・東京地判平成13年12月25日  国語教科書事件。  本件は、本件著作物の著作権者である原告らが、本件各著作物を掲載した国語の教 科書の被告(株式会社育伸社)による印刷、発売等は、原告らの複製権、著作者人格 権を侵害すると主張し、被告による印刷、製本、発売及び頒布の差止め等及び主位的 に損害賠償、予備的に不当利得の返還を求めて本訴提起した事案である。  判決は、原告の請求を認容した。 ■争 点 (1) 被告が、本件各著作物を本件各書籍に掲載することが、著作権法32条1項にい う「引用」に当たるかどうか。 (2) 著作者人格権侵害 ア 被告による本件各書籍の発行が、原告B及び同Cの著作者人格権(同一性保持 権)を侵害するかどうか。 イ 被告による本件各書籍の発行が、原告B、同C及び同Eの著作者人格権(氏名 表示権)を侵害するかどうか。 (3) 公正な利用の法理(フェア・ユースの法理)の適否。 (4) 本件請求が権利の濫用に当たるかどうか。 (5) 損害の発生及び額。 ■判決文 第3 争点に対する判断 1 本件各書籍における本件各著作物の掲載態様について (1) 証拠(甲2の3、甲3の3、甲4の3、甲6の3、丙31ないし34)及び 弁論の全趣旨によると、本件書籍1、2、5、6(ただし、平成13年度版第2版と 後記3(1)ア認定の原告Bによる本件著作物2改訂前の本件書籍2を除く。)における 本件著作物1、2、4、5の各掲載態様は、別紙1ないし5(縮小したもの)のとお りであり、この掲載態様の特徴は次のようなものであると認められる。 ア 本件著作物1、2、4、5は、上記各書籍中において、同著作物の表題によ って特定される各単元のうち、「◆◆◆ 読み取りの勉強をしよう」、「◆ 次の文 章(詩)を読んで、あとの問いに答えなさい。」と指示された見開きページに掲載さ れている。 イ 本件著作物1、2、4、5のうち、本件著作物5については全部、それ以外 については一部が、アの見開きページ上段のほぼ全面において、罫線によって四角で 囲まれた中に掲載されている。一部が、アの見開きページ上段のほぼ全面において、 罫線によって四角で囲まれた中に掲載されている。一部が掲載されているものであっ ても、その掲載行数は、30行以上ある。そのため、上記各書籍に掲載されている上 記本件著作物は、それ自体で、表現されている情景や登場人物の言動、その心理等を 理解することができる。 ウ イのように掲載された本件著作物1、2、4、5には、@その一部に番号と ともに傍線が付され、Aその一部の語句の代わりに番号や記号を付した四角が挿入さ れ、B本件著作物5については各行の下に番号が付されるなど、著作物中の部分を特 定するために符号等が付されている。 エ アの見開きページ下段のほぼ全面には、6個ないし9個の選択式又は記述式 の問題が設けられており、これらはウのような符号等によって特定された著作物の部 分や掲載された著作物全体についての読解力を問うものである。   (2) 弁論の全趣旨によると、本件書籍3、4、7についても、本件著作物2、3、 7の掲載態様は、別紙1ないし5と同様であると認められる。 (3) 証拠(甲70)及び弁論の全趣旨によると、本件書籍8における本件著作物 6の掲載態様は、別紙6のとおりであり、この掲載態様の特徴は次のようなものであ ると認められる。 ア 本件著作物6は、本件書籍8において、同著作物の表題によって特定される 単元のうち、「◆読解問題◆」と指示された見開きページに記載されている。 イ 本件著作物6は、その全部が罫線によって四角に囲まれた中に、下段から上 段にかけて23行にわたって掲載されている。 ウ イのように掲載された本件著作物6は、各文章の末尾に@から■までの番号 が付され、著作物中の部分を特定できるようにされている。 エ アの見開きページの上段の一部及び下段全体に6個の選択式又は記述式の問 題が設けられており、これらは上記番号によって特定された著作物の部分や掲載され た著作物全体についての読解力を問うものである。 