・東京高判平成16年1月29日  日立製作所(再生用光ヘッド補償金請求)事件:控訴審  本件は、1審被告(株式会社日立製作所)の従業員であった1審原告が、1審被告に対 し、在職中にした発明につき、特許法35条3項に基づく相当の対価の支払を請求し、原 判決が、「特許法35条は、我が国の特許を受ける権利にのみ適用され、外国における特 許を受ける権利に適用又は類推適用されることはない」と述べて、その一部を認容し(本 件発明1の譲渡の対価は3474万円が相当であると認定)、その余を棄却したのに対し、 当事者双方が、これを不服として、控訴を提起した事案である。  判決は、「本件譲渡契約の準拠法は日本法である」としたうえで、「特許法35条は、 特許法中に規定されているとはいえ、我が国における従業者と使用者との間の雇用契約上 の利害関係の調整を図る強行法規である点に注目すると、特許法を構成すると同時に労働 法規としての意味をも有する規定であるということができる。職務発明についての規定が このようなものであるとすると、職務発明の譲渡についての『相当の対価』は、外国の特 許を受ける権利等に関するものも含めて、使用者と従業者が属する国の産業政策に基づき 決定された法律により一元的に決定されるべき事柄であり、当該特許が登録される各国の 特許法を準拠法として決定されるべき事柄ではないことが明らかである」とし、「我が国 の従業者等が、使用者に対し、職務発明について特許を受ける権利等を譲渡したときは、 相当の対価の支払を受ける権利を有することを定める特許法35条3項の規定中の『特許 を受ける権利若しくは特許権』には、当該職務発明により生じる我が国における特許を受 ける権利等のみならず、当該職務発明により生じる外国の特許を受ける権利等を含むと解 すべきである」として、原判決を一部取り消して、1億2810万6300円の損害賠償 請求を認容した。 (第一審:東京地判平成14年11月29日) ■判決文 1 特許法35条と勤務規則等との関係について  特許法35条は、職務発明について特許を受ける権利が当該発明をした従業者等に原始 的に帰属することを前提に(同法29条1項参照)、職務発明について特許を受ける権利 及び特許権(以下「特許を受ける権利等」という。)の帰属及びその利用に関して、使用 者等と従業者等のそれぞれの利益を保護するとともに、両者間の利害を調整することを図 り、これにより、発明を奨励し、産業の発達に寄与することを目的とした規定である。す なわち、同条は、(1) 使用者等が従業者等の職務発明に関する特許権について通常実施権 を有すること(同法35条1項)、(2) 従業者等がした発明のうち職務発明以外のものに ついては、あらかじめ使用者等に特許を受ける権利等を承継させることを定めた条項が無 効とされること(同条2項)、その反対解釈として、職務発明については、そのような条 項が有効とされること、(3) 従業者等は、職務発明について使用者等に特許を受ける権利 等を承継させたときは、相当の対価の支払を受ける権利を有すること(同条3項)、(4)  その対価の額は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明につき使用 者等が貢献した程度を考慮して定めなければならないこと(同条4項)などを規定してい る。これによれば、使用者等は、職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継 させる意思を従業者等が有しているか否かにかかわりなく、使用者等があらかじめ定める 勤務規則その他の定め(以下「勤務規則等」という。)において、特許を受ける権利等が 使用者等に承継される旨の条項を設けておくことができるのであり、また、その承継につ いて対価を支払う旨及び対価の額、支払時期等を定めることも妨げられることがないとい うことができる。しかし、いまだ職務発明がなされておらず、承継されるべき特許を受け る権利等の内容や価値が具体化する前に、上述した同条の趣旨及び規定内容に従いつつ、 あらかじめ対価の額を確定的なものとして定めることができないことは明らかであって、 同条の下で、上記のように早期の段階で対価の額を確定的なものとして定めることが許容 されていると解することはできない。換言すると、勤務規則等に定められた対価は、これ が同条3項、4項所定の相当の対価の一部に当たると解し得ることは格別、それが直ちに 相当の対価の全部に当たるとみることはできないのであり、その対価の額が同条4項の趣 旨・内容に合致して初めて同条3項、4項所定の相当の対価に当たると解することができ るのである。したがって、勤務規則等により職務発明について特許を受ける権利等を使用 者等に承継させた従業者等は、当該勤務規則等に、使用者等が従業者等に対して支払うべ き対価に関する条項がある場合においても、これによる対価の額が同条4項の規定に従っ て定められる対価の額に満たないときは、同条3項の規定に基づき、その不足する額に相 当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である。