・東京地判平成14年1月31日判時1791号142頁  中古ビデオソフト事件:第一審  本件は、ビデオソフトを製作販売している原告らが、本件各ビデオソフトは映画の 著作物であり、原告らはこれについて頒布権を有する旨主張して、顧客から本件各ビ デオソフトを購入しその中古品を販売する被告会社に対し、その販売の差止めを求め るとともに、被告会社及びその代表取締役である被告に対し、著作権(頒布権)侵害 を理由とする損害賠償を求めている事案である。  判決は、「本件各ビデオソフトは、いずれも「映画の著作物」に該当する」とし、 「本件各ビデオソフトが映画の著作物に該当する以上、著作権法26条が適用され、 その原作品の複製物たる本件各ビデオソフトが頒布権の対象となるのは当然であ」る としながらも、「著作物自体又はその複製物につき取引の行われる場合において、自 由な商品取引という社会公共の利益と著作者の利益との調整の結果として、一般的原 則としての権利消尽の原則が適用されると解するのが相当である」として、原告の請 求を棄却した。 (控訴審:東京高判平成14年11月28日) ■争 点 (1) 本件各ビデオソフトが著作権法上の「映画の著作物」に当たり、著作権法26条 1項の「複製物」として頒布権の対象となるか。 (2) 本件各ビデオソフトが著作権者又はその許諾を受けた者によりいったん適法に譲 渡されれば、当該ビデオソフトについては頒布権が消尽し、その後の譲渡等の行為に は頒布権が及ばないか。 (3) 本件各ビデオソフトはわいせつ物であり、公序良俗に反する物として著作権法に よる保護の対象にならないか。 (4) 原告らの損害の額 ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 争点(1) について (1) 著作権法における「映画の著作物」の意義及び本件各ビデオソフトの「映画の 著作物」該当性 ア 著作権法は、「映画の著作物」(10条1項7号)に関して、明確な定義規 定を置いていないので、これが具体的にどのようなものを指すかは、「映画の著作物」 に関する同法の規定を総合的に考察して決するほかはないというべきである。   著作権法上、「映画の著作物」については、著作者の範囲(16条)、著作 権の帰属(29条)及び著作権の保護期間(54条)に関する規定が置かれているほ か、その利用に関する権利として頒布権(26条)が規定されている。   頒布権は、複製物の譲渡又は貸与に関する権利として映画の著作物のみにつ いて認められるものであり、公衆への譲渡又は貸与のみならず、公衆への提示を目的 として複製物の譲渡又は貸与を行うことも、これに含まれるものとされている(2条 1項19号)。 イ 著作権法が映画の著作物のみに上記のような頒布権を認めた趣旨につき考察 するに、この規定は、ベルヌ条約ブラッセル改正規定が映画の著作物について頒布権 を認めていたことから、条約上の義務履行として設けられたものであるが、実質的に は、劇場用映画における次のような特殊性を考慮したことによるものである。   劇場用映画については、映画製作会社・映画配給会社は、プリント・フィル ムを映画館経営者に貸し渡すにとどめ、上映期間が終わったら貸し渡したプリント・ フィルムを返却させたり、映画製作会社・映画配給会社の指示の下に別の映画館に引 き継がせるなどの方法を通じてプリント・フィルムの流通をコントロールするという、 いわゆる配給制度を通じて、興行収益を見越して上映の地域的な範囲・順序や期間な どを戦略的に決定することで、投下した資本の回収を行ってきたという社会的な実態 が存在した。著作権法は、劇場用映画の上記のような利用形態、個々の複製物が持つ 経済的価値及びその流通形態の特殊性を考慮し、映画製作者が劇場用映画の製作に投 下した資本の回収を図る利益を保護する上で、複製物の流通全般をコントロールし得 る地位を保障することが適当であり、かつ、これを映画製作会社・映画配給会社と映 画館経営者の間の債権契約のみにゆだねることでは不十分であって、著作権者に排他 性のある物権的な権利を付与することが相当であり、他方、上記流通形態からすれば、 このような権利を認めたとしても、商品の流通を不当に阻害することにはならないと の立法政策的な判断から、映画の著作物のみについて、前記のような内容の頒布権を 認めたものというべきであり、それ以外には映画の著作物のみに頒布権を認めるべき 実質的根拠を見出すことはできない。 ウ ところで、「映画の著作物」たり得るためには、著作権法の定める著作物と しての基本的要件を満たすこと、すなわち「思想又は感情を創作的に表現したもので あって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」(2条1項)であることを 要する。   