・最判平成14年9月17日  「mosrite」商標事件:上告審  「mosrite」をふくむ商標の商標権者である被上告人に対して、上告人は、セミー・モ ズレー製作のエレキギターの品質を有するとの誤認を生ずるなどとして、本件商標の商 標登録取消しの審判を請求した。特許庁は、平成11年9月8日、本件商標の商標権者 である被上告人は、故意に、本件商標に類似する使用商標について、商品の品質の誤認 又は他人の業務に係る商品と混同を生ずる使用をしたものというべきであるから、本件 商標の商標登録は、商標法51条1項の規定により、本件商標の商標登録を取り消すべ き旨の審決をした。本件は、被上告人が本件審決の取消しを求めた訴訟である。  原審は、本件審決には、審判の請求人である上告人が申し立てた審判請求の理由以外 の理由について審理した瑕疵があるとして、被上告人の請求を認容した。  本判決は、「商標法に基づく審判については、商標法56条において特許法152条、 153条が準用されており、職権による審理の原則が採られている。特許法153条1 項によれば、審判においては当事者の申し立てない理由についても審理することができ る。これは、第三者に対する差止め、損害賠償等の請求の根拠となる特許権や商標権の 性質上、特許又は商標登録が有効に存続するかどうかは、当該審判の当事者だけでなく、 広く一般公衆の利害に関係するものであって、本来無効とされ又は取り消されるべき特 許又は商標登録が当事者による主張が不十分なものであるために維持されるとしたので は第三者の利益を害することになることから、当事者が申し立てない理由についても職 権により審理することができるとしたものである。したがって、審判の請求人が申し立 てなかった理由についての審理がされたとしても、そのことによって審決が直ちに違法 になるものではない」などと述べて、原審判決を取り消して差し戻した。 (第一審:東京高判平成12年10月12日) ■判決文  主   文  原判決を破棄する。  本件を東京高等裁判所に差し戻す。  理   由  上告代理人牛木理一の上告受理申立て理由第一について  1 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。  (1) 被上告人は、登録第1419427号の登録商標(昭和47年6月22日商標登 録出願、同55年5月30日設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。 本件商標は、原判決別紙「本件商標」記載のとおり、左側に、外周上に多数の小さな突 起がある黒塗りの円形内に白抜きで「M」の欧文字を表示した図形(以下「Mマーク」と いう。)を配し、その右側に、「mosrite」の欧文字を横書きして成るものである。その 指定商品は、商標法施行令(平成3年政令第299号による改正前のもの)別表第24 類「楽器、その他本類に属する商品」である。  (2) 上告人は、平成10年5月7日、本件商標の商標登録取消しの審判を請求した (平成10年審判第30446号)。上告人が申し立てた審判請求の理由は、次のとお りである。  ア 被上告人は、本件商標の指定商品であるエレキギターに、原判決別紙「原告の使 用商標」記載のとおり、本件商標の下方に筆記体の「of California」の欧文字を付記し た商標(以下「使用商標」という。)を使用している。  イ 使用商標は、アメリカ合衆国カリフォルニア州所在のスガイ・ミュージカル・イ ンストルメント・インコーポレーテッド(以下「スガイ社」という。)が製作し、上告 人が独占的に輸入して日本国内で販売しているエレキギターに付された表示と同一であ る。また、使用商標は、アメリカ合衆国のギター製作者であるセミー・モズレーが、昭 和27年にカリフォルニア州に工房を開設してエレキギターの製作を開始した時以来、 同人又はその設立した会社が製作するエレキギターに使用されている表示とも同一であ る。被上告人は、セミー・モズレーが死去した後に、本件商標にセミー・モズレーのも のと同一の筆記体表示を付記した使用商標の使用を開始したものである。  