・東京高判平成14年11月28日  中古ビデオソフト事件:控訴審  判決は、中古ソフト最判を引用しながら、「本件件のように公衆に提示することを 目的としない家庭用テレビゲーム機に用いられる映画の著作物の複製物の譲渡について は、市場における商品の円滑な流通を確保するなど、上記(ア)、(イ)及び(ウ)の 観点から、当該著作物の複製物を公衆に譲渡する権利は、いったん適法に譲渡されたこ とにより、その目的を達成したものとして消尽し、もはや著作権の効力は、当該複製物 を公衆に再譲渡する場合には及ばないものと解すべきである」として、控訴を棄却した。 (第一審:東京地判平成14年1月31日) ■判決文 第3 当裁判所の判断 当裁判所も、控訴人らの請求は理由がないので棄却べきであると判断する。その理 由は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実及び理由の「第3 当裁判所の判断」 欄記載のとおりであるから、これを引用する。 1 映画の著作物の頒布権の消尽について 映画の著作物の頒布権と権利消尽の原則との関係について、最高裁平成14年4月 25日第一小法廷判決(最高裁平成13年(受)第952号)は、次のとおり判示した。 「特許権者又は特許権者から許諾を受けた実施権者が我が国の国内において当該特許 に係る製品を譲渡した場合には、当該特許製品については特許権はその目的を達成した ものとして消尽し、もはや特許権の効力は、当該特許製品を再譲渡する行為等には及ば ないことは、当審の判例とするところであり・・・(中略)・・・、この理は、著作物 又はその複製物を譲渡する場合にも原則として妥当するというべきである。けだし、 (ア)著作権法による著作権者の保護は、社会公共の利益との調和に下において実現さ れなければならないところ、(イ)一般に、商品を譲渡する場合には、譲渡人は目的物 について有する権利を譲受人に移転し、譲受人は譲渡人が有していた権利を取得するも のであり、著作物又はその複製物が譲渡の目的物として市場での流通に置かれる場合に も、譲受人が当該目的物につき自由に再譲渡をすることができる権利を取得することを 前提として、取引行為が行われるものであって、仮に、著作物又はその複製物について 譲渡を行う都度著作権者の許諾を要するということになれば、市場における商品の自由 な流通が阻害され、著作物又はその複製物の円滑な流通が妨げられて、かえって著作権 者自身の利益を害することになるおそれがあり、ひいては「著作者等の権利の保護を図 り、もって文化の発展に寄与する」(著作権法1条)という著作権法の目的にも反する ことになり、(ウ)他方、著作権者は、著作物又はその複製物を自ら譲渡するに当たっ て譲渡代金を取得し、又はその利用を許諾するに当たって使用料を取得することができ るのであるから、その代償を確保する機会は保障されているものということができ、著 作権者又は許諾を受けた者から譲渡された著作物又はその複製物について、著作権者等 が二重に利得を得ることを認める必要性は存在しないからである。 ところで、映画の著作物の頒布権に関する著作権法26条1項の規定は、文学的及 び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約(1948年6月26日にブラッセルで改正 された規定)が映画の著作物について頒布権を設けていたことから、現行の著作権法制 定時に、条約上の義務の履行として規定されたものである。映画の著作物にのみ頒布権 が認められたのは、映画製作には多額の資本が投下されており、流通をコントロールし て効率的に資本を回収する必要があったこと、著作権法制定当時、劇場用映画の取引に ついては、前記のとおり専ら複製品の数次にわたる貸与を前提とするいわゆる配給制度 の慣行が存在していたこと、著作権者の意図しない上映行為を規制することが困難であ るため、その前段階である複製物の譲渡と貸与を含む頒布行為を規制する必要があった こと等の理由によるものである。このような事情から、同法26条の規定の解釈として、 上記配給制度という取引実態のある映画の著作物又はその複製物については、これらの 著作物等を公衆に提示することを目的として譲渡し、又は貸与する権利(同法26条、 2条1項19号後段)が消尽しないと解されていたが、同法26条は、映画の著作物に ついての頒布権が消尽するか否かについて、何らの定めもしていない以上、消尽の有無 は、専ら解釈にゆだねられていると解される。 そして、本件のように公衆に提示することを目的としない家庭用テレビゲーム機に 用いられる映画の著作物の複製物の譲渡については、市場における商品の円滑な流通を 確保するなど、上記(ア)、(イ)及び(ウ)の観点から、当該著作物の複製物を公衆 に譲渡する権利は、いったん適法に譲渡されたことにより、その目的を達成したものと して消尽し、もはや著作権の効力は、当該複製物を公衆に再譲渡する場合には及ばない ものと解すべきである。 なお、平成11年法律第77号による改正後の著作権法26条の2第1項により、 映画の著作物を除く著作物につき譲渡権が認められ、同条2項により、いったん適法に 譲渡された場合における譲渡権の消尽が規定されたが、映画の著作物についての頒布権 には譲渡する権利が含まれることから、譲渡権を規定する同条1項は映画の著作物に適 用されないこととされ、同条2項において、上記のような消尽の原則を確認的に規定し たものであって、同条1、2項の反対解釈に立って本件各ゲームソフトのような映画の 著作物の複製物について譲渡する権利の消尽が否定されると解するのは相当でない。」 