・東京高判平成14年7月17日判時1809号39頁  ロックバンド「黒夢」事件:控訴審  原告・控訴人(芸名・人時(ひとき)」)は、平成3年5月、リーダーの森清治(芸名 「清春」)、鈴木新と三人でロックバンド「黒夢」を結成した(原告はベース・ギターを 担当)。原告、清春および鈴木は、平成5年4月14日、有限会社山田産業との間で、山 田産業に黒夢のマネージメント業務を委託して、山田産業が楽曲の原盤権や肖像使用権等 の権利を専属的に取得し、原告らに給料を支払うことを内容とする専属契約を締結した。  東京での活動拠点として山田産業により設立された有限会社ラミスは、平成7年1月1 日ころ、山田産業から本件専属契約における契約上の地位を譲り受け、原告、清春及び鈴 木は、これに同意した。  同年2月、鈴木が黒夢を脱退したため、黒夢のメンバーは、原告及び清春の二人となっ た。  平成10年7月29日、清春を代表取締役とする有限会社フルフェイスが設立された。  黒夢は、平成11年1月29日、解散コンサートを行い、同日、解散した。  被告・被控訴人(株式会社ワニブックス)は、平成11年3月27日、フルフェイスと の間で、平成10年6月12日から平成11年1月29日にかけて行われた黒夢のライブ ツアーにおける原告及び清春の肖像写真を掲載した写真集「HEAVEN OR HEL L KUROYUME TOUR PHOTO BOOK 1998 120LIVES」 の出版について、「著作権使用料:実売部数一部ごとに本体価格の8パーセント、本体価 格:2500円、保証部数:初版2万部、保証金額:400万円」とする内容の出版契約 を締結した。  被告は、同年4月10日、本件写真集初版分2万部を出版した。  本件は、被告が原告の使用許諾を得ることなく、原告の肖像写真を掲載した写真集を出 版したことが、原告のパブリシティ権又は肖像権の侵害に当たるとして、原告が被告に対 し、肖像使用許諾料相当額の損害賠償を請求した事案である。  原判決は請求棄却。  本判決は控訴棄却。「肖像の重要性に鑑みても控訴人主張のように一個の債権である肖 像使用権の譲渡に際し本人の承諾が必要であるとまではいえず、更に本件では専属契約書 ……6条2項には控訴人のイメージの保持等正当な理由があるときは肖像を使用するいわ ゆるキャラクター商品の製造・販売を拒否することができる旨定められているなど本人の 保護が図られており、控訴人の主張は理由がない」などとした。 (第一審:東京地判平成14年2月22日) ■評釈等  内藤篤・判例評論537号196頁(2004年)  堀江亜以子・発明101−1号83〜88頁2004年1月 ■判決文 第三 当裁判所の判断  当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと考えるが、その理由は次のとおり付け加 えるほかは原判決「事実及び理由」中の「第四 当裁判所の判断」に記載のとおりである から、これを引用する。 一 原判決書七頁二二行目の「ラミス」から二三行目の「した」までを「ラミスはマネー ジメントセクション、今後のレーベル設立に向けて新会社としてフルフェイスを設立する ことになった」に改め、八頁一行目及び二五行目から二六行目にかけての「業務を行う会 社」を削り、二行目及び二六行目の「移転する」を「移籍した」に、一二頁九行目の「移 行する」を「移籍した」に、一三頁二〇行目の「肖像使用権」を「ラミスの有する控訴人 の肖像を使用する権利」にそれぞれ改める。 二 控訴人の補足的主張に対する判断 (1)本件専属契約においては控訴人の肖像を使用することができる権利を山田産業が保 有するものとされているところ、契約書上山田産業がこれを控訴人の承諾なく第三者に譲 渡することを禁止するとの取り決めは存在せず(《証拠略》)、その他本件専属契約にお いて控訴人の肖像使用権の譲渡の際その承諾を必要とするとの合意があったことを認める に足りる証拠はない。したがって、山田産業から本件専属契約における契約上の地位を譲 り受けたラミスと控訴人との関係も同様であり、ラミスは控訴人の承諾を要することなく 肖像使用権を第三者に譲渡することができるものである。  控訴人は、肖像は経済的利益を生むのみならず個人の人格的価値に直結するもので、こ のような肖像の重要性に鑑みると、肖像の使用は何人に対しても承諾されるものではなく 一定の信頼関係が構築されている者に対してのみ承諾されるのが通常であり、とりわけ芸 能人の場合はこの要請が高いから本人の承諾が必要である旨主張する。しかし、肖像の重 要性に鑑みても控訴人主張のように一個の債権である肖像使用権の譲渡に際し本人の承諾 が必要であるとまではいえず、更に本件では専属契約書(《証拠略》)六条二項には控訴 人のイメージの保持等正当な理由があるときは肖像を使用するいわゆるキャラクター商品 の製造・販売を拒否することができる旨定められているなど本人の保護が図られており、 控訴人の主張は理由がない。控訴人は、仮に肖像使用権の譲渡に本人の承諾が必要でない としても、その譲渡には対抗要件として民法四六七条一項の通知又は承諾が必要である旨 主張するが、本件は被控訴人が控訴人のパブリシティ権又は肖像権を侵害したかどうかが 問題とされている事案であり、フルフェイスが対抗要件を具備しているかどうかとは関係 がないから失当である。 (2)控訴人は、黒夢が既に解散していることなどから本件出版行為がされた平成一一年 四月段階での被控訴人の過失の有無を問題にすべきである旨主張する。しかし、原判決認 定のとおり、フルフェイス、ラミス及びハンズの三者が、平成一〇年九月ころ、ラミスが 黒夢が解散するまでの控訴人の給料を負担し、解散コンサートまでのコンサートツアーの 収益を上記三者の間で清算する際に、ラミスに対し控訴人の解散までの給料相当分を支払 って調整すること、解散コンサートが終了した際、ハンズがラミスに支払うべき金員のう ち一〇〇〇万円をハンズが控訴人に直接支払うなどの合意をし、その間黒夢の写真撮影が 行われているなど、当時から黒夢が解散することを前提に写真撮影がされていることなど から、平成一〇年五月ころの本件写真集発行の企画から本件出版契約の締結・発行に至る までの経緯を抜きにして被控訴人の過失の有無を判断することはできない。したがって、 控訴人の上記主張は理由がない。  なお、控訴人に帰責事由が存するかどうかは被控訴人の誤信の相当性の有無とは直接関 係がない。 第四 結論  よって、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴 訟費用の負担につき民事訴訟法六七条一項本文、六一条を適用して、主文のとおり判決す る。 裁判長裁判官 新村 正人    裁判官 田川 直之        志田 博文