・東京地判平成16年3月11日  「罪に濡れたふたり」事件:第一審  漫画家である原告A(北川みゆき)ことB(以下「原告C」という)及び出版社である 原告株式会社小学館は、書籍「ファンブック 罪に濡れたふたり〜Kasumi〜」(本 件書籍)に収録された対談記事について、著作権を共有するところ、被告が運営するイン ターネット上の電子掲示板「2ちゃんねる」に、上記対談記事が無断で転載されて送信可 能化され、自動公衆送信されたことにより、原告らの送信可能化権、公衆送信権が侵害さ れたと主張し、被告に対し、著作権法112条1項に基づき当該対談記事の送信可能化及 び自動公衆送信の差止めを求めるとともに、原告小学館の削除要請にもかかわらず、被告 が転載された当該対談記事の削除を怠ったことで原告らに損害が発生したと主張し、被告 に対し、民法709条に基づき、損害賠償を請求した。  判決は、引用の抗弁を否定したうえで、「本件各発言について送信可能化を行って本件 各発言を自動公衆送信し得る状態にした主体は本件発言者であって、被告が侵害行為を行 う主体に該当しないことは明らかである」として差し止め請求を棄却するとともに、損害 賠償請求については、「電子掲示板開設者等は、他人が行った電子掲示板への情報の書き 込み、あるいはウェブページ上における表現行為が、著作権法上、複製権、送信可能化権、 公衆送信権の侵害と評価される場合であっても、電子掲示板開設者等自身が当該情報の送 信主体となっていると認められるような例外的な場合を除いて、特段の事情のない限り、 送信可能化又は自動公衆送信の防止のために必要な措置を講ずべき作為義務を負うもので はない」として、原告の請求をすべて棄却した。 (控訴審:東京高判平成17年3月3日) ■評釈等 山本隆司・コピライト520号20頁(2004年) 岡邦俊・JCAジャーナル51巻10号50頁(2004年) ■争 点 (1) 本件各発言における本件各対談記事の転載は著作権法32条にいう引用に当たるか。 (2) 原告らは、被告に対して、別紙転載文章目録記載の各発言の自動公衆送信又は送信 可能化の差止めを請求することができるか。 (3) 被告は、本件各対談記事の削除を行わなかったことにより、原告らに対して損害賠 償責任を負うか。 (4) 原告らの損害 ■判決文 第3 当裁判所の判断  1 争点(1)(本件各発言における本件各対談記事の転載は著作権法32条にいう引用 に当たるか)について  被告は、本件各発言の書き込みをした者(以下「本件発言者」という。)が発言の書き 込みに際して本件各対談記事を引用することは、著作権法上許された引用の範囲にあると 主張する。  著作権法32条1項にいう「引用」とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作 物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいうところ、上記引用に当たると いうためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と引用され て利用される側の著作物を明瞭に区別して認識することができ、かつ、両著作物の間に前 者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならないと解される。  これを本件についてみるに、前記の「前提となる事実関係」(前記第2、1)に証拠 (甲1、2)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件対談記事1は本件書籍の18ページ分、 本件対談記事2は本件書籍の11ページ分をそれぞれ占めるものであること、本件各発言 においては、本件各対談記事がほぼそのまま掲載されていること、本件各発言は、「ファ ンブックの対談とかうぷしてほしいという人が多ければうぷしますよ〜。やめてほしいと いう人が多ければしませんので‥‥‥」「うpきぼん」などという書き込みの後に「随分 時間が経ってしまいましたが、ファンブックの対談うぷします。結構な量になるので、一 気に全部ではなく何回かにわけます」との書き込みがされ、それに続けて掲載されたもの であることが認められる。  上記認定の事実によれば、本件各発言を閲覧した者は、本件各文章を独立した著作物と して鑑賞することができるのであり、本件発言者がその発言の書き込みにおいて本件各対 談記事の内容を転記したのは、本件発言者らが創作活動をする上で本件各対談記事を引用 して利用しなければならなかったからではなく、本件各対談記事を閲覧させること自体を 目的とするものであったと解さざるを得ない。  したがって、本件各発言においては、その表現形式上、本件各対談記事の転載部分が従 であるとはいえない(むしろ、本件各対談記事の転載部分が主であるということができる) から、本件発言者がその発言の書き込みに際して本件各対談記事の内容を転載した行為が、 著作権法上許された引用に該当するということはできない。  