・東京地判平成14年2月22日判時1809号41頁  ロックバンド「黒夢」事件:第一審  原告・控訴人(芸名・人時(ひとき)」)は、平成3年5月、リーダーの森清治(芸名 「清春」)、鈴木新と三人でロックバンド「黒夢」を結成した(原告はベース・ギターを 担当)。原告、清春および鈴木は、平成5年4月14日、有限会社山田産業との間で、山 田産業に黒夢のマネージメント業務を委託して、山田産業が楽曲の原盤権や肖像使用権等 の権利を専属的に取得し、原告らに給料を支払うことを内容とする専属契約を締結した。  東京での活動拠点として山田産業により設立された有限会社ラミスは、平成7年1月1 日ころ、山田産業から本件専属契約における契約上の地位を譲り受け、原告、清春及び鈴 木は、これに同意した。  同年2月、鈴木が黒夢を脱退したため、黒夢のメンバーは、原告及び清春の二人となっ た。  平成10年7月29日、清春を代表取締役とする有限会社フルフェイスが設立された。  黒夢は、平成11年1月29日、解散コンサートを行い、同日、解散した。  被告・被控訴人(株式会社ワニブックス)は、平成11年3月27日、フルフェイスと の間で、平成10年6月12日から平成11年1月29日にかけて行われた黒夢のライブ ツアーにおける原告及び清春の肖像写真を掲載した写真集「HEAVEN OR HEL L KUROYUME TOUR PHOTO BOOK 1998 120LIVES」 の出版について、「著作権使用料:実売部数一部ごとに本体価格の8パーセント、本体価 格:2500円、保証部数:初版2万部、保証金額:400万円」とする内容の出版契約 を締結した。  被告は、同年4月10日、本件写真集初版分2万部を出版した。  本件は、被告が原告の使用許諾を得ることなく、原告の肖像写真を掲載した写真集を出 版したことが、原告のパブリシティ権又は肖像権の侵害に当たるとして、原告が被告に対 し、肖像使用許諾料相当額の損害賠償を請求した事案である。  判決は、「肖像使用権は、契約上の地位ではなく一個の権利であるから、本件肖像使用 権の譲渡に対する原告の承諾は必要ないといえる。……本件専属契約の内容には、マネー ジメントを行うものが原告の肖像使用権を専属的に有することが含まれていたといえるの で、前記で認定した、同月ころになされた本件専属契約上の地位の譲渡の合意には、本件 肖像使用権譲渡の合意が含まれていたといえる。よって、……本件出版契約当時、フルフ ェイスが原告の肖像使用権を有していたといえるから、フルフェイスとの間の本件出版契 約に基づく本件出版行為は適法である」などとして請求を棄却した。 (控訴審:東京高判平成14年7月17日) ■判決文 二 以上の認定事実を前提として、以下、本件争点について判断する。 (1)本件出版行為の違法性について(争点(1)について) 〔1〕(a)本件専属契約上の地位の譲渡の合意(被告の主張〔1〕(a))について  被告は、ラミスとフルフェイスが、平成一〇年九月ころ、本件専属契約上の地位の譲渡 の合意をした旨主張する(被告の主張〔1〕(a))。  これに沿う証拠として、ラミスとフルフェイスの間で、同月ころ、本件専属契約におけ るラミスの地位をフルフェイスに移転するとの合意がされた旨の証人吉村の証言があるが、 この証言は、前示のフルフェイスは、対外的に信用を失ったラミスにより黒夢のマネージ メントを行うために設立されたというフルフェイスの設立の経緯(第四の一(1)〔1〕)、 同月以降、解散に至るまで、フルフェイスが黒夢の一切のマネージメントを行い、対外的 にもそのように認識されていたという客観的事実(同〔3〕、〔4〕及び〔5〕)に合致 するものであり、信用できるといえるので、同証言により被告の主張〔1〕(a)記載の 事実を認めるのが相当である。  これに対し、原告は、本人尋問において、フルフェイスは、清春のソロ活動のために作 られた会社であって、黒夢のマネージメント業務を行うための会社ではなく、黒夢のマネ ージメント業務を行っていたのは、同月以降もラミスであった旨供述するが、この供述は、 同月以降、ラミスのスタッフはいなくなり、フルフェイスが黒夢の一切のマネージメント 業務を行っていたという事実(同〔3〕)に合致せず、信用することはできない。また、 ラミスは、同月以降も、黒夢が解散するまで、原告に給料を支払い続けている(同〔6〕) が、これは、本件専属契約上の地位の譲渡とは別に、黒夢が解散するまでラミスが原告の 給料を負担し、解散コンサートまでのコンサートツアーの収益をラミス、フルフェイス及 びハンズの三者間で清算する際に、ラミスに対し、原告の解散までの給料相当分を支払っ て調整する旨という上記三者間の合意(同〔7〕)に基づくものであるから、ラミスが同 月以降、黒夢が解散するまで、原告の給料を支払っていたことをもって被告の主張〔1〕 (a)記載の事実の認定を覆すことはできない。 (b)本件専属契約上の地位の譲渡に対する原告の承諾(被告の主張〔1〕(b))につ いて  前記認定のように、被告の主張〔1〕(a)記載の事実が認められても、本件専属契約 の一方当事者である原告が本件専属契約上の地位の譲渡に対して承諾しなければ、原告と の関係で本件専属契約におけるラミスの地位がフルフェイスに移転したということはでき ない。そこで、以下、本件専属契約上の地位の譲渡に対する原告の承諾があったか(被告 の主張〔1〕(b))について、以下判断する。 〔ア〕まず、被告は、平成一〇年九月ころ、原告が本件専属契約上の地位の譲渡に対して 承諾した旨主張する(被告の主張〔1〕(b)〔ア〕)。  この点、被告の主張に沿う事実として、前記認定のように、原告は、同月以降も、フル フェイスが黒夢のマネージメント業務を行い、これを対外的に通知していることや被告が 「Edge ways」を発売したことについて異議を述べず(第四の一(2)〔2〕)、 また、本件写真集に掲載する肖像写真の撮影やカメラマンの変更についても異議を述べな かったし(同(1)〔8〕及び同(2)〔1〕)、解散するまで黒夢のコンサートツアー を行った(同〔3〕)ことが挙げられる。  しかし、原告は、同月以降、フルフェイスから黒夢としての新たな音楽活動をさせられ たことはなく、原告が参加したコンサートツアーは、同月当時、すでにハンズとの間で興 行が決められていたものであり(第四の一(2)〔3〕)、これをキャンセルすると多額 の損害賠償をしなくてはならない状況にあったのであるから、原告が損害賠償債務の負担 を避けるために、フルフェイスがマネージメントを行うことを認めていなかったがコンサ ートツアーのみ最後まで行ったということも十分考えられる。したがって、原告が解散す るまでコンサートツアーを行ったことを根拠として、原告が本件専属契約上の地位の譲渡 に対して承諾していたことを推認することはできず、原告が、同月当時、「Edge w ays」がフルフェイスと被告の間の出版契約に基づいて出版されたものであると認識し ていたとは認められないこと、原告が、同年一〇月中旬当時、鹿藤がフルフェイスと契約 していたとの認識を持っていたとは認められないこと,「spray」のvol.7に黒 夢のマネージメントがラミスからフルフェイスに移行する旨の記載があることを知ってい たとは認められないことからすれば、上記のように、原告が、フルフェイスや被告に対し て異議を述べなかったことを根拠として、原告が本件専属契約上の地位の譲渡に対し承諾 したことを推認することはできない。また、もし、原告が本件専属契約上の地位の譲渡に 対して承諾したのであれば、前記第四の一(1)〔2〕及び〔6〕で認定した、乙山から のフルフェイスの取締役就任の誘いを断った事実や、ラミスが同年九月以降も原告の給料 を支払っていた事実を合理的に説明することができないことからすれば、第四の二(1) 〔1〕(b)〔ア〕の第二段落で挙げた事実から、原告が同年九月ころに本件専属契約上 の地位の譲渡に対して承諾した事実を推認することはできない。  また、他にこれを認めるに足りる証拠はない。   よって、被告の主張〔1〕(b)〔ア〕の事実は、これを認めることができない。 〔イ〕次に、被告は、同年一一月、原告が本件専属契約上の地位の譲渡に対して承諾した 旨主張する(被告の主張〔1〕(b)〔イ〕)。  この主張に沿う証拠として、同年一一月、原告は、薬物事件を起こした後、フルフェイ スのスタッフに謝罪し、その場で黒夢のマネージメントに関する一切の業務についてフル フェイスに一任した旨の吉村証言があるが、証人吉村は、原告が謝罪したとする場面に直 接立ち会ったわけではないこと、同年九月以降、同年一一月まで、フルフェイスが黒夢の マネージメントを行っていたにもかかわらず、原告が謝罪の場で改めて黒夢に関する一切 の業務についてフルフェイスに一任する旨の発言をするのは不自然であることからすると、 同証言からは、原告が本人尋問で供述するとおり、すでに開催が決定されているその後の コンサートツアーを最後までやり遂げる旨の発言をした事実を認定することはできるが、 原告において以後黒夢のマネージメントに関する一切の業務をフルフェイスに一任したと いう事実まで認定することはできない。  また、他にこれを認めるに足りる証拠はない。  よって、被告の主張〔1〕(b)〔イ〕記載の事実は、これを認めることができない。 〔ウ〕以上検討したところによれば、原告が、本件専属契約上の地位の譲渡に対して承諾 したとの事実は認められないから、原告との関係で本件専属契約におけるラミスの地位が フルフェイスに移転したということはできない。 〔2〕次に、被告は、ラミスが、平成一〇年九月ころ、原告の肖像使用権をフルフェイス に譲渡した旨主張する(被告の主張〔2〕)。  この点、肖像使用権は、契約上の地位ではなく一個の権利であるから、本件肖像使用権 の譲渡に対する原告の承諾は必要ないといえる。  