・東京地判平成15年7月17日  2ちゃんねる・DHC事件  本件は、化粧品製造販売会社(ディーエイチシー)およびその代表取締役である原告ら が、被告(西村博之)の管理運営するインターネット上の電子掲示板「2ちゃんねる」に おける「化粧」との表題の掲示板内の「私がDHCを辞めた訳」「DHCの苦情!」およ び「DHCの秘密」と題する各スレッドにおいて、平成13年3月12日から同年7月7 日までの間に、DHC社長の女性に関する性癖や性的な言動を指摘するなど、その社会的 評価を低下させる内容の発言が書き込まれたにもかかわらず、被告においてそれらの発言 を削除することなく、これらを放置したことにより名誉や信用を毀損されたと主張して、 被告に対し、民法709条および710条に基づき、それぞれ損害賠償を求めるとともに、 民法723条または人格権としての名誉権に基づき、本件ホームページ上の発言の削除を 求める事案である。  判決は、「被告は、本件ホームページにおいて他人の名誉や信用を毀損する発言が書き 込まれたことを知り、又は、知り得た場合には、直ちに当該発言を削除すべき条理上の義 務を負っているものというべきである」としたうえで、計400万円(原告会社に着き3 00万円、原告Aにつき100万円)の支払いを命じた。削除請求については、すでに削 除済みとして棄却した。  なお、当事者を同じくする訴訟として、東京地判平成15年9月3日〔メルマガDHC 名誉毀損事件〕がある(2ちゃんねる管理人・西村博之氏が配信したメールマガジンで、 DHCは2002年4月、自社が製造する健康食品に国内では使用が禁じられている酸化 防止剤が混入した疑いがあると公表し、製品を回収した点に付き、メールマガジンで、酸 化防止剤が「枯れ葉剤」だと指摘したことが名誉毀損に当たるとして、700万円の支払 いを命じた事例)。 ■判決文 (2) 削除義務の存否 ア 前判示第2の1の(1)イの事実に加え、証拠(甲第61、第62号証、第69、第70 号証、乙第1、第2号証、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件ホームペ ージの管理運営者としてそのシステムを全般にわたり統御していて、本件ホームページ上 における削除の最終責任は自己が負う旨を明言しており、発言の削除を実際に担当する削 除人を選任するほか、一定の類型の発言については削除人の判断ではなく、自己の裁定に 基づいて削除するものとしており、本件ホームページに書き込まれた発言を削除すること が可能な立場にあるものと認められ、本件ホームページ上に他人の名誉や信用を毀損する ような発言が書き込まれた場合には、これを削除することによって、他の利用者の目に触 れないようにして、完全ではないものの、被害の拡大を防ぐことができる立場にあったと いうことができる。 イ 次に、証拠(乙第1号証、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、本件削除 システムによらない削除の申入れを一切受けつけておらず、本件ホームページ上で名誉や 信用を毀損する発言の対象となった者は、その発言を自ら削除することはできず、本件削 除システムに基づいて削除依頼をした上で、削除人の行動を待つほかないことが認められ る。  そして、前判示第2の1の(2)エのとおり、本件削除システムにおいては、削除ガイドラ インに抵触するか否かの判断をまず削除人が行うものとされているところ、これらの者の 資質や判断能力については何ら定められていないのであり、削除の要否を的確に判断し得 ることが制度的に担保されていない上、削除の要否の判断が独自の基準によるものである から、他人の社会的評価を低下させるなどの有害な内容を含む発言であっても、削除の対 象にならないこともあるという根本的な問題点が存し、かつ、削除依頼板への書込みが要 求される結果、インターネットの取扱いに習熟していない者の救済に支障を来すおそれが あったということができる。 