2 争点(1)について  (1) 公表された著作物を引用して利用することが許容されるためには、その引用 が公正な慣行に合致し、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内 で行わなければならないとされている(著作権法32条1項)ところ、この規定の趣 旨に照らすと、ここでいう「引用」とは、報道、批評、研究その他の目的で、自己の 著作物中に、他人の著作物の原則として一部を採録するものであって、引用する著作 物の表現形式上、引用する側の著作物と引用される側の著作物とを明瞭に区別して認 識することができるとともに、両著作物間に、引用する側の著作物が「主」であり、 引用される側の著作物が「従」である関係が存する場合をいうものと解するべきであ る。 (2) 前記1のような本件各著作物の掲載態様に照らすと、引用される側の著作物 である本件各著作物の全部又は一部と引用する側の著作物である本件各書籍を明瞭に 区別して認識することができるというべきである。  また、本件各書籍の設問部分には、本件各著作物からの本件各書籍に収録する 部分の選定、設問部分における問題の設定及び解答の形式の選択、その配列、問題数 の選択等に、被告の創意工夫があることが認められる。  しかし、これらの設問は、本件各著作物に表現された思想、感情等の理解を問 うものであって、上記問題の設定、配列等における被告の創意工夫も、児童ないし生 徒に本件各著作物をいかに正確に読みとらせ、また、それをいかに的確に理解させる かという点にあり、本件各著作物の創作性を度外視してはあり得ないものである。そ して、このことに、前記認定の本件各書籍における本件各著作物とそれ以外の部分の 量的な割合等を総合すると、引用される側の著作物である本件各著作物が「従」であ り、引用する側の著作物である本件各書籍が「主」であるという関係が存するという ことはできない。 (3) そうである以上、本件各書籍における本件各著作物の掲載が、著作権法32 条1項にいう「引用」に当たると認めることはできない。 3 争点(2)ア(同一性保持権侵害)について (1) 原告Bに関するもの(本件著作物2)について  ア 証拠(丙41)及び弁論の全趣旨によると、原告Bは、平成3年10月ころ 本件著作物2を改訂し、別紙改変箇所目録記載の改変箇所とほぼ同様の改訂を行った ことが認められるが、証拠(甲2の3)及び弁論の全趣旨によると、改訂後に出版さ れた本件書籍2を改訂後の本件著作物2と対比すると、本件書籍2には、@平仮名を 漢字に変更したこと(別紙改変箇所目録@、A、D、H、I、K、L、M)、A「?」 を「。」に変更したこと(別紙改変箇所目録B)、B読点を追加したこと(別紙改変 箇所目録G)、C丸括弧を鍵括弧に変更したこと(別紙改変箇所目録I)の各変更が 加えられていることが認められる。これらは、著作権法20条が規定する「改変」に 当たるものと認められる。  上記改訂前に被告が本件著作物2を掲載した本件書籍2を販売していたとし ても、それに別紙改変箇所目録記載の改変がされていたことを認めるに足りる証拠は ない。原告Bの陳述書(甲79)には、上記改訂前に被告が販売していた教材に別紙 改変箇所目録記載の改変がされていたとの記載があるが、それを裏付ける証拠はない うえ、この改変は、上記認定のとおり原告Bが平成3年10月ころに行った改訂に符 合するものであるから、同原告が原著作物を改訂するより前に被告がそれに符合する 改変をしていたということになり、著しく不自然である。したがって、この記載は信 用することができない。  イ 被告は、原告Bは本件著作物2の教科書への掲載に当たって改変を承諾して いるから、被告による上記「改変」は著作権法20条1項の「意に反する改変」に当 たらないと主張するが、本件著作物2の教科書への掲載と本件書籍2への掲載は別個 の行為であり、同原告が前者の改変を承諾したからといって後者の改変が意に反する ものではないとはいえないから、被告の主張は理由がない。   ウ 被告は、被告による上記「改変」は著作権法20条2項4号の「やむを得 ないと認められる改変」に当たると主張する。