・東京地判平成16年5月21日  銚子テレビ放送事件:第一審  本件は、甲事件原告(協同組合日本脚本家連盟)、乙事件原告ら(協同組合日本シナリ オ作家協会、社団法人日本音楽著作権協会、社団法人日本芸能実演家団体協議会)及び乙 事件脱退原告(社団法人日本文芸著作権保護同盟)と被告(銚子テレビ放送株式会社)と の間で締結された被告による同時再送信における著作物使用に関する契約に基づき、甲事 件原告及び乙事件原告ら及び乙事件参加人(社団法人日本文芸家協会)(以下、併せて 「原告ら」という。)が、被告に対し、契約に定められた使用料(平成2年度から平成1 1年度分)の支払いを求めている事案である。  原告らの主張に対し、被告は、@原告らは、著作権法上、被告によるテレビ番組の同時 再送信について何らの権利を有していないのに、著作物使用に関する契約に基づき使用料 を請求し得ると主張しているものであって、契約自体錯誤無効であるし、そうでなくとも 原告らの請求は著作権法に反するものであるから認められない、A被告による同時再送信 は、原告らが放送事業者に対して許諾した著作物の使用の範囲に含まれているものであっ て、そもそも原告らは被告に対して使用料等の請求をなし得る立場にないので、本件各契 約はその要素に錯誤があり無効である、B原告らの請求は判例あるいは信義則に反する、 C乙事件原告社団法人日本芸能実演家団体協議会(以下「原告芸団協」という。)は、本 来被告に対して著作隣接権を行使できる立場にないのに、同時再送信について著作隣接権 を有するかのごとく被告を欺罔して契約を締結したものであるから、上記契約は、少なく とも原告芸団協に関する部分については詐欺により取り消されるべきものであるか、錯誤 により無効である、D原告らの請求は、契約期間満了又は消滅時効により認められない等 と主張して争っている。  判決は、原告らの一部の請求を認容したものの、原告芸団協の請求その他を棄却した。 (控訴審:知財高裁平成17年8月30日) ■争 点  (1) 被告の同時再送信するテレビ番組は映画の著作物であって、原告らは著作権等の 主張をすることができないものであり、本件A契約は詐欺により取り消し得べきものか、 あるいは錯誤無効か  (2) 被告による同時再送信は、原告ら5団体が放送事業者に対して許諾した著作物の 使用の範囲に含まれているものであって、被告は改めて許諾を得る必要はなく、本件各契 約は錯誤無効か  (3) 原告らの請求は、権利の濫用あるいは信義則違反か  (4) 原告らの請求は仲介業務法に違反するものか  (5) 本件各契約は、原告芸団協に関する部分についての詐欺もしくは錯誤により、取 り消されるべき、あるいは、無効というべきか  (6) 原告らの請求権は契約期間満了、時効消滅により認められないものか  (7) 原告らの使用料等 ■判 決 第3 当裁判所の判断  1 争点(1)(被告の同時再送信するテレビ番組は映画の著作物であって、原告らは著 作権等の主張をすることができないものであり、本件A契約は錯誤により無効か)につい て  (1) 被告は、被告が同時再送信するテレビ番組は、映画の著作物であるから、その著 作者となり得るのは、製作、監督、演出、撮影、美術等を担当してその映画の著作物の全 体的形成に寄与した者、具体的にはテレビ番組の番組製作者のみであるから、原告らはテ レビ番組について著作者として権利を行使し得る立場にないにもかかわらず、テレビ番組 の同時再送信について権利を留保しているかのように被告を誤信させて本件A契約を締結 させた旨主張する。  (2) しかしながら、被告の上記主張を採用することはできない。その理由は次のとお りである。  まず、著作権法2条3項において、同法において保護される「映画の著作物」には、映 画の効果に類似する視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現され、かつ、物に固 定されている著作物を含むものとされているところ、同規定によれば、物に固定されてい ないような表現は、視覚的又は視聴覚的効果を生じさせる方法で表現されているものであ っても、同法において保護される「映画の著作物」には該当しないこととなると解される。  