・東京地判平成15年11月6日判時1899号105頁  アニメ声優事件:第一審  本件は、被告日本アニメ(日本アニメーション株式会社)の委託に基づき被告音響映像 (音響映像システム株式会社)が音声を製作したテレビ放送用アニメ作品に声優として出 演した本人ないしその相続人である原告らが、放送後、同作品がビデオ化されて販売され たことに伴い、被告音響映像に対しては、第1に、出演契約、第2に、団体協約、第3に、 商慣習を根拠に、テレビ放送以外の目的に利用された場合には、その使用料(目的外使用 料)を原告ら声優に支払うべき義務があると主張して、被告日本アニメに対しては、第1 に、前記団体協約、第2に、第三者のためにする契約にそれぞれ基づく被告音響映像の支 払に係る担保責任、第3に、同被告を債務者とする債権者代位権の行使を根拠に、被告日 本アニメに目的外使用料を支払うべき責任があると主張して、ビデオ化されたアニメ作品 に係る目的外使用料(ビデオ化使用料)の支払を求めた事案である。  判決は、「被告音響映像は、本件出演契約に基づき、原告ら声優に対し、目的外使用料 の一つである本件使用料についても、その支払義務があるといわなければならない」とし て、被告音響映像に対する請求は認容したものの、被告日本アニメに対する請求は「声優 に対する出演料の支払は、音声製作会社がその責任をもって行うべき問題であって、音声 製作会社がその支払を拒絶した場合あるいはこれを遅滞した場合に、動画製作会社が声優 に対してその支払をすべき理由は認めることができない」などと述べて棄却ないし却下し た。 (控訴審:東京高判平成16年8月25日、上告審:平成17年6月28日) ■判決文 第6 当裁判所の判断 1 本件訴訟に至る経過 (1)声優の出演料とその態様  証拠(甲1ないし33、35ないし47、51ないし53(枝番号のあるものはそれを 含む。)、原告F、証人(当時)G)及び弁論の全趣旨によれば、アニメ作品における日 俳連、動画製作会社、音声製作会社との出演条件決定の経過などにつき、以下の事実が認 められる。 ア テレビ放送局において外国映画が放送され始めたころには、その声の吹き替えは生放 送で行われていた。 イ しかし、昭和30年代から、機械技術が発達し、テレビ放送される外国映画において、 録音された音声が使用されるようになったことから、外国映画の再放送が始まった。再放 送の割合は次第に増加していき、そのため、声優の出演機会が減少していった。  また、再放送に当たって、放送局から声優に対し、再放送使用料が支払われたこともあ ったが、そのころから、放送局各社は、外国映画の日本語版の製作を製作会社に下請けと して行わせるようになり、声優にとっては、再放送使用料の不払いを含め、放送局自身の 製作時代より出演条件が悪化した。 ウ このような状況の下で、日俳連の前身である日本放送芸能家協会は、昭和40年、放 送局各社に対し、出演者が再使用を許諾していないことを理由に再放送を中止する旨の要 請をしたが、放送局側は取り入れなかった。  また、昭和46年ころから、放送局作成のテレビ番組に関しては、声優に再放送使用料 が支払われるようになったが、番組製作の下請け化は進んでいった。  日俳連は、同年、音声連(当時は紫水会)に対し、出演料のルールとして、〔1〕期限 外使用料の支払と引換えに製作後2年間の放送利用を認めること、〔2〕目的外使用料に は声優の許諾を有することなどを内容とする覚書案を提示し、両者は、同覚書案をめぐっ て交渉を重ねた。その結果、昭和48年10月15日、日俳連と音声製作会社とは、業界 の正常化と公正なルールの確立のために共同で対処すること、日俳連提示の覚書案は、引 き続き継続審議し、合意に達した条項から逐次発効させるなどの内容の合意書が締結され るに至った。なお、前記合意書が締結される過程で日俳連が音声連に対して、「出演料は 1回分の放送利用のための録音を目的とした実演の対価であり、それ以外の利用に関する 使用料は含まれていないとの立場で出演いたしておりますので、左様ご承知おき下さい。」 という文言が含まれている書簡を送ったことがある。 エ その後も、出演条件に関する協議は継続され、昭和50年には、実務運用表が日俳連 と音声連との間で確認された。  そして、昭和56年10月1日になって、本件協定書及び本件覚書が締結され、本件覚 書では、期限外使用料について、実務運用表に基づくものであることが定められた。なお、 目的外使用料については、これ以降、日俳連会員と音声製作会社との間のアニメ作品の出 演契約において、実務運用表に沿った支払がされている。 オ 他方、期限外使用料とは別に、テレビ用に製作されたアニメ作品を別の媒体に使用す る場合についても、日俳連と音声連との間で協議がされ、当初は、劇場用に転用すること、 各種施設に貸し出すことなどが主に念頭に置かれていたが、特に、昭和50年代後半から、 家庭用ビデオの普及等に伴い、テレビ用に製作されたアニメ作品がビデオ化されて販売さ れるようになったため、日俳連を初めとする関係者において、ビデオ化使用料の支払につ いても協議されるようになった。  