたものを「対象作品」と定義し、その該当作品を契約書添 付の別紙(一)により特定し、その上で、同条4項において、「対象作品に対する著作 権および対象作品全部又は一部のあらゆる利用を可能にする権利」を「対象権利」と定 義している。そして、同契約は、2条において、原告は被告東北新社に対して、対象権 利及び権利行使素材(フィルム、テープ等を指すと解される。)の所有権の一切を譲渡 すること、また、4条において、原告及びウエストケープ社及びボイジャーエンターテ インメント社が対象作品について第三者との間で締結した契約について、契約上の地位 を被告東北新社に譲渡すること、9条において、原告は、被告東北新社に対して、原告 が対象権利を専有していること(米国におけるホームビデオ権に係る利用制限を除く。) を保証することを、それぞれ定めている。また、譲渡の対価は、総額4億5000万円 とされた。 エ 原告は、緊急に資金を必要としたために本件譲渡契約の締結を急いだ。そのた め、被告東北新社は、自ら、本件譲渡契約の対象となる作品についての十分な調査をす ることができず、原告に対し、対象作品に関する詳細な情報提供を要請した。そこで、 原告は、本件譲渡契約の対象作品に関する権利関係等を明らかにした別紙(一)ないし (三)の書面を作成した上、被告東北新社に交付した。なお、上記各書面は、当時ウエ ストケープ社に勤務していた小森伸二が原告の指示を受けて完成したものである。別紙 (一)には、本件各著作物を含む対象作品の著作者名が記載され、「宇宙戦艦ヤマトV (TVシリーズ)」「ヤマトよ永遠に」及び「宇宙戦艦ヤマト・完結編」の3作品につ いてはウエストケープ社が、その他の5作品についてはオフィスアカデミー社が、それ ぞれ著作者として記載されている。被告東北新社は、それまで独自にした調査の結果と 原告が示した前記書面との間に特段の不一致がなかったこともあり、本件譲渡契約締結 に応ずることとした。 オ 本件各著作物のうち、「宇宙戦艦ヤマト(TVシリーズ)」についてはよみう りテレビ、第一放映及びオフィスアカデミー社が、「さらば宇宙戦艦ヤマト」について はオフィスアカデミー社が、「宇宙戦艦ヤマト2(TVシリーズ)」についてはよみう りテレビ及びオフィスアカデミー社が、それぞれ制作者としてクレジットされており、 原告が交付した別紙の記載と符合している。 カ 平成8年12月20日、原告と被告東北新社とは、契約書に別紙(一)ないし (三)を添付して、本件譲渡契約を締結した。そして譲渡契約に基づく双方の義務は履 行された。ところが、平成9年9月16日、原告に対する破産宣告がされ、破産管財人 が選任された。その後、平成11年6月ころに至って、破産者である原告は、被告東北 新社に対し、本件各著作物を著作したのは原告であるから著作者人格権を有すると主張 して、著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)侵害を理由に本件各ゲームソフト の製造等の差止め及び損害賠償の支払を求め、同年8月3日、被告らに対し、本件訴訟 を提起した。 (2) 以上認定した事実を基礎に、検討する。 ア 本件譲渡契約により、原告と被告東北新社との間で、原告は同被告から対価の 支払を受けて、本件各著作物を含む対象作品についての著作権及びあらゆる利用を可能 にする一切の権利を譲渡し、かつ、原告が譲渡の対象とされている権利を専有している ことを保証したことが約されたことは明らかである。そうすると、被告東北新社(又は、 その許諾を受けた者)による本件各著作物を利用する行為が、原告の著作者人格権を害 するなど通常の利用形態に著しく反する特段の事情の存在する場合はさておき、そのよ うな事情の存在しない通常の利用行為に関する限りは、原告は、本件譲渡契約によって、 原告の有する著作者人格権に基づく権利を行使しない旨を約した(原告が同被告に対し て許諾した、あるいは、請求権を放棄する旨約した。)と解するのが合理的である。  なお、被告らがする本件各著作物の利用形態が、原告の著作者人格権を著しく害 するなど特段の事情があるとの主張も立証もない。 イ のみならず、本件譲渡契約の締結の経緯に照らすならば、原告が、本件譲渡契 約の(著作者はウエストケープ社らであるとする)記載に反して、「本件各著作物の著 作者は原告であるから、原告の有する著作者人格権を侵害する」と主張して、著作者人 格権に基づく権利行使をすることは、信義則に照して許されない。  すなわち、@本件譲渡契約書に添付された別紙(一)は、原告が作成して被告東 北新社に交付したものであるが、同書面には、本件各著作物の著作者として、原告では なく、オフィスアカデミー社及びウエストケープ社と記載されていること、Aしかも、 被告東北新社が、このように記載された書面を別紙(一)として添付して本件譲渡契約 書を完成させた上で、契約を締結したのは、本件各著作物の制作に深く関与し、制作過 程を知悉している立場にある原告自らが、本件各著作物の著作者でないと説明したこと、 及び既に上映された作品の中でも、著作者としては、原告ではなく上記両社がクレジッ トされていたこと等の理由によるものと推認されること、Bその後、原告は、破産宣告 を受けて、財産権を行使する権限を包括的に失い、原則として人格権を除くその余の権 利主張は制限されるに至ったこと等の事情を総合すれば、原告は、本件各著作物の著作 者がオフィスアカデミー社及びウエストケープ社であると説明し、被告東北新社側もこ れを信頼して、両者間で、本件譲渡契約を締結したのであるから、本訴において、これ と明らかに矛盾する主張、すなわち、「原告が著作者であり、被告らの行為は原告の有 する著作者人格権を侵害する」との主張は、信義則ないしは禁反言の原則に反する主張 として許されないというべきである。被告バンダイ及び被告バンダイビジュアルは、被 告東北新社が本件譲渡契約に基づいて取得した権利に基づき(許諾を得て)、本件各著 作物を利用しているのであるから、同バンダイらに対する著作者人格権に基づく原告の 権利主張も、同様の理由により許されない。 ウ 上記いずれの理由によっても、被告らの争点(2)及び(3)に関する主張は相当で ある。 2 以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 飯村 敏明    裁判官 石村 智 裁判官沖中康人は、転補のため署名押印できない。  裁判長裁判官 飯村 敏明