被告が同時再送信するテレビ番組は、テレビドラマのように録画用の媒体に固定され、 しかる後に放送される番組もあるが、生放送番組のように媒体に固定されずに放送される 番組もあることは当裁判所に顕著である。このような、媒体に固定されずに放送されるテ レビ番組は上記の「映画の著作物」に該当しないものと解されるところであって、およそ テレビ番組はすべて「映画の著作物」に該当することを前提とする被告の主張を採用する ことはできない。  仮にこの点を措くとしても、著作権法16条においては、映画の著作物の著作者は、 「その映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、音楽その他の著作物 の著作者を除き」映画の著作物の全体的形成に創作的に寄与した者とする旨規定されてい るところ、同規定の趣旨は、映画の著作物において翻案され、又は複製された小説、脚本、 音楽その他の著作物の著作者(いわゆるクラシカル・オーサー)については、映画の著作 物の著作者とは別個に映画の著作物について権利行使することができることをいうものと 解される。したがって、被告が同時再送信するテレビ番組の中に映画の著作物に該当する ものがあったとしても、本件原告ら5団体のうち、少なくとも、原告日脚連、原告シナリ オ作家協会、原告音楽著作権協会及び脱退原告(原告日脚連ら4団体)については、クラ シカル・オーサーとして、テレビ番組の著作者とは別個にテレビ番組について権利行使を 行うことが可能なのであって、上記原告らがテレビ番組の著作者と別個に被告の行う同時 再送信について権利行使することができないとする被告の主張を採用することはできない。  被告は、上記のような解釈は、テレビ番組に関する権利関係をいたずらに複雑化し、放 送コンテンツの利用に不当に制約を加えるものであって妥当でない旨主張するが、著作権 法16条が明文をもって、映画の著作物の著作者とは別に原著作物の著作者が存在するこ とを認めている以上、被告の主張するように原著作物の著作者が権利行使できないと解釈 することは困難である。  以上のとおりであって、被告の同時再送信するテレビ番組は映画の著作物であるから被 告の行う同時再送信に原告らが著作権を行使することはできないという点を前提として、 本件A契約の詐欺取消あるいは錯誤無効を主張する被告の主張は、その前提を欠くもので あり、採用することができない。  (3) よって、被告の上記主張は理由がない。  2 争点(2)(被告による同時再送信は、原告ら5団体が放送事業者に対して許諾した 著作物の使用の範囲に含まれているものであって、被告は改めて許諾を得る必要はなく、 本件各契約は錯誤無効か)について  (1) 被告は、被告が行う放送の同時再送信は、放送事業者が行う放送の単なる中継行 為と変わらないものである上、難視聴解消という公益目的も有するものであるから、放送 事業者に対して許諾した放送での使用の範囲内に含まれているものであって、被告は放送 の同時再送信について原告ら5団体から放送事業者とは別に許諾を得る必要なく、それに もかかわらず、原告ら5団体に許諾権限があるかのように被告を誤信させて締結させた本 件各契約は詐欺あるいは錯誤に当たると主張する。  (2) しかしながら、被告の上記主張を採用することはできない。その理由は次のとお りである。  著作権法上、放送も有線放送も公衆送信の1形態として位置付けられ、著作権者は放送 事業者の行う放送及び有線放送事業者の行う有線放送とも、自己の専有する公衆送信権 (著作権法23条1項)に基づき許諾するものであるけれども、放送事業者の行う放送と 有線放送事業者の行う有線放送とは、送信の主体が異なるだけでなく、著作権法上別個の 公衆送信と位置付けられていること(著作権法2条1項8号、9号の2、63条4項参照) に加えて、現実の送信の態様も大きく異なるものであるから、放送事業者に対する放送の 許諾の際に、有線放送事業者に対する有線放送の再許諾権限を放送事業者に対して付与し ていたと認められる特段の事情がある場合を除き、放送事業者に対する放送の許諾によっ て、有線放送事業者の行う有線放送までを許諾したということはできないというべきであ る。  