・名古屋地判平成15年2月7日  社交ダンス教室事件  本件は、原告(日本音楽著作権協会)が、社交ダンス教授所(社交ダンス教室)を経 営する被告らに対し、被告らによる著作物の無許諾使用行為を理由として、著作権法1 12条に基づき、原告らが管理する音楽著作物の使用差止め(同条1項)と録音物再生 装置等の撤去(同条2項)等を求めた事案である。  判決は、「音楽著作物の再生は、組織的、継続的に行われるものであるから、社会通 念上、不特定かつ多数の者に対するもの、すなわち、公衆に対するものと評価するのが 相当である」、「本件各施設における音楽著作物の利用が営利を目的としないものであ るとか、上記受講料がその対価としての料金には当たらないとの被告らの主張は採用で きない」「被告らの経営する社交ダンス教授所は営利を目的としたものであること、社 交ダンス教授所における社交ダンスの指導・教授に音楽の演奏は不可欠であり、音楽を 演奏しないダンス指導のみを行っていては当該社交ダンス教授所の営業が成り立たない こと、その営業の性格上、頻繁に音楽著作物が演奏されること、以上は前記判断のとお りであるから、これらを総合すれば、本件各施設のような社交ダンス教授所は、法施行 令附則3条2号の「フロアにおいて客にダンスをさせる営業」に当たると解するのが相 当である。」などとして、差止および損害賠償の請求を認容した。 ■争 点 (1) 被告らの行為は原告の演奏権を侵害するか。 ア 被告らによるCD等の再生は、公衆に対する演奏(法22条)に当たるか。 イ 被告らによるCD等の再生は、非営利の演奏(法38条)といえるか。 ウ 被告らによるCD等の再生は、著作物の公正な利用に当たり、原告の請求は権利 濫用といえるか。 (2) 原告が、被告らに対し、原告の使用料規程等に基づいて著作物の使用料を請求する ことは、権利濫用に当たるか。 (3) 被告らによるCD等の再生は、平成11年法律第77号による改正前の法附則14 条の適用対象となるか。 (4) 原告の損害(又は損失)の有無及びその額 (5) 被告Dの損害賠償責任の有無 (6) 原告の被告らに対する損害賠償請求権等についての消滅時効の成否 (7) 本件物件は、「専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具」に当たるか(撤去請 求の可否)。 ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)ア(公衆演奏の該当性)について 著作権者は、その著作物を公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(「公に」) 演奏する権利を専有しており(法22条)、「演奏」には、生の演奏だけでなく、著作 物が録音されたものを再生することを含むとされている(同法2条7項)ところ、前記 前提事実(2)のとおり、被告らは、本件各施設において、ダンス教師が受講生に対し社交 ダンスを教授するに当たり、管理著作物を含む音楽著作物を録音したCD等を再生する 方法により演奏していることは当事者間に争いがない。 しかるところ、原告は、前記のとおり、受講生に対し社交ダンスを教授するに際し て管理著作物等を再生する行為は、「公に」演奏する行為に当たると主張するのに対し、 被告らは、上記再生行為は、特定かつ少数の者に対するものであると主張して、「公に」 演奏する行為であることを否定するので、まず、この点について検討する。 一般に、「公衆」とは、不特定の社会一般の人々の意味に用いられるが、法は、同 法における「公衆」には、「特定かつ多数の者」が含まれる旨特に規定している(同法 2条5項)。法がこのような形で公衆概念の内容を明らかにし、著作物の演奏権の及ぶ 範囲を規律するのは、著作物が不特定一般の者のために用いられる場合はもちろんのこ と、多数の者のために用いられる場合にも、著作物の利用価値が大きいことを意味する から、それに見合った対価を権利者に環流させる方策を採るべきとの判断によるものと 考えられる。