・東京地判平成14年7月3日判時1793号128頁  かえで写真掲載事件  本件は、かえでの木を所有する原告が、同かえでの木の写真を掲載した書籍を出版、 販売等した被告(株式会社ポプラ社)に対して、かえでの木の所有権に基づき上記書籍 の出版等の差止めを、被告ポプラ社及び上記書籍に掲載された写真を撮影した被告Bに 対して、かえでの木の所有権侵害による不法行為に基づき損害賠償金の支払を求めた事 案である。  判決は、「しかし、所有権は有体物をその客体とする権利であるから、本件かえでに 対する所有権の内容は、有体物としての本件かえでを排他的に支配する権能にとどまる のであって、本件かえでを撮影した写真を複製したり、複製物を掲載した書籍を出版し たりする排他的権能を包含するものではない。そして、第三者が本件かえでを撮影した 写真を複製したり、複製物を掲載した書籍を出版、販売したとしても、有体物としての 本件かえでを排他的に支配する権能を侵害したということはできない。したがって、本 件書籍を出版、販売等したことにより、原告の本件かえでに対する所有権が侵害された ということはできない」として、原告の請求を棄却した。 ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)について (1)事実認定  証拠(甲1ないし5、6の1及び2、7ないし13、15ないし18、20、乙1) 並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、これに反する証拠はない。 ア 原告は、本件かえで及び本件かえでが生育している本件土地を30年以上前から所 有していた。本件かえでは高さが15メートルほどの大木であり、その美しさがマスコ ミで紹介されたこともあって、「大峰高原の大かえで」として有名になり、数多くの人 々が本件かえでを見物に訪れ、自由に写真撮影をしてきた。原告は、本件かえでの管理 をし、その保全に努めてきたが、その根本が踏み固められたりしたことにより、本件か えでが危機的な状況に陥っていることが分かり、その保全の必要性を痛切に感じた。 イ 原告は、平成12年4月ころ、本件かえでの保全のために、営利目的で本件かえで を撮影し、撮影した映像を使用することについては、原告の許可を得ること、許可を得 て本件かえでを撮影等した者に対しては、金銭的援助を求めることを決めて、同年7月 には、本件土地上に、「根を踏まない、枝を折らないなど樹を大切にして下さい。本件 かえでに対する私有地での撮影及び映像使用の権利は所有者にあります。撮影した映像 を個人が個人として楽しむ以外は撮影、使用許可を得て下さい。無断で公に使用するこ とはできません。」と記載した看板(本件看板)を設置した。原告がこのような措置を 採ったことにより、原告に対して、本件かえでの撮影とその映像の使用許可を求め、同 許可を得た上で撮影等をした者もいた。 ウ 被告Bは、平成元年ころ、本件かえでを見て感動を覚え、それ以来、原告が本件看 板を設置する以前、長期間にわたって、本件かえでの撮影を続け、平成7年3月には、 写真集「かえでのきのいちねん」(株式会社学習研究社出版)を発表した。さらに、原 告は、本件かえでを撮影した写真を掲載した本件書籍が被告ポプラ社により出版される ことが決まったため、平成12年11月ころ、原告に本件書籍を出版することを連絡し たところ、原告から、本件かえでの映像の使用許諾を得ることを要求されたが、被告ら は、原告が要求した許可手続を経ることなく本件書籍を出版した。本件書籍は、本件か えでを被写体とした写真集であり、本件かえでをテーマにした被告Bの執筆した短い文 章が、写真とともに掲載されている。 (2) 判断 ア 本件かえでの所有権に基づく本件書籍の出版差止めの可否  原告は、本件かえでを撮影した写真を複製したり、複製物を掲載した書籍を出版等す る権利は、本件かえでの所有者たる原告のみが排他的に有すると主張して、被告らの本 件書籍の出版行為等の差止めを求める。  しかし、所有権は有体物をその客体とする権利であるから、本件かえでに対する所有 権の内容は、有体物としての本件かえでを排他的に支配する権能にとどまるのであって、 本件かえでを撮影した写真を複製したり、複製物を掲載した書籍を出版したりする排他 的権能を包含するものではない。そして、第三者が本件かえでを撮影した写真を複製し たり、複製物を掲載した書籍を出版、販売したとしても、有体物としての本件かえでを 排他的に支配する権能を侵害したということはできない。したがって、本件書籍を出版、 販売等したことにより、原告の本件かえでに対する所有権が侵害されたということはで きない。 したがって、原告の上記主張は、主張自体失当である。  イ 本件かえでの所有権侵害の不法行為の成否 (ア) 原告は、本件かえでを撮影し、その写真を掲載した本件書籍を出版、販売等した ことにより本件かえでの所有権が侵害されたとして、不法行為に基づく損害賠償を求め る。  しかし、前記アで判示したように、本件かえでを撮影し、その写真を掲載した本件書 籍を出版、販売等したことにより、原告の本件かえでに対する所有権が侵害されたとい うことはできない。