この点につき、被告は、著作権者において放送事業者が放送に著作物を使用することつ いて許諾をした場合、当該放送事業者の業務区域内で視聴者がテレビ番組を視聴すること は当然想定した上で許諾しているものであるところ、このことに、有線放送事業者の同時 再送信は、社会通念上放送事業者の放送として扱われており、同時再送信の効果も放送事 業者に帰属すること、放送事業者自らが有線放送したり、下請け会社に有線放送させたり した場合と実態が異ならないことを併せ考慮すれば、同時再送信は、新たな著作物の使用 ではなく、放送事業者に対する著作物の使用の許諾があった場合には、著作権法上有線放 送による同時再送信の使用の範囲内であると主張する。  しかしながら、上記のとおり、放送事業者の行う放送と有線放送事業者の行う有線放送 とは、送信の主体が異なるだけでなく、著作権法上別個の公衆送信と位置付けられている こと、現実の送信の態様も大きく異なるものであること等の事情に加え、著作権法38条 2項において非営利の同時再送信について著作権が制限されることを規定している趣旨に 鑑みれば、有線放送事業者が行う同時再送信については、著作権法上、放送事業者の行う 放送とは独立して公衆送信権の侵害となると解さざるを得ない。  被告は、テレビ番組の原著作物の著作権者に、放送事業者による放送の段階と有線放送 事業者による同時再送信の段階の2回にわたる権利行使を認めるならば、実質的に著作物 使用料の「二重取り」を許すことになり不当であると主張する。しかしながら、上記のと おり、著作権法が、放送と有線放送について、同時に行われるものであっても、別個の公 衆送信と位置付けている以上、双方に対して別個に権利行使すること自体を不当というこ とは到底できないのであって、被告の上記主張を採用することはできない。  したがって、上記のとおり、テレビ番組の原著作物の著作権者において、放送事業者に 対する放送の許諾の際に、有線放送事業者に対する有線放送の再許諾権限を放送事業者に 対して付与していたと認められる特段の事情がある場合を除き、放送事業者に対する放送 の許諾によって、有線放送事業者の行う有線放送までを許諾したということはできないと 解すべきところ、本件においては、本件全証拠によっても、放送事業者に対する放送の許 諾の際に有線放送事業者の行う同時再送信の再許諾権限まで与えていたものと認めること はできない。  (3) 以上のとおりであるから、被告は放送の同時再送信について原告ら5団体から放 送事業者とは別に許諾を得る必要ない旨の主張を前提とする上記被告の詐欺あるいは錯誤 の主張はいずれも理由がない。  3 争点(3)(原告らの請求は、権利の濫用あるいは信義則違反か)について  (1) 被告は、キャンディ・キャンディ事件上告審判決の趣旨に従えば、二次的著作物 ないし三次的著作物たるテレビ番組の原著作物の著作者たる原告らは、脚本の原作となっ た漫画の著作者等の他の著作権者と共同しなければ、被告に対して権利行使することはで きないにもかかわらず、原告らが被告に対して他の著作権者と共同せずに許諾をするのは、 権利の濫用であり、信義則違反であると主張する。  (2) しかしながら、被告の上記主張を採用することはできない。理由は次のとおりで ある。  著作権者は、それぞれ他人に対し、著作物の利用を許諾する権限を有しているのであり (著作権法63条1項)、このことは二次的著作物の場合であっても変わりがない。した がって、二次的著作物の原著作物の著作者は、他の権利者と共同しなくても、それぞれ自 己の著作権に基づく権利行使をなし得るものである。  被告は、キャンディ・キャンディ事件上告審判決の趣旨に照らすと、二次的著作物の原 著作者は、当該二次的著作物の著作者を含む他の権利者と共同しなければ権利行使なし得 ないと主張するものであるが、上記判決は、二次的著作物の著作者による当該二次的著作 物の複製行為に関し、原著作物の著作者は、当該二次的著作物を合意によることなく利用 することの差止めを求めることができる旨を明らかにしたにすぎず、二次的著作物の原著 作物の著作者が単独で第三者に許諾権限を行使することができない旨を述べたものとは解 されない。したがって、被告のこの点の主張を採用することはできない。  (3) 以上のとおりであるから、テレビ番組が二次的著作物ないし三次的著作物に該当 する場合であっても、当該テレビ番組の著作物の原著作物の著作者らは、それぞれ個別に 権利行使をすることが可能であるから、これと異なる前提に立って論旨を展開する被告の 上記主張を採用することはできない。  