劇場用映画が著作物性の要件を満たすのは、カメラ・ワークの工夫、モンタ ージュあるいはカット等の手法、フィルム編集などの知的な活動を通じて、その構図 等において創作的工夫に係る影像を作成し、これを選択して一定の順序で組み合わせ、 音声をシンクロナイズすることによって、映画フィルムが作成され、これを上映する ことによって一定の思想又は感情の表現としての連続した影像及びこれに伴う音声が もたらされるためである。   上記のとおり、劇場用映画においては、思想・感情の創作的表現は、フィル ム編集等の行為を通じて一定の内容の影像を選択し、これを一定の順序で組み合わせ ることにより行われるものであり、複製物たるプリント・フィルムを上映することに より常に同一内容の連続影像がもたらされることで、広範な地域における多数の映画 館での上映を通じて膨大な数の観客に対して、同一の思想・感情の表現を伝達するこ とが可能となっている。すなわち、複製物たるプリント・フィルムにより同一内容の 連続影像が常に再現可能であることが、劇場用映画フィルムの配給制度の前提になっ ているものということができる。そして、前記のとおり、「映画の著作物」に関する 著作権法の規定が、いずれも、劇場用映画の利用について映画製作者による配給制度 を通じての円滑な権利行使を可能とすることを企図して設けられたものであることを 併せ考えると、著作権法は、多数の映画館での上映を通じて多数の観客に対して思想 ・感情の表現としての同一の視聴覚的効果を与えることが可能であるという、劇場用 映画の特徴を備えた著作物を、「映画の著作物」として想定しているものと解するの が相当である。 エ そうすると、著作権法上の「映画の著作物」といい得るためには、@当該著 作物が、一定の内容の影像を選択し、これを一定の順序で組み合わせることにより思 想・感情を表現するものであって、A当該著作物ないしその複製物を用いることによ り、同一の連続影像が常に再現される(常に同一内容の影像が同一の順序によりもた らされる)ものであることを、要するというべきである。   これを本件についてみるに、証拠(乙1〜3)及び弁論の全趣旨によれば、 本件各ビデオソフトは、劇場における上映を前提とするものではなく、複製物が小売 店において一般消費者に対して販売され、これを購入者が家庭においてビデオ機器等 を用いて再生してその映像等を鑑賞するというものであるが、収録されている内容は、 一定の内容の影像を一定の順序で組み合わせたものであるという点で劇場用映画と同 一のものであり、いずれも上記@及びAの要件を満たすことが認められる。したがっ て、本件各ビデオソフトは、いずれも「映画の著作物」に該当するというべきである。 (2) 頒布権(著作権法26条)の有無 ア 著作権法は、映画の著作物について、著作権者が頒布権を専有する旨定めて おり(26条1項)、映画の著作物の中で頒布権を認めるものとそうでないものとの 区別をしていない。そうすると、前記(1) でみたとおり、本件各ビデオソフトが映画 の著作物に該当する以上、その著作権者は本件各ビデオソフトについて頒布権を有す るものと解するのが相当である。 イ 次に、著作権法26条1項にいう「複製物」とは、複製された物を意味する ところ、同法2条1項15号によれば、「複製」とは「印刷、写真、複写、録音、録 画その他の方法により有形的に再製すること」と定義されているから、この定義によ る限り、小売店において一般消費者に対して販売されている本件各ビデオソフトが本 件各ビデオソフトの原作品を「複製」することによって得られたものであることは明 らかである。他方、著作権法26条1項は、文言上、「複製物」について格別の制限 を設けていない。したがって、本件各ビデオソフトには、著作権者の頒布権が及ぶも のというべきである。 ウ この点について、被告らは、著作権法26条1項にいう「複製物」とは、配 給制度による流通の形態が採られている映画の著作物の複製物、及び、同条の立法趣 旨からみてこれと同等の保護に値する複製物をいうところ、本件各ビデオソフトは、 大量の複製物が製造されて、個々の複製物が少数の者によってしか視聴されない性質 のものであるから、これには当たらない旨主張する。   前記(1) でみたように、著作権法26条は、劇場用映画の配給制度という取 引の実態を踏まえて、映画の著作物について頒布権という特別の支分権を認める趣旨 で設けられた規定であるところ、前記のとおり、本件各ビデオソフトは各作品とも通 常は数百本、多くて千本程度制作され、原告らから卸売業者ないし小売店に販売され た後、小売店において顧客がこれを購入するものであることが認められるから、その 流通、取引形態は、上記劇場用映画の配給制度とは全く異なるものということができ る。しかしながら、本件各ビデオソフトが映画の著作物に該当する以上、著作権法2 6条が適用され、その原作品の複製物たる本件各ビデオソフトが頒布権の対象となる のは当然であって、前記のような事情は、本件各ビデオソフトにつきこれと異なる解 釈をする理由とはならない。   以上のとおり、被告らの前記主張は理由がなく、本件各ビデオソフトは頒布 権の対象となるというべきである。  