ウ 以上のとおり、被上告人は、故意に、本件商標の指定商品に、本件商標に類似す る使用商標を付して、その需要者に対し、アメリカ合衆国カリフォルニア産のエレキギ ターの品質を有するとの誤認を生ずる行為、又はスガイ社及び上告人の業務に係るエレ キギターとの混同を生ずる行為を現に行っているから、本件商標の商標登録は、商標法 51条1項の規定により取り消されるべきである。  (3) 特許庁は、平成11年9月8日、以下のとおり、本件商標の商標登録を取り消す べき旨の審決(以下「本件審決」という。)をした。  ア セミー・モズレーは、昭和27年、カリフォルニア州に「Mosrite, Inc.」という 会社を創立して、エレキギターの製作を開始した。セミー・モズレーの製作したエレキ ギターには、「Mマーク」の右側に「mosrite」の欧文字を横書きし、その下方に筆記体 の「of California」の欧文字を付記するという、使用商標と同様の表示が付されており、 この表示は、遅くとも昭和40年までに、我が国において、エレキギターを取り扱う取 引者、需要者に周知となった。そして、現在も、セミー・モズレーの製作したエレキギ ターは、我が国において極めて高額で取引されている。  イ 被上告人は、昭和63年ないし平成元年初めころ、本件商標に類似する使用商標 の使用を開始した。被上告人が本件商標に「of California」の欧文字を付記したのは、 多数の顧客から、セミー・モズレーが製作したエレキギターのものと同一の書体で付記 してほしいとの要望を受けたことによるものである。また、被上告人は、その商品カタ ログに、「ジャパンモズライト(有)」という、セミー・モズレー製作のエレキギター に関連する会社であるかのような記載をしている。エレキギターの取引者、需要者の中 には、使用商標を付した被上告人製作のエレキギターについて、セミー・モズレー製作 のエレキギターと同様の品質を有すると誤認する者がいる。  そうすると、被上告人がエレキギターに使用商標を付する行為は、セミー・モズレー が製作したエレキギターと同様の品質であるかのように商品の品質について誤認を生じ、 又はセミー・モズレー若しくは同人と何らかの関連のある者が製作したものではないか と商品の出所について混同を生ずるものということができる。また、被上告人は、セミ ー・モズレーの筆記に倣って「of California」の表示を行ったものであり、被上告人の 製作するエレキギターにこの表示を付することにより商品の品質誤認又は出所混同が生 ずるとの認識があったと認められる。  ウ 以上によれば、本件商標の商標権者である被上告人は、故意に、本件商標に類似 する使用商標について、商品の品質の誤認又は他人の業務に係る商品と混同を生ずる使 用をしたものというべきであるから、本件商標の商標登録は、商標法51条1項の規定 により、取消しを免れない。  2 本件は、被上告人が本件審決の取消しを求めた訴訟である。原審は、次のとおり 判示して、被上告人の請求を認容した。  (1) 本件審決は、被上告人が使用商標をエレキギターに使用する行為につき、スガイ 社が製作し、上告人が独占的に輸入して我が国で販売するエレキギターとの間で品質誤 認又は出所混同を生ずるという上告人主張の審判請求の理由について審理することなく、 上告人が主張していないセミー・モズレーが製作したエレキギターとの間で品質誤認又 は出所混同を生ずるという理由について審理したものである。したがって、本件審決に は、審判の請求人である上告人が申し立てた審判請求の理由以外の理由について審理し た瑕疵がある。  (2) 被上告人は、スガイ社が上告人から依頼を受けてエレキギターの製作を始めた7、 8年以上前から、使用商標をエレキギターに使用してきたのであるから、商標法51条 1項所定の「他人」であるスガイ社及び上告人(上告人が審判で主張した「他人」)の 業務に係る商品と出所の混同が生ずることにつき、被上告人に同項所定の「故意」があ ったと認めることはできない。  3 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のと おりである。  (1) 商標法に基づく審判については、商標法56条において特許法152条、153 条が準用されており、職権による審理の原則が採られている。特許法153条1項によ れば、審判においては当事者の申し立てない理由についても審理することができる。