4 争点(4)(原告らの請求は仲介業務法に違反するものか)について  (1) 被告は、著作権等の仲介事業者が定める本件各契約に定める使用料等の規定は、 仲介業務法に定める文化庁長官の認可を受けない限り効力を有しないものであることろ、 本件各契約について文化庁長官の認可を経ていない以上、原告日脚連ら4団体(原告日脚 連、原告シナリオ作家協会、原告音楽著作権協会及び脱退原告)は本件各契約に基づき被 告に対して使用料等を請求することはできないと主張する。  (2) この点、証拠(甲23の1、24の1、25の1、26の1)によれば、原告日 脚連ら4団体は、本件各契約締結当時、それぞれ文化庁長官の認可を受けた使用料規程を 有していたこと、原告日脚連、原告シナリオ作家協会及び脱退原告の使用料規程のうち、 有線放送事業者の行う放送の同時再送信について適用される規定は、「著作物の性質、利 用の目的、態様及びその他の事情に応じて、使用者と協議の上定めるものとする」旨の内 容であり、同様に原告音楽著作権協会の規定の内容は「原告音楽著作権協会を含む著作権 ・著作隣接権団体が有線放送事業者と協議して定める料率によることができる」旨の内容 であること、本件各契約においては、テレビジョン放送の同時再送信及びラジオ放送の同 時再送信について、それぞれ使用料の算定方式が定められているものであることがそれぞ れ認められる。  (3) 以上の事実によれば、原告日脚連ら4団体は、文化庁長官による認可を受けた使 用料規程に基づき、それぞれの規定において、有線放送事業者と協議の上で定めることと されている使用料の額について、本件各契約において有線放送事業者である被告との間で 定めたものであることが認められる。  そうすると、文化庁長官による認可を経て定められた原告日脚連ら4団体の使用料規程 の範囲内において、本件各契約が締結されたものということができるから、仲介業務法に 違反するとまでは解することができない。  (4) 被告は、仲介業務法3条を受けて定められた同法施行規則4条においては、使用 料規程には著作物の使用料率に関する事項を定めるべきものとされ(同法施行規則4条1 項)、かつ、その使用料率の定めについては著作物の種類及びその利用方法の異なるごと に各別に定めることとされているのは(同施行規則4条2項)、具体的な使用料の額につ いても監督庁の監督に服せしめる趣旨であって、使用料規程において具体的な額を定めず、 それ以外の契約で使用料を定めるのは、上記の法の趣旨を逸脱するものであり、許されな いと主張する。  しかしながら、仲介業務法3条は、著作物の利用者を保護する観点から、仲介事業者の 恣意的な使用料設定を防止するために、いくら支払えば著作物等を利用することができる かを利用者に明らかにし、その内容の適正さを確保するために、使用料規程について文化 庁長官の認可にかからしめることとしたものと解されるところ、同法施行規則4条1項の 規定により定められる「使用料率の定め」とは、当該定めに基づき一義的に適正な額の使 用料が導かれるものであれば足り、具体的な使用料の額を定めることが困難なものについ ても一律に具体的な使用料の額や使用料算定方式の定めを要するとまでは解されない。原 告日脚連ら4団体の各使用料規程においては、有線放送事業者の行うテレビジョン放送の 同時再送信についての使用料は、有線放送事業者との協議の上定められるべきことが定め られているものであるが、情報通信分野においては技術革新等により急速に事情が変化し 得るものであり、あらかじめ利用態様を想定して使用料の額や算定式を使用料規程で規定 することが困難であることに加え、有線放送事業者と原告日脚連ら4団体の協議によって 適正な額の使用料が定められることは十分に可能であることに照らせば、上記の原告日脚 連ら4団体の使用料規程の定めが仲介業務法に違反するとまではいうことはできず、その ような使用料規程を受けて締結された本件各契約が無効であるということはできない。  (5) 以上のとおりであるから、本件各契約の定めが仲介業務法に違反するという被告 の上記主張を採用することはできない。  5 争点(5)(本件各契約は、原告芸団協に関する部分についての詐欺もしくは錯誤に より、取り消されるべき、あるいは、無効というべきか)について  (1) 前記前提となる事実関係に証拠(甲1、2、乙1、2、27)及び弁論の全趣旨 を総合すると、次の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。  