・東京地判平成15年7月11日  レターセットのイラスト事件  原告(株式会社ジー・シー)は、絵柄を付した便箋・封筒等を製造・販売しているとこ ろ、被告会社(株式会社学研トイホビー)が製造販売する便箋・封筒等が、その著作権を 侵害するものであるとして(また不正競争防止法2条1項3号の不正競争に該当するとし て)、被告会社および被告A(原告の元従業員)に対して損害賠償を請求した事件。  判決は、著作物性を肯定したものの、類似性を否定するなどして、原告の請求を棄却し た。 ■争 点 (1) 原告主張に係る著作権侵害の成否(争点1)。  ア 原告著作物の著作物性(争点1ア)。  イ 原告著作物の著作権の帰属(争点1イ)。  ウ 原告著作物と被告著作物の類否(争点1ウ)。 (2) 原告主張に係る不正競争防止法2条1項3号所定の不正競争行為の成否(争点2)。 (3) 原告主張に係る不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為の成否(争点3)。 (4) 原告の損害額(争点4)。 ■判決文 第4 当裁判所の判断  1 争点1ア(原告著作物の著作物性)について  著作権法2条の規定や意匠法等の工業所有権制度の存在に照らせば、実用に供され、あ るいは産業上利用されることが予定されている図案やひな形など、いわゆる応用美術の領 域に属するものについては、著作権法上の著作物として同法による保護の対象となるもの の範囲が問題となる。しかし、ポスター、絵はがき、カレンダー等の商品の分野において は、当該商品の需要者は、専らこれらの商品に付された絵柄等を美術的な感情を満足させ るために鑑賞することを目的として商品を購入し、使用するものであり、このような点か ら、既存の著名な美術作品である絵画や写真の複製物を用いて商品を製作することが、従 来から広く一般的に行われている。このような点に照らせば、その複製物をこれらの分野 の商品の絵柄等として用いることを予め想定して作成される作品であっても、当該作品が 独立して美的鑑賞の対象となり得る程度の美的創作性を備えている場合には、著作権法上 の著作物として同法による保護の対象となり得るものと解するのが相当である。  本件において、原告著作物は、いずれも、便箋、封筒、カレンダー等の絵柄として用い ることを予め想定して作成されたものであるが、これらは、いずれも原告会社のデザイナ ーによって通常の絵画と同様の方法によって作成されたものであり、その具体的な表現内 容を見ても、@水面に模した淡い緑色の背景に、デフォルメして形を単純化した赤い金魚 と、水草に模した緑色の円を配置したもの(原告著作物(1)、(2))、A切ったスイカ、食 べかけのスイカ及び食べ終わった後の皮と種を一列に配したもの(同(3))、Bいずれもや や写実的に描いた、蓮の葉や蓮の花、蓮の葉の上の蛙及び赤色ないし黒色の金魚を配置し たもの(同(4))、C黒地(同(5)の1)あるいは白地に近い淡い黄色(同(5)の2、3、 (6))の背景に、上から下に垂れ下がるように緩やかに湾曲した複数の曲線と、その先に散 りばめた円形ないし星形の点を配置して、夏の夜空に花火が広がる様子を描いもの、D鏡 餅の右側に、愛嬌のある丸みを帯びた形にデフォルメし、エプロンをかけさせた犬を左向 きに配置し(同(7)の1)、あるいは、リボンをかけた贈り物の箱の右側に、上記同様のデ フォルメを施し、箱を結ぶリボンの端をくわえた犬を正面向きに配置したもの(同(7)の2) 、E顔、耳、足先及び尻尾が黒く、その他は灰色系の色をした、顔を正面に向けて座るシ ャム猫を描いた(同(8))ものであって、いずれも、素材の選択・配置、配色、具体的な表 現方法等において、独立して美的鑑賞の対象となり得る美的創作性を備えたものと認めら れる。  上記によれば、原告著作物は、いずれも、著作権法上の著作物(同法2条1項1号)と して、同法による保護の対象になるものというべきである。 2 争点1イ(原告著作物の著作権の帰属)について  証拠(甲17、18、22の1ないし3、23)及び弁論の全趣旨によれば、原告著作 物は、いずれも、原告会社の従業員であるデザイナーらによってその職務上作成されたも のであり、いわゆる職務著作としてその著作権は原告に帰属するものと認められる。 