(最高裁平成15年4 月22日第三小法廷判決民集第57巻4号477頁)  本件については、1審被告は、被告規定を設け、1審原告から、本件各発明を譲り受け、 被告規定に基づき、原判決が認定した補償金を支払っている。しかし、その金額が特許法 35条が定める「相当の対価」に満たないものであることは、以下に述べるとおりである。 1審被告は被告規定に基づき本件各発明の承継に対する「相当の対価」を既に支払ってい る、との1審被告の主張は採用し得ない。 2 職務発明に係る外国の特許を受ける権利等と特許法35条について (1) 職務発明に係る外国の特許を受ける権利等の譲渡の準拠法について  本件譲渡契約は、その対象となる権利が職務発明についての日本国及び外国の特許を受 ける権利である点において、渉外的要素を含むものであるから、その準拠法を決定する必 要がある。  本件譲渡契約は、日本法人である1審被告と、日本国に在住してその従業員として勤務 していた日本人である1審原告とが、1審原告がなした職務発明について、日本国におい て締結した譲渡契約である。本件譲渡契約の成立及び効力についての準拠法をどの国の法 律とするかについての当事者の明示の意思は存在せず、当事者の黙示の意思を推認すれば、 それが日本法であることは明らかであるから、法例7条1項により、準拠法は、本件各発 明に係る外国の特許を受ける権利の譲渡の合意に関する部分も含めて、日本法であると解 すべきである。また、当事者の意思が明確ではないとするとしても、法例7条2項により、 その準拠法は日本法となることが明らかである。  仮に、本件譲渡契約の準拠法について、法例7条が適用されないとしても、そのときに は条理によりこれを決すべきであり、条理にかなうのは、使用者と従業者との間の雇用関 係に最も密接な関係を有する国の法律を準拠法とすることであるということになるという べきである。この場合においても、本件譲渡契約については、日本法人である1審被告と 日本人である1審原告との雇用契約が締結され、かつ、1審原告の勤務地であった日本国 の法律を準拠法とすべきことになる。  1審被告は、FM信号復調装置最高裁判決を前提にすれば、本件譲渡契約中の、外国の特 許を受ける権利の承継に関する部分については、属地主義の原則の観点から、外国の特許 を受ける権利に基づき特許が登録されることとなる当該外国の特許法が準拠法となると解 すべきである、と主張する。しかし、同最高裁判決は、ベーベーエス最高裁判決を引用し て、「特許権についての属地主義の原則とは、各国の特許権が、その成立、移転、効力等 につき当該国の法律によって定められ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認め られることを意味するものである。」と判示した上で、「各国はその産業政策に基づき発 明につきいかなる手続でいかなる効力を付与するかを各国の法律によって規律しており、 我が国においては、我が国の特許権の効力は我が国の領域内においてのみ認められるにす ぎない。」と判示したものである。この判決は、特許権の付与の手続と効力について属地 主義の原則を確認したにすぎないのであるから、本件譲渡契約中の外国の特許を受ける権 利の譲渡の合意における「対価」の部分が、同判決の射程外であることは明らかである。 同判決は、特許権の「成立、移転、効力」、すなわち、特許権が付与される手続的、実体 的要件、特許権が有効に移転されるための手続的、実体的要件、及び、特許権自体の差止 請求権等の効力について、「いかなる手続でいかなる効力を付与するかを各国の法律によ って規律して」いることを述べたものであり、その前提となる特許を受ける権利等の譲渡 契約における「対価」の問題について、これを各国の特許法等の法律にゆだねることを述 べたものでないことが明らかである。  むしろ、同判決は、「特許権侵害を理由とする損害賠償請求については、特許権特有の 問題ではなく、財産権の侵害に対する民事上の救済の一種にほかならないから、法律関係 の性質は不法行為であり、その準拠法については、法例11条1項によるべきである。」 と判示し、特許権に関するものではあっても、特許権特有の問題ではないものについては、 属地主義の原則を採用しないことを明言しているのである。  以上からすれば、1審被告の上記主張は採用し得ず、本件譲渡契約の準拠法は日本法で ある、と解すべきである。 (2) 職務発明中の外国の特許を受ける権利等の譲渡と特許法35条について  原判決は、各国の特許権が、その成立、移転、効力等につき当該国の法律によって定め られ、特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるという、いわゆる属地主義 の原則から、特許法35条は、我が国の特許を受ける権利等についてのみ適用され、外国 の特許を受ける権利等について適用又は類推適用されることはない、と判示した。