ウ ところで、証拠(甲第62号証)及び弁論の全趣旨によれば、削除ガイドラインは、 個人に関する発言については、対象となる個人を「一群 政治家・芸能人・プロ活動をし ている人物・有罪判決の出た犯罪者」、「二類 板の趣旨に関係する職業で責任問題の発 生する人物 著作物or創作物or活動を販売または提供して対価を得ている人物 外部 になんらかの被害を与えた事象の当事者」、「三種 上記2つに当てはまらない全ての人 物」の3類型に分類した上、「個人名・住所・所属」という人の特定に関する書込みは、 一群については、公開されているものや情報価値があるもの等は削除せず、かつ、削除の 可否は管理人が判断するものとし、二群については、外部から確認できず、責任や事象に 無関係な情報は削除対象とするが、公開された情報等は削除せず、三種については、公益 性がなく、誹謗中傷されている個人の特定が目的であるなどの場合は削除対象になるとし、 そのうち誹謗中傷に関する書込みは、一群については、管理人の裁定がない限り削除せず、 二類については、公益性があり、板の趣旨に則した事象とか、直接の関係者や被害者によ る事実関係の記述等が含まれたものは削除せず、三種については、個人を特定する情報を 伴っているものはすべて削除対象とする旨定めており、また、法人に関する発言は、社会 や出来事に係る掲示板においては、批判・誹謗中傷やインターネット内で公開されている 情報、インターネット外の情報ソースが不明確なものはすべて放置するものとして、その 他の掲示板内においては、掲示板の趣旨に関係があり、客観的な問題提起があるとか、公 益性のある情報を含み、その法人や企業が外部に何らかの影響を与える事件に関係してい るなどの場合は放置するものと定めていることが認められる。  これによれば、個人に関する発言については、取扱区分となる人の類型や削除の対象と なる事項の分類が不明確である上、一部の発言の削除の可否の判断は被告の裁定に委ねら れるなど削除の範囲があいまいであるため、削除の範囲が一定しないおそれがあり、また、 法人に関する発言については、削除の対象となる範囲が狭きに失するため、実効的な救済 ができないこともあり得るのであって、削除ガイドラインの基準としての有用性自体に甚 だ問題があるといわなければならない。 エ そこで、以上に検討した諸点にかんがみ、被告が本件ホームページ上の発言により名 誉や信用を毀損された者に対する関係において、当該発言を削除すべき作為義務を負うか 否かを検討する。  前判示第2の1の(2)ウ及びエの事実によれば、本件ホームページ上に書き込まれた発言 により名誉や信用を毀損された者は、本件ホームページを閲覧しても、発言者に関する情 報を得ることができず、被告に問い合わせても、IPアドレス等の接続情報が保存されて いないため、これを入手できないことから、当該発言を書き込んだ者を特定することがで きず、事実上、その者に対する責任追及の途が閉ざされることにならざるを得ない。そし て、その反面、本件ホームページの利用者は、当該発言を書き込んだ者が誰であるかを他 人に探知されるおそれを抱くことなく、自由に発言をすることができる利点があり、これ が行き過ぎると、他人の名誉や信用を毀損するなどの違法な発言に対する心理的抵抗感が 鈍磨し、これを誘発ないし助長することになることは容易に推測できるところである。  そして、本件ホームページ上に前判示の違法な発言が書き込まれた場合、インターネッ トが持つ情報伝達の容易性、即時性及び大量性という特徴を反映し、このような発言が一 瞬にして極めて広範囲の人々が知り得る状態に置かれることになり、その対象になった者 の被害は甚大なものとならざるを得ず、また、時間が経つほど被害が拡大し、被害の回復 も困難になる傾向があるところ、前判示アないしウのとおり、本件ホームページには有効 適切な救済手段が設けられていないのであるから、本件ホームページ上の発言により被害 を受けた者の被害拡大の抑止は、被告による削除権限の行使の有無に係っているといって もよい。  そうすると、本件ホームページを管理運営することにより名誉や信用を毀損するなどの 違法な発言が行われやすい情報環境を提供している被告は、本件ホームページに書き込ま れた発言により社会的評価が低下するという被害を受けた者に対し、条理に基づき被害の 拡大を阻止するための有効適切な救済手段として、当該発言を削除すべき義務を負う場合 があるというべきである。  もっとも、前判示第2の1(2)イのとおり、本件ホームページ上の発言の数は膨大である から、被告がこれらの発言を逐一監視して違法な発言を直ちに削除することは事実上不可 能である。  したがって、被告は、本件ホームページにおいて他人の名誉や信用を毀損する発言が書 き込まれたことを知り、又は、知り得た場合には、直ちに当該発言を削除すべき条理上の 義務を負っているものというべきである。 