・東京地判平成14年11月29日判時1807号33頁  日立製作所(再生用光ヘッド補償金請求)事件:第一審  本件は、CD用光ピックアップ等に用いられる光ディスクに関する本件各発明(本件 発明1〜3)につき、被告(株式会社日立製作所)の元従業員であった原告が、被告に 対し、本件各発明は被告在職中にした職務発明であり、被告に特許を受ける権利を承継 させたので、特許法35条3項に基づき、その相当の対価(内金)の支払等を求めてい る事案である。  なお、本件発明1は、日本以外に、米国、カナダ、イギリス、フランスにおいて、ま た本件発明2、3は、日本以外に、米国、ドイツ、イギリス、フランス、オランダにお いて特許権が成立している。本件発明について、被告は、フィリップス、ヤマハ株式会 社、船井電機株式会社、株式会社ケンウッド、ナカミチ、ソニー株式会社等との間でラ イセンス契約を締結している。  判決は、被告に対して相当の対価の支払いを命じる一方で、外国における特許を受け る権利については属地主義の原則から「それぞれの国の特許法を準拠法として定められ るべき」であり、「特許法35条は、我が国の特許を受ける権利にのみ適用され、外国 における特許を受ける権利に適用又は類推適用されることはない」としたうえで、外国 における特許を受ける権利についての特許法35条3項に基づく対価の請求については 棄却した。 (控訴審:東京高判平成16年1月29日) ■争 点 (1) 本件発明1について ア 特許法35条3項の「相当の対価」の額はいくらか イ 被告規定に基づく補償金請求権の有無 (2) 本件発明2、3について ア 特許法35条3項の「相当の対価」の額はいくらか イ 被告規定に基づく補償金請求権の有無 (3) 外国特許について  ア 外国特許について特許法35条3項が適用ないし類推適用されるかどうか  イ 外国特許の特許を受ける権利の有償移転による対価請求権の有無 ウ 外国特許について悪意の準占有者に対する果実収受請求権の有無 (4) 本件各発明に関する原告の対価請求権は時効により消滅したかどうか ■判 決 3 争点(3)について  まず、外国特許権に関する請求について判断する。 (1) 各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定めら れ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるという、いわゆる属地主義 の原則(最高裁判所平成9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁参照) に照らすと、我が国の職務発明に当たるような事案について、外国における特許を受け る権利が、使用者、従業員のいずれに帰属するか、帰属しない者に実施権等何らかの権 利が認められるか否か、使用者と従業員の間における特許を受ける権利の譲渡は認めら れるか、認められるとして、どのような要件の下で認められるか、対価の支払義務があ るか等については、それぞれの国の特許法を準拠法として定められるべきものであると いうことができる。  そうすると、特許法35条は、我が国の特許を受ける権利にのみ適用され、外国にお ける特許を受ける権利に適用又は類推適用されることはないというべきである。  したがって、本件請求のうち、外国における特許を受ける権利についての特許法35 条3項に基づく対価の請求は理由がない。 (2) 本件譲渡契約は、日本において、日本人である原告と日本法人である被告との 間で締結されたのであるから、法例7条1項又は2項により、本件譲渡契約のうち、外 国における特許を受ける権利の譲渡契約の成立及び効力の準拠法は、日本法であると認 められる。しかし、特許法35条が外国における特許を受ける権利に適用されるもので はないことは前示のとおりであって、譲渡契約の成立及び効力の準拠法によって定めら れるものではない。  原告は、職務発明に係る外国特許を受ける権利が企業に移転された場合、企業と従業 員との間では、物や権利の売買につき明示の合意はされたものの、売買代金につき明示 の合意がなかった場合に準じて処理されるべきであるから、裁判所において相当額を確 定すべきであると主張する。確かに、有償の譲渡契約がされた場合に、相当額(時価) で譲渡するとの合意が認められる場合には、裁判所において、相当額を確定して、その 支払を命じるということがあり得るが、本件譲渡契約がされた当時、原告と被告との間 で、相当額(時価)で譲渡するとの合意がされたものと認めるに足りる証拠はなく、そ うである以上、原告の上記主張を採用することはできない。  また、原告は、企業が従業員から不当な対価で職務発明に係る外国特許を受ける権利 を譲り受けたときは、公序良俗に違反し権利移転は無効となると主張するが、外国にお ける特許を受ける権利については、上記(1)のとおり、当該国の特許法によって規律され るのであるから、譲渡契約で相当額で譲渡するとの合意がされなかったとしても、直ち に、その契約が公序良俗に反して無効となることはないものというべきである。そして、 他に、本件譲渡契約が公序良俗に反して無効であるというべき事情は認められない。 (3) 以上のとおり、本件請求のうち、外国特許権に関する請求は理由がない。 4 争点(1)及び(2)について   (1) 原告の主位的主張等について  ア 原告は、特許法35条4項の「相当の対価」は特許を受ける権利の売買代金で あり、それは等価交換の原則から客観的な市場価値を指し、そのように解しなければ憲 法14条1項に反するものと主張し、証拠(甲249)にも同旨の意見が存する。  しかし、特許法35条1項によると、従業者の職務発明について使用者は無償の通常 実施権を取得するのであるから、特許を受ける権利の譲渡によって得られる利益は、発 明を排他的に独占することによって得られる利益である。また、従業者の職務発明につ いて使用者が無償の通常実施権を取得するのは、使用者が、その発明について、貢献す ることがあるためであるが、その貢献にもいろいろな程度のものがあるから、無償の通 常実施権とは必ずしも対価関係に立つものではなく、無償の通常実施権の取得を上回る 貢献があり得るのであり、このような貢献による価値は使用者に帰属すべきものである。 したがって、使用者が従業員から特許を受ける権利の譲渡を受けた場合の「相当の対価」 の額は、発明を排他的に独占することによって得られる利益に、上記の使用者の発明に 対する貢献を考慮した額となるというべきであり、特許法35条4項が、同条3項の対 価の額は、発明により使用者が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用 者が貢献した程度を考慮して定めなければならないと規定しているのは、このような趣 旨によるものであると解される。そうすると、使用者が従業員から特許を受ける権利の 譲渡を受けた場合の「相当の対価」の額が客観的な市場価値と異なることは明らかであ って、このように解しても憲法14条1項に反するものではない。 イ 原告は、「相当の対価」の算定に当たって使用者の貢献を考慮すべきではなく、 仮に考慮するとしても、無償の通常実施権の経済的価値を超える場合に限られるものと 主張する。 しかし、上記アで述べたとおり、「相当の対価」の算定に当たって使用者の貢献を考 慮すべきでないということはできない。また、考慮するとしても、通常実施権の経済的 価値を超える場合に限られるという主張は、特許を受ける権利の譲渡によって得られる 利益は、発明を排他的に独占することによって得られる利益であると解した場合には、 既に無償の通常実施権を有することを考慮しているのであるから、使用者の貢献を考慮 するに当たっては、そのことを考えなければならないという限度では正当であるが、そ うであるとしても、上記アで述べたとおり、使用者の貢献を考慮することができないと いうことにはならないのであり、使用者が無償の通常実施権を有することを考慮してい ることを前提として使用者の貢献を考慮すれば足りるということができる。 《以下略》