以上のとおり、被告の主張は採用することができない(なお、被告は、スレッドを一体 としてみれば、本件各対談記事の引用部分が従であるという趣旨の主張もしているが、本 件のような電子掲示板に、発言者が自由に書き込みをしているような場合には、書き込み ごとに独立した著作物と解すべきであるから、被告の上記主張も採用することができない。)。  2 争点(2)(原告らは、被告に対して、別紙転載文章目録記載の各発言の自動公衆送 信又は送信可能化の差止めを請求することができるか)について ア 原告らは、本件各発言が著作権侵害を構成するものである以上、本件電子掲示板 を設置、運営し、削除について最終的な権限及び責任を有する被告に対して、本件各発言 の自動公衆送信又は送信可能化の差止めを請求することができると主張する。しかし、以 下に述べるとおり、原告らの上記主張を採用することはできない。  著作権法112条1項は、著作権者は、その著作権を侵害する者又は侵害するおそれが ある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる旨を規定する。同条は、 著作権の行使を完全ならしめるために、権利の円満な支配状態が現に侵害され、あるいは 侵害されようとする場合において、侵害者に対し侵害の停止又は予防に必要な一定の行為 を請求し得ることを定めたものであって、いわゆる物権的な権利である著作権について、 物権的請求権に相当する権利を定めたものであるが、同条に規定する差止請求の相手方は、 現に侵害行為を行う主体となっているか、あるいは侵害行為を主体として行うおそれのあ る者に限られると解するのが相当である。けだし、民法上、所有権に基づく妨害排除請求 権は、現に権利侵害を生じさせている事実をその支配内に収めている者を相手方として行 使し得るものと解されているものであり、このことからすれば、著作権に基づく差止請求 権についても、現に侵害行為を行う主体となっているか、あるいは侵害行為を主体として 行うおそれのある者のみを相手方として、行使し得るものと解すべきだからである。この 点、同様に物権的な権利と解されている特許権、商標権等についても、権利侵害を教唆、 幇助し、あるいはその手段を提供する行為に対して一般的に差止請求権を行使し得るもの と解することができないことから、特許法、商標法等は、権利侵害を幇助する行為のうち、 一定の類型の行為を限定して権利侵害とみなす行為と定めて、差止請求権の対象としてい るものである(特許法101条、商標法37条等参照)。著作権について、このような規 定を要するまでもなく、権利侵害を教唆、幇助し、あるいはその手段を提供する行為に対 して、一般的に差止請求権を行使し得るものと解することは、不法行為を理由とする差止 請求が一般的に許されていないことと矛盾するだけでなく、差止請求の相手方が無制限に 広がっていくおそれもあり、ひいては、自由な表現活動を脅かす結果を招きかねないもの であって、到底、採用できないものである。  イ これを本件についてみるに、前記の「前提となる事実関係」(前記第2、1)に記 載の各事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告は本件電子掲示板を設置、運営する者であ るが、本件電子掲示板は300種類以上の個別のテーマの電子掲示板から構成され、各個 別のテーマの電子掲示板の中に多数のスレッドが存在していること、本件電子掲示板は公 衆の用に供されている電気通信回線(インターネット)を介して無料でだれでも利用する ことができ、発言をしようと思う者は自由にスレッドに書き込みを行うことができるもの であること、書き込まれた発言は直ちに機械的に送信可能化され、被告は送信可能化前に 書き込みの内容をチェックしたり、改変したりすることはできないこと、本件各発言も、 利用者たる本件発言者が本件スレッドに書き込んだものが機械的に送信可能化され、自動 公衆送信されたものであること等の事情が認められる。  上記の各事実に照らせば、本件各発言について送信可能化を行って本件各発言を自動公 衆送信し得る状態にした主体は本件発言者であって、被告が侵害行為を行う主体に該当し ないことは明らかである。  そうすると、原告らは、被告に対して本件各発言の送信可能化又は自動公衆送信の差止 めを請求することはできないものというべきである。  ウ この点に関する原告らの主張は必ずしも明らかではないが、現に著作権等の侵害が 行われている場合、あるいは行われるおそれの高い場合に、権利を侵害された者において 侵害行為を行った主体に対する差止請求を行うことが容易ではない一方で、幇助者の行為 が著作権等の侵害行為に密接な関わりを有し、かつ幇助者が被害の拡大を容易に防止する ことができる立場にあるような場合には、当該幇助行為を行う者は著作権等の侵害主体に 準ずる者として、著作権法112条1項に基づく差止請求の相手方になり得ると主張する ものと解されないではない。