しかし、 原判決のこの判断は、採用することができない。  (ア) 特許法35条3項及び4項は、従業者等が職務発明について使用者等に特許を受け る権利等を譲渡した場合に、「相当の対価の支払を受ける権利を有する」と規定する。こ の規定は、従業者と使用者との間の職務発明に係る譲渡契約の対価を強行法規により定め ることによって、従業者と使用者との間の雇用契約上の利害関係の調整を図り、これによ り「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与する ことを目的とする。」(特許法1条)との特許法の目的を達成しようとするものである。 このように、特許法35条は、特許法中に規定されているとはいえ、我が国における従業 者と使用者との間の雇用契約上の利害関係の調整を図る強行法規である点に注目すると、 特許法を構成すると同時に労働法規としての意味をも有する規定であるということができ る。職務発明についての規定がこのようなものであるとすると、職務発明の譲渡について の「相当の対価」は、外国の特許を受ける権利等に関するものも含めて、使用者と従業者 が属する国の産業政策に基づき決定された法律により一元的に決定されるべき事柄であり、 当該特許が登録される各国の特許法を準拠法として決定されるべき事柄ではないことが明 らかである。  原判決が、特許法35条3項の「特許を受ける権利若しくは特許権」が、外国の特許を 受ける権利及び外国の特許権を含まないと判断した根拠となった属地主義の原則(ベーベ ーエス最高裁判決)とは、特許の成立、移転、効力、すなわち、特許権が付与される手続 的、実体的要件、特許権が有効に移転されるための手続的、実体的要件、及び、特許権の 効力がそれぞれの国の特許法により定められることを述べたものであり、特許を受ける権 利等の移転の前提となる、それらを対象とする譲渡契約における、それらの権利の移転の 対価についてまで、これを各国の特許毎に各国の特許法等の法律にゆだねることを述べた ものではない。各国における特許の成立、移転、効力についての手続的及び実体的要件と いうような、各国の特許に特有の事項については、各国の特許法の定めるところによりこ れを律すべきであるとしても、職務発明により原始的に発生する日本及び外国の特許を受 ける権利等の移転の対価については、上記のとおり、従業者と使用者間の雇用契約上の利 害関係の調整を図り、発明を奨励するとの要素も考慮した上で、その国の産業政策に基づ いて定められた法律により一元的に律せられるべき事柄であるから、従業者と使用者が属 する国の法律により解決されるべきである。このような従業者と使用者間の雇用契約上の 利害関係の調整事項を、特許を受ける各国の特許法等の法律により多元的に決すべきであ ると解する合理的な理由はない(例えば、当該発明につき特許が認められていない国につ いては、当該国の特許を受ける権利等自体が存在し得ないことになり、結果として、当該 国との関係においては、職務発明について特許を受ける権利等の対価を考える余地はない ことになる。しかし、それは、移転の対象の大小、換言すれば、財産権としてみた場合の 職務発明の価値が各国の特許制度によって影響され得ることを物語るだけであり、何ら上 述したところと矛盾するものではない。)。  1審被告は、ある発明が職務発明に該当するのか、職務発明に該当するとした場合に、 特許を受ける権利はだれに帰属するのかなどの問題は、その国の国家的利益と密接に結び つく問題であるから、属地主義の原則が適用され、特許付与国の法律によって定められる べきである、と主張する。しかし、職務発明に該当する場合に、特許を受ける権利をだれ に帰属させるか、その対価をどのように規制するかは、その国の使用者と従業員発明者と の間の利害関係の調整及びその国の発明の奨励及び産業の発達に関する産業政策に密接に 関連する問題であるからこそ、使用者と従業者とが属する国の法律により一元的に定める べき問題となり、使用者と従業者とが属する国の国家的利益に密接に結び付く法律問題と なるのである。1審被告の上記主張は採用し得ない。  (イ) 1審被告は、特許法33条及び34条に規定されている「特許を受ける権利」は、 日本国の特許を受ける権利のみを意味することは明白であり、特許法35条3項が規定す る「特許を受ける権利」についてのみ「外国の特許を受ける権利」をも含むものと解釈す ることはできない、と主張する。  確かに、特許法33条及び34条(あるいは38条、49条7号、123条1項6号等) に規定されている「特許を受ける権利」は、日本国の特許を受ける権利について規定した ものである。ベーベーエス最高裁判決がいうとおり、特許の成立、移転、効力は、属地主 義の原則により、各国の特許法により律せられるものであるから、特許法33条、34条 等が、日本国特許庁への特許出願後の日本の特許を受ける権利について規定しているもの であることは明らかである。