・東京地判平成14年11月18日判時1812号139頁  「鉄人28号」事件  原告が、被告(エンターカラー・テクノロジーズ・コーポレーション)に対して、そ の漫画「鉄人28号」を、アメリカ合衆国テキサス州ベン・ダン・コーポレーションに 対して漫画(「ジャイガンダー」)に複製することを許諾し複製させてはならない等、 および損害賠償を請求した事案。  判決は、「本件訴えは、原告が被告に対して、被告のアメリカ合衆国内の行為は、本 件著作物1及び2の著作物について、原告がアメリカ合衆国著作権法に基づいて有する 著作権を侵害すると主張して、侵害行為の差止めと損害賠償を求めるものである。被告 がアメリカ合衆国に住所を有する法人であること、及び本件につき応訴していないこと は、いずれも当裁判所に顕著である。そこで、本件訴えについて、我が国が国際裁判管 轄を有するか否かを職権で検討する」としたうえで、「本件各請求のすべてについて、 我が国の国際裁判管轄を認めることはできない」として、本件訴えを却下した。 (控訴審:東京高判平成16年2月25日) ■判決文 第2 当裁判所の判断 1 本件訴えは、原告が被告に対して、被告のアメリカ合衆国内の行為は、本件著作物 1及び2の著作物について、原告がアメリカ合衆国著作権法に基づいて有する著作権を 侵害すると主張して、侵害行為の差止めと損害賠償を求めるものである。被告がアメリ カ合衆国に住所を有する法人であること、及び本件につき応訴していないことは、いず れも当裁判所に顕著である。  そこで、本件訴えについて、我が国が国際裁判管轄を有するか否かを職権で検討す る(なお、本件においては、被告が国際裁判管轄の有無について争う旨の申立てをして いないが、国際裁判管轄の有無の点は職権で調査すべき事項であると解する。)。 2 被告が我が国に住所を有しないときであっても、我が国と法的関連を有する事件に ついて我が国の国際裁判管轄を肯定すべき場合があることは否定し得ないところである。 しかし、いかなる場合において、我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては、未 だ国際的に承認された一般的な準則が存在せず、国際的慣習法も十分に成熟していると はいえない現状の下においては、当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理 に従って決定するのが相当である。  そして、我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは、原 則として、我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき、被告を我が国の裁判権に服さ せるのが上記条理に適うものというべきであるが、我が国で裁判を行うことが当事者間 の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる 場合には、我が国の国際裁判管轄を否定すべきである(最高裁昭和55年(オ)第130 号同56年10月16日第2小法廷判決・民集35巻7号1224頁、最高裁平成5年 (オ)第764号同8年6月24日第2小法廷判決・民集50巻7号1451頁、最高裁 平成5年(オ)第1660号同9年11月11日第3小法廷判決・民集51巻10号40 55頁参照)。 3 このような観点から、本件訴えについて、我が国が国際裁判管轄を有するか否かを みてみると、被告がアメリカ合衆国カリフォルニア州法に基づき設立された外国法人で あることは本件記録上明らかであり、また、本件全記録によるも、被告が日本国内に主 たる事務所又は営業所を有し、あるいは被告の代表者又は主たる業務担当者が日本国内 に住所を有することを認めることはできない。  したがって、我が国内に被告の普通裁判籍(民訴法4条5項)はない。  また、我が国内に特別裁判籍がないことは以下のとおりである。  まず、前記のとおり、原告の本件各請求のうち、著作権侵害行為の差止めを求める 訴えについては、原告の主張によれば、被告のアメリカ合衆国における行為が、アメリ カ合衆国著作権法に基づく著作権を侵害したとして、その差止めを求めるものであって、 仮に本件訴えが不法行為に関する訴えに当たると解することができるとしても、不法行 為地はアメリカ合衆国内であり、不法行為地の裁判籍(民訴法5条9号)が我が国内に あるということもできない。さらに、前記のとおり、被告は本件につき応訴していない ので、応訴管轄(民訴法12条)を生ずる余地もない。  そうすると、本件各請求のうち、著作権侵害行為の差止めを求める訴えについては、 我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるとはいえないので、被告 を我が国の裁判権に服させるのが相当であると解することはできない。  