かかる法の趣旨に照らすならば、著作物の公衆に対する使用行為に当たる か否かは、著作物の種類・性質や利用態様を前提として、著作権者の権利を及ぼすこと が社会通念上適切か否かという観点をも勘案して判断するのが相当である(このような 判断の結果、著作権者の権利を及ぼすべきでないとされた場合に、当該使用行為は「特 定かつ少数の者」に対するものであると評価されることになる。)。 これを本件についてみるに、被告らによる音楽著作物の再生は、本件各施設におい てダンス教師が受講生に対して社交ダンスを教授するに当たってなされるものであるこ とは前記のとおりであり、かつ、社交ダンスはダンス楽曲に合わせて行うものであり、 その練習ないし指導に当たって、ダンス楽曲の演奏が欠かすことができないものである ことは被告らの自認するところである。そして、証拠(甲5の1ないし7)によれば、 被告らは、格別の条件を設定することなく、その経営するダンス教授所の受講生を募集 していること、受講を希望する者は、所定の入会金を支払えば誰でもダンス教授所の受 講生の資格を得ることができること、受講生は、あらかじめ固定された時間帯にレッス ンを受けるのではなく、事前に受講料に相当するチケットを購入し、レッスン時間とレ ッスン形態に応じた必要枚数を使用することによって、営業時間中は予約さえ取れれば いつでもレッスンを受けられること、レッスン形態は、受講生の希望に従い、マンツー マン形式による個人教授か集団教授(グループレッスン)かを選択できること、以上の 事実が認められ、これによれば、本件各施設におけるダンス教授所の経営主体である被 告らは、ダンス教師の人数及び本件各施設の規模という人的、物的条件が許容する限り、 何らの資格や関係を有しない顧客を受講生として迎え入れることができ、このような受 講生に対する社交ダンス指導に不可欠な音楽著作物の再生は、組織的、継続的に行われ るものであるから、社会通念上、不特定かつ多数の者に対するもの、すなわち、公衆に 対するものと評価するのが相当である。 この点につき、被告らは、@本件各施設におけるCD等の再生は、被告らとダンス 指導受講の契約を結んだ特定の生徒に対し、ダンス技術の指導に伴ってなされるもので あり、両者の間には密接な人的結合関係に依存した継続的な関係が存することに照らせ ば、本件各施設におけるCD等の再生は特定の者に対してなされるものであること、A 被告らのダンス指導は個人レッスンを基本としているところ、その生徒数は数名、多く とも10名程度であるから、多数の者に対する演奏ともいえないこと、などを理由に、 公衆に対するものではないと主張する。 なるほど、証拠(乙10の1ないし7、12、18ないし33)によれば、顧客で ある受講生らと被告らとの間にダンス指導受講を目的とする契約が締結されていること、 この契約は、通常、1回の給付で終了するものではなく、ある程度の期間、継続するこ とが予定されていること、本件各施設において、一度にレッスンを受けられる受講生の 数に限りがあること、本件各施設におけるダンス教授が個人教授の形態を基本としてい ること、以上の事実は否定できない。しかしながら、受講生が公衆に該当するか否かは、 前記のような観点から合目的的に判断されるべきものであって、音楽著作物の利用主体 とその利用行為を受ける者との間に契約ないし特別な関係が存することや、著作物利用 の一時点における実際の対象者が少数であることは、必ずしも公衆であることを否定す るものではないと解される上、@上記認定のとおり、入会金さえ支払えば誰でも本件各 施設におけるダンス教授所の受講生資格を取得することができ、入会の申込みと同時に レッスンを受けることも可能であること、A一度のレッスンにおける受講生数の制約は、 ダンス教授そのものに内在する要因によるものではなく、当該施設における受講生の総 数、施設の面積、指導者の数、指導の形態(個人教授か集団教授か)、指導日数等の経 営形態・規模によって左右され、これらの要素いかんによっては、一度に数十名の受講 生を対象としてレッスンを行うことも可能と考えられることなどを考慮すると、受講生 である顧客は不特定多数の者であり、同所における音楽著作物の演奏は公衆に対するも のと評価できるとの前記判断を覆すものではないというべきである。 