・最判平成16年2月13日  ギャロップレーサー事件:上告審  判決は、「1審被告は、本件各ゲームソフトを製作、販売したにとどまり、本件各競走 馬の有体物としての面に対する1審原告らの所有権に基づく排他的支配権能を侵したもの ではないことは明らかであるから、1審被告の上記製作、販売行為は、1審原告らの本件 各競走馬に対する所有権を侵害するものではないというべきである」「競走馬の名称等が 顧客吸引力を有するとしても、物の無体物としての面の利用の一態様である競走馬の名称 等の使用につき、法令等の根拠もなく競走馬の所有者に対し排他的な使用権等を認めるこ とは相当ではなく、また、競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成否につい ては、違法とされる行為の範囲、態様等が法令等により明確になっているとはいえない現 時点において、これを肯定することはできないものというべきである」などとして、破棄 自判して一審原告の請求を棄却した。 (第一審:名古屋地判平成12年1月19日、控訴審:名古屋高判平成13年3月8日) ■評釈等 諏訪野大・発明101巻10号86頁(2004年) ■判決文  主    文 1 原判決のうち、平成13年(受)第866号事件上告人の敗訴部分を破棄し、同部分 につき、第1審判決を取り消す。同部分に関する平成13年(受)第866号事件被上告 人らの請求をいずれも棄却する。 2 平成13年(受)第867号事件上告人らの上告を棄却する。 3 第1項に関する訴訟の総費用は、平成13年(受)第866号事件被上告人らの負担 とし、第2項に関する上告費用は、同第867号事件上告人らの負担とする。  理    由  平成13年(受)第866号事件上告代理人五月女五郎、同関智文、同谷雅文、同押金 隆広の上告受理申立て理由及び平成13年(受)第867号事件上告代理人塩見渉の上告 受理申立て理由1について  1 原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。  (1) 平成13年(受)第867号事件上告人ら・同第866号事件被上告人ら(以下 「1審原告ら」という。)は、原判決の別紙一覧表の「馬名」欄記載の各競走馬(ただし、 番号7、8、36を除く。以下「本件各競走馬」という。)を所有し、又は所有していた 者である。  (2) 平成13年(受)第866号事件上告人・同第867号事件被上告人(以下「1審 被告」という。)は、ゲームソフトの製造販売を業とする株式会社である。1審被告は、 1審原告らの承諾を得ないで、本件各競走馬の名称を使用した第1審判決の別紙目録記載 の家庭用及び業務用の各ゲームソフト(商品名・ギャロップレーサー、ギャロップレーサ ーU。以下「本件各ゲームソフト」という。)を製作し、販売した。  (3) 本件各ゲームソフトは、プレイヤーが騎手となり、登録されている競走馬の中から 選択した馬に騎乗し、実在の競馬場を模した画面においてレースを展開するという内容の ものである。本件各ゲームソフトに登録されている競走馬の名称は、ほとんどが実在の競 走馬の名称であり、本件各競走馬の名称の使用状況については、前記一覧表の「使用状況」 欄記載のとおりである。  (4) 本件各ゲームソフトのうち、家庭用のギャロップレーサーのパッケージの裏面には 「実在の競走馬が1000頭以上も登場」との記載があり、そのパンフレットには「騎乗 可能な馬は1000頭以上。この中にはトウカイテイオー・・・といった名馬たちはもち ろん」との記載があるが、上記のトウカイテイオー以外には、本件各競走馬の名称が、本 件各ゲームソフトの宣伝広告等に使用された形跡はない。  2 本件は、本件各競走馬を所有し、又は所有していた1審原告らが、本件各競走馬の 名称等が有する顧客吸引力などの経済的価値を独占的に支配する財産的権利(いわゆる物 のパブリシティ権)を有することを理由として、1審被告に対し、1審被告が1審原告ら の承諾を得ないで本件各ゲームソフトに本件各競走馬の名称等を使用したことにより上記 財産的権利を侵害したと主張して、本件各ゲームソフトの製作、販売、貸渡し等の差止め 及び不法行為による損害賠償を請求する事案である。  3 原審は、前記事実関係の下で、次のとおり判示し、1審原告らの各差止請求を棄却 し、損害賠償請求については、1審原告らのうちの14名(以下「14名の1審原告ら」 という。)の各請求の一部を認容し、その余の1審原告らの各請求を棄却した。  (1) 競走馬の名称等には、著名人の名称等が有するのと同様の顧客吸引力を有するもの があり、そのような場合には、その名称自体等に経済的価値がある。この競走馬の名称等 が有する経済的価値を保護するためには、商標法、不正競争防止法等の現行の知的財産関 係の法律が認める権利や救済方法だけでは不十分であり、競走馬の所有者は、競走馬の名 称等が有する経済的価値(無体的価値)を独占的に支配する無体財産権(物のパブリシテ ィ権)を有するものと解すべきであって、これを保護しなければならない。現に、競走馬 の所有者が、ゲームソフトを製作し、販売する会社との間で、その所有する競走馬の名称 等の使用を許諾するにつき、使用料の支払を受ける旨の契約を締結している例があること からも、現在、競走馬等の物のパブリシティ権を一定の要件の下に承認し、これを保護す るのを相当とする社会的状況が生まれているというべきである。