・東京地判平成15年11月12日  「無人契約機¥enむすび」イラスト事件  本件は、イラストレーターである原告が、被告武富士(株式会社武富士)が被告電通 (株式会社電通)に対し委託した被告イラストを作成し、これを使用し新聞紙上に広告を 掲載した被告らの行為は、原告イラスト(世界各地の名所旧跡等を描いたもの)について 原告が有する著作権(複製権、翻案権、同一性保持権)を侵害する行為であると主張して、 被告らに対し、損害賠償、不当利得返還及び謝罪広告の掲載を求めた事案である。  被告電通は、平成9年6月ころ、原告イラストに依拠して、被告イラストを作成した。 被告電通は、被告イラストを使用して、これに人物写真や文字等を組み合わせて、「無人 契約機¥enむすび」についての新聞広告を作成した。  判決は、原告イラストの著作物性を認めた上で、著作権および同一性保持権の侵害を認 めて、損害賠償請求を認容した。 ■争 点 (1) 原告イラストには著作物性があるか。 (2) 被告新聞広告の掲載は、原告イラストについての原告の著作権(複製権又は翻案権) 及び著作者人格権(同一性保持権)を侵害するか。 (3) 請求1について ア 損害額はいくらか。 イ 消滅時効は成立するか。 (4) 請求2について ア 損害額又は不当利得額はいくらか。 イ 消滅時効は成立するか。 (5) 請求1についての謝罪広告の必要性はあるか。 ■判決文 第4 争点に対する判断  1 争点(1)(著作物性の有無)について  著作権法の保護の対象となる著作物に当たるというためには、思想又は感情を創作的に 表現したものであることが必要である。そして、創作的に表現したものとは、当該作品が、 厳密な意味において、独創性の発揮されたものであることを要するのではなく、作成者の 何らかの個性が発揮されたものであれば足りるものと解すべきである。  証拠(甲8の1)及び弁論の全趣旨によると、原告イラストは、現存する世界各地の名 所旧跡等を選択し、左から右へ、エッフェル塔、ピサの斜塔、ピラミッド及びラクダ、ビ ッグベン及び2階建てバス、風車、椰子の木及びヨット、摩天楼、コロッセオを描いたも のであり、@全体的に淡い色調を基調として、メルヘン的な雰囲気を醸し出すような表現 がされていること、A個々の名所旧跡について、配色に計算が施されたり、グラデーショ ンが用いられて、それぞれが強い個性を発揮しすぎないように抑制されていること、B実 際には大きさの異なる各名所旧跡について、縮尺を変えて高さを揃えるようにされている こと、C横に長く描かれ、作品のどの部分を切り取ったとしても、不自然さを与えず、バ ランスが保たれるように、その配列や重なり具合、向きなどにも工夫が凝らされているこ と等の点に原告イラストの特徴があることを認めることができる。  以上のとおり、原告イラストは、個々の名所旧跡のイメージを損なうことなく、全体と して、見る者に、夢を与えるようなメルヘン的な独特の世界が表現されているということ ができ、原告の個性が発揮されたものとして、創作性を肯定することができる。 2 争点(2)(著作権侵害、著作者人格権侵害の有無)について  (1) 事実認定  証拠(甲1、8の1、12、13、乙2)によれば、以下の事実を認めることができる。  ア 原告イラストと被告イラストとは、以下の点で共通する。すなわち、両者とも、@ 横長のイラストであって、左から右へ順に、エッフェル塔、ピサの斜塔、ピラミッド及び ラクダ、ビッグベン及び2階建てバス、風車、椰子の木、ヨット、摩天楼、コロッセオ及 び椰子の木、と世界に現存する名所旧跡を、取捨選択して描いていること、Aピサの斜塔 の傾きの方向、ピラミッドの方向とラクダの向き、2階建て バスの進行方向、ビッグベン の時計の指す時刻、ビッグベンとバスの位置関係、風車の羽の位置、風車の横の椰子の木 の本数と枝の本数及び傾き、ヨットの進行方向、船舶の数(原告イラストがヨットである のに対し、被告イラストはヨットと客船であるが、いずれも2艘である。)、コロッセオ の方向(コロッセオの崩壊部分が同一である。)、コロッセオの前の椰子の木の本数及び その枝の数及び位置等において、細部に至るまで同一又は酷似していること、B個々の名 所旧跡について、縮尺を変えて高さを揃えるように描かれていること等の点において、共 通である。  イ これに対して、原告イラストと被告イラストとは、以下の相違がある。 すなわち、 原告イラストは、@「特徴に乏しい建物」、羽が小さく脚部が二本の風車が、それぞれ描 かれ、A境界線を曖昧にして、にじみだすような筆致で、各名所旧跡をデフォルメして描 かれているのに対して、被告イラストは、@パゴダ風の建物、イスラム風の建物、万里の 長城、雲、羽が大きく脚部が台形状の風車が、それぞれ描かれ、Aシャープな描線が用い られ、個々の名所旧跡も写実的に表現されている点において、相違する。  (2) 著作権、著作者人格権侵害の有無についての判断  以上認定した事実を基礎に、著作権、著作者人格権侵害の有無について判断する。  ア 著作権(複製権、翻案権)侵害の有無  被告イラストは、原告イラストとは、その筆致を異にし、その表現対象について若干の 違いはあるものの、個々の名所旧跡のイラストの配置やその一部を切り出しても独立のイ ラストとして使用することができることとする構成やイラスト化された個々の名所旧跡の 形状が酷似しており、被告イラストは、原告イラストと実質的に同一であり、また、被告 イラストは、原告イラストの創作性を有する本質的な特徴部分を直接感得し得るものであ るということができる。  したがって、被告イラストを作成し、これを使用して被告新聞広告に掲載した行為は、 原告イラストについて原告が有する複製権又は翻案権を侵害したものであるということが できる。  イ 著作者人格権(同一性保持権)侵害の有無  原告は、原告イラストの作成に当たり、個々のイラストについて、すべての境界線が曖 昧な、にじみだすような筆致で描き、メルヘン的な雰囲気を醸し出すことにより、主題を 強調しようとしていることがうかがわれる。これに対し、被告らは、被告イラストを作成 するに当たり、原告イラストの筆致を変更したり、個々のイラストの内容を一部変更する などした。  したがって、被告イラストを作成し、これを使用して被告新聞広告を掲載した行為は、 原告イラストの表現に変更、切除その他の改変を加えているので、原告イラストについて の原告が有する同一性保持権を侵害したものということができる。