しかし、同規定は、同一性保持権によ る著作者の人格的利益の保護を例外的に制限する規定であり、かつ、同じく改変が許 される例外的場合として同項1号ないし3号の規定が存することからすると、同項4 号にいう「やむを得ないと認められる改変」に該当するというためには、著作物の性 質、利用の目的及び態様に照らし、当該著作物の改変につき、同項1号ないし3号に 掲げられた例外的場合と同程度の必要性が存在することを要するものと解される。そ こで検討するに、著作権法20条2項1号は、学校教育の目的上やむを得ない改変を 認めているが、本件書籍2が同号の「第33条第1項(同条第4項において準用する 場合を含む。)又は第34条第1項の規定により著作物を利用する場合」に当たらな いことは明らかであって、同号に該当する教科書に準拠した教材であるからといって、 教科書に当たらないものについて同号と同程度の必要性が存在すると認めることはで きない。その他被告主張の事情をもってしても、本件書籍2の発行に当たり本件著作 物2に改変を加えるにつき、上記のような必要性が存在するとは認められない。した がって、被告の上記主張は採用できない。 (2) 原告Cに関するもの(本件著作物5)について  本件書籍6における本件著作物5の掲載態様は別紙5のとおりであり、証拠 (甲3の3)によると、本件書籍においては「(中略)」と表示して、本件著作物5 中の「もう少しくわしく話しましょう。たとえば、あなたが登って遊ぶ岩山や木、浜 辺を歩くときに、はだしの足もとではねる砂、雲を見あげるときに、ねころがる草っ ぱら、いつも泳ぎに行く川や、湖や、海,ひんやりとした緑の森、焼けるように熱い砂 ばくや、真っ白な冷たい氷河、そのどれもがわたしなのです。この暖かな太陽の光で、 あなたをだきしめたり、風でくすぐったり、ときにはその体に雨のシャワーをあびせ たりするのがわたしは大好き。」の箇所を省略していることが認められる。 ところで、元の著作物の一部分の利用であることが明らかな利用の場合は、当 該部分があたかも元の著作物であるかのように流通し、著作者の表現しようとした思 想、感情に対して誤った受け止め方をされるおそれがないから、著作者の人格的利益 が侵害されるわけではない。したがって、このように利用される場合には、著作権法 20条1項の「改変」に当たらないものと解される。  上記掲載態様は本件著作物5の一部分の利用であることが明らかであるから、 著作権法20条1項の「改変」に当たらない。 4 争点(2)イ(氏名表示権侵害)について (1) 証拠(甲2の3、甲3の3、甲6の3)及び弁論の全趣旨によると、本件書 籍1、2、6においては、原告E、同B及び同Cの各氏名が表示されていないものと 認められる。 (2) 被告は、本件書籍1、2、6は、著作権法19条3項により著作者名の表示 を省略することができる場合に該当すると主張する。   しかし、同項にいう「著作物の利用の目的及び態様に照らし」とは、著作物の 利用の性質から著作者名表示の必要性がないか著作者名表示が極めて不適切な場合を 指すと解されるところ、教科書に著作者名が掲載されるからといって、それとは別個 の書籍である上記各書籍に著作者名表示の必要性がないということはできないし、上 記各書籍には容易に著作者名を表示するができると考えられるから、著作者名表示が 極めて不適切であるということもできない(証拠(甲4の3)によると、Fの著作物 を掲載した本件書籍5には著作者であるFの名が表示されていることが認められる。)。   したがって、同項所定の著作者名の表示を省略できる場合に該当するとは認め られない。 5 争点(3)について  現行著作権法は、著作権者と著作物利用者の間の利害を調整するいくつもの規定 を有しており、適法引用を定める同法32条1項もこのような利害調整規定の1つで あるところ、本件において、これらの著作権法上の規定とは別に、公正利用の法理に よって著作権を制限すべき根拠は認められないから、被告の主張は理由がない。 6 争点(4)について  被告主張の各事情のうち、Dの原著作者のほとんどが@ないしBを認知している こと、E及びHないしMについては、これらの事情が証拠上認められない。