・東京地判平成15年2月28日  「ナクソス島のアリアドネ」事件:第一審  原告(ブージー・アンド・ホークス・ミュージック・パブリッシャーズ・リミテッド) は音楽出版社として著作権の管理を行っているイギリス法人である。被告(日独楽友協 会)は、平成3年に結成され、メンバーである演奏家及び指揮者による演奏会、指揮者 及び指導者の養成、演奏指導などを行っている権利能力なき社団である。  被告は、平成14年6月29日、新国立劇場中劇場において、リヒャルト・シュトラ ウス(1949年死亡)作曲の歌劇「ナクソス島のアリアドネ」を上演したところ、被 告は、本公演に際し、原告から著作権の使用許諾を得なかったとして、本件楽曲の著作 権を有すると主張する原告が、被告に対し、本件楽曲の上演権及びパート譜の複製権に 基づき損害賠償を求めた事案である。  判決は、契約書における「「ubertragen」という語は、「譲渡する」ではなく「委任 する」という意味に理解するのが相当である」などとしたうえで、「このような契約は、 譲渡契約ではなく管理委託契約というほかないからである」とし、「本件楽曲について は、昭和16年(1941年)12月7日の時点において、連合国民が著作権者であっ たとは認められないから、原告の戦時加算の主張は認められない。したがって、本件楽 曲については、既に著作権の保護期間を経過したものと認められる」として、請求を棄 却した。 (控訴審:東京高判平成15年6月19日) ■争 点 (1) 本件楽曲の著作権の保護期間は満了しているか。 (2) 損害の発生及び額 ■判決文 第4 当裁判所の判断 1 争点1について  (1) 日本国との平和条約15条C項で、日本国が、連合国及びその国民の著作物に 関して第二次世界大戦中の著作権を承認し、その戦時加算義務を認めたことを受けて、 連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律4条1項は、昭和16年12月7日の 時点で連合国及び連合国民が有していた著作権については、昭和16年12月8日から 日本国と当該連合国との間に日本国との平和条約が効力を生じる日の前日までの期間を 保護期間に加算する旨定めている。これは、文学的及び美術的著作物の保護に関するベ ルヌ条約パリ改正条約20条で規定された、同条約が許与する権利よりも広い権利を著 作者に与える同盟国相互間の特別の取極めである。  この戦時加算が認められるためには、昭和16年(1941年)12月7日の時 点において、連合国又は連合国民が著作権者でなければならず、単に連合国又は連合国 民が著作権の管理を委託されていたに過ぎない場合は含まれないものと解される。なぜ ならば、日本国との平和条約15条C項が「連合国及びその国民の著作物」を保護する ものとしており、連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律4条1項は、昭和1 6年12月7日の時点で連合国及び連合国民が「有していた」著作権について保護する ものとしていることからすると、文言上、昭和16年12月7日の時点において、連合 国又は連合国民が著作権者でなければならないことは明らかであるうえ、この戦時加算 は、戦時中に日本国内で連合国又は連合国民が有していた著作権が実質的に保護されな かったことから定められたものであるところ、連合国又は連合国民以外の者が著作権者 であった場合には、他に単に著作権の管理を委託されたに過ぎない者がいたとしても、 戦時中に日本国内において著作権を行使することが可能であったのであるから、戦時加 算を認める理由がないからである。 (2) そこで、まず、本件楽曲について、昭和16年(1941年)12月7日の時 点において、連合国民が著作権者であったかどうかについて検討する。 ア リヒャルト・シュトラウスとアドルフ・フュルストナー社の1912年2月2 9日付けの契約書(甲10)には、次のような記載がある。 第1条 シュトラウス氏は、さらに、アドルフ・フュルストナー社に対し、「ナ クソス島のアリアドネ」及び「町人貴族」用に作曲される音楽の、独占的かつ無制限の 複製・頒布を委ねる。 第7条 この作品の上演権は、音楽の面からも、台本の面からも全面的に、なお かつ、あらゆる国々、あらゆる言語において、シュトラウス氏が留保する。 第8条 シュトラウス氏は、前記作品の販売と上演権の管理を、作品全体かその 一部かにかかわらず、それが法的保護を受ける期間において、また本契約9条で別段の 定めがない限り、アドルフ・フュルストナー社に対し、「ubertragt」する。これに基づ き、アドルフ・フュルストナー社は、シュトラウス氏の名前で劇場と上演権につき交渉 し、上演権に関する諸契約を締結し、上演権の対価をシュトラウス氏に代わって取り立 てなければならない。シュトラウス氏は、このために、アドルフ・フュルストナー社に 対し、特別の代理権を与える。シュトラウス氏又は彼の相続人は、全体及び一部につい て、また、場合によってはその都度、上演権を譲渡し、また管理する権利を留保されて いる。しかし、同人らは、上演権を管理する権利の全部であれ一部であれ、他の音楽出 版社又は第三者に譲渡することはできない。 イ 第8条に記載されている「ubertragen」という語は、ドイツ語では、「譲渡す る」という意味と「委任する」という意味がある(甲14)。しかし、上記のとおり、 同契約書において、リヒャルト・シュトラウスは上演権を自分に留保していること(7 条)、リヒャルト・シュトラウスは、アドルフ・フュルストナー社に対して、リヒャル ト・シュトラウスの名前で上演権に関する契約を締結する権限を与えているが、アドル フ・フュルストナー社は、上演権の対価をリヒャルト・シュトラウスに代わって取り立 てなければならないとされており、リヒャルト・シュトラウスは、このために、アドル フ・フュルストナー社に代理権を与えるとしていること(8条)、リヒャルト・シュト ラウスに上演権の譲渡権及び管理権が留保されていること(8条)からすると、「uber tragen」という語は、「譲渡する」ではなく「委任する」という意味に理解するのが相 当である。なぜならば、上演権がアドルフ・フュルストナー社に譲渡されたのであれば、 アドルフ・フュルストナー社は、当然に自ら上演権に関する契約を締結できるはずであ って、上演権の対価をリヒャルト・シュトラウスに「代わって」取り立てたり、リヒャ ルト・シュトラウスから「代理権」を与えられたりすることはないはずであるし、リヒ ャルト・シュトラウスが自己に上演権(上演権の譲渡権及び管理権)を留保していると いうこともないはずであるから、このような契約は、譲渡契約ではなく管理委託契約と いうほかないからである。 《中 略》   エ 上記ア及びイ認定のリヒャルト・シュトラウスとアドルフ・フュルストナー社 の1912年2月29日付けの契約書の記載に加え、その後もアドルフ・フュルストナ ー社の有する権利の承継者に対してリヒャルト・シュトラウスが承継の同意と契約条件 の確認を行ってきたこと等上記ウ認定の事実からすると、本件楽曲の著作権は、リヒャ ルト・シュトラウス及びその相続人が有しており、アドルフ・フュルストナー社、A、 フュルストナー・リミテッド及び原告は、いずれも、リヒャルト・シュトラウスからの 委託により、著作権の管理を行っていたに過ぎないものと認められ、リヒャルト・シュ トラウス及びその相続人には、上演権や上演権を管理する権限が留保されているから、 自ら権利行使することは可能であったものと認められる。