また、本件全証拠によっても、被告Bが、本件かえでの枝を折るな ど、本件かえでの所有権を侵害する行為を行ったと認めることはできない。したがって、 原告の上記主張は理由がない。 (イ)不法行為の成否について、付加して判断する。  本件において、被告らから原告に対し、本件損害賠償請求の根拠について求釈明がさ れ(答弁書第3、2項)、これに対して、原告は、本件かえでの所有権侵害に基づく請 求である旨釈明し(原告第1準備書面第1、2項)、請求に係る原告の被侵害利益は、 本件かえでの所有権であると明言している。しかし、原告の釈明にかかわらず、念のた めに、被告Bの撮影態様等が、本件かえでの所有権以外の法的利益を害すると評価され ることにより、不法行為を構成するといえるか否かについても進んで検討する。 前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、以下のとおりの事実が認められる。 a本件かえでは高さが15メートルほどある大木であって、その美しさがマスコミで紹 介されたこともあって、数多くの見物客が観賞するために、本件土地に自由に立ち入っ ていたこと、原告が本件看板を設置した平成12年7月ころ以前において、原告は、こ れらの立ち入りを問題としたことはなかったことに照らすならば、原告は、同時期以前 は、本件かえでを観賞するために平穏な態様で本件土地へ立ち入ることを一般に容認し ていたものと認められる。 b その後、原告は、本件かえでの状態を憂慮し、その保全を図るため、営利目的での 撮影について、条件を付けて認める方針を立て、同年7月に、本件土地上に、「根を踏 まない、枝を折らないなど樹を大切にして下さい。本件かえでに対する私有地での撮影 及び映像使用の権利は所有者にあります。撮影した映像を個人が個人として楽しむ以外 は撮影、使用許可を得て下さい。無断で公に使用することはできません。」と記載した 看板(本件看板)を設置した。このような看板の設置によって、同年7月ころ以降は、 原告が、本件かえでの根を踏む等の本件かえでの生育に悪影響を及ぼす行為や、営利目 的で本件土地に立ち入って本件かえでを撮影する行為について制限を設けたたことが、 本件土地に赴いた者の間では周知されるようになった。しかし、本件看板を設置した後 においても、観光客が、本件かえでを観賞したり、本件かえでを私的な目的で撮影した りすること、そのために本件土地に立ち入ることについては、何ら禁止をしていなかっ た。 c 被告Bが本件書籍に掲載した本件かえでの写真を撮影したのは、本件看板が設置さ れるより以前の時期である。本件全証拠によっても、被告Bが、本件看板の設置以降、 本件土地に立ち入って本件かえでを撮影したことを認めることはできず、また、本件か えでの生育等に悪影響を及ぼす可能性のある行為をしたことも認めることはできない。  上記の経緯に照らすならば、第三者が、原告が本件看板を設置した以降に、本件かえ での生育に悪影響を及ぼすと考えて原告が明示的に禁止した行為を行うために本件土地 に立ち入った場合には、原告の本件土地の所有権を侵害する不法行為を構成することは 明らかであり、本件土地の所有権侵害行為と相当因果関係を有する範囲の損害を賠償す べきことになる。  しかし、上記のとおり、本件看板を設置した後に、被告Bが、そのような行為をした ことは認められないから、被告Bの原告に対する不法行為は成立しない。その他、本件 全証拠によるも、原告の法的保護に値する何らかの利益を侵害したことも認められない。 (3) なお、付言する。  原告は、本件かえでの所有権に基づき上記の各行為を阻止できない限り、本件かえで を保全することができない旨述べる。しかし、原告が、本件土地上に所在する本件かえ での生育環境の悪化を憂慮して、本件かえでの生育等に悪影響を及ぼすような第三者の 行為を阻止するためであれば、本件土地の所有権の作用により、本件かえでを保全する 目的を達成することができる。既に述べたとおり、現に、原告は、本件土地への立ち入 りに際しては、本件かえでの生育等に悪影響を及ぼす可能性のある行為をしてはならな いこと、許可なく本件かえでを営利目的で撮影してはならないことを公示しているので あるから、第三者が上記の趣旨に反して本件土地へ立ち入る場合には、原告は当該立入 り行為を排除することもできるし、上記第三者には不法行為も成立する。また、本件土 地内に、美観を損ねないような柵を設けること等によって、より確実に上記目的を達成 することもできるというべきである。  2 以上のとおりであり、原告の本訴請求はいずれも理由がない。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 飯村 敏明    裁判官 榎戸 道也    裁判官 佐野 信 別紙 書籍目録  書 名  シリーズ 自然 いのち ひとA わたしのもみじ  発 行平成13年11月  写 真・文 B  編 集E  発 行 者 F  発 行 所 株式会ポプラ社