また、@ ないしC、F及びDのうち教科書に準拠した書籍は30年以上前から市場に存在する ものであることについては、証拠(甲26ないし31の各1、2)によると、日図協 を通じて教学協に対して支払われている謝金には原著作権の使用料が含まれていると は認められないうえ、これらは主に被告側の事情であって、これらのみで、原告らが 権利を濫用していることが基礎付けられるということはできない。さらに、Gについ ては、著作物を許諾するか否かは著作権者である原告らの判断に委ねられているから、 原告らに使用料支払を提示した事実によって、原告らが権利を濫用していることが基 礎付けられるものではないし、Nは、損害額算定の問題であって、そのことからちに 原告らが権利を濫用していることが基礎付けられるということはできない。 したがって、被告の権利濫用の主張は採用できない。 7 争点(5)について (1) 著作権法114条1項による損害の主張について 著作権法114条1項は、当該著作物を利用して侵害者が現実にある利益を得 ている以上、著作権者が同様の方法で著作物を利用する限り同様の利益を得られる蓋 然性があることに基づく規定と解される。証拠(甲78ないし81、83)及び弁論 の全趣旨によると、原告らは、作家、翻訳家又はその相続人であって、自ら本件各著 作物の出版を行っていないものと認められるから、原告らが、被告と同様の方法で著 作物を利用して利益を得られる蓋然性はないものと認められる。したがって、本件に おいては、同法114条1項の適用の余地はないものというべきである。 (2) そこで、次に、著作権法114条2項による損害について検討する。 ア 部数等について   原告らは、複製権の侵害による損害賠償を求めているのであるから、使用料 相当額を算定するに当たっては、印刷部数を基礎とすることが相当である。   証拠(丙55、丙56の1、2、丙57、丙58の1、2、丙59、丙60 の1ないし4、丙61ないし63)及び弁論の全趣旨によると、被告は、平成6年度 (平成5年10月から平成6年9月までを平成6年度といい、以下、平成7年度以降 についても、前年の10月から同年の9月までをいう。)から平成12年度までの間 に、別紙計算書記載の部数の本件各著作物が掲載された本件各書籍(ただし、平成6 年度と平成7年度の本件書籍2を除く。)を、印刷したものと認められる。   平成6年度と平成7年度の本件書籍2の印刷部数については、それを接認め るに足りる証拠はないが、弁論の全趣旨によると、その総出荷数量は、平成6年度は 2365部、平成7年度は2775部であると認められるので、少なくともその数に ついては、印刷されたものと推認することができるというべきである。   原告らは、平成8年度以前においても、被告は、本件書籍8を印刷発行して いた旨主張するが、その事実を認めるに足りる証拠はない。   また、弁論の全趣旨によると、被告は、平成元年から小学校用教科書に準拠 した錬成ワークを他の会社から供給を受けて自社の名前で販売していたが、平成4年 からは、自社で制作したものを同じ名称で販売していることが認められる。しかると ころ、弁論の全趣旨によると、本件著作物2は、平成元年より前から光村図書の小学 校用教科書に掲載されているものと認められること、前記第2の1(4)記載の事実及び 上記認定の事実によると、被告は、平成6年度以降平成13年度まで継続して本件著 作物2を掲載した本件書籍2を印刷発行していることが認められること、被告が、平 成元年から平成5年において、本件著作物2を掲載した本件書籍2を販売していなか った事実をうかがわせる証拠はないことからすると、被告は、平成元年から平成5年 においても、本件著作物2を掲載した本件書籍2を他社から供給を受けて又は自社で 制作して、発行、販売していたものと認められる。そして、その部数については、平 成6年度以降の本件書籍2の最も少ない年間の印刷部数である2365部によるのが 相当である。 