2 争点(1)イ(演奏の非営利性)について 被告らは、本件各施設における音楽著作物の再生は、営利性を欠くと主張するとこ ろ、法は、公表された著作物につき、@営利を目的とせず、A聴衆等から料金を受けな い場合には、著作権に服することなく公に演奏等を行うことができる旨規定する(法3 8条1項)。これは、公の演奏等が非営利かつ無料で行われるのであれば、通常大規模 なものではなく、また頻繁に行われることもないから、著作権者に大きな不利益を与え ないと考えられたためである。このような立法趣旨にかんがみれば、著作権者の許諾な くして著作物を利用することが許されるのは、当該利用行為が直接的にも間接的にも営 利に結びつくものではなく、かつ聴衆等から名目のいかんを問わず、当該著作物の提供 の対価を受けないことを要すると解すべきである。 しかるところ、被告らが、本件各施設におけるダンス教授所において、受講生の資 格を得るための入会金とダンス教授に対する受講料に相当するチケット代を徴収してい ることは前記のとおりであり、これらはダンス教授所の存続等の資金として使用されて いると考えられるところ、ダンス教授に当たって音楽著作物の演奏は不可欠であるから、 上記入会金及び受講料は、ダンス教授と不可分の関係にある音楽著作物の演奏に対する 対価としての性質をも有するというべきである。 この点につき、被告らは、@社交ダンスは一つの芸術ないしスポーツであり、社交 ダンス教授所はその教育という公益目的に従事するものであって、受講生から得た受講 料はダンス教師の技術の向上や本件各施設の運営費用に振り向けられているから、営利 を目的としたものではないこと、A受講料はダンス指導の対価であって、音楽著作物の 演奏に対する対価ではないから、受講料は法38条1項の「料金」に当たらないこと、 などを理由に、本件各施設における管理著作物の再生は、営利を目的としない利用とし て原告の著作権が及ばない旨主張する。 しかしながら、社交ダンスが一つの芸術ないしスポーツの側面を有していることは 承認できる(乙1ないし3、8)としても、スポーツ等が営利目的と併存し得ることは、 プロ野球やプロサッカーの例を挙げるまでもなく、疑いを容れる余地がないし、被告ら が主張するように、受講料がダンス教師の技術の向上や本件各施設の運営費用に振り向 けられれば、本件各施設の人的物的施設が維持改善されて同施設の競争力が高まり、更 に受講生の獲得、受講料収入の増加につながるという循環を生み出すことが考えられる から、これらだけではダンス教授所が営利を目的としないとはいえない。かえって、前 記認定のとおり、本件各施設におけるダンス教授所は、入会金と受講料を定め、受講生 から徴収しているが、これらは教授所を維持するのに最低限必要な経費から割り出され たものではなく、受講生が増加すれば増加するほどその経営者の取得する所得が増加す る関係にあり、現に、証拠(甲5の1及び5ないし7)によれば、被告株式会社B、被 告H、被告I、被告J、被告Kの経営に係るダンス教授所においては、受講勧誘文言を 記載した入会案内書を作成、配布している事実が認められるから、これらを総合すれば、 被告らの経営するダンス教授所が営利の目的を有しないものであるとは到底認めること はできない。そして、前記のとおり、社交ダンスの教授に際して音楽著作物を演奏する ことは必要不可欠であり、音楽著作物の演奏を伴わないダンス指導しか行わない社交ダ ンス教授所が受講生を獲得することはおよそ困難であって、そのような社交ダンス教授 所が施設を維持運営できないことは明らかであるから、結局、本件各施設における音楽 著作物の利用が営利を目的としないものであるとか、上記受講料がその対価としての料 金には当たらないとの被告らの主張は採用できない。 《中 略》  これを本件についてみるに、被告らの経営する社交ダンス教授所は営利を目的とした ものであること、社交ダンス教授所における社交ダンスの指導・教授に音楽の演奏は不 可欠であり、音楽を演奏しないダンス指導のみを行っていては当該社交ダンス教授所の 営業が成り立たないこと、その営業の性格上、頻繁に音楽著作物が演奏されること、以 上は前記判断のとおりであるから、これらを総合すれば、本件各施設のような社交ダン ス教授所は、法施行令附則3条2号の「フロアにおいて客にダンスをさせる営業」に当 たると解するのが相当である。