しかし、特許法35条は、上記のとおり、使用者と従業者と の間の雇用関係において生じる職務発明に関する法律問題、すなわち、職務発明の譲渡契 約における「相当の対価」について定めた強行法規であり、我が国の産業政策に基づき、 使用者と従業員発明者との間の利害関係を調整しながら、特許法1条が定めた目的を達成 するために設けられたものであり、特許法における他の規定とは異質の規定であると解す べきである。  特許法35条が、特許法の他の規定と比べ異質なものであり、同条中の用語を他の特許 法の規定と同じ意味に解さなければならない合理的理由がない以上、同条における「特許 を受ける権利」は、その規定の趣旨を合理的に解釈し、上記のとおり、我が国の職務発明 について、日本国のみならず外国の特許を受ける権利等をも含む意味であると解すべきで ある。1審被告の上記主張は採用し得ない。  (ウ) 仮に、特許法35条3項及び4項が我が国の職務発明について我が国の特許を受け る権利等についてのみ適用があり、外国の特許を受ける権利等について適用がなく、各登 録国の特許法が適用になるとの原判決の立場を採用すると、次に述べるとおり、これと異 なる職務発明制度を採用している世界の主要国との調和を欠くことになり、従業員発明者 はいずれの国においても保護を受けられない事態が生じたり、また、裁判所も、外国の特 許を受ける権利の譲渡の対価について、外国法に基づく請求があれば、各登録国の法制度 を調査し、各登録国の法制度に従って、これを判断する必要が生じるなど、極めて煩瑣な 事態が生じる結果となる。このような結果を招く解釈を合理的なものとすることはできな い。  (a) 1977年イギリス特許法39条及び40条は、一定の要件を満たす職務発明(従 業者発明)が使用者に原始的に帰属すること、及び、使用者が従業者に適切な補償金を支 払うべきことを規定している(強行法規)。そして、同法43条2項は、職務発明の準拠 法について、「発明を行った時点において、当該従業者が、a主として連合王国内で雇用 されていたか、又は、b主たる雇用地が存在しないか雇用地が特定できないが、使用者が 連合王国内に事業地を有し、右従業員がその地に配属されているか、のいずれかの条件が 満たされない場合を除き適用される。」と規定している。そのため、日本において雇用さ れ、勤務していた1審原告は、本件各発明について、イギリス特許法上の職務発明の規定 による保護を受けることはできない。また、イギリス特許法43条4項は、「40条から 42条までにいう特許又は出願中の権利には、連合王国の法律に基づくものであるか、外 国において適用される法であるか、条約・国際約束に基づくものであるかを問わない。」 と規定しており、イギリスにおける職務発明の補償金の算定においては、外国の特許から 得られる利益をも考慮しなければならないことが規定されている。(甲301、甲311、 乙106)  (b) ドイツにおいては、職務発明は、従業員発明者に原始的に帰属し、1957年従業 者発明法により、従業員発明者は、使用者に職務発明を譲渡するについて相当の補償金を 受ける権利を有する(同法9、10条。強行法規)。そして、ドイツでも、職務発明の譲 渡契約の準拠法については、雇用契約の準拠法によることと解されており、当事者が合意 により明示又は黙示に準拠法を指定することができ、その指定がない場合は、常時労務供 給地法、それがない場合には使用者の営業所所在地法によることを原則としている。その ため、日本国において雇用され、勤務していた1審原告は、本件各発明について、ドイツ 法上の職務発明の規定による保護を受けることはできない。また、ドイツ法が適用される 場合には、補償金額については、1959年に制定され、1983年に改正された「民間 雇用における職務発明の補償に関するガイドライン」が連邦労働大臣により定められてお り(11条)、その26号によると、発明の価値(補償金)を国内利益と同様に外国にお ける把握し得る業務上の利益をも考慮して決定することを定めている。(甲301、甲3 11、乙106、乙119)  (c) フランスにおいても、1992年に制定されたフランス知的財産法(1978年特 許法を引き継いだもの)611条の7、615条の21により、一定の要件を満たす職務 発明(従業者発明)が使用者に原始的に帰属すること、及び、使用者が従業者に「追加の 補償」を支払うべきことを規定している(強行法規)。そして、準拠法については、フラ ンス法に基づく雇用契約下にある従業員についてこの規定が適用されると解されている。 そのため、日本国において雇用され、勤務していた1審原告は、本件各発明について、フ ランス知的財産法上の職務発明の規定による保護を受けることはできない。