・東京地判平成14年7月15日判時1796号145頁  mp3.co.jp事件  本件は、ドメイン名「mp3.co.jp」の登録者である原告(有限会社システム・ケイジ ェイ)が、不正競争防止法3条1項に基づく原告のドメイン名「mp3.co.jp」の使用差止 請求権を有すると主張する被告(エムピー3・ドット・コム・インコーポレイテッド) に対し、被告の当該使用差止請求権は存在しないことの確認を求めた事案である。  被告は、平成13年3月5日、日本知的財産仲裁センターに対し、原告を相手方とし て、原告ドメイン名を被告へ移転登録することを求める紛争処理の申立てをした。これ に対して、仲裁センター紛争処理パネルは、同年5月29日、@原告ドメイン名は被告 営業表示及び商標と混同を引き起こすほどに類似し、A原告が、原告ドメイン名につい て権利又は正当な利益を有しておらず、B原告ドメイン名が不正の目的で登録又は使用 されていると判断して、原告ドメイン名を被告に移転すべき旨の裁定をしていた。  判決は、不正競争防止法2条1項12号「にいう「不正の利益を得る目的で」とは 「公序良俗に反する態様で、自己の利益を不当に図る目的がある場合」と解すべきであ り、単に、ドメイン名の取得、使用等の過程で些細な違反があった場合等を含まないも のというべき」としたうえで、「原告は、「不正の利益を得る目的で、又は他人に損害 を加える目的」で、原告ドメイン名を取得、保有、使用したということはできない」と した。また、「原告ドメイン名が法2条1項1号、2号の「商品等表示」として使用さ れたということはできない」などとして、原告の請求を認容し、「被告は、原告に対し、 ドメイン名「MP3.CO.JP」について、不正競争防止法3条1項に基づく使用差 止請求権を有しないことを確認する」旨の判決を下した。 ■争 点 (1) 原告ドメイン名を保有、使用等する行為が法2条1項12号の不正競争となるか。 すなわち、  ア 原告は、「不正の利益を得る目的」又は「他人に損害を加える目的」を有してい るといえるか。  イ 原告ドメイン名(「mp3.co.jp」)は被告表示(「mp3.com」) に類似するか。 (2) 原告ドメイン名を使用する行為が法2条1項1号又は2号の不正競争となるか。す なわち、  ア 原告は、原告ドメイン名を、法2条1項1号又は2号所定の「商品等表示」とし て使用しているか。 イ 被告表示は著名性ないし周知性を有するか。  ウ 原告ドメイン名と被告表示とは類似し、混同のおそれがあるか。  エ 原告ドメイン名は、法12条1項1号所定の「営業の普通名称」に当たるか。 ■判決文  「ア 「不正の利益を得る目的」又は「他人に損害を加える目的」の趣旨  ドメイン名は、インターネットにおいて、個々の電子計算機を識別するために割り当 てられる番号、記号又は文字の組合せに対応する文字、番号、記号その他の符合又はこ れらの結合を指す(法2条7項)。  ドメイン名登録制度は、原則として、誰でも、先着順で自由に登録することができ、 登録に際しては、既存の商標や商品等表示などに関する権利と抵触するか否かの審査は されない。このような制度を通して、多数の者が、広くインターネットを利用して、活 動をすることが保証されている。また、ドメイン名は、インターネット上のアドレスで あるから、何ら意味を有さない数字や文字等の組合せでも何ら差し支えない。  しかし、実際には、ドメイン名の多くは、登録者の名称、商品又は役務の名称など何 らかの意味を有する文字列等が選択される。すなわち、事業者は、自社商品を広告し、 販売等を促進するためにインターネット上のウェブサイトを活用するが、通常、事業者 の保有するドメイン名は、当該事業者やその商品等を示す文字列を第3レベルドメイン に含んでいることが多い。利用者は、ウェブサイトに掲載された情報に基づいて所望の 商品やサービスを選択し、商品を購入し、役務の提供を受けるが、その際、ドメイン名 が特定の企業名や商品等の名称を含む場合には、ドメイン名で示された企業名や商品等 の名称と、その企業若しくは商品等との間に関連性があると認識する場合が通常である。 