それらの協議は、実務運用表に反映され、昭和50年の実務運用表には、5項において、 テレビ作品を劇場に使用した場合の使用料に関する項目が規定され、昭和54年に改訂さ れた実務運用表には、6項において、その他の目的外利用につき、「当分の間、その都度 の協議による。」と規定されているほか、同旨の規定は、本件覚書に添付された昭和55 年改訂の実務運用表にもみられる。そして、昭和61年に改訂された以降の実務運用表に は、ビデオ化使用料の支払条件が明示的に盛り込まれている。 (2)声優の出演契約と出演料に係る取決め ア 以上のとおり、声優の出演料としては、本来の出演料以外にも、期限外使用料の支払、 目的外使用料として、劇場公開に係る使用料のほか、本件使用料の支払義務はともかく、 本件アニメ作品以外では、ビデオ化使用料も支払われているが、その支払に係る出演契約 の内容についてみると、音声製作会社とアニメ作品に出演する声優との間で、個別的、具 体的に、当該アニメ作品の本来の出演料、期限外使用料、劇場公開に係る使用料、ビデオ 化使用料の支払の要否及びその額が明示的に合意されているわけではない。 イ それらの出演契約では、弁論の全趣旨によって明らかなとおり、一般的にいって、声 優は、音声製作会社から〔1〕出演作品のタイトル・役柄、〔2〕出演作品の本数・時間、 〔3〕出演日時・場所、〔4〕出演作品の利用目的のみを告げられるだけであって、これ らの条件に基づき、出演を承諾するか否かを判断しているにすぎない。被告音響映像の場 合も同様で、もとより本件出演契約の場合も、その例に漏れない。 ウ それにもかかわらず、前認定のとおり、実際には、本来の出演料はもとより、期限外 使用料も、目的外使用料として、劇場公開に係る使用料、ビデオ化使用料も支払われてい るのであって、それらの出演料ないし使用料は、いずれも実務運用表によって算定されて いるのである。 2 被告音響映像に対する請求の当否 (1)原告らは、被告音響映像に対する本件使用料の請求の根拠として、第1に出演契約 を掲げるところ、前説示したところによれば、声優の出演料ないし使用料の支払は、個別 的・具体的な出演契約で明示的に取り決められることはなく、実務運用表に基づいて算定 されて支払われているが、それは、実務運用表に基づいた出演料ないし使用料の算定が業 界において確立しているため、個別的・具体的な出演契約では、特に出演料・使用料を取 り決める必要がなく(その取決めが困難であるという事情も窺われるが)、実務運用表に 従った支払を前提として、すなわち、実務運用表に従った支払を出演契約の内容としてそ れぞれ個別的・具体的な出演契約を締結しているからと認められるのであって、この認定 を妨げる証拠はない。 (2)そうすると、本件使用料についても、本件出演契約に際して、実務運用表に従った 支払が予定されているものであるとすれば、その支払が本件出演契約の内容となっている ので、被告音響映像は、原告ら声優に対し、本件使用料を支払うべき義務があるといわな ければならない。 (3)そこで、本件出演契約当時、ビデオ化使用料の支払が実務運用表で予定されていた か否かについてみると、以下のとおりにいうことができる。 ア 前認定の実務運用表が策定されて利用されてきた事実経緯によれば、元来、外国映画 ないしアニメ作品の声優が出演するに当たっては、生放送であったため、期限外使用料と か、目的外使用料といった考え方が生じる余地はなかった。したがって、その場合の出演 料も、1回の出演についての対価であることが前提であったが、その後、機械技術の発達 により、再放送が可能となったため、その場合の出演料の取扱いをめぐって日俳連と動画 連、音声連とが協議し、その結果、本件協定・本件覚書が取り交わされるに至ったところ、 その支払についても、既に策定されて利用されていた実務運用表に取り込まれることにな った。 イ そのようにして、まず、期限外使用料の支払が実務運用表に定められたが、声優の出 演したテレビ作品の再放送については、動画製作会社において無制限・無条件に使用し得 るものではなく、声優に対し、その再放送に係る使用料を支払う必要があることを関係者 が共通して認識していたからとみられるのであって、本件協定等が取り交わされたのも、 そのような共通の認識を相互に確認し、その算定及び支払が従来と同様に実務運用表に従 って行われることを明示するという意義を有するにすぎないと解される。 ウ そして、そのような共通認識が関係者間に生成されていく過程で、次に、テレビ放送 されたアニメ作品の劇場公開、家庭用ビデオの普及等に伴う当該作品のビデオ化が顕著に なって、期限外使用料とは別に、そのようなテレビ放送といった当初の目的以外の使用料 の支払の要否が問題として生じたが、劇場公開に係る使用料については、昭和50年の作 成当時から、その支払が実務運用表に取り込まれることになった。  