ア 平成2年10月ころ、協同組合日本放送作家組合(原告日脚連の前身)は、原告ら 5団体の代表として、被告と同様に有線テレビジョン放送事業の開始を予定していた者に 対し、概ね次の内容を記載した書簡を送付し、本件A契約の締結を促したが、同書簡では、 実演家の権利について特に区別することなく、有線放送の同時再送信には原告ら5団体の 許諾が必要である旨を述べている。  「私ども放送に係わる権利者5団体(中略)は、各々の団体の構成員に代わり、それぞ れの分野の著作権及び著作隣接権の管理を行っております。つきましては、貴社は有線に よる放送番組の同時再送信を実施されるご予定のようですが、放送番組を有線により再送 信する場合は、著作権法23条(著作者は、その著作物を放送し、有線放送する権利を専 有する。)により、著作者の許諾が必要です。私ども放送に係わる権利者5団体は、有線 放送事業者と一括契約することによって、各団体加盟の著作者に代わり、放送番組の有線 による同時再送信を許諾しており、同封いたしました許諾契約書は、社団法人日本CAT V連盟と話し合いの上、決めたものです。」  イ さらに、平成3年5月ころ、原告日脚連は、原告ら5団体の代表として、有線テレ ビジョン放送事業者のうちで本件各契約を締結していない者に対し、概ね次の内容を記載 した書簡を送付し、本件各契約の締結を重ねて促したが、同書簡中においては、原告芸団 協の著作隣接権が有線放送による放送の同時再送信に及ぶかどうかについては触れていな い。  「放送番組の有線による同時再送信について、ご契約いただくよう再三お願いいたして おりますが、本日に至るもまだご契約いただいておりません。改めて契約書を同封いたし ますので、6月15日までにご契約くださいますようお願いいたします。なお、ラジオ (FM他)放送番組の同時再送信につきましても、(社)日本CATV連盟と合意に至り ましたので併せてご契約願います。ご存じの通り、著作権者の許諾なしに放送番組を有線 により再送信することは著作権法違反行為となります。私ども放送に係わる権利者5団体 は、郵政省の許可を受けている営利法人とは、昭和48年度から(ラジオ同時再送信は昭 和59年度から)契約し、使用料も支払っていただいております。」  ウ 平成3年7月16日、原告ら5団体と被告は本件各契約を締結したが、本件各契約 においては、原告芸団協は、被告が本件各契約に定める補償金を支払うことを条件として、 原告芸団協の会員の実演によって製作された放送番組(又はラジオ放送番組)を、被告が 変更を加えないでケーブルによって同時再送信することに対し、放送事業者に異議を申し 立てないことを約する旨が定められた。  (2) ところで、原告芸団協は、著作権法95条5項、95条の3第4項に基づき、文 化庁長官により実演を業とする者の相当数を構成員とする団体として指定を受けた団体で あるところ、同団体は、著作権法の規定に従い、実演家の有する商業用レコードの二次使 用料請求権や商業用レコードの貸与の許諾に係る使用料請求権を実演家から委任を受けて 自己の名をもって権利行使すべき権限を有する。そして、原告芸団協はこのような立場に 基づき本件各契約を締結したものと認められる。  しかしながら、被告の同時再送信するテレビジョン放送及びラジオ放送の番組のなかに は、実演家の生実演を放送する番組や市販の目的をもって製作されるレコードの複製物を 利用した番組が存在していることは顕著な事実であるが、いずれの番組についても、放送 される実演を有線放送する場合には、著作権法92条2項1号により当該有線放送に実演 家の権利は及ばないものと解される。すなわち、実演家は、有線放送事業者の行うテレビ ジョン放送及びラジオ放送の同時再送信について、原告芸団協を通じて行使すべき権利を 有しないのであり、有線放送事業者に対して許諾を行うことができる立場にないのはもち ろんのこと、放送事業者との契約において同時再送信を許諾してはならない旨の取り決め が存在するなどの特段の事情の存在しない限り、同時再送信が行われたことにつき放送事 業者に対して異議を述べることもできないものと解される。  