3 争点1ウ(原告著作物と被告著作物の類否)について 《中 略》 4 争点1(著作権侵害の成否)に関するまとめ  上記3によれば、被告著作物は、いずれも、対応する原告著作物に類似するものではな いから、著作権侵害をいう原告の主張は、理由がない。 5 争点2(不正競争防止法2条1項3号所定の不正競争行為の成否)について  原告は、原告著作物を付した原告商品のうち、原告商品(1)、(2)、(7)の1、2につき、 これらにそれぞれ対応する被告商品(1)の1、2、(2)の1ないし4、(7)の1、2は、いず れも上記原告商品の形態を模倣したものであるとして、不正競争防止法2条1項3号所定 の不正競争行為の成立を主張している。  原告は、原告商品の絵柄をもって不正競争防止法2条1項3号にいう「商品の形態」と 主張しているものと解されるが、一般的に、著作物の複製物ないしこれを付したものを商 品として販売する場合にあっては、当該複製物に該当する部分については、専ら著作権法 上の規定による著作権者の権利保護に委ねられているものであって、これらの部分が不正 競争防止法2条1項3号所定の「商品の形態」として同法の保護の対象となるものではな い。  また、この点をさておいても、前記3において認定したところによれば、上記の各被告 商品は、いずれも、これと対応するものとして原告が主張する上記各原告商品に類似する ものとは認められない。したがって、上記の各被告商品が原告主張に係る対応の各原告商 品の形態を、それぞれ模倣したものということはできない。  上記によれば、不正競争防止法2条1項3号所定の不正競争行為の成立をいう原告の主 張は、理由がない。 6 争点3(不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為の成否)について  原告は、被告A及び訴外Bは、原告会社に在職中、原告著作物及び原告商品の製作に社 員デザイナーとして関与し、原告商品の製作過程や、その時々の売れ筋デザインが何なの かを知り得る立場にあったところ、このような情報は、競業他社が多い業界では厳重に管 理されているから、原告の営業秘密に属する事柄であって、被告A及び訴外Bは、被告学 研トイホビーの委託を受けて被告商品のデザインを作成するに際し、この営業秘密を開示 使用し、被告学研トイホビーは不正の利益を得る目的でこれを使用したから、被告らにつ き、不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為が成立すると主張する。  しかしながら、原告著作物はいずれも原告会社の従業員であるデザイナーらにより通常 の絵画と同様の方法によって作成されたものであり、証拠上、原告商品の製作過程におい て、不正競争防止法上の「営業秘密」(同法2条4項)として保護に値する工程が具体的 に存在するとは認められない。また、いわゆる売れ筋のデザインは、被告らが指摘すると おり、同業者もしくは調査会社の市場調査によって容易に調査できるものである上に、こ のような情報が、原告会社において、不正競争防止法上の秘密管理性の要件(同法2条4 項)を充たす態様で管理されていたと認めることもできない。  上記によれば、原告主張に係る営業秘密は、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当す るものとは認められないから、不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為の成立を いう原告の主張は、理由がない。なお、被告学研トイホビーの行為に対する関係では、同 被告の行為につき同項7号所定の不正競争行為の成立をいう原告の主張はそれ自体失当で あり、同被告の行為については、本来、同項8号の適用を主張すべきものであるが、上記 に判示したところに照らせば、同被告の行為について同項8号の不正競争行為が成立する と認めることもできない。  7 結論  以上によれば、本訴において原告が主張するところはいずれも採用することができず、 原告の被告らに対する請求は、いずれも理由がない。  よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 三村 量一    裁判官 青木 孝之    裁判官 吉川 泉