・大阪地判平成15年9月30日  極真会館事件[大阪訴訟]  判決は、「以上によれば、被告が前記のように、極真会館の後継者であることの根拠が 存在しない以上、被告は、対外的(極真会館の外部の者に対する関係)にはともかくとし て、極真会館内部の構成員に対する関係では、自己が商標登録を取得して、商標権者とし て行動できる正当な根拠はないのである。被告が、被告個人を商標権者として商標登録し た本件商標権に基づき、生前のGから承認を得て、本件商標を用いた空手の教授、空手大 会の興行等を行った極真会館の構成員に対して、本件商標の使用の差止めを求めることは、 権利濫用に当たるというべきである」として、被告の差止請求権の不存在を確認した。  また、不法行為については、「本件商標を使用してタウンページへの広告ができなかっ たことについて、仮処分申立てを行い本件訴訟を提起したことによる弁護士費用相当額の み」について損害賠償請求を認容した。 ■判決文  イ そこで、上記ア認定事実を踏まえ、本件商標の商標権者である被告が、G生前の極 真会館に属していた者に対して本件商標権を行使することが権利濫用となるかについて、 検討する。   (ア) 商標は、自分の商品と他人の商品、自分の役務と他人の役務を区別するために、 事業者が商品又は役務につける標章である。しかるところ、複数の事業者から構成される グループが特定の役務を表す主体として需要者の間で認識されている場合、その中の特定 の者が、当該表示の独占的な表示主体であるといえるためには、需要者に対する関係又は グループ内部における関係において、その表示の周知性・著名性の獲得がほとんどその特 定の者に集中して帰属しており、グループ内の他の者は、その者からの使用許諾を得て初 めて当該表示を使用できるという関係にあることを要するものと解される。そして、その ような関係が認められない場合には、グループ内の者が商標権を取得したとしても、グル ープ内の他の者に対して当該表示の独占的な表示主体として商標権に基づく権利行使を行 うことは、権利濫用になるというべきである。   (イ) 上記(1)ア(ア)のとおり、本件商標は、Gが死亡した平成6年4月26日時点 (本件商標登録出願前)において、G「総裁」、「館長」が率いる「極真会館」という団 体を表すものとして、空手及びその他の格闘技に興味を有する者(需要者)の間では広く 知られるところとなっていたが、このような本件商標の周知性・著名性は、Gというカリ スマ性を有する人物の存在と、G存命中の極真会館に属する各構成員による、極真会館の 名称下での、長年にわたる道場での極真空手の教授や地方大会の開催等の活動によっても たらされたものといえる。  したがって、Gの生前、本件商標は商標登録出願されることがなく、また、極真会館は 法人化されていなかったものであるが、本件商標につき、商標権者たるべき者は、(生前 の)G又は(法人化した後の)極真会館を措いて他には考えられない。  しかるところ、本件商標の周知性・著名性の獲得が集中していたともいい得るGは、そ の存命中、極真会館の構成員が本件商標を使用することについて特段の制限を設けなかっ た。また、Gから任命された支部長や、更に支部長によって任命された分支部長が道場で の極真空手の教授等の極真会館の活動を行うに際して、本件商標を使用することは当然の こととされていた。  G死亡後も、本件商標はあくまでG率いる極真会館を表すものとして需要者の間で広く 知られており、その周知性・著名性の獲得にはG存命中の極真会館に属する各構成員の貢 献も寄与していたという状況に何ら変わりはなかった。したがって、被告は、本件危急時 遺言の存在によって初めてグループ内において独占的な表示主体となることが承認されて いたと考えられるところ、前記(1)ア(オ)のとおり、本件危急時遺言の確認審判申立てが却 下されGの遺言としての効力を有しないことが確定した以上、少なくとも、現時点におい て、被告は、グループ内部の者(G存命中の「極真会館」において、同人の承認の下に本 件商標を用いて空手の教授、空手大会の興行等を行っていた者)に対しては、Gの後継館 長であることを主張し得る根拠を失ったというべきである。  以上によれば、被告が前記のように、極真会館の後継者であることの根拠が存在しない 以上、被告は、対外的(極真会館の外部の者に対する関係)にはともかくとして、極真会 館内部の構成員に対する関係では、自己が商標登録を取得して、商標権者として行動でき る正当な根拠はないのである。被告が、被告個人を商標権者として商標登録した本件商標 権に基づき、生前のGから承認を得て、本件商標を用いた空手の教授、空手大会の興行等 を行った極真会館の構成員に対して、本件商標の使用の差止めを求めることは、権利濫用 に当たるというべきである。  なお、上記(1)ア(ク)及び(ケ)のとおり、現在存する会派の中ではF派に属する支部長が 数の上では比較的多数を占めていること、F派では、Gの生前と同様の、総本部の構成・ 機能、支部・道場の編成、各種選手権大会開催、内弟子制度、各種証書・備品等の取引関 係、関連雑誌の発行等が継続していることが認められる。しかし、このことは、被告が本 件商標に関する独占的表示主体と認められないという前記判断を左右するものではない。   (ウ)a この点につき、被告は、極真会館における空手活動は、極真会館総本部とGな いし総本部から認可を受けた支部において行われてきたものであり、各地における活動は 総本部から承認を受けた支部によって一定の地理的範囲内で行うという、極真会館の組織 運営の大原則が昭和48年には確立されていたから、総本部以外で本件商標を使用できる のは、Gないし総本部から認可を得、支部長認可証の交付を受けた支部長が、その地理的 範囲内で道場を開設して行う場合だけである旨主張する。  b なるほど、極真会館が組織的に拡大することに伴い、活動の中心を総本部とし、G ないし総本部から支部長認可証の交付を受けた支部長が、支部長認可証にも記載される地 理的範囲(テリトリー)で活動を行うことが原則となっていたことは、前記ア(ア)で認定 したとおりである。原告Bも、本人尋問において、1領域1支部長とする制度をGが採っ てきた旨明言し、さらに、自らも支部の存在しなかった岐阜県に道場を開設した後岐阜支 部が設置されたときには、同支部の支部長に道場を譲った旨供述している。したがって、 原告らにおいても、G存命中に整備されていた支部長制やテリトリー制を受け入れ、これ を前提として活動していたということができ、これらの制度の存在及び運用を否定するこ とはできない。  しかしながら、支部長制度やテリトリー制度が存在したことをもって、Gが、支部長以 外の者が極真会館の活動の趣旨に添って本件商標の使用をすることまで制限していたとい うことはできない。しかも、前記ア(ア)及び(ウ)記載のとおり、G存命中の極真会館は、 制度こそ整備されていたものの、運営の最終的な決定権限はGに集中していたものである。 したがって、Gの生前、その承認の下に道場を開設し、極真空手の教授等の活動を行って いた者は、必ずしも支部長でなくとも、極真会館や本件商標の周知性の獲得に貢献したも のというべきであり、このような者に対し被告が本件商標権を行使することも権利の濫用 に当たるというべきである。