この点につき、原告芸団協は、著作権法は、有線放送による同時再送信について著作権 者が権利行使を行うことを禁じておらず、放送事業者から支払いを受けるべき対価の支払 いを受けていないような場合には、有線放送事業者との間に契約を締結して、有線放送事 業者に対して対価相当額の支払を求めることも許されると主張する。しかしながら、著作 権法92条2項1号において有線放送による放送の同時再送信の場合に実演家の著作隣接 権が及ばないこととされているのは、同号の規定が実演家が放送を許諾しているかどうか を区別せずに一律に有線放送による同時再送信について権利が及ばないとしていることに 照らせば、実演の無形的利用については当初の利用契約によって処理すべきものとするい わゆるワン・チャンス主義の観点から、放送の段階についてのみ権利行使を許容する趣旨 であると解される。したがって、実演家は、放送事業者から十分な対価を得ていたかどう かにかかわりなく、有線放送事業者の行う同時再送信について著作隣接権に基づき二次使 用料を請求することはできないものと解され、上記の原告芸団協の主張を採用することは できない。  (3) 上記(2)で述べた点に(1)において認定の事実を総合するならば、本件においては、 有線放送による放送の同時再送信について、実演家の著作隣接権に基づき対価を徴収する ことは実際は法律上許されていないにもかかわらず、これが可能であると被告において信 じ、かかる誤信にもとづき本件各契約が締結されたものと認められる。  被告の上記誤信は、動機に関するものではあるが、上記(1)に認定した本件各契約締結 時の、原告ら5団体と被告との交渉経緯に照らすと、被告が上記誤信に基づいて本件各契 約を締結したことは原告芸団協も認識していたものと認められ、かつ、被告の上記誤信は 契約の要素に関する錯誤であるというべきであるから、本件各契約のうち原告芸団協に関 する部分は錯誤により無効であるというべきである。  また、被告は、原告芸団協に関する部分の錯誤により、本件各契約は全体が無効になる 旨も主張しているが、しかし、本件各契約は、原告ら5団体がそれぞれ管理等を行う著作 物等に関する個別の権利関係について、被告との間で締結された契約であって、原告ら5 団体のうちの一部と被告との契約につき無効事由が存在するとしても、他の契約当事者と の契約の効力に影響を及ぼすものではない。  したがって、本訴請求中、原告芸団協の請求は理由がないので、棄却すべきものである。  6 争点(6)(原告らの請求権は契約期間満了、時効消滅により認められないものか) について  (1) 契約期間満了による契約終了の主張について  被告は、本件各契約は、契約期間満了により終了した旨を主張する。しかしながら、前 記前提となる事実関係記載のとおり、本件各契約においては、契約期間満了の日の1か月 前までに、契約当事者から契約の廃棄、変更について特別の意思表示が文書によってなさ れなかった場合は、期間満了の日の翌日から起算しさらに1年間その効力を有すること、 それ以降の満期のときもまた同様であることが定められている。  本件においては、全証拠によっても、本件で原告らが使用料等の請求の対象期間として いる平成2年度から平成11年度の間に被告から本件各契約を解除する旨の意思表示が行 われた事実を認めることはできない。被告は、使用料等を支払っていなかった以上、被告 が契約を継続しない意思を有していたことは明らかであった旨主張するが、単に契約上の 義務を履行していなかったことをもって契約を継続しない意思があったということができ ないものであり、上記のとおり、本件各契約においては文書による意思表示を契約終了の 要件としているものであるから、被告の主張を採用することはできない。  (2) 時効消滅の主張について  前記前提となる事実関係記載のとおり、本件各契約においては、被告は、各年度におい て定められる使用料等を、当該年度の終了後2か月以内に原告ら5団体の代表である原告 日脚連に持参又は送金して支払うべき旨が定められている。したがって、本件各契約に基 づいて発生する使用料等の支払義務は、各年度(4月1日から3月31日と認められる。 (弁論の全趣旨))終了後2か月の経過(具体的には5月31日の経過)をもって履行期 が到来し、原告ら5団体ないし原告ら4団体において、被告に対して請求をなし得るもの と解される。  