しかしながら、このような主張を採用することができないこ とは、上記アにおいて説示したとおりである。  原告らは、また、本件電子掲示板の利用者が発言の書き込みをする際に、氏名、メール アドレス等を記載する必要がなく匿名で行うことができること、著作権侵害の発言につい て削除要請があっても必ずしも削除されるとは限らず、書き込みをした本人であってもス レッドに掲載された発言の削除を行うことは許されていないことといった本件電子掲示板 の特徴に照らすと、被告に対して差止請求を認めなければ著作権侵害に対する救済を欠く ことになり、不当であるなどとも、主張する。  しかし、まず、著作権侵害に限らず、匿名で権利侵害を行っている者に対して差止請求 を認めるべきかどうか、認めるとしてどのような方法で差止めを可能ならしめるかは、基 本的には立法政策の問題であって、電子掲示板における表現において、匿名での権利侵害 行為がなされたからといって、侵害の主体ということができない電子掲示板の設置者ない し自動公衆送信装置の設置者に対して、特段の法規上の根拠も要することなく、差止請求 権を行使することができると解することは、到底できない。殊に、憲法上自由な表現活動 が保障されている下においては、表現活動に対する抑制行為は厳に謙抑的であることが求 められるものであり、このような点に照らしても、原告らの主張するところは、差止請求 の相手方を解釈によって無制限に拡張することにつながるもので、到底採用することがで きない。  もっとも、発言者からの削除要請があるにもかかわらず、ことさら電子掲示板の設置者 が、この要請を拒絶して書き込みを放置していたような場合には、電子掲示板の設置者自 身が著作権侵害の主体と観念されて、電子掲示板の設置者に対して差止請求を行うことが 許容される場合もあり得ようが、そのような事情の存在しない本件において、被告に対す る差止請求を認める余地はない。  ちなみに、平成14年5月27日に施行された特定電気通信役務提供者の損害賠償責任 の制限及び発信者情報の開示に関する法律(平成13年法律第137号。以下「プロバイ ダ責任制限法」という。)3条2項においては、特定電気通信役務提供者(本件被告も、 これに該当するものと解される。)において、「当該特定電気通信による情報の流通によ って他人の権利が不当に侵害されていると信じるに足りる相当の理由があったとき」(同 項1号)、又は権利を侵害されたとする者から侵害情報等を示して送信防止措置を講じる よう申出があり、当該特定電気通信役務提供者から発信者(本件においては本件発言者) に意見照会をした場合において、「当該発信者が当該照会を受けた日から7日を経過して も当該発信者から当該送信防止措置を講じることに同意しない旨の申出がなかったとき」 (同項2号)のいずれかの場合には、情報の不特定の者に対する送信(著作権法にいう送 信可能化及び自動公衆送信を含むものと解される。)を防止する措置を講じたことにつき、 発信者に対して損害賠償責任を負わない旨が規定されている。本件スレッドにおける発言 の書き込みの送信可能化及び自動公衆送信も同法にいう「特定電気通信」に該当するもの と解されるから、同法施行後に被告が送信防止の措置を講じた場合においては、上記規定 が適用となる余地はある。もとより、同項の規定は、特定電気通信役務提供者のとった措 置について発信者に対する損害賠償責任が生じない場合を規定しているだけで、特定電気 通信役務提供者に対して送信防止措置をとるべき義務を課しているものではないが、前記 「前提となる事実関係」(前記第2、1)及び上記アにおいて認定した事実の下では、上 記のプロバイダ責任制限法3条2項各号に規定するいずれの場合にも該当せず、送信防止 措置を講じたことにつき同規定により発信者に対する損害賠償責任が免責される場合には 当たらないものと解される。この規定の趣旨は、本件においても尊重するのが相当である ところ、上記のとおり送信可能化又は自動公衆送信の防止のための措置をとったことにつ き発言者からの責任追及を受けるおそれなしとしない状況の下において、被告に送信可能 化又は自動公衆送信を止めるべき信義則上の義務があったということもできない。  エ 以上のとおり、被告に対して、本件各発言の送信可能化及び自動公衆送信の差止め を求める原告らの請求はいずれも理由がない。  3 争点(3)(被告は、本件各対談記事の削除を行わなかったことにより、原告らに対し て損害賠償責任を負うか)について  ア 前記2において認定説示のとおり、本件において、被告は著作権を侵害した者に該 当しないのであるから、被告による著作権侵害を理由とする原告らの請求は理由がない。  イ 原告らは、仮に、被告自身が著作権を侵害した者に該当しないとしても、遅くとも 平成14年5月10日に編集長Iからの削除要請が行われた後においては、被告は、本件 各発言を削除すべき条理上の作為義務を負っていたにもかかわらず、過失によりこれを怠 ったもので、損害賠償義務を負うと主張する。  