このようなドメイン名の社会的、経済的機能に照らすと、事業者がその事業をより効果 的に進めていく上で、ドメイン名の経済的価値は極めて高く、そのため、自己の企業名 や商品等を示す文字列を含み、できるだけ短い文字列を第3レベルドメインとするドメ イン名を取得しようとする傾向は顕著である。(弁論の全趣旨)  ところで、ドメイン名は、個々の電子計算機を識別するために、世界中で唯一のもの でなければならないという制約があり、また、前記のとおり、誰でも先着順で、自由に 登録されるという制度上の建前が存在するため、第三者が、この制度上の建前を濫用な いし悪用して、不正の利益を得る目的で、又は他人に損害を加える目的で、他人の商品 等表示と同一又は類似の文字列を第3レベルドメインとするドメイン名を取得する事態 も多く生じている(弁論の全趣旨)。  以上の観点に照らすならば、不正競争防止法が「不正の利益を得る目的で、又は他人 に損害を加える目的で、他人の特定商品等表示・・・と同一若しくは類似のドメイン名 を使用する権利を取得・・・する行為」を不正競争行為とし、図利又は加害目的という 主観的な要件を設けた上で、その行為を禁止したのは、@誰でも原則として先着順で自 由に登録ができるというドメイン名登録制度の簡易迅速性及び便利性という本来の長所 を生かす要請、A企業が自由にドメイン名を取得して、広範な活動をすることを保証す べき要請、Bドメイン名の取得又は利用態様が濫用にわたる特殊な事情が存在した場合 には、その取得又は使用等を禁止すべき要請等を総合考慮して、ドメイン名の正当な使 用等の範囲を画すべきであるとの趣旨からであるということができる。  そうすると、同号にいう「不正の利益を得る目的で」とは「公序良俗に反する態様で、 自己の利益を不当に図る目的がある場合」と解すべきであり、単に、ドメイン名の取得、 使用等の過程で些細な違反があった場合等を含まないものというべきである。また、 「他人に損害を加える目的」とは「他人に対して財産上の損害、信用の失墜等の有形無 形の損害を加える目的のある場合」と解すべきである。例えば、@自己の保有するドメ イン名を不当に高額な値段で転売する目的、A他人の顧客吸引力を不正に利用して事業 を行う目的、又は、B当該ドメイン名のウェブサイトに中傷記事や猥褻な情報等を掲載 して当該ドメイン名と関連性を推測される企業に損害を加える目的、を有する場合など が想定される。」  「2 争点(2)ア(原告ドメイン名につき、原告の「商品等表示」として使用したか。) について 前記のとおり、ドメイン名は、インターネット上のアドレスにすぎないのであるから、 ウェブサイトにおいて商品の販売や役務の提供をしても、当然には、そのウェブサイト のドメイン名を法2条1項1号、2号の「商品等表示」として使用したということはで きない。 他方、ドメイン名は、通常、当該ドメイン名を登録し、ウェブサイトを開設する者の 商品等表示と同一の文字列を含む文字列を第3レベルドメインとすることが多く、当該 ウェブサイトを閲覧する者としても、ドメイン名と当該ドメイン名の登録者とを結び付 けて認識する場合も多いものと推測される。そして、ウェブサイトにおいて、ドメイン 名の全部又は一部を表示して、商品の販売や役務の提供についての情報を掲載している などの場合には、ドメイン名は当該ウェブサイトにおいて表示されている商品や役務の 出所を識別する機能を有することもあるといえ、このような場合には、ドメイン名を法 2条1項1号、2号の「商品等表示」として使用していると解すべき場合もあり得る。  そこで、原告サイトに掲載された情報の内容について検討するに、前記認定のとおり、 原告は、原告サイトにおいて、「ボイスメモ&電話帳機能付の超小型携帯型MP3プレ イヤー」に関する情報等を掲載したことがあるが、本件証拠上、その際に、原告ドメイ ン名を示す文字列を原告サイト上に掲載したと認めることはできず、その後は、原告サ イトにおいて、商品の販売や役務の提供についての情報は一切掲載されていない。 したがって、原告ドメイン名が法2条1項1号、2号の「商品等表示」として使用され たということはできない。」