イ 基礎となる価格について   基礎となる価格について、被告は、消費税分を控除すべきであると主張する が、消費税相当額も販売価格の一部としてそれに含まれているから、基礎となる価格 として、消費税相当額を控除すべき理由はない。      弁論の全趣旨によると、本件各書籍の価格は、平成7年度以前が750円、 平成8年度が800円、平成9年度以降が820円であると認められる。なお、原告 は、本件書籍8の価格について、857円であると主張するが、それを認めるに足り る証拠はない。      もっとも、原告B、同D及び同Eは、本件各書籍の価格について、消費税 相当額を控除した本体価格のみを主張しているので、同価格によることとする。    ウ 使用率について      前記2(2)で認定したとおり、本件各書籍の設問は、本件各著作物の創作性 を度外視してはあり得ないものであるが、本件各著作物の「複製」がされている部分 は、前記1認定のとおり、本件各書籍の上段又は下段から上段にかけての部分に限ら れるから、使用頁数は、本件各著作物が掲載されている各ページについて50%と解 するのが相当である。これに反する原告らの主張は採用できない。  したがって、使用率として、上記のような意味での使用頁数を総頁数で除し たものを用いることとする。    エ 使用料率について   証拠(丙14の1ないし3、丙19、53の1、2)及び弁論の全趣旨によ ると、著作者の会と日図協との間で平成11年9月30日に締結された「小学校国語 教科書準拠教材における作品使用についての協定書」では、教材会社は、教科書掲載 著作物の原著作者に対して、平成12年度の教材から、ページ割(著作物が掲載され ている割合)により5%の使用料を支払う旨定められていること、その後、著作者の 会と日図協は、上記協定書に基づく支払について、著作物と教材の組合せを1点とし て、各1点につき1年当たり使用料の最低保障として1000円を支払う旨約したこ と、約350名の教科書掲載著作物の原著作者が、上記協定を受け入れて、この条件 で許諾していること、社団法人日本文藝家協会と日図協との間で平成13年3月27 日に締結された「小学校、中学校及び高等学校用図書教材等における文芸著作物使用 についての協定書」及び同運用細則では、教材会社は、教科書掲載著作物の原著作者 に対して、平成14年度の教材から、ページ割(著作物が掲載されている割合)によ り5%の使用料を支払う旨定められていること、以上の事実が認められる。しかし、 これらは、将来における使用料の支払についての協定であって、過去の著作権侵害に 対する使用料相当額を定めたものでない(なお、証拠(丙14の2)によると、著作 者の会と日図協との間における上記協定を結ぶに当たっての確認書には、平成10年 度と平成11年度については、協定を準用して使用料を支払う旨及びこの2年間につ いては、事前許諾がなかったことから、使用料を受け取るか否かの意思確認を経たう えで支払うことが定められているものと認められるが、同証拠によると、平成9年以 前については、合意に至らなかったものと認められる。)。また、証拠(甲75、7 6)によると、教材会社と教科書掲載著作物の原著作者との間で締結された協定書又 は合意書には、教材会社は、教科書掲載著作物の原著作者に対して、著作物が掲載さ れている頁を上下段を分けずに1頁と計算して8%の使用料を支払う旨定められてい るものが存することが認められる。  そして、これらの事実に、本件で問題となっているのは、将来における使用 料ではなく、過去の著作権侵害に対する使用料相当額を算定するための使用料率であ ること、証拠(甲71)及び弁論の全趣旨によると、書籍の印税率は通常10%とさ れていること、弁論の全趣旨によると、児童文学作家が単行本について受領している 印税率は5%程度が多いものと認められるが、児童文学の単行本の場合には、挿し絵 などがあり、必ずしもすべてが文章でないと考えられるのに対して、前記ウで認定し たとおり、本件においては、使用率を当該頁中の掲載部分に限られるものとしている ことを総合すると、使用料率は、10%(ただし、原告Cについては、翻訳であるの で5%)が相当であると認める。  