エ しかし、目的外使用料については、以上に限定することなく、昭和54年に改訂され た実務運用表には、その他の目的外使用についても、「当分の間、その都度の協議によ る。」という形でさらに協議することが予定されていた。それは、当初の出演料で賄われ るのは期限内の利用に限定されることを前提に、期限外の利用に係る対価である期限外使 用料のほか、当初の目的以外の利用に係る対価である目的外使用料としては、劇場公開に 係る使用料以外にも、その対価を支払うべき場合があることを予定した取決めであったと みるべきで、その予定された場合の一つとして、本件で問題となっているビデオ化使用料 を含めることができる。 オ その後、昭和61年改訂の実務運用表には、ビデオ化使用料についても、具体的な算 定方法が記載されるに至ったのであるが、本件協定が締結された後に作成された実務運用 表が、日俳連及び音声製作会社の代表者によって構成される出演実務調整委員会により決 定されているところ、そこには、目的外使用料についての日俳連と音声連との協議の結果 が反映されているとみることができるのであって、同委員会において、ビデオ化使用料に ついても、目的外使用料として協議し、その支払の合意に至ったものというほかない。 カ そして、そのような合意は、出演料のいかんが音声製作会社の業務に直結し、その経 営の根幹に係る以上、音声製作会社の同意がなければ、成立に至らないことは見やすい道 理であるから、少なくとも当時音声連に加盟していた音声製作会社は、その支払を拒絶す る旨の特段の意思表示がある場合は格別、そうでない限り、実務運用表の算定方法に従っ た目的外使用料の支払について了承していたといわざるを得ない。 キ これを被告音響映像についてみると、同被告が、実務運用表の改訂に当たって、その ような特段の意思表示をしていたと認めるに足りる証拠はなく、同被告についても、目的 外使用料も含めた出演条件について、実務運用表によることを了承していたものと認める のが相当である。 ク したがって、被告音響映像は、本件出演契約に基づき、原告ら声優に対し、目的外使 用料の一つである本件使用料についても、その支払義務があるといわなければならない。 (4)この点について、被告音響映像は、まず、本件協定及び本件覚書締結当時、音声連 には加入していなかったから、これらには拘束されないように主張する。しかし、本件使 用料の支払義務は、前説示のとおり、本件協定等に基づくものではなく、本件出演契約の 内容となっていた実務運用表に基づくものであって、実務運用表に基づく目的外使用料の 算定及びその支払は、期限外利用料の算定及び支払並びにそれ以降の出演契約の実態を確 認したものにすきず、本件協定によって初めて創設されたものとみるべきではないから、 同被告が音声連に加入した時期の前後にかかわらず、目的外使用料として、ビデオ化使用 料の支払が必要となれば、実務運用表に従って算定された当該使用料を支払うべきもので ある。被告音響映像のこの点の反論は失当というほかない。  また、被告音響映像は、実務運用表に従った出演料を支払ったことはないとも主張する が、期限外・目的外使用料以外の本来の出演料についても、多種多様な出演条件がある中 で、実務運用表によらなければ、算定が著しく困難であることは容易に推察されるところ、 証拠(甲38の1・2)によれば、平成9年には、実務運用表に従った出演料を支払った 例があることが認められるほか、昭和56年からランク表の1.6倍を、平成4年から1 .8倍を支払ったことも自認しているところ、その具体的な支払額はともかく、昭和56 年、平成4年は、実務運用表が改訂された年度であるから、その事実も、被告音響映像が 実務運用表に従った出演料の支払を承認していたことを裏付けるものであって、前同様、 この点に関する被告音響映像の主張は採用し得ない。被告音響映像は、平成9年の出演料 増額について、「コジコジ」に配役した声優から出演拒否の姿勢が示されたためにやむな く行ったものであるかのように主張するが、そのきっかけがどうであれ、声優に対し、そ れまでの出演料を増額した事実自体が実務運用表に従った支払を推認させる一要素である ことに変わりはないから、前記判断を左右するものではない。  さらに、被告音響映像は、そもそも出演料については、実務上の取扱い窓口にすぎず、 同被告が法律上の支払義務を負うものではないと主張する。しかし、原告ら声優の本件ア ニメ作品の出演については、その契約当事者が被告音響映像であることは、当事者間に争 いがないところであって、同被告が支払うべき出演料が被告日本アニメから支払を受ける 使用料によって賄われるものであるか否か、その資金の調達先及び調達方法は、実務運用 表に従った出演料の支払義務の帰属に影響を及ぼさないというべきであるから、この点に 関する被告音響映像の主張も採用できない。  