オ なお、被告が指摘するように、書き込まれた内容が真偽不明の段階で名誉等を毀損す る発言について被告に削除義務を課すことは発言者の表現の自由を実質的に大きく制約す ることになりかねないと考えられないではないが、これらの発言によって被害を受けた者 といえども、当該発言をした者に対して直接的に責任の追及を行うことが事実上できない ことから、本件ホームページの管理人である被告に対してその削除を求めることしか実効 的な救済手段がなく、削除義務を認める必要性が高いと考えられる一方、当該発言をした 者は、削除の対象になることを予見することができる立場にありながら、あえて本件ホー ムページ上に当該発言を書き込んだものであるといえるから、これが削除されることにな ったとしても、予測可能なの範囲内にあり、当該発言者の表現の自由を不当に制約するこ とにはならないとと解することができる。  被告は、裁判所の命令が発せられていない段階においては、当該発言が名誉又は信用の 毀損に当たるかどうかを判断することは困難であると指摘するけれども、人の社会的評価 を低下させるかどうかは一般読者の普通の注意と読み方を基準として解釈した意味内容に 従って判断すべきものであり、人の名誉や信用に関する情報を社会的に伝播させる媒体に 関与する者は常にその判断をすべきことが求められるのであって、被告についても、本件 ホームページに書き込まれた発言の意味内容を認識し又は認識し得る状態にあれば、その 普通の注意と読み方を基準として判断することができると考えられる。  また、被告が指摘するように本件ホームページに書き込まれた発言によって名誉や信用 を毀損されたと主張する者は本件ホームページ上で反論することも不可能ではないけれど も、他方、証拠(甲第1ないし第4号証、第9ないし第12号証)によれば、「私がDH Cを辞めた訳」、「DHCの苦情!」、「DHCの苦情!パート2」及び「DHCの秘密」 と各題するスレッドにおける発言は、そのほとんどが原告らを社会的に陥れるような内容 であって、不特定多数の利用者が原告らを一方的に攻撃する状況にあったと認められるか ら、そもそも原告らと対等に議論を交わす前提自体が欠けており、原告らによる反論がそ の社会的評価の低下を防止するような作用を働かせる状況にあったとは認め難く、原告ら に法的救済を拒絶してまで本件ホームページ上における反論を求めることに妥当性はない というべきである。 (3) 削除義務違反の有無 ア 前判示第2の1の(3)の各事実に加え、証拠(甲第48号証、被告本人及び弁論の全趣 旨)によれば、被告は、平成13年9月14日ころ、「DHCの苦情!」、「DHCの苦 情!パート2」及び「DHCの秘密」と各題するスレッドが本件ホームページ上に存在す ることを確認したものの、直ちにこれらのスレッドの中の個々の発言を具体的に確認して はいなかったこと、ところが、遅くとも平成14年1月29日までに本件発言1及び2の 内容を具体的に特定し、これらの削除を求めた原告らの仮処分申立書の副本の送達を受け、 かつ、これらを本件メールマガジン上に掲載したこと、以上の事実が認められるのであっ て、遅くともこのときまでに本件発言1及び2がされたことを知り得たということができ、 これらの発言の削除義務を負うに至ったということができる。 イ ところが、前判示第2の1の(3)オのとおり、被告は、平成14年4月19日の時点で 本件発言3−1及び4−1を削除していなかったこと、同年4月22日の時点で本件発言 3−3及び4−2ないし4を削除していなかったこと、さらに、同年7月1日の時点で本 件発言4−3を削除していなかったこと、以上の事実関係が認められ、これらによれば、 被告は、削除義務を負うに至ってから2か月半(一部の発言については5か月)もの長き にわたり、これらの発言を削除せず、放置していたことになる。  そうすると、被告が、削除義務を履行したということはできず、原告らに対する不法行 為に基づく損害賠償責任を免れない。 ウ なお、プロバイダー責任制限法との関係で、削除義務違反の有無について検討してみ るに、同法3条1項は、インターネット上の電子掲示板の情報の流通により他人の権利が 侵害された場合、プロバイダー等が当該情報の流通によって他人の権利が侵害されている ことを知っていたとき、又は、そのような情報の流通を知っている場合であって、これに よる他人の権利侵害を知ることができたと認めるに足りる相当な理由があるときでなけれ ば、賠償の責めに任じない旨規定しているのであるが、本件のようにあるスレッドに他人 の名誉や信用を毀損する多数の発言が書き込まれているような場合においては、その中の 個々の発言を具体的に認識するまでの必要はなく、当該スレッド内に前判示のような危険 性を有する発言が存在しているとの認識があれば、他人の権利を侵害するような性質の情 報が流通しているとの認識があったといって差し支えない。そして、本件においては、被 告にこのような意味での認識があったことは前に判示したとおりである。