なお、被告は、教科書利用における補償金の印税率が実質3.60%である こと、大学入試問題を集めた問題集等における印税率が3.5%ないし4%であるこ とをも主張するが、それらの印税率をもって、直ちに、本件のような過去の著作権侵 害に対する使用料相当額を算定することはできない。 オ 以上により、原告らが被告に対して請求することができる損害額は、別紙計 算書記載のとおり、印刷部数×価格×使用率×使用料率(10%)によるのが相当で ある。 (3) 著作権侵害に対する慰謝料について 原告らは、著作権侵害を理由に慰謝料の請求をしているが、財産権の侵害に基 づく慰謝料を請求し得るためには、侵害の排除又は財産上の損害の賠償だけでは償い 難い程の大きな精神的苦痛を被ったと認めるべき特段の事情がなければならないもの と解されるところ、本件全証拠をもってしても、上記特段の事情が存するとまでは認 められないから、上記請求を認めることはできない。 (4) 著作者人格権侵害に対する慰謝料について 前記3(1)認定のとおり、原告Bについては、本件著作物2を本件書籍2へ掲 載する際に改変がされていることが認められる。また、前記4認定のとおり、本件書 籍1、2、6において原告B、同C及び同Eの氏名の表示がなかったことが認められ る。証拠(甲79、80、83)及び弁論の全趣旨によると、上記原告らは、これら の著作者人格権侵害行為により精神的苦痛を受けたものと認められる。  そして、前記3認定に係る改変の態様からすると、改変されたのは、平仮名を 漢字に変更するとか、読点を追加するといったもので、文章の意味内容を接変更する ものではないこと、前記4認定のとおり氏名は表示されていなかったが、上記原告ら の氏名は、教科書によって容易に認識することができるものと考えられるから、著作 者を誤解するおそれは少ないこと、その他本件に現れた諸事情を考慮すると、著作者 人格権侵害行為に対する慰謝料の額は、原告Bにつき40万円、同Cにつき20万円、 同Eにつき20万円が相当である。 (5) 弁護士費用について 原告らが、本件訴訟の提起、遂行のために原告ら訴訟代理人を選任したことは、 当裁判所に顕著であるところ、本件訴訟の事案の性質、内容、審理の経過、認容額等 の諸事情を考慮すると、被告の著作権及び著作者人格権侵害行為と相当因果関係のあ る弁護士費用の額としては、下記(6)の金額が相当である。 (6) 以上によると、損害額は次のとおりとなる。 ア 原告A (ア) 著作権侵害に対する損害           7902円 (イ) 弁護士費用               3000円 (ウ) 合計                  1万0902円 イ 原告B (ア) 著作権侵害に対する損害         7万7686円 (イ) 著作者人格権侵害に対する慰謝料        40万円 (ウ) 弁護士費用     6万円 (エ) 合計                 53万7686円 ウ 原告C (ア) 著作権侵害に対する損害           8896円 (イ) 著作者人格権侵害に対する慰謝料        20万円 (ウ) 弁護士費用     3万円 (エ) 合計    23万8896円 エ 原告D (ア) 著作権侵害に対する損害           7134円 (イ) 弁護士費用 3000円 (ウ) 合計                  1万0134円 オ 原告E (ア) 著作権侵害に対する損害         1万0459円 (イ) 著作者人格権侵害に対する慰謝料        20万円 (ウ) 弁護士費用     3万円 (エ) 合計                 24万0459円  7 結論    以上により、原告らの請求は主文の限度で理由がある。なお、既に述べたとこ ろからすると、予備的請求は、主位的請求の認容額を超えることがないものと認めら れるので、予備的請求について、主位的請求とは別に判断することはしないものとす る。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 森  義之 裁判官 内藤 裕之 裁判官 上田 洋幸