したがって、顧客吸引力 を有する競走馬の名称等を第三者がその所有者に無断で使用するなどして上記の無体財産 権を侵害した場合には、不法行為が成立し、損害賠償請求権が発生する。  (2) もっとも、上記の無体財産権は、現段階においては、排他性を有する権利とまでは いえないから、差止請求を認めることはできない。  (3) 本件各競走馬のうち、中央競馬のいわゆるG1レースに出走して優勝した競走馬1 9頭については、その名称に顧客吸引力があると認められるから、これらの競走馬を所有 し、又は所有していた14名の1審原告らは、上記各競走馬の名称が有する経済的価値を 独占的に支配する無体財産権を有する。したがって、1審被告が本件各ゲームソフトに上 記各競走馬の名称を無断で使用したことは、上記無体財産権を侵害した不法行為を構成す るから、1審被告は、14名の1審原告らに対し、損害賠償責任を負う。  4 しかしながら、原審の上記判断のうち、上記3(2)については結論において是認する ことができるが、その余の判断は是認することができない。その理由は、次のとおりであ る。  (1) 1審原告らは、本件各競走馬を所有し、又は所有していた者であるが、競走馬等の 物の所有権は、その物の有体物としての面に対する排他的支配権能であるにとどまり、そ の物の名称等の無体物としての面を直接排他的に支配する権能に及ぶものではないから、 第三者が、競走馬の有体物としての面に対する所有者の排他的支配権能を侵すことなく、 競走馬の名称等が有する顧客吸引力などの競走馬の無体物としての面における経済的価値 を利用したとしても、その利用行為は、競走馬の所有権を侵害するものではないと解すべ きである(最高裁昭和58年(オ)第171号同59年1月20日第二小法廷判決・民集 38巻1号1頁参照)。本件においては、前記事実関係によれば、1審被告は、本件各ゲ ームソフトを製作、販売したにとどまり、本件各競走馬の有体物としての面に対する1審 原告らの所有権に基づく排他的支配権能を侵したものではないことは明らかであるから、 1審被告の上記製作、販売行為は、1審原告らの本件各競走馬に対する所有権を侵害する ものではないというべきである。  (2) 現行法上、物の名称の使用など、物の無体物としての面の利用に関しては、商標 法、著作権法、不正競争防止法等の知的財産権関係の各法律が、一定の範囲の者に対し、 一定の要件の下に排他的な使用権を付与し、その権利の保護を図っているが、その反面と して、その使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのな いようにするため、各法律は、それぞれの知的財産権の発生原因、内容、範囲、消滅原因 等を定め、その排他的な使用権の及ぶ範囲、限界を明確にしている。  上記各法律の趣旨、目的にかんがみると、競走馬の名称等が顧客吸引力を有するとして も、物の無体物としての面の利用の一態様である競走馬の名称等の使用につき、法令等の 根拠もなく競走馬の所有者に対し排他的な使用権等を認めることは相当ではなく、また、 競走馬の名称等の無断利用行為に関する不法行為の成否については、違法とされる行為の 範囲、態様等が法令等により明確になっているとはいえない現時点において、これを肯定 することはできないものというべきである。したがって、本件において、差止め又は不法 行為の成立を肯定することはできない。  (3) なお、原判決が説示するような競走馬の名称等の使用料の支払を内容とする契約が 締結された実例があるとしても、それらの契約締結は、紛争をあらかじめ回避して円滑に 事業を遂行するためなど、様々な目的で行われることがあり得るのであり、上記のような 契約締結の実例があることを理由として、競走馬の所有者が競走馬の名称等が有する経済 的価値を独占的に利用することができることを承認する社会的慣習又は慣習法が存在する とまでいうことはできない。  (4) 以上によれば、1審原告らは、1審被告に対し、差止請求権はもとより、損害賠償 請求権を有するものということはできない。  5 そうすると、14名の1審原告らの損害賠償請求を一部認容した原審の判断には、 判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり、原判決中1審被告の敗訴部分は破 棄を免れない。1審被告の論旨は理由がある。そして、前記のとおり、上記損害賠償請求 は理由がないから、その一部を認容した第1審判決を取り消した上、同請求の全部を棄却 すべきである。 また、1審原告らの差止請求を棄却すべきものとした原審の判断は結論において正当であ り、1審原告らの論旨は採用することができない。なお、その余の請求に関する1審原告 らの上告については、上告受理申立ての理由が上告受理の決定において排除された。  6 そこで、1審被告の上告に基づいて、原判決中1審被告の敗訴部分を破棄し、同部 分につき、第1審判決を取り消した上、同部分に関する14名の1審原告らの請求を棄却 することとし、1審原告らの上告は、これを棄却することとする。  よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 滝井 繁男    裁判官 福田 博    裁判官 北川 弘治    裁判官 亀山 継夫