そして、争いのない事実等(2)〔1〕によれば、本件専属契約の内容には、マネージ メントを行うものが原告の肖像使用権を専属的に有することが含まれていたといえるので、 前記で認定した、同月ころになされた本件専属契約上の地位の譲渡の合意には、本件肖像 使用権譲渡の合意が含まれていたといえる。  よって、被告の主張〔2〕の事実を認めることができ、本件出版契約当時、フルフェイ スが原告の肖像使用権を有していたといえるから、フルフェイスとの間の本件出版契約に 基づく本件出版行為は適法である。 (2)誤信の相当性(争点(2))について  仮に、本件肖像使用権の譲渡にも原告の承諾が必要であるとした場合でも、被告におい て、フルフェイスが原告の肖像使用権を専属的に有しており、本件出版行為が適法である と信じるについて相当の理由があったといえる場合には、本件出版行為には、故意も過失 もなかったというべきである。  そこで、以下、これまで認定してきた事実を総合的に検討して、被告において、フルフ ェイスが原告の肖像使用権を専属的に有しており、本件出版行為が適法であると信じるに ついて相当の理由があったかどうかを判断する。  この点、〔1〕被告が黒夢のコンサート写真集を出版することについては、平成一〇年 五月ころには、すでに乙山と被告と間で合意ができており、本件写真集の出版契約は、こ の合意を前提に、フルフェイスで黒夢のマネージメントを続けていた乙山と被告との間で 部数、定価などの詳細部分について協議した後に締結されたという本件出版契約締結に至 る経緯、〔2〕本件専属契約において第三者の立場にある被告が、同年九月以降、実際に 黒夢の一切のマネージメント業務を行っていたフルフェイスの乙山から有木を通して、黒 夢のマネージメントを行う会社がラミスからフルフェイスに変わったことを聞いた上、同 社の代表取締役社長として、黒夢のメンバーの一人である清春の名前が記載され、かつ、 同社の取締役としてラミスの代表取締役であった乙山が記載されている新会社フルフェイ ス設立の本件挨拶状を受け取ったこと、〔3〕同年一一月、原告の不祥事により本件写真 集が出版できなくなる可能性がある旨のファクシミリを送信してきたフルフェイスから、 改めて本件写真集を予定通り出版できる旨のファクシミリを受信したことからすると、被 告において、同年九月、黒夢のマネージメント業務を行う会社がラミスからフルフェイス に移転し、本件出版契約当時、フルフェイスが黒夢のマネージメント業務を行うものとし て原告の肖像使用権を有していたと信じるのはやむを得ないといえる。  他方、被告が、本件出版契約締結の際、本件専属契約上の地位の移転について、原告に 直接確認を取らなかったとしても、前記認定のように、本件出版契約当時、出版社が芸能 人の肖像写真を掲載した写真集を出版しようとするときは、芸能人本人と交渉せずマネー ジメント業務を行う者とのみ交渉するのが通常であったことからすれば、被告が原告に直 接確認をとるべきであったということはできない。また、被告は、同月以降も原告の肖像 写真を掲載した「Edge ways」を発売していたにもかかわらず、誰からも異議を 受けたことのなかったことからすると、本件出版契約に際し、本件専属契約上の地位の移 転について、フルフェイスから改めて本件専属契約の契約書を見せてもらうべきであった ということはできない。さらに、前記認定のとおり、本件出版契約は、被告が黒夢のコン サート写真集を出版するという同年五月ころになされた合意を前提として締結されたもの であるが、この合意の中に解散コンサートの写真を除くという特別の合意が含まれていた とはいえない以上、本件写真集に解散コンサートにおける原告の肖像写真を掲載すること は当然に予定されていたといえるので、本件出版契約時に解散コンサートを終えていたこ とを理由として、被告において、解散コンサートの後に、改めて本件専属契約が継続して いたのか否かをフルフェイスに問合せるべきであったということはできないし、また、ロ ックバンドの写真集を出版する出版社は、ロックバンドが解散した場合に、その解散の理 由を調査しなければならないともいえない。  以上検討したところによれば、被告において、フルフェイスが原告の肖像使用権を専属 的に有しており,本件出版行為が適法であると信じるについて相当の理由があったといえ る。  よって、本件出版行為には、故意も過失もなかったといえる。   したがって、争点(2)の被告の主張には理由がある。 第五 結論  よって、原告の請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担に つき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 岡久 幸治    裁判官 大鷹 一郎        中西 正治