・東京高判平成16年1月30日  RGBアドベンチャー事件:差戻後控訴審  本件は、控訴人が、被控訴人(株式会社エーシーシープロダクション製作スタジオ)に 対し、本件図画についての著作権(複製権、翻案権)及び著作者人格権に基づいて、本件 全図画を使用したアニメーション作品「アール・ジー・ビー・アドベンチャー」の頒布及 び頒布のための広告・展示の差止め並びに損害賠償を請求している事案である。  上告審は、上告を棄却したが、上告受理申立てを受理し、原判決中上告人敗訴部分を破 棄し、上記部分につき本件を控訴審に差し戻した。  判決は、「控訴人は、被控訴人の指揮監督下で労務を提供し、その対価として金銭の支 払を受けていたものと認めるのが相当であり、控訴人と被控訴人との関係は、1回目の来 日後から雇用関係であったというべきである。したがって、本件係争図画を含む本件全図 画は、被控訴人の業務に従事していた控訴人が、その職務上作成したものということがで きる」として、本件控訴を棄却すると述べた。 ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 職務著作の成否について  (1)上記前提となる事実及び証拠(甲2〜5、8、9、11〜19、27、28、31〜 37、43〜49、乙1、3〜8、10〜21、30〜32、35、48、49〔枝番省 略〕、原審における控訴人本人及び被控訴人代表者)を総合すれば、以下の事実が認めら れる。  ア 控訴人は、中国本土で生まれ、昭和51年から香港に居住していたが、アニメーシ ョン等のデザインに興味を持ち、大学においてグラフィックデザイン等を専攻した後、平 成4年ころから、アニメーションの製作スタジオを経営する香港エーシーシーに在職し、 日本のアニメーション制作技術の習得を希望していた。  イ 被控訴人代表取締役のBは、Cとともに香港エーシーシーに出資していたところ、 Cの妻Dから、日本においてアニメーション技術の研修を兼ねて仕事をしたいという控訴 人の希望について連絡を受け、控訴人の受入先を探したが、適当な受入先を見つけること ができなかった。  ウ Bは、平成5年7月15日、いわゆる観光ビザで来日した控訴人に対し、被控訴人 において控訴人を受け入れることを申し入れたところ、控訴人もこれを了承した。控訴人 は、同日から、被控訴人の従業員でありプロデューサーのE(以下「E」という。)宅に 賄い付きで居住することになり(その費用は被控訴人が負担した。)、翌16日から、出 勤するEの自家用車に同乗して、被控訴人肩書所在地のオフィス(以下「被控訴人オフィ ス」という。)に通い、同所において作業をした。  同年7月ころ、控訴人は、被控訴人から、株式会社セガ・エンタープライゼスのプレゼ ンテーション用ゲームソフト「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」のサブキャラクターの作成 を指示されて図画を作成し、さらにBの指示に基づいて、これに修正を加えた上、本件図 画一ないし五及び一八ないし二二を創作したが、上記企画は採用されなかった。控訴人は、 同年10月1日、いったん、香港に帰国した。  エ 同年10月31日に同じく観光ビザで2回目の来日をした後、同年12月までは、 控訴人は、前回と同様、被控訴人の費用負担でE宅に賄い付きで居住して、被控訴人オフ ィスに通い、同所において作業をし、同月末以降は、東京都渋谷区千駄ヶ谷所在の被控訴 人の「スタッフルーム」と称する事務所(以下「スタッフルーム」という。)の一室に居 住し、同所において作業をした。  控訴人は、その間、被控訴人から、株式会社バンプレストへのプレゼンテーション用の キャラクターの創作を指示されて図画を作成し、さらにBの指示に基づいて、これに修正 を加えた上、本件図画六及び九を創作したが、同企画は採用されなかった。控訴人は、平 成6年1月29日、いったん、香港に帰国した。  オ そのころ、被控訴人は、本件アニメーション作品を企画中であったところ、被控訴 人取締役である「モンキー・パンチ」ことFが描いた主人公「リュウ」を配したオリジナ ル・シミュレーション・ライド・フィルムとして制作することになり、そのキャラクター として、既に控訴人が創作していた本件図画一ないし六、九及び一八ないし二二を用いる こととし、さらに、同年3月、香港滞在中の控訴人に対し、追加キャラクターの作成を指 示し、控訴人は、その指示に基づいて、同年4月上旬に本件図画八を創作した。  