次に、本件各請求のうち、不法行為に基づく損害賠償請求に係る訴えについても、 不法行為地の裁判籍及び応訴管轄が認められないのは、著作権侵害行為の差止めを求め る訴えと同様である。また、原告は、損害賠償金支払の義務履行地は原告の住所地(東 京都豊島区)である(民法484条)と主張するところ、仮にこれを前提とすれば、形 式的には、義務履行地としての裁判籍(民訴法5条1号)が我が国内にあると解する余 地がなくはない。しかし、前記のとおり、我が国で裁判を行うことが当事者間の公平、 裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には、 我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。本件訴えは、我が国に住所を有する原告が アメリカ合衆国に住所を有する被告に対して提起したものであり、我が国に訴訟が提起 されることについての被告の予測可能性、被告の経済活動の本拠地等を考慮すると、同 訴えについて、我が国の国際裁判管轄を認めて我が国で裁判を行うことは、正に、当事 者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念に著しく反するものというべきであ る。  したがって、本件各請求のすべてについて、我が国の国際裁判管轄を認めることは できない。 4 これに対して、原告は、以下のとおり主張する。すなわち、 (1) 原告は、被告が平成13年2月23日、原告と訴外株式会社光プロダクション (原告の著作権管理会社)を相手方として、アメリカ合衆国カリフォルニア州中央地区 の同国地方裁判所に対し、被告が「鉄人28号」の白黒アニメフィルムに対する著作権 を有することの確認等を求めて訴えを提起したが、同裁判所は、同年9月24日、カリ フォルニアは不便宜法廷地であり、上記訴えは日本で審理すべきものであるとして、上 記訴えを却下する旨の判決をし、この判決は確定したとして、本件について我が国の国 際裁判管轄を認めるべきであると主張する。  確かに、証拠(甲2ないし6)によれば、被告は、平成13年2月23日、原告 と訴外株式会社光プロダクション(原告の著作権管理会社)を相手方として、アメリカ 合衆国カリフォルニア州中央地区の同国地方裁判所に対し、被告がテレビアニメ映画 「鉄人28号」について著作権を有することの確認等を求めて訴え(以下「別訴」とも いう。)を提起したこと、これに対し、原告らは、人的管轄の不存在及び不便宜法廷地 を理由とする訴え却下の申立てをしたこと、同裁判所は、日本が被告の請求を審理判断 するにつきより便宜な法廷地であり、上記訴えは日本で審理すべきものであるとして、 原告らの不便宜法廷地を理由とする訴え却下の申立てを認容する旨の決定をし、同年9 月24日、被告の請求を却下する旨の判決をしたこと、被告は、この判決に対して控訴 し、さらに再審理の申請をしたが、いずれも斥けられ、上記判決は確定したこと、以上 の事実が認められる。  しかし、被告の提起した別訴についてアメリカ合衆国カリフォルニア州中央地区 の同国地方裁判所が不便宜法廷地を理由として訴えを却下したとしても、そのことは、 原告ではなく被告が、別訴について同裁判所における審理判断を受けられなかったこと を意味するにすぎないから、別訴が上記のとおり却下されたことが本件につき我が国の 国際裁判管轄を肯定する理由となるわけではない。また、同裁判所が、被告の別訴を審 理判断するにつき我が国がより便宜な法廷地であると判断したとしても、これにより本 件につき我が国の国際裁判管轄が生ずるわけではないことは、いうまでもない。  したがって、原告の上記主張は採用できない。 (2) また、原告は、本件についての証拠の所在地や被告と我が国との関連から我が 国の国際裁判管轄を認めるべきであると主張する。  しかし、被告が外国に本店を有する外国法人である場合はその法人が進んで服す る場合のほか日本の裁判権は及ばないのが原則であることは既に判示したとおりであり (前記最高裁昭和56年10月16日第2小法廷判決参照)、原告の主張に係る事実が あったとしても、これらは本件につき我が国の国際裁判管轄を肯定すべき事情とまでは 認められない。 5 以上によれば、本件につき我が国の国際裁判管轄を認めることはできない。  よって、本件訴えは訴訟要件を欠くものであるからこれを却下することとし、主文の とおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 飯村 敏明    裁判官 榎戸 道也    裁判官 佐野 信 著 作 物 目 録 1.著 作 者 Y  著作物の種類 漫画  題    号 「鉄人28号」  備   考 光文社発行の雑誌「少年」に昭和31年7月号から昭和41年5月号迄連載 2.漫画「鉄人28号」の登場人物である「鉄人28号」 以 上