当裁判所は、映画の著作物の頒布権と権利の消尽との関係については、上記最高裁 判決の説示するところに従うこととし、これを援用する。 映画の著作物の頒布権にも権利消尽の原則が適用されるかどうかは、立法により解 決されるべきものであって、裁判所の解釈によって決すべきものではない、との控訴人 らの主張は、上記説示に照らし、採用することができない。 2 ビデオソフトの頒布権と権利消尽の原則の適用の有無について (1) 上記最高裁判決は、家庭用テレビゲーム機用ソフトウェアの頒布権が問題とな った事案について判断したものである。しかしながら、本件各ビデオソフトは、配給制 度による上映により公衆に提示することを目的としていない点において、家庭用テレビ ゲーム機用ソフトウェアと同じであり、市場における商品の円滑な流通を確保するなど、 上記最高裁判決が挙げる(ア)、(イ)及び(ウ)の観点からみた場合にも、家庭用テ レビゲーム機用ソフトウェアと変わるところはない。上記最高裁判決の権利消尽の原則 についての説示は、本件各ビデオソフトにも当てはまるというべきである。 (2) 控訴人らは、@ビデオソフトについては、現行著作権法制定時から今日に至る まで、映画の著作物に該当すると解釈されてきたこと、Aこのような解釈を前提として、 ビデオソフトについては、消滅しない頒布権を前提とした取引慣行が存在すること、B 著作権法26条の2第2項により譲渡権の消尽を認めた平成11年改正の過程において 行われた著作権審議会において、ビデオソフトについて、上記の取引慣行があることを 前提に、同条第1項に「映画の著作物を除く。」と規定した経緯があること、を挙げて、 上記最高裁判決の権利消尽の原則についての説示はビデオソフトについては当てはまら ない、と主張する。 しかしながら、弁論の全趣旨によれば、現行著作権法の制定時において、劇場用 映画と異なり配給制度を前提としない、放送事業者によって製作されたフィルム、ビデ オテープ等を「映画の著作物」に含めるか否かが問題となり、これらも「映画の著作物」 に含めるとの前提の下に、現行著作権法が制定された経緯があることは認められるもの の、その際に、著作権法26条に規定する頒布権と権利消尽の原則との関係が問題とさ れた形跡はない。現行著作権法制定時の経緯は映画の著作物の頒布権と権利消尽の原則 との関係についての上記最高裁判決の解釈に影響を及ぼすものではないというべきであ る。 控訴人らは、ビデオソフトについては、消滅しない頒布権を前提とした取引慣行 が存在すると主張し、このような取引慣行を尊重して、ビデオソフトの頒布権は消尽し ないと解すべきであると主張する。しかしながら、仮に、ビデオソフトについて、控訴 人ら主張のような取引慣行があったとしても、その取引慣行が、法的確信に裏付けられ た慣行として確立するに至っているといった特段の事情がない限り、このような取引慣 行がビデオソフトの頒布権と権利消尽の原則との関係についての解釈を左右することは ないというべきである。本件において、上記特段の事情があることを認めるに足りる証 拠はないから、上記取引慣行を根拠に、ビデオソフトの頒布権について権利消尽の原則 の適用が排除されると解することはできない。 控訴人らは、著作権法26条の2第2項により譲渡権の消尽を認めた平成11年 の改正の過程で行われた著作権審議会における議論を引用する。しかしながら、著作権 法26条の2第1項は、映画の著作物についての頒布権には譲渡する権利が含まれるこ とから、譲渡権を規定する同条1項は映画の著作物に適用されないこととし、同条2項 において、権利消尽の原則を確認的に規定したものであって、同条1、2項の反対解釈 に立って映画の著作物の複製物について譲渡する権利の消尽が否定されると解するのは 相当でないというべきことは、前記最高裁判決の説示するところである。仮に、著作権 審議会において、ビデオソフトについての取引慣行に関して控訴人ら主張のような議論 がなされたことがあったとしても、そのことは、上記著作権法26条の2の解釈を左右 するものではないというべきである。 控訴人らの主張は、採用することができない。 3 擬似レンタル行為に該当するとの主張について 控訴人らは、本件各ビデオソフトについて、いわゆる擬似レンタル行為(著作権法 2条8項)に該当する行為が行われている、と主張する。しかしながら、本件各ビデオ ソフトについて、貸与と同様の使用の権限を取得させる行為があったことについては、 これを認めるに足りる主張、立証がない。 控訴人らの上記主張は、採用することができない。 第4 結論 以上によれば、控訴人らの請求をいずれも棄却した原判決は相当であるから、本件 控訴をいずれも棄却することとし、当審における訴訟費用の負担につき、民事訴訟法6 7条、61条、65条を適用して、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第6民事部 裁判長裁判官 山下 和明    裁判官 阿部 正幸    裁判官 高瀬 順久