なお、被告音響映像は、声優と出演契約を結ぶ際に、使用目的を告げるのは、テレビ作 品の場合、同じ時間帯に複数のテレビ局で放送されるアニメ作品に出演するのを避けるた めであって、出演料、特に、目的外使用料の支払には関係がないかのような主張もする。 しかし、そのアニメ作品の主役級のキャラクターの声を演じる場合に同被告主張のような 配慮をすることがあることは首肯されるが、そのような配慮が無用であるその他の多数の 声優についても、その出演するアニメ作品の使用目的は告げられていると認められるから、 この点に関する被告音響映像の主張も採用できない。 (5)以上説示したところによれば、原告らの被告音響映像に対する本件使用料の請求は、 原告ら主張の本件協定等の団体協約性のいかん及び商慣習の有無について検討するまでも なく、本件出演契約に基づく請求として、その理由があるというべきである。 3 被告日本アニメに対する請求の当否 (1)原告らは、被告日本アニメに対する本件使用料の請求の根拠として、第1に、同被 告の本件協定に基づく担保責任を掲げる。  しかしながら、既に説示したとおり、アニメ作品につき、声優との間で出演契約を締結 しているのは、音声製作会社であって、動画製作会社ではないこと、音声製作会社は、動 画製作会社の下請けないし子会社であったとしても、そのことから当然に動画製作会社が 音声製作会社の債務を担保する義務があるわけではないこと、音声製作会社は、アニメ作 品の製作において、音声部門を担当し、動画製作会社と声優との間にあって、それ相応の 重要な地位、立場を占めていること、音声製作会社が出演契約に基づいて声優に支払うべ き出演料ないし使用料は、動画製作会社から支払われる音声製作費用によって賄われるの が一般的であると解されるが、声優に対する支払の要否及びその額を動画製作会社が取り 仕切っているとは認められないことなどからして、声優に対する出演料の支払は、音声製 作会社がその責任をもって行うべき問題であって、音声製作会社がその支払を拒絶した場 合あるいはこれを遅滞した場合に、動画製作会社が声優に対してその支払をすべき理由は 認めることができない。  原告らは、本件協定がその4条において動画製作会社の担保義務を規定していると主張 するが、本件協定は、その規範的効力のいかんはともかく、声優と動画製作会社との間の 権利義務を直接に規定したものではなく、仮に本件協定に従って、動画製作会社が音声製 作会社に対して目的外使用料も音声製作費用に含めて支払うことが義務づけられる場合で あっても、そのことから、動画製作会社が声優に対して音声製作会社による目的外使用料 の支払を担保すべき責任を負わされるものとは解されない。 (2)原告らは、その第2の根拠として、第三者のためにする契約に基づく担保責任を掲 げるが、被告音響映像の原告ら声優に対する本件使用料の支払を義務づける出演契約の内 容となっている実務運用表につき、被告日本アニメがその趣旨ないし内容を認識していた としても、実務運用表を添付する本件覚書ないし本件覚書の取り交わしを予定している本 件協定の締結によって、これをいわゆる第三者のためにする契約とみて、被告日本アニメ が、原告ら声優を第三者として、被告音響映像の原告ら声優に対する本件使用料の支払を 担保する責任を負ったとまで認めるのは困難であって、この意味における原告ら主張の担 保責任も認めることはできない。 (3)原告らは、その第3の根拠として、被告音響映像に対する本件使用料債権を被保全 債権とする被告音響映像の被告日本アニメに対する権利の代位行使を掲げる。  しかしながら、被告音響映像が被告日本アニメに対して本件使用料に相応する音声製作 費用を支払うべき場合であると仮定しても、原告らの被告音響映像に対する本件使用料債 権は、金銭債権であるから、その保全のために債権者代位権を行使し得るには、債務者で ある被告音響映像がいわゆる無資力であることが要件となるところ、同被告が無資力であ ると認めるに足りる証拠はない。  したがって、原告らの債権者代位権の行使を理由とする被告日本アニメに対する請求は、 代位の要件を欠き、不適法といわなければならない。 4 よって、原告らの被告音響映像に対する請求を認容し、被告日本アニメに対する請求 は、債権者代位権に基づく請求を除き、これを棄却し、当該債権者代位権に基づく請求は、 当該請求に係る訴えを却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条、6 4条、65条、仮執行の宣言について同法295条を適用して、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第44部 裁判長裁判官 滝澤 孝臣    裁判官 脇  由紀    裁判官 五十嵐浩介