しかしながら、インターネット上において他人の送信した情報を記録し、公衆の閲覧に 供することを可能とする設備を用いて、電子掲示板を開設・運営する者や、ウェブホステ ィングを行う者(以下「電子掲示板開設者等」という。)は、基本的には、他人が送信し た情報について媒介するという限度で情報の伝達に関与するにすぎない。  したがって、電子掲示板開設者等は、他人が行った電子掲示板への情報の書き込み、あ るいはウェブページ上における表現行為が、著作権法上、複製権、送信可能化権、公衆送 信権の侵害と評価される場合であっても、電子掲示板開設者等自身が当該情報の送信主体 となっていると認められるような例外的な場合を除いて、特段の事情のない限り、送信可 能化又は自動公衆送信の防止のために必要な措置を講ずべき作為義務を負うものではない。  これを本件についてみるに、編集長Iが平成14年5月10日に被告に対して行った削 除要請は、電子メールで「私は小学館少コミCheese!の編集長をしているIと申し ます。2ちゃんねるの少女漫画サイトの『うんざりだって★A』で小社刊の『ファンブッ ク 罪に濡れたふたり〜kasumi〜』の18ページにわたる座談会ページの全文が公 開されており、これは明らかに著作権侵害ですので、すみやかに削除をお願いいたします。」 という内容を述べるにとどまるものであり(甲4)、その後に被告からの返答を受けて同 年5月13日に行われた再度の要請においても「削除依頼板へ、というご返事をいただき ましたが、私の申し上げたことに対するお答えとして、筋が違うと思います。さらに5月 10日以降、現在までに、704〜707で座談会の続きが公開され、また、720〜7 25、728〜748において、もうひとつの対談記事も11ページ分全文が公開されて います。」という内容を述べるにとどまるものである(甲6)。これらの電子メールによ る要請だけでは、真正な著作権者からの申告かどうかも明らかでなく(上記各電子メール の差出人は「I」となっているが、同電子メール上、「I」と原告C、E、H及びGとの 関係は全く不明である。)、同電子メールの内容も、具体的に著作物の内容を示した上で どの部分が著作権侵害かを特定して申告するものでもなく、仮に被告が、同電子メールに よる権利侵害との申告を軽信して、著作権侵害かどうかの判断を誤って過剰に発言を削除 した場合には、かえって、書き込みをした者から非難されるおそれがあること、自由な表 現活動を保障する観点から他人の表現行為について第三者が介入することには慎重さが求 められるべきであることも考慮するならば、この程度の内容の電子メールを受け取ったか らといって、被告において権利侵害の事実を知っていたか、あるいはこれを知ることがで きたと認めるに足りる相当の理由があったということはできず、送信可能化又は自動公衆 送信の防止のために必要な措置を講ずべき特段の事情があったとは認められない。ちなみ に、前記のプロバイダ責任制限法3条1項においては、特定電気通信(上記のとおり本件 スレッドにおける発言の書き込みの送信可能化及び自動公衆送信も、これに含まれるもの と解される。)による情報の流通により他人の権利が侵害された場合において、特定電気 通信役務提供者(上記のとおり本件被告も、これに該当するものと解される。)は、当該 特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されていることを知っていたと き(同項1号)、あるいは、特定電気通信役務提供者において情報の流通を知っていた場 合であって、当該特定電気通信による情報の流通によって他人の権利が侵害されているこ とを知ることができたと認めるに足りる相当の理由があるとき(同項2号)のいずれかの 場合に該当する場合でなければ、権利侵害によって生じた損害について損害賠償責任を負 わない旨が規定されている。本件においても、被告が条理上の作為義務を負うものかどう かを判断するに当たっては、この規定の趣旨を尊重するのが相当であるが、上記に認定し たとおり、被告において、原告らの権利侵害の事実を知っていたということはできないし、 権利侵害の事実を知ることができたとも認められないのであって、同規定の下においても、 被告が原告らに対して損害賠償責任を負い得る場合には当たらないものというべきである。  したがって、本件の事実関係の下においては、そもそも、被告に本件各発言の送信可能 化及び自動公衆送信を防止すべき作為義務があったと認めることはできないし、被告に過 失があったと認めることもできない。  ウ 以上のとおり、原告らの損害賠償請求は、いずれも理由がない。  4 結論  以上によれば、その余の点につき検討するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由が ない。  よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部 裁判長裁判官 三村 量一    裁判官 大須賀寛之    裁判官 松岡 千帆