こ れは、第三者に対する差止め、損害賠償等の請求の根拠となる特許権や商標権の性質上、 特許又は商標登録が有効に存続するかどうかは、当該審判の当事者だけでなく、広く一 般公衆の利害に関係するものであって、本来無効とされ又は取り消されるべき特許又は 商標登録が当事者による主張が不十分なものであるために維持されるとしたのでは第三 者の利益を害することになることから、当事者が申し立てない理由についても職権によ り審理することができるとしたものである。したがって、審判の請求人が申し立てなか った理由についての審理がされたとしても、そのことによって審決が直ちに違法になる ものではない。  他方、特許法153条2項は、審判において当事者が申し立てない理由について審理 したときは、審判長は、その審理の結果を当事者に通知し、相当の期間を指定して、意 見を申し立てる機会を与えなければならないと規定している。これは、当事者の知らな い間に不利な資料が集められて、何ら弁明の機会を与えられないうちに心証が形成され るという不利益から当事者を救済するための手続を定めたものである。殊に、特許権者 又は商標権者にとっては、特許又は商標登録が無効とされ又は取り消されたときにはそ の権利を失うという重大な不利益を受けることになるから、当事者の申し立てない理由 について審理されたときには、これに対して反論する機会が保障されなければならない。 しかし、当事者の申し立てない理由を基礎付ける事実関係が当事者の申し立てた理由に 関するものと主要な部分において共通し、しかも、職権により審理された理由が当事者 の関与した審判の手続に現れていて、これに対する反論の機会が実質的に与えられてい たと評価し得るときなど、職権による審理がされても当事者にとって不意打ちにならな いと認められる事情のあるときは、意見申立ての機会を与えなくても当事者に実質的な 不利益は生じないということができる。したがって、審判において特許法153条2項 所定の手続を欠くという瑕疵がある場合であっても、当事者の申し立てない理由につい て審理することが当事者にとって不意打ちにならないと認められる事情のあるときは、 上記瑕疵は審決を取り消すべき違法には当たらないと解するのが相当である。  (2) 本件についてこれをみると、本件審決が上告人による申立てのない理由について 審理したものであるとしても、審判において当事者の申し立てない理由について審理す ること自体は、何ら違法でないから、上記2(1)の原審の判断は、商標法56条において 準用する特許法153条1項の規定に違反するといわざるを得ない。また、同(2)の原審 の判断も、本件の審判において商標法51条1項の規定にいう「他人」として審理の対 象となるのはスガイ社及び上告人のみであるという同(1)の判断を前提とするものである から、これを是認することはできない。  さらに、上告人が申し立てた審判請求の理由と、本件審決が本件商標の商標登録を取 り消すべきものと判断した理由とを比較すると、両者は、セミー・モズレー製作のエレ キギターに付された表示が我が国の取引者、需要者の間に広く知られていたかどうかな ど、本件商標の商標登録を取り消すべきか否かの判断の基礎となる事実関係が主要な部 分において共通すると認められる。しかも、記録によれば、セミー・モズレー又は同人 と関連のある者の製作したエレキギターとの間で誤認混同が生ずるという理由は、上告 人が審判において提出した弁駁書に記載されており、この点に関して被上告人が審判手 続上立証活動をしていたことがうかがわれるのである。そうすると、本件においては、 上告人の申し立てない理由について審理した結果を被上告人に通知して意見申立ての機 会を与える手続が執られていなかったとしても、被上告人にとって不意打ちにならない と認められる事情があったということができる。  4 以上によれば、被上告人の請求を認容した原審の判断には、判決に影響を及ぼす ことが明らかな法令の違反があり、原判決は破棄を免れない。論旨は以上の趣旨をいう ものとして理由がある。そして、被上告人主張のその余の審決取消事由について更に審 理させるため、本件を原審に差し戻すこととする。  よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 奥田 昌道    裁判官 金谷 利廣    裁判官 濱田 邦夫    裁判官 上田 豊三