・東京地判平成16年2月18日  家庭内暴力書籍事件  原告は、西舘代志子著『男たちよ妻を殴って幸せですか?―ドメスティック・バイオレ ンスの周辺』(早稲田出版)を単独、又は被告Y1(西舘代志子)と共同で創作したとし て、本件書籍を出版する被告(株式会社早稲田出版)らの行為が、原告の著作権及び著作 者人格権を侵害する旨を主張して、被告らに対し、損害賠償の支払、謝罪広告の掲載及び 本件書籍の発行差止等を求めるなどした事案。  原告は、被告Y1との間で、被告Y1の単行本出版・販売等の活動を支援し、事業を開 発するという内容を含む覚書を締結した。  判決は、本件書籍はY1が著作したものであるとして、原告の著作権に基づく請求を棄 却したものの、本件取材旅行に要した費用として115万2258円、および原稿料とし て13万6000円の支払い請求については認容した。 ■争 点 (1) 著作権侵害に基づく損害賠償請求等 ア 原告は、単独又は被告Y1と共に、本件書籍を創作したか。 イ 被告らの本件書籍の販売行為は、原告に対する著作権侵害に当たるか。 ウ 原告の被った損害額は幾らか。また、謝罪広告は必要か。 (2) 契約に基づく立替金支払請求等 ア 本件取材旅行に当たり原告が支出した費用のうち被告Y1が負担すべき額は幾らか。 イ 被告らが、原告に対し、本件書籍の原稿料を支払う義務を負うか。また、その額は 幾らか。 ウ 原告は、被告Y1に対し、本件覚書に基づき、別紙接触禁止者リスト記載の者への 接触禁止を求めることができるか。 ■判決文  ア 以上認定した事実を基礎として、原告が、本件書籍を創作したか否かの点について 判断する。  著作者とは「著作物を創作する者」をいう(著作権法2条1項2号)。創作する者とは、 当該作品の形成に当たって、その者の思想、感情を創作的に表現したと評価される程度の 活動をすることをいう。当該作品の形成に当たって、必要な資料を収集、整理をしたり、 助言、助力をしたり、アイデア、ヒントを提供したり、できあがった作品について、加除、 訂正をしたりすることによって、何らかの関与をした場合でも、その者の思想、感情を創 作的に表現したと評価される程度の活動をしていない者は、創作した者ということはでき ない。そこで、上記の観点から判断する。  イ 本件書籍については、専ら、被告Y1が、第1稿を執筆し、これに加筆修正を加え て、最終稿を確定させたのであるから、本件書籍を創作した者は、被告Y1であるという ことができる。これに対して、原告も、本件書籍を創作した者ということができるかにつ いて検討する。原告は、確かに、被告Y1に対して、家庭内暴力についての書籍の執筆を 促したこと、家庭内暴力等に関する外国の制度を調査するための取材旅行を企画し、訪問 先の設定、事前準備等を担当したこと、被告Y1の執筆した原稿について、加除修正の提 案をしたこと、出版社として被告会社を選定して、連絡調整をしたこと等の活動を行って いるが、これらの諸活動をもって、原告の思想、感情を創作的に表現すると評価される行 為ということはできないから、原告が本件書籍を創作した者に当たるとはいえない。  この点、原告は、本件書籍は、原告の有していた基本的思想等に基づき原告が企画した ものであるので、原告が創作したと解すべきである旨主張する。しかし、このような基本 的思想を実現するための各活動は、被告Y1が、本件書籍の執筆することについて、アイ デアや素材を提供する行為であって、創作行為であると解すべきではない。  ウ 原告は、被告Y1の原稿に対し、加除修正に関する提案をしている。しかし、その 多くは、被告Y1の執筆した原稿のうち、不正確な知識あるいは誤解に基づく記述、不明 瞭あるいは難解な記述に対しての指摘や訂正案の提示と解される。確かに、原告が行った 加除修正に関する指摘の中には、単純な誤記の指摘や訂正案の提示にとどまらず、文章表 現にまで踏み込んだものも存在するが、最終的には、被告Y1において、原告から指摘を 受けた点を再考して、本件書籍に採用するかどうかを判断していた。したがって、原告の 加除修正に関する提案は、本件書籍の作成に当たって、原告自身の思想、感情を表現する という、主体的な関与ということはできない。  エ 以上判示した点に照らすと、原告が、本件書籍について、単独又は共同で創作した と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。  よって、原告の主張のうち、原告に本件書籍の著作権、又は共同著作権があることを前 提とする主張は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。