カ 控訴人は、同年5月15日、いわゆる就業ビザで3回目の来日をし、前回と同様、 スタッフルームの一室に居住し、同所において作業をし、本件図画七及び一〇ないし一七 を創作したが、平成7年4月、同所を退去してアパートに引っ越し、その後は、被控訴人 オフィスに通い、同所において作業をすることとなり、平成8年6月6日付けで被控訴人 に退職届を提出した。  キ 控訴人は、この間、被控訴人から、平成5年8月分ないし平成6年2月分として、 毎月、基本給名目で12万円(平成5年8月分は「Special」の名目で更に5万円が加算さ れ合計17万円)、それぞれ支給を受け、その内訳が明記された給与支払明細書の交付を 受け、上記期間のうち平成5年7月から同年12月までは、控訴人は、賄い付きで、被控 訴人従業員宅に居住したが、その費用は被控訴人において負担した。また、3回目の来日 後から退職届を提出するまでの間、平成6年6月分から、毎月、基本給名目の24万円、 特別手当名目で1万円(平成7年5月分以降は交通費の名目で更に9000円が加算)の 合計額から雇用保険料、所得税及び雑費を控除した金銭の支給を受け、その内訳が明記さ れた給与支払明細書の交付を受けた。  ク 控訴人が被控訴人オフィス及びスタッフルームで行った作業に使用する画材等は、 被控訴人が調達したものを使用していた。また、控訴人は、平成7年4月までは、上記の ような勤務実態にかんがみ、出勤時のタイムカードの刻印を求められなかったが、同月以 降は、これを求められるようになった。  ケ 控訴人は、本件全図画以外にも、被控訴人のために、NHKで放映されたテレビア ニメーション「スクラッパーズ」のタイトル文字、株式会社タイトーの販売するゲーム 「レイ・トレイサー」のコンセプトデザイン等を創作したが、いずれも、被控訴人に報酬 を請求することはなかった。  (2)著作権法15条1項の規定により法人等が著作者とされるためには、著作物を作成し た者が「法人等の業務に従事する者」であることを要し、法人等と雇用関係にある者がこ れに当たることは明らかであるが、雇用関係の存否が争われた場合には、同項の「法人等 の業務に従事する者」に当たるか否かは、法人等と著作物を作成した者との関係を実質的 にみたときに、法人等の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり、法人等が その者に対して支払う金銭が労務提供の対価であると評価できるかどうかを、業務態様、 指揮監督の有無、対価の額及び支払方法等に関する具体的事情を総合的に考慮して、判断 すべきものである。  本件において、上記認定事実に照らすと、控訴人は、1回目の来日の直後から、被控訴 人の従業員宅に居住し、被控訴人オフィスで作業を行い、被控訴人から毎月基本給名目で 一定額の金銭の支払を受け、給料支払明細書も受領していたのであり、しかも、控訴人は、 被控訴人の企画したアニメーション作品等に使用するものとして本件全図画を創作したも のである。上記事実によれば、控訴人は、1回目の来日後から、被控訴人の指揮監督下で 労務を提供し、その対価として金銭の支払を受けていたものと推認されるところである。  もっとも、雇用契約の成立を明確に示す雇用契約書等の存在を認めるに足りる証拠はな く、1回目と2回目の来日の際には、控訴人がいわゆる就業ビザを取得しておらず、また、 1回目の来日時に被控訴人が控訴人に対し就業規則を示して勤務条件を説明した旨の証拠 (乙9、30〜32、原審における証人E及び被控訴人代表者)も直ちに信用することは できない。さらに、1回目と2回目の来日時においては、被控訴人から支払われる上記金 銭の中から雇用保険料、所得税等が控除されていないことが明らかであり、甲39(池袋 公共職業安定所所長からの回答書)によれば、控訴人が雇用保険被保険者資格を取得した のは、3回目の来日期間中の平成7年4月1日であることが認められる。しかしながら、 これらの諸点は、雇用関係の存否を上記の見地から実質的、総合的に考察する上で、決定 的ないし重要な地位を占める判断要素であるということはできない。  (3)ところで、控訴人は、被控訴人のオフィスにおいては、従業員についてタイムカード や外出届が義務付けられていたが、控訴人は、平成7年4月までは、これらが義務付けら れておらず、全く管理がされていなかったこと、控訴人は、被控訴人から、作業について、 その内容、方法等について指揮監督を受けたことはないこと、控訴人は、日本のアニメー ション制作技術習得のための研修を希望して来日したのであり、被控訴人オフィスで作業 し、被控訴人の従業員宅に居住したこと、日本滞在中に毎月一定額の金銭の支払を受けた ことも、上記研修のための特別待遇の一つであり、雇用関係の成立とは全く無関係である ことなどから、控訴人と被控訴人との間に締結された契約は、控訴人が被控訴人に対しキ ャラクターデザインの原画を作成提供し、被控訴人が控訴人に対しその対価を支払うとい う請負契約又は準委任契約というべきであると主張し、控訴人作成の各陳述書(甲5、2 7、52)の記載及び原審における控訴人本人尋問の供述中には、これに沿う部分がある。  しかしながら、控訴人は、平成7年4月、スタッフルームの一室を退去してアパートに 引っ越すまでの間は、当初は、被控訴人の従業員宅に居住し、出勤するEの自家用車に同 乗して、被控訴人肩書所在地のオフィスに通い、その後も、スタッフルームの一室に居住 し、同所において作業をしていたものである。この点について、Bは、原審における被控 訴人代表者尋問において、平成7年4月、控訴人が、アパートに引っ越し、そこから被控 訴人オフィスに通うようになるまでは、タイムカードを刻印させる必要がなかった旨を供 述しているところ、同供述は、控訴人にタイムカードが義務付けられていなかった理由と して首肯し得るところであり、また、外出届が義務付けられていなかったとの控訴人作成 の各陳述書及び控訴人本人尋問の供述は、これを裏付ける的確な証拠はなく、反対趣旨の 乙49(B作成の陳述書)の記載に照らし、直ちに採用することができない。他方、控訴 人の作業状況をみると、就業に必要な作業場所、画材等は被控訴人が調達し、控訴人が被 控訴人の指示に従って図画を作成していたのであるから、控訴人は、被控訴人の指揮監督 下において本件全図画作成等の労務を提供していたものと認めることができる。また、被 控訴人が控訴人に支給した上記金銭の額は、基本給名目が3回目の来日時に倍増されてい るが、1回目及び2回目の来日時のものを基準にしても、被控訴人が負担した被控訴人の 従業員宅に賄い付きで居住した費用も考慮すると、研修のための特別待遇を理由として受 ける金額というには高額にすぎるというべきである。そして、被控訴人から控訴人に支給 された金銭は、控訴人が創作した図画の出来高とは無関係に毎月一定額が支払われ、給与 支払明細書が交付され、控訴人は上記対価の額、支払方法及びその名目について異議を述 べたことがない上、控訴人が本件全図画以外に被控訴人のために作成した図画についても 被控訴人に報酬を請求することはなかったことに照らすと、控訴人が被控訴人に対して提 供した労務の対価であると認めるのが相当である。  以上検討したところによれば、控訴人の上記主張はいずれも採用することができず、他 に、上記推認を覆すに足りる証拠はないから、控訴人は、被控訴人の指揮監督下で労務を 提供し、その対価として金銭の支払を受けていたものと認めるのが相当であり、控訴人と 被控訴人との関係は、1回目の来日後から雇用関係であったというべきである。したがっ て、本件係争図画を含む本件全図画は、被控訴人の業務に従事していた控訴人が、その職 務上作成したものということができる。  (4)そして、上記認定の事実によれば、本件係争図画の作成は被控訴人の発意に基づくも のであり、かつ、本件係争図画は被控訴人が自己の著作の名義の下に公表することが予定 されていたものと認めるのが相当である。そうすると、本件係争図画は、控訴人が被控訴 人との間の雇用契約に基づいて職務上作成したものであるから、著作権法15条1項の規 定により、その著作者は被控訴人というべきである。  2 結論  以上によれば、控訴人が著作者であることを前提とする本訴請求は、その余の点につい て判断するまでもなくいずれも理由がない。  よって、原告の請求をいずれも棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がない からこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。 東京高等裁判所第13民事部 裁判長裁判官 篠原 勝美    裁判官 岡本 岳    裁判官 早田 尚貴