ところで、本件各契約は、商人たる被告がその営業のために締結したものと認められる から、同契約に基づき発生する使用料等の請求権は商行為によって生じた債権として、履 行期から5年の経過をもって時効により消滅するものと解される(商法522条)。した がって、本件においては、原告日脚連の分については、原告日脚連が本訴を提起した平成 13年4月26日より、その余の原告ら(ただし原告芸団協を除く)及び参加人の分につ いては、これらの原告及び脱退原告(民事訴訟法49条参照)が本訴を提起した平成14 年2月26日より、それぞれ5年以上前に履行期の到来した使用料等請求権(具体的には 原告日脚連の平成2ないし6年度分の使用料等請求権、その余の原告ら及び参加人の平成 2ないし7年度分の使用料等請求権)については、消滅時効が完成しているものである。  被告が上記消滅時効を援用したことは、当裁判所に顕著であるから、原告らは、消滅時 効に係る上記の使用料等を被告に対して請求することはできない。  原告らは、原告らが被告に対して使用料等の請求をしていなかったのは、被告が契約に 定められた業務運営状況報告書の写しの提出をしなかったためであり、このように自己の 契約上の義務を履行しないにもかかわらず、消滅時効を援用することは許されない旨主張 するが、原告らにおいて使用料等を請求するにつき法律上の障害があったものとは到底い うことができない本件において、上記のような事情があるからといって被告による時効の 援用が信義則に反するということはできない。上記原告らの主張を採用することはできな い。  7 争点(7)(原告らの使用料等)について  (1) 本件各契約における「利用料収入」について  本件各契約において使用料等算定の基礎となる「利用料収入」については、各年度の業 務運営状況報告書(乙33の6ないし10)添付の損益計算書に計上されている利用料収 入から、乙30、37の3に記載の@コンバーターリース料、A番組表費は控除すること とするのが相当である。けだし、これらの収入は、損益計算書上利用料収入の費目に計上 されているとはいっても、放送の同時再送信とは無関係に被告が得ている収入であるから、 使用料算定の基礎となる「利用料収入」と解することはできないからである。また、被告 は、業務運営状況報告書添付の損益計算書に計上されている利用料収入では、期間中の利 用者の増減が反映されないこととなるので、(当年度受信契約者数−前年度受信契約者数 /2+前年度受信契約者数)×単価2900円×12か月という算式による収入を基礎と なる収入とすべきと主張する。しかし、本件各契約3条において、被告は業務運営状況報 告書により利用料収入の報告を行うべき旨が定められていることに照らすならば、本件各 契約においては、期間中の利用者の増減にかかわらず、業務運営状況報告書に記載された 利用料収入を基礎とし、そこから同時再送信と関係のない収入を控除することが想定され ているというべきである。被告の上記主張を採用することはできない。  (2) 本件各契約に基づく原告らの使用料等  以上より、本件各契約に基づき発生する各年度ごとの使用料等を計算する。まず、乙3 0、33号証によって認められる業務運営状況報告書記載の利用料収入から、乙30、3 7号証の3及び弁論の全趣旨によって認められるコンバーターリース料(乙30によって 認める各年度の契約者数〔別紙2の@欄〕に、月額単価である500円〔別紙2のB欄〕 及び1年間の月数である12を乗じて算定する。)、乙30、37号証の3及び弁論の全 趣旨によって認められる番組表費(乙30によって認める各年度の契約者数〔別紙2の@ 欄〕に、月額単価である300円〔別紙2のC欄〕及び1年間の月数である12を乗じて 算定する。)を控除して本件各契約における「利用料収入」に該当する金額を算定する (ただし、平成2年度ないし平成6年度分はすべて時効消滅しているので算定しない。)。  その上で、本件A契約に基づく使用料等としては、上記において算定される利用料収入 に契約において定められた区域内再送信の使用料率0.165%(使用料率については、 当事者間に争いがない。以下、同様。)