2 争点(2) について (1) 著作権法と消尽の原則   特許権等の工業所有権に権利消尽の原則が適用されることは、一般に承認され ているが(最高裁判所平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第3小法廷判決・民 集51巻6号2299頁参照)、著作権法の領域において権利消尽の原則が適用され るか、その適用があるとして例外的に消尽が認められない場合があるか、という点に ついては、説が分かれている。   そこで検討するに、@ 著作権法による著作物の保護は、社会公共の利益との 調和の下において実現されなければならないものであるところ、A 一般に譲渡にお いては、譲渡人は目的物について有するすべての権利を譲受人に移転し、譲受人は譲 渡人が有していたすべての権利を取得するものであり、著作物又はその複製物が市場 での流通に置かれる場合にも、譲受人が目的物につき著作権者の権利行使を離れて自 由にこれを利用し再譲渡などをすることができる権利を取得することを前提として、 取引行為が行われるものであって、仮に、著作物又はその複製物について譲渡等を行 う都度著作権者の許諾を要するということになれば、市場における商品の自由な流通 が阻害され、著作物又はその複製物の円滑な流通が妨げられて、かえって著作権者の 利益を害する結果を来し、ひいては「著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、 これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつ て文化の発展に寄与する」(著作権法1条参照)という著作権法の目的に反すること になり、B 他方、著作権者は、著作物又はその複製物を自ら譲渡するに当たって著 作物の利用の対価を含めた譲渡代金を取得し、著作物の利用を許諾するに当たって使 用料を取得することができるのであるから、著作権者が著作物創作の対価を確保する 機会は保障されているものということができ、したがって、著作権者又はその許諾を 得た者から譲渡された著作物又はその複製物について、著作権者がその後の流通過程 において二重に利得を得ることを認める必要性は存在しない。   以上によれば、著作物自体又はその複製物につき取引の行われる場合において、 自由な商品取引という社会公共の利益と著作者の利益との調整の結果として、一般的 原則としての権利消尽の原則が適用されると解するのが相当である。   平成11年法律第77号による著作権法の改正により新たに設けられた26条 の2の規定は、映画の著作物を除く著作物全般について、著作権者に「その著作物を その原作品又は複製物の譲渡により公衆に提供する権利を専有する。」として、譲渡 権を認めるとともに(1項)、この譲渡権は、譲渡権を有する者により譲渡された複 製物等には及ばないことを明記し(2項)、譲渡権が第一譲渡によって消尽すること を明らかにしているが、これは前記のような一般的原則としての権利消尽の原則を確 認的に明文化したものというべきである。 (2) 頒布権と権利消尽の原則  ア 前記(1) のとおり、権利消尽の原則が認められるのは、社会公共の利益との 調和の下において著作者の権利の保護を図るという著作権法の内在的制約の帰結であ って、権利消尽の原則は、同法における個別の明文の規定を要することなく、当然に 適用される一般的原則というべきであるところ、頒布権について権利消尽の原則が適 用されるかどうかについては、頒布権の規定が設けられた経緯との関係で、なお検討 を要するところである。 イ 前記1(1) でみたとおり、著作権法26条の規定は、映画の著作物について 頒布権を認めていたベルヌ条約ブラッセル改正規定に対応する必要があったことから、 昭和45年に成立した現行の著作権法において導入されたものであるが、その当時、 我が国の社会的事実として、前記のような劇場用映画の配給制度が存在しており、こ のような取引実態を前提として、映画の著作物に頒布権を認めても取引上の混乱が少 ないと考えられた結果、上記の立法がされたものと認められる。   また、著作権法2条1項19号は、「頒布」の定義として、「有償であるか 又は無償であるかを問わず、複製物を公衆に譲渡し、又は貸与することをいい、映画 の著作物又は映画の著作物において複製されている著作物にあつては、これらの著作 物を公衆に提示することを目的として当該映画の著作物の複製物を譲渡し、又は貸与 することを含むものとする。」と規定し、映画の著作物を含む著作物全般に関する 「頒布」概念としてのいわゆる前段頒布と映画の著作物だけに関する「頒布」概念と してのいわゆる後段頒布とを定めている。 ウ ベルヌ条約に定められた頒布権が第一譲渡後の消尽を否定するものであるこ とをうかがわせる資料はなく、また各国の立法例をみると、多くの国では、映画の著 作権を含む著作権全般について、頒布権を認める場合には、第一譲渡ないし公衆への 最初の提供によって消尽するという法制が採られている。 