・東京高判平成14年2月18日判時1786号136頁  書と照明器具カタログ事件:控訴審  控訴棄却。 (第一審:東京地判平成11年10月27日) ■判決文 ア 本件各作品の複製の成否を判断する前提として、まず、書の著作物としての特性に ついて検討する。  書は、一般に、文字及び書体の選択、文字の形、太細、方向、大きさ、全体の配置と 構成、墨の濃淡と潤渇(にじみ、かすれを含む。以下、同じ。)などの表現形式を通じ て、文字の形の独創性、線の美しさと微妙さ、文字群と余白の構成美、運筆の緩急と抑 揚、墨色の冴えと変化、筆の勢い、ひいては作者の精神性までをも見る者に感得させる 造形芸術であるとされている(甲14、15、17、18、乙20〜25、30、31、 34、35参照)。他方、書は、本来的には情報伝達という実用的機能を担うものとし て特定人の独占が許されない文字を素材として成り立っているという性格上、文字の基 本的な形(字体、書体)による表現上の制約を伴うことは否定することができず、書と して表現されているとしても、その字体や書体そのものに著作物性を見いだすことは一 般的には困難であるから、書の著作物としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創 作的な表現部分は、字体や書体のほか、これに付け加えられた書に特有の上記の美的要 素に求めざるを得ない。そして、著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容 及び形式を覚知させるに足りるものを再製することであって、写真は再製の一手段では あるが(著作権法2条1項15号)、書を写真により再製した場合に、その行為が美術 の著作物としての書の複製に当たるといえるためには、一般人の通常の注意力を基準と した上、当該書の写真において、上記表現形式を通じ、単に字体や書体が再現されてい るにとどまらず、文字の形の独創性、線の美しさと微妙さ、文字群と余白の構成美、運 筆の緩急と抑揚、墨色の冴えと変化、筆の勢いといった上記の美的要素を直接感得する ことができる程度に再現がされていることを要するものというべきである。 《中 略》  そうすると、以上のような限定された範囲での再現しかされていない本件各カタログ 中の本件各作品部分を一般人が通常の注意力をもって見た場合に、これを通じて、本件 各作品が本来有していると考えられる線の美しさと微妙さ、運筆の緩急と抑揚、墨色の 冴えと変化、筆の勢いといった美的要素を直接感得することは困難であるといわざるを 得ない。なお、控訴人は、書に詳しくない控訴人が本件カタログ中に本件各作品が写さ れているのを偶然発見し、これが本件各作品であると認識した旨主張するが、ある書が 特定の作者の特定の書であることを認識し得るかどうかということと、美術の著作物と しての書の本質的な特徴を直接感得することができるかどうかということは、次元が異 なるというべきであるから、上記の認定判断を左右するものではない。  したがって、本件各カタログ中の本件各作品部分において、本件各作品の書の著作物 としての本質的な特徴、すなわち思想、感情の創作的な表現部分が再現されているとい うことはできず、本件各カタログに本件各作品が写された写真を掲載した被控訴人らの 行為が、本件各作品の複製に当たるとはいえないというべきである。 《中 略》  言語の著作物の翻案とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現上の本質的な特徴 の同一性を維持しつつ、具体的表現に修正、増減、変更等を加えて、新たに思想又は感 情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な 特徴を直接感得することができる別の著作物を創作する行為をいう(最高裁平成13年 6月28日第一小法廷判決・民集55巻4号837頁)ところ、美術の著作物において も、この理を異にするものではないというべきであり、また、美術の著作物としての書 の翻案の成否の判断に当たっても、書の著作物としての本質的特徴、すなわち思想、感 情の創作的な表現部分のとらえ方については、上記(2)アに述べたところが妥当する と解すべきであるから、本件各カタログ中の本件各作品部分が、本件各作品の表現上の 本質的な特徴の同一性を維持するものではなく、また、これに接する者がその表現上の 本質的な特徴を直接感得することができないことは、前示(2)の判断に照らして明ら かというべきである。  そうすると、本件各カタログに本件各作品が写された写真を掲載した被控訴人らの行 為は、本件各作品の翻案にも当たらないというべきである。