また、フラン ス法が適用になる場合には、フランスの特許だけでなく、外国特許により使用者が得た利 益も考慮した上で、追加の補償を定める、とした判例があり、同様の考え方の学説が有力 である。(甲311、乙106)  (d) ヨーロッパ特許条約(EPC)60条1項第2文は、職務発明(従業者発明)の準拠 法について、「発明者が従業者である場合、欧州特許を受ける権利は、従業者が主に雇用 されている国の法律に従って決定される。従業者が主に雇用されている国を決定すること ができない場合、適用されるべき法律は、従業者が属している使用者の営業所のある国の 法律とする。」と規定しており、職務発明の譲渡の対価若しくは補償金については、雇用 国の法律によって一元的な解決を図っている。(甲301、甲311、乙119)  (e) 以上からすれば、本件のように、日本法人である1審被告の従業者として日本国で 勤務し、本件各発明(職務発明)をした1審原告について、属地主義を根拠として、特許 法35条の適用を日本国の特許を受ける権利に限定し、外国の特許を受ける権利等につい てこれを認めず、登録国の特許法等によるものとの立場を採用すると、1審原告のような 従業員発明者は、外国の特許を受ける権利等の承継について、上記各国の特許法によって も、日本の特許法35条によっても、職務発明の規定に関する強行法規による保護を受け 得ないこととなる(準拠法についてどのように考えても、外国の特許を受ける権利等の承 継について、いずれの国の実体法によっても保護されないことに変わりはない。多くの日 本人従業者は、1審原告のように日本国において勤務していることが通例であるから、同 様の結果となろう。)。そして、上記各国の法律は、職務発明についての規定を雇用契約 に関する法規としてもとらえているため、その補償金の算定においては、使用者が外国特 許により得た利益も考慮しているのであり、属地主義の原則に基づく前記のような立場は、 前記各国の法制度と調和しないものであることが明らかである。  (エ) 1審被告は、特許法35条の「特許を受ける権利」が外国の特許を受ける権利を含 むものと解した場合には、例えば、出願前の「特許を受ける権利」の承継を認めないアメ リカ合衆国の法律との関係においては、解決不可能な矛盾を生じさせる、と主張する。  アメリカ合衆国の特許法においては、発明は発明者に原始的に帰属するものとされてい るから、職務発明に係る特許を受ける権利等の譲渡という問題が生じ得る。しかし、職務 発明に関する規定が存在しないため、職務発明に係る特許を受ける権利等の譲渡について は、使用者と従業者との契約にゆだねられている。ただし、各州の判例法に反する契約は 無効とされる。判例法によれば、一般に、職務発明は、従業者から使用者への譲渡義務が 発生する発明(発明をすることが雇用契約の内容となっている場合に認められる。)、使 用者にいわゆるショップライト(shop right)が与えられる職務発明、上記以外の自由発 明に分類され、八つの州では、自由発明について予約承継契約を禁止している。(甲30 1、乙106、乙119)  仮に、アメリカ合衆国が、出願前の「特許を受ける権利」の承継を認めない国であると しても、出願後の承継契約は可能なのであるから、我が国の使用者と従業者は、特許法3 5条に基づき、その職務発明について特許を受ける権利の譲渡契約を締結する際に、出願 前の譲渡契約を認めない国については、これを譲渡契約の予約とすることを合意する、あ るいは、譲渡契約の合理的解釈により、譲渡契約の予約と同趣旨のものと解釈するなどの 方法により、従業員発明者がアメリカ合衆国で特許出願をし、その後、使用者が特許を受 ける権利を承継する手続をとる、とすることも可能であり、これにより、特許法35条の 趣旨に合致した結果を導くことができる。特許法35条は、我が国の使用者と従業者との 間の、職務発明についての特許を受ける権利等(外国の特許を受ける権利等を含む。)の 譲渡契約における、これらの権利の譲渡の対価の額を「相当の対価」とすることを強行法 規として規定したものであり、これらの権利の譲渡の時期あるいは各国における特許出願 の時期について規定したものではないから、アメリカ合衆国の特許法と相矛盾する内容の ものと解する必要はない。同条の趣旨は、我が国の使用者と従業者との間において、職務 発明について、外国における特許を受ける権利等も含めて、「相当の対価」をもって譲渡 がされればよい、というだけのことであり、このことと、特許出願前の譲渡を認めない法 制とが、相矛盾する考え方であると見る必要は全然ないのである。  (オ) 以上からすれば、我が国の従業者等が、使用者に対し、職務発明について特許を受 ける権利等を譲渡したときは、相当の対価の支払を受ける権利を有することを定める特許 法35条3項の規定中の「特許を受ける権利若しくは特許権」には、当該職務発明により 生じる我が国における特許を受ける権利等のみならず、当該職務発明により生じる外国の 特許を受ける権利等を含むと解すべきである。