エ 前記の配給制度の下における取引形態(後段頒布)は、取引の態様に照らし て権利消尽の原則が適用されないものとしても商品の自由な流通を阻害することには ならず、また、配給制度を通じて投下資本の回収を図るためには映画の著作物の著作 権者がプリント・フィルムの流通全般をコントロールできるものとする必要があるこ とから、権利消尽の原則の適用されない頒布権を認めるべき一定の合理性が存在する ということができる。 オ これらの点を総合すると、著作権法26条所定の頒布権にも、一般原則とし ての権利消尽の原則は適用されるものであるが、配給制度の下における取引について は頒布権に例外的に権利消尽の原則が適用されないと解するのが相当である。   そうすると、映画の著作物については、配給制度の下における取引形態であ る後段頒布については権利消尽の原則が適用されないという例外が認められるが、市 場において一般消費者に対して複製物を販売する場合のように複製物が公衆に拡布さ れる場合(前段頒布)には、原則どおり第一譲渡により頒布権は消尽し、その後の譲 渡に対しては頒布権の効力は及ばないものと解するのが相当である。もっとも、著作 物全般について貸与権(著作権法26条の3)の規定が設けられ、適法な第一譲渡に より譲渡権が消尽した後においても貸与に対しては著作権者の権利が及ぶものとされ ていることに照らせば、映画の著作物の複製物が適法に公衆に拡布された場合におい ても、第一譲渡により消尽するのは頒布権のうち当該複製物の譲渡に係る範囲のみで あって、貸与の限度においては第一譲渡後も著作権者の頒布権の対象となるものとい うべきである。 (3) 本件各ビデオソフトへの権利消尽の原則の適用の有無   これを本件についてみるに、被告会社は、原告らの許諾の下で小売店におい て販売されている本件各ビデオソフトを購入した一般の消費者から、これらのビデオ ソフトを買い入れた上で、中古品として顧客に販売しているものであるから(当事者 間に争いがない。)、本件各ビデオソフトは卸売業者・小売店を経由して末端の需要 者に譲渡され、いったん市場に適法に拡布されたものということができる。したがっ て、本件各ビデオソフトについては、前記前段頒布の場合に当たり、権利消尽の原則 が適用されるから、被告らによる本件各ビデオソフトの販売に対しては、頒布権の効 力は及ばないというべきである。 (4) 原告らの主張について  原告らは、まず、著作権法26条には頒布権の及ぶ範囲を第一譲渡にのみ限定 する文言はない上、実質的にみても、頒布権の効力の及ぶ範囲を第一頒布に限定する と、結果として第一頒布についての権利すら事実上保護されなくなる旨主張する。   しかし、映画の著作物に関し、劇場用映画の配給制度の存在等に照らし、著作 権法26条の定める頒布権の内容について前段頒布と後段頒布とで区別を設けること に合理性のあることは、前示のとおりである。また、原告らの指摘するビデオソフト 購入者によるダビング(複製)の問題については、本来そのような複製行為が著作権 法の規定する私的利用のための複製(著作権法30条)に該当するかどうかを問題と すべきものであって、権利消尽の原則の適用についての解釈に直ちに結びつくもので はない。原告らの主張は、失当である。   次に、原告らは、本件各ビデオソフトは、いわゆるホモセクシャル(男性同性 愛)ものであり、その市場及び販売ルートは限定されている旨主張する。原告らの主 張は、権利消尽の原則の例外に当たるかどうかを判断するに当たっては、大量に複製 物が販売される一般の映画ビデオないしゲームソフトと需要者の限定されている本件 各ビデオソフトとを区別するべきであるとの趣旨と解される。   なるほど、本件各ビデオソフトは各作品とも通常は数百本、多くて千本程度制 作されるにとどまり(弁論の全趣旨)、売上本数が数千万ないし億単位になることも ある一般の映画ビデオ等とは販売数量、売上金額について顕著な差があることは否定 できない。   しかし、前記劇場用映画の配給制度との対比においては、複製物の販売により 投下資本を回収するという点において大きく異なるものであり、この点は一般の映画 ビデオ等の場合と同様である。また、実質的にみても、本件各ビデオソフトの内容上 その市場が限定されているというのであれば、原告らとしてはそれに応じた価格を設 定することにより投下資本を回収することが可能なのであるから、原告らの主張する 事情は、権利消尽の原則の適用を否定すべき理由とはならないというべきである。 3 結論 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告らの請求はいずれ も理由がない。よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 三村 量一    裁判官 和久田道雄    裁判官 田中 孝一