・東京地判平成15年4月23日  角川映画事件  本件は、原告(角川春樹)が、被告(株式会社角川書店)に対して、「角川映画」と 銘打って昭和51年ころから平成5年ころまでの間に製作され、それぞれ映画館におい て上映された「時をかける少女」「里見八犬伝」など59本にのぼる本件各映画の著作 権(一部については少なくともその共有持分権)を有することの確認を求めた事案であ る。  原告は、昭和50年から平成5年まで被告の代表取締役であった。また、原告は、昭 和51年に株式会社角川春樹事務所(春樹事務所)の代表取締役を兼務していたが、平 成元年に、被告が春樹事務所を吸収合併し、その権利義務をすべて承継した(なお現在、 これらとは別に「株式会社角川春樹事務所」という商号の会社が存在する)。  判決は、「映画製作者とは、自己の危険と責任において映画を製作する者を指すとい うべきである」「自己の危険と責任において製作する主体を判断するためには、これら の活動を実施する際に締結された契約により生じた、法律上の権利、義務の主体が誰で あるかを基準として判断すべきことになる」としたうえで、「法律上の権利、義務の主 体、すなわち、法的な観点からの危険と責任の主体は、原告ではなく、春樹事務所又は 被告というべきである」として、「本件各映画については、春樹事務所又は被告が映画 製作者に該当するから、本件各映画の著作権は、春樹事務所又は被告が取得したことに なる。本件各映画の著作権は、被告に帰属する」として、原告の請求を棄却した。 ■争 点 (1) 原告は、本件各映画の制作、監督等を担当して、その映画の全体的形成に創作的に寄 与した者か(著作権法16条)。 (2) 原告は、本件各映画についての映画製作者か(著作権法29条1項)。 ■判決文  法2条1項10号は、映画製作者について、「映画の製作について発意と責任を有する 者」と規定している。すなわち、映画製作者とは、自己の危険と責任において映画を製作 する者を指すというべきである。映画の製作は、企画、資金調達、制作、スタッフ及びキ ャスト等の雇い入れ、スケジュール管理、プロモーションや宣伝活動、並びに配給等の複 合的な活動から構成され、映画を製作しようとする者は、映画製作のために様々な契約を 締結する必要が生じ、その契約により、多様な法律上の権利を取得し、又、法律上の義務 を負担する。したがって、自己の危険と責任において製作する主体を判断するためには、 これらの活動を実施する際に締結された契約により生じた、法律上の権利、義務の主体が 誰であるかを基準として判断すべきことになる。  そして、上記の判断基準に照らすと、当裁判所は、以下の(ア)ないし(ウ)のとおり、本 件各映画のすべてについて、その映画製作者は春樹事務所又は被告であると認定するのが 相当であると判断した。確かに、証拠(甲6、乙1ないし59)並びに弁論の全趣旨によ れば、原告は、本件各映画の製作に携わったことが認められるけれども、その際に関係者 と締結された契約における当事者は、前記(1)及び後記(ウ)のとおり、すべて春樹事務所又 は被告であるから、そうである以上、法律上の権利、義務の主体、すなわち、法的な観点 からの危険と責任の主体は、原告ではなく、春樹事務所又は被告というべきである。  (ア) 本件映画1ないし44、46ないし57、59については、春樹事務所又は被告 は、上記各映画の配給をした配給会社との間で、同配給会社に対し、上記各映画を一定の 期限までに完成する債務を負担し、上記各映画の配給を許諾し、上記各配給会社と上記各 映画の配給収入を一定の割合により分配することを内容とする契約を締結し、上記各契約 の各債務はいずれも履行され、これにより、上記各映画が上映されるに至ったのであるか ら、上記各映画の製作に発意と責任を有していた者が春樹事務所又は被告であったことは 明らかである。  (イ) 本件映画58については、被告は、KADOKAWA U.S.との間で、KADOKAWA U.S.が、 被告の指図に従い本件映画58を制作し、完成し、被告に引き渡すこと、被告がKADOKAWA U.S.に対し、本件映画58の制作料を支払うこと、本件映画58の著作権は被告が有する ことを確認すること、被告は、KADOKAWA U.S.に対し、本件映画58の配給を許諾すること、 本件映画58の配給収入は被告が受領すること等を内容とする契約を締結し、上記契約の 各債務はいずれも履行され、これにより本件映画58は劇場で上映されるに至ったのであ るから、本件映画58の製作に発意と責任を有していた者が被告であったことは明らかで ある。  (ウ) 本件映画45については、春樹事務所又は被告と、配給会社、監督、脚本家との 間の契約書が存在しない。しかし、@本件映画45について、春樹事務所が、契約主体と なって、原作に関する映画化権及び上映権等を取得していること、A上記のとおり、本件 映画1ないし44、46ないし59は、春樹事務所又は被告が製作者となって、昭和51 年ころから平成5年ころまでの間に製作され、「角川映画」として劇場上映されており、 本件映画45についても、上記期間の間に「角川映画」として劇場上映されていたこと等 の事実に照らすならば、映画の製作や利益分配等に関する配給会社、監督、脚本家等との 契約内容は、本件映画45の場合もその余の本件映画の場合とほぼ同様であったと推認さ れる。そうすると、本件映画45についても、その製作に発意と責任を有していた者は春 樹事務所であり、その映画製作者は春樹事務所であったというべきである。  この点について、原告は、春樹事務所の法人格は形骸化しており、春樹事務所は原告と 同一である旨主張する。しかし、本件全証拠によっても、上記事実を認めるに足りない (前記(1)のとおり、本件映画27の監督の役務の提供についての契約は、春樹事務所と原 告とで締結しており、このことからも原告の上記主張が失当であることは明らかである。)。  その他、原告は、原告が本件各映画の製作者であることについて縷々主張するが、前記 認定に照らし、いずれも理由がない。  イ 次に、前記認定した本件各映画の製作の経緯からすると、本件各映画の著作者は、 春樹事務所又は被告に対して、本件各映画の製作に参加することを約束していたものと認 められ、本件証拠中、これに反する証拠はない。  ウ 以上のとおり、本件各映画については、春樹事務所又は被告が映画製作者に該当す るから、本件各映画の著作権は、春樹事務所又は被告が取得したことになる。本件各映画 の著作権は、被告に帰属する(前記争いのない事実で判示したように、被告は春樹事務所 の権利義務をすべて承継した。)。なお、著作権法29条の規定により、被告らが著作権 者であると認められる以上、同法16条についての判断は必要がない。  2 よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がな いから、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第29部 裁判長裁判官 飯村 敏明    裁判官 榎戸 道也    裁判官 佐野 信