・最判平成14年4月25日判時1785号9頁  中古ゲームソフト販売事件〔東京訴訟〕:上告審。  (平成13年(受)第898号)  上告棄却。 (第一審:東京地判平成11年5月27日、控訴審:東京高判平成13年3月27日) ■判決文  判   決 東京高等裁判所平成11年(ネ)第3355号著作権侵害差止請求権不存在確認請求事 件について、同裁判所が平成13年3月27日に言い渡した判決に対し、上告人から上告 があった。よって、当裁判所は、次の通り判決する。  主   文  本件上告を棄却する。  上告費用は上告人の負担とする。  理   由  上告代理人前田哲男、同濱野英夫、同伊藤真、同齋藤浩貴、同糸井千晴、同牧野利秋、 同宮下佳之、同森田貴英の上告受理申し立て理由について 1 原審が適法に確定した事実関係等の概要は、次の通りである。 (1)上告人は、第1審判決別紙ゲームソフト目録一及び二記載の家庭用テレビゲーム機用ソ フトウェア(以下「本件ゲームソフト一」などといい、併せて「本件各ゲームソフト」と いう。)の著作権者である。 本ゲームソフト一は、主人公が仮想の地を旅し、様々な場所で敵と遭遇しこれと戦った り、人と出会って交流を深めたりしながらストーリーが展開されていくという内容のいわ ゆるロールプレイングゲームである。本件ゲームソフト二は、キャラクターを踊らせ、ダ ンスの巧拙を競い合うという内容の対戦型のゲームである。 本件各ゲームソフトは、それぞれ、DC−ROM中に収録されたプログラムに基づいて 抽出された影像についてのデータが、ディスプレイの画面上の指定された位置に順次表示 されることによって、全体が動きのある連続的な影像となって表現されるものである。本 件各ゲームソフトは、人物や背景等が動画として視覚的に表現され、その影像に音声、効 果音や背景音楽を連動させて視聴覚的効果を生じさせ、視点や場面の切り替え、照明演出 等が行われ、創作的に表現されている。なお、本件各ゲームソフトを使用する場合に、デ ィスプレイの画面上に表示される動画影像及びスピーカーから発せられる音声は、ゲーム の進行に伴ってプレイヤーが行うコントローラの操作内容によって変化し、各操作ごとに 具体的内容が異なるが、プログラムによって予め設定される範囲のものである。 (2)被上告人は、上告人を発売元として適法に販売され、小売店を介して需要者に購入され、 遊技に供された本件各ゲームソフトを購入者から買い入れて、中古品として販売している。 (3)上告人は、被上告人に対し、著作権法26条1項所定の頒布権に基づき、本件各ゲーム ソフトの中古品の販売の中止を求めた。 (4)著作権法の制定された昭和45年当時、劇場用映画については、映画館等で公に上映さ れることを前提に、映画製作会社や映画配給会社がオリジナル・ネガフィルムから一定数 のプリント・フィルムを複製し、これを映画館経営者に貸し渡し、上映期間が終了した際 に返却させ、あるいは、指定する別の映画館へ引き継がせることにより、映画館等の間を 転々と移転するという、いわゆる配給制度による取引形態が慣行として存在していた。そ して、映画製作会社は、配給制度を通じた公の上映によって劇場用映画の製作に投下した 資金を回収しており、個々のプリント・フィルムは、劇場公開により多額の収益を生み出 すものとして、高い経済的価値を有する状態にあった。 2 本件は、被上告人が、上告人に対し、上告人が本件各ゲームソフトの中古品の販売の 差止請求権を有しないことの確認を請求する事案である。上告人は、本件各ゲームソフト が映画の著作物にあたり、頒布権を有すると主張したのに対し、被上告人は、これを争い、 頒布権はいったん適法に公衆に譲渡されたことにより消尽し、被上告人の販売行為には及 ばない旨主張した。 3 原審は、概要次のとおり判示し、被上告人の請求を認容すべきものとした。 著作権法26条1項にいう頒布権が認められる「複製物」とは、配給制度により流通の 形態がとられている映画の著作物の複製物及び一つ一つの複製物が多数の者の視聴に供さ れる場合の複製物、すなわち通常は少数の複製物のみが製造されることの予定されている 者をいい、大量の複製物が製造され、その一つ一つは少数の者によってしか視聴されない ものを含まないと限定して解すべきである。本件各ゲームソフトは、映画の著作物に当た り、その著作権者は頒布権を有するが、大量の複製物が製造され、その一つ一つは少数の 者によってしか視聴されないものであるから、頒布権の対象となる「複製物」に該当せず、 上告人は本件各ゲームソフトの中古品の販売の差止請求権を有しない。 4 被上告人の中古品の販売について上告人が差止請求権を有しないことの確認請求に理 由がある旨の原審の判断は、結論において是認することができる。その理由は、次のとお りである。 (1) 原審が適法に確定した事実関係の下においては、本件各ゲームソフトが、著作権法2 条3項に規定する「映画の効果に類似する視覚的または視聴覚的効果を生じさせる方法で 表現され、かつ、物に固定されている著作物」であり、同法10条1項7号所定の「映画 の著作物」に当たるとした原審の判断は、正当として是認することができる。 (2) 本件各ゲームソフトが映画の著作物に該当する以上、その著作権者が著作権法26条 1項所定の頒布権を専有すると解すべきである。同項の規定上は、劇場用映画か否か、複 製物が少数製造されるか否か、又は視聴者が多数か否かによって区別されていないから、 大量の複製物が製造され、その一つ一つは少数の者によってしか視聴されないものという 漠然とした基準で、本件各ゲームソフトが頒布権の対象となる複製物に該当しないとした 原審の前記3の判断は、相当でない。 (3) 特許権者は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国の国内において当該特許に係 る製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権がその目的を達成したものと して消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品を再譲渡する行為等には及ばないこと は、当審の判例とするところであり(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日 第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁)、この理は、著作物又はその複製物を譲渡す る場合にも、原則として妥当するというべきである。けだし、(ア)著作権法による著作権 者の権利の保護は、社会公共の利益との調和の下において実現されなければならないとこ ろ、(イ)一般に、商品を譲渡する場合には、譲渡人は目的物について有する権利を譲渡人 に移転し、譲受人は譲渡人が有していた権利を取得するものであり、著作物又はその複製 物が譲渡の目的物として市場での流通に置かれる場合にも、譲受人が当該目的物につき自 由に再譲渡をすることができる権利を取得することを前提として、取引行為が行われるも のであって、仮に、著作物又はその複製物について譲渡を行う都度著作権者の許諾を要す るということになれば、市場における商品の自由な流通が阻害され、著作物又はその複製 物の円滑な流通が妨げられて、かえって著作権者自身の利益を害することになるおそれが あり、ひいては「著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与する」(著作権法 1条)という著作権法の目的にも反することになり、(ウ)他方、著作権者は著作物又はそ の複製物を自ら譲渡するに当たって譲渡代金を取得し、又はその利用を許諾するに当たっ て使用料を取得することができるのであるから、その代償を確保する機会は保証されてい るものということができ、著作権者又は許諾を受けた者から譲渡された著作物又はその複 製物について、著作権者等が二重に利益を得ることを認める必要性は存在しないからであ る。 ところで、映画の著作物の頒布権に関する著作権法26条1項の規定は、文学的及び美 術的著作物の保護に関するベルヌ条約(1948年6月26日にブラッセルで改正された 規定)が映画の著作物について頒布権を設けていたことから、現行の著作権法制定時に条 約区上の義務の履行として規定されたものである。映画の著作物にのみ頒布権が認められ たのは、映画製作には多額の資本が投下されており、流通をコントロールして効率的に資 本を回収する必要があったこと、著作権法制定当時、劇場用映画の取引については、前記 のとおり専ら複製品の数次にわたる貸与を前提とするいわゆる配給制度の慣行が存在して いたこと、著作権者の意図しない上映行為を規制することが困難であるため、その前段階 である複製物の譲渡と貸与と含む頒布行為を規制する必要があったこと等との理由による ものである。このような事情から、同法26条の規定の解釈として、上記配給制度という 取引実態のある映画の著作物又はその複製物については、これらの著作物等を公衆に提示 することを目的として譲渡し、又は貸与する権利(同法26条、2条1項19号後段)が 消尽しないと解されていたが、同法26条は、映画の著作物についての頒布権が消尽する か否かについて、何らの定めもしていない以上、消尽の有無は、専ら解釈にゆだねられて いると解される。 そして、本件のように公衆に提示することを目的としない家庭用テレビゲーム機に用い られる映画の著作物の複製物の譲渡については、市場における商品の円滑な流通を確保す るなど、上記(ア)(イ)及び(ウ)の観点から、当該著作物の複製物を公衆に譲渡する権 利は、いったん適法に譲渡されたことにより、その目的を達成したものとして消尽し、も はや著作権の効力は、当該複製物を公衆に再譲渡する行為には及ばないものと解すべきで ある。 なお、平成11年法律第77号による改正後の著作権法26条の2第1項により、映画 の著作物を除く著作物につき譲渡権が認められ、同条2項により、いったん適法に譲渡さ れた場合における譲渡権の消尽が規定されたが、映画の著作物についての頒布権には譲渡 する権利が含まれることから、譲渡権を規定する同条1項は映画の著作物に適用されない こととされ、同条2項において、上記のような消尽の原則を確認的に規定したものであっ て、同条1,2項の反対解釈に立って本件各ゲームソフトのような映画の著作物の複製物 について譲渡する権利の消尽が否定されると解するのは相当でない。 (4) そうすると、本件各ゲームソフトが、上告人を発売元として適法に販売され、小売店 を介して需要者に購入されたことにより、当該ゲームソフトについては、頒布権のうち譲 渡する権利はその目的を達成したものとして消尽し、もはや著作権の効力は、被上告人に おいて当該ゲームソフトの中古品を公衆に再譲渡する行為には及ばない。 (5) 原判決は、結論において以上と同旨をいうものであるから、これを是認することがで きる。論旨は、採用することができない。 よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 最高裁判所第一小法廷 裁判長裁判官 井嶋 一友    裁判官 藤井 正雄    裁判官 町田 顕    裁判官 深澤 武久    裁判官 横尾 和子