・東京地判平成13年10月30日  「魔術師」事件。  本件は、「魔術師」の著者である原告が、「魔術師」第1刷から第2刷への改訂に 当たって、被告(株式会社文藝春秋)らによって原告に無断で「魔術師」が改竄され たとして、著作者人格権(同一性保持権)の侵害を理由に、被告らに対して、著作権 法115条による謝罪広告の掲載及び「魔術師」第2刷ないし第4刷の読者からの回 収と廃棄並びに不法行為による損害賠償を求めるとともに、第31回大宅賞の社内選 考委員会においてされた被告Bの発言は原告の名誉を毀損するものであるとして、被 告らに対して、民法723条による謝罪広告の掲載及び不法行為による損害賠償を求 める事案である。  判決は、「193箇所のうち多くの箇所において、被告Bは、故意で上記著作者人 格権侵害行為をしたものと認められ、故意が認められない箇所についても、過失を認 めることができる」などとして、原告の損害賠償請求を認容した。 ■争 点 (1) 被告らは、故意又は過失により原告の著作者人格権(同一性保持権)を侵害した か。 (2) 被告らの行為は、原告の名誉を毀損した不法行為となるか。 (3) 原告の損害及び謝罪広告の可否。 ■判決文  「 2 争点(1)について (1) 証拠(甲1、2、乙1)及び弁論の全趣旨によると、「魔術師」第1刷と第 2刷ないし第4刷とを対比した場合、540箇所の変更箇所が存することが認められ る。  そして、上記1認定の事実及び証拠(乙2ないし5)によると、上記変更箇所 の一部である別紙無断改竄箇所全リスト記載の193箇所(◎が付された10箇所を 除く箇所)は、@被告Bが自ら変更した箇所、A被告Bが被告会社の校閲部に依頼し た結果、校正された箇所(乙4)、B印刷所のゲラ(乙3)の変更箇所のいずれかで あること、その数は、@が46箇所、Aが141箇所、Bが6箇所であると認められ、 これらについて原告の同意を得たことを認めるに足りる証拠はない。  そうすると、別紙無断改竄箇所全リスト記載の203箇所中上記193箇所に ついては、原告の「魔術師」に対する著作者人格権(同一性保持権)が侵害されたも のと認められる。 (2) そこで、上記著作者人格権侵害行為について被告Bの責任について判断する。 ア 上記1認定の事実によると、上記(1)の193箇所のうち、@被告Bが自ら 変更した箇所はもとより、A被告Bが被告会社の校閲部に依頼した結果、校正された 箇所(乙4)及びB印刷所のゲラ(乙3)の変更箇所についても、被告Bが変更を決 定し指示したことが認められるから、上記著作者人格権侵害行為は、被告Bによって されたものと認められる。 イ 上記1認定の事実によると、上記A被告Bが被告会社の校閲部に依頼した結 果、校正された箇所(乙4)及びB印刷所のゲラ(乙3)の変更箇所については、被 告Bが平成11年4月26日と27日にCと変更箇所の検討をした後に生じた変更で あると認められること、上記1(1)イ認定のとおり、被告Bは、もともと原告の同意を 得ることには消極的であったこと、上記A及びBについて、被告Bが、Cに対して、 原告の同意を得るよう指示したとか、同意を得たかどうか確認したことを認めるに足 りる証拠はないことからすると、被告Bは、原告の同意がないことを知りながら、す なわち、故意で、上記著作者人格権侵害行為をしたものと認められる。 ウ 次に、上記@被告Bが自ら変更した箇所について検討する。 (ア) 上記@被告Bが自ら変更した箇所46箇所のうち、21箇所は、乙5に 記載があるが、25箇所は、乙5には記載がないものと認められる。そうすると、上 記@被告Bが自ら変更した箇所は、被告Bが平成11年4月26日と27日にCと変 更箇所の検討をする前に変更された箇所と、その検討の後に変更された箇所が含まれ ているものと認められる。 (イ) 上記@被告Bが自ら変更した箇所のうち、被告Bが平成11年4月26 日と27日にCと変更箇所の検討をした後に変更された箇所については、上記イでA 及びBについて述べたのと同様の理由により、被告Bは、故意で上記著作者人格権侵 害行為をしたものと認められる。 (ウ) 上記@被告Bが自ら変更した箇所で、被告Bが平成11年4月26日と 27日にCと変更箇所の検討をする前に変更されていた箇所のうち、別紙無断改竄箇 所全リスト記載の■を付した13箇所のうちに含まれているものについては、Cは、 被告Bに原告との上記1(1)エの検討結果を記載した「魔術師」第1刷及びその写しを 提出することによって、原告が同意しない旨の報告をしたものと認められるから、被 告Bは、原告の同意がないことを知っていたものと認められる。したがって、これら の箇所については、被告Bが、故意で上記著作者人格権侵害行為をしたものと認めら れる。 (エ) これに対し、その余の被告Bが平成11年4月26日と27日にCと変 更箇所の検討をする前に変更されていた箇所については、上記1(1)イで認定した事実 からすると、被告Bとしては、Cが原告の同意を得るものと考えていたことが認めら れ、Cが被告Bに提出した原告との上記1(1)エの検討結果を記載した「魔術師」第1 刷及びその写しにその変更が記載されていなかったとしても、Cが原告が同意しない 旨の報告をしたとまでは認められないから、被告Bが原告の同意がないことを知って いたとまでは認められない。したがって、これらの箇所については、被告Bが、故意 で上記著作者人格権侵害行為をしたものとは認められない。しかし、被告Bには、原 告の同意の確認を怠ったことについて過失があるというべきである。 エ 以上のとおり、上記(1)の193箇所のうち多くの箇所において、被告Bは、 故意で上記著作者人格権侵害行為をしたものと認められ、故意が認められない箇所に ついても、過失を認めることができる。  なお、上記1認定の事実によると、被告Bは、同年5月7日ころCに校閲部 に校正を依頼した事実を話し、同月11日ころCと共に「魔術師」第2刷のゲラを突 き合わせたが、その際、Cはほとんど異議を述べなかったことが認められるが、原告 の同意について話題になったことを認めるに足りる証拠はないから、Cが上記のとお りほとんど異議を述べなかったからといって、被告Bが上記@ないしBの変更箇所 (上記ウ(エ)記載の箇所を除く。)について原告の同意があると考えたとは認められな い。 オ したがって、被告Bは、上記著作者人格権侵害行為について責任を有するも のと認められる。  (3) 被告会社は、民法715条により、従業員である被告Bが行った上記著作者 人格権侵害行為について責任を有するものと認められる。 (4) 原告は、原本に訂正の指示をしたにもかかわらず、第2刷以降訂正されてい ない箇所10箇所についても、原告の著作者人格権(同一性保持権)侵害を主張する が、著作権法20条にいう「意に反する改変」とは、文字通り著作者の意思に反して 著作物に変更を加えるものであると解されるところ、上記の場合は被告らにおいて原 告著作物である「魔術師」に変更を加えたものではないから、これをもって原告の著 作者人格権(同一性保持権)を侵害したものとは認められない。」