を乗じ、さらに平成7年度分及び平成8年度分の 使用料等には3%の、平成9年度分から平成11年度分の使用料等には5%のそれぞれ消 費税相当額を加算して、各年度ごとの使用料等を算定すると(平成7年度及び平成8年度 については、別紙使用料等計算表の本件各契約における「利用料収入」欄記載の金額×0 .165%×1.03、平成9年度ないし平成11年度については、別紙使用料等計算表 の本件各契約における「利用料収入」欄記載の金額×0.165%×1.05)、別紙使 用料等計算表の本件A契約(含消費税)欄記載の金額となる。  さらに、本件B契約に基づく使用料等としては、上記において算定される利用料収入に 契約において定められた区域内再送信の使用料0.003%及び区域外再送信の使用料0 .009%の合計である0.012%を乗じ、さらに平成7年度分及び平成8年度分の使 用料等には3%の、平成9年度分から平成11年度分の使用料等には5%のそれぞれ消費 税相当額を加算して、各年度ごとの使用料等を算定すると(平成7年度及び平成8年度に ついては、別紙使用料等計算表の本件各契約における「利用料収入」欄記載の金額×0. 012%×1.03、平成9年度ないし平成11年度については、別紙使用料等計算表の 本件各契約における「利用料収入」欄記載の金額×0.012%×1.05)、別紙使用 料等計算表の本件B契約(含消費税)欄記載の金額となる。  (3) 小括  原告らは本件A契約に基づく請求につき各自の債権額を5分の1ずつとして請求をして おり(前記第1(原告の請求)の第1項)、原告ら(原告音楽著作権協会を除く。)は本 件B契約に基づく請求につき各自の債権額を4分の1ずつとして請求をしている(前記第 1の第2項)ところ、本件各契約に基づく使用料等についてはそれぞれ契約当事者たる原 告ら及び脱退原告(参加人)の間で平等の割合で帰属するものとされていたと認められる から(第20回弁論準備手続期日において、原告ら及び脱退原告は、本件A契約に基づく 請求につき、各自の債権額を5分の1とすることに異論はない旨を陳述しているところで あり、かかる原告らの陳述からすれば、本件B契約に基づく請求について各自の債権額を 4分の1ずつとすることにも異論はないものと解される。また、本件各契約に基づく使用 料等の原告ら及び脱退原告(参加人)の間における分配については、被告も争っていな い。)、本件A契約に定める使用料等の額として認められる金額から原告芸団協の請求分 である5分の1の金額、本件B契約に定める使用料等の額として認められる金額から原告 芸団協の請求分である4分の1の金額を、それぞれ控除すべきものである。  したがって、本件A契約について5分の1を、本件B契約について4分の1をそれぞれ 控除すると、別紙使用料等計算表記載の芸団協分控除後欄記載のとおりとなる。  さらに、平成7年度分の使用料等請求権については、原告日脚連の分を除き時効消滅し ているので、同年度分の本件A契約に基づく使用料等については、原告日脚連分として控 除後の上記金額の4分の1である2094円、同じく本件B契約に基づく使用料等につい ては、原告日脚連分として控除後の上記金額の3分の1である190円に限って認められ ることとなる(合計2284円)。  そして、別紙使用料等計算表記載の各契約に基づく平成8年度ないし11年度の使用料 等の額(原告芸団協分控除後)を合算して各契約ごとの使用料等の額を算定すると、本件 A契約の使用料等が5万4415円、本件B契約の使用料等が3710円と認められる。  8 結論  以上のとおりであるから、原告らの本訴請求については、@原告日脚連が平成7年度分 の本件各契約に基づく使用料等として2284円及びこれに対する履行期の経過後である 平成13年5月8日以降の年5分の割合による遅延損害金、A原告日脚連、原告シナリオ 作家協会、原告音楽著作権協会及び参加人が平成8年度ないし11年度の本件A契約に基 づく使用料等として5万4415円及びこれに対する履行期の経過後である平成13年5 月8日以降の年5分の割合による遅延損害金、B原告日脚連、原告シナリオ作家協会及び 参加人が平成8年度ないし11年度の本件B契約に基づく使用料等として3710円及び これに対する履行期の経過後である平成13年5月8日以降の年5分の割合による遅延損 害金、の各支払いを求める限度で理由がある。  よって、主文のとおり判決する。 東京地方裁判所民事第46部   裁判長裁判官 三村 量一    裁判官 松岡 千帆