・東京地判平成16年8月17日  マンホール鉄蓋交換工法事件  本件は、特許権者である原告(株式会社ハネックス・ロード)が、被告(MR2 工法 協会)に対し、@MR2AB工法が本件発明の技術的範囲に属し、被告の行為が本件特許 権を侵害するなどと主張して、本件特許権(特許第2623491号「切削オーバーレイ 工法」)に基づき、MR2AB工法の実施の申出及びパンフレットの配布の差止め、ホー ムページからの削除の申請並びに謝罪広告の掲載を請求するとともに、A本件訴訟に係る 損害(弁護士費用)及び遅延損害金の支払を請求する事案である。  判決は、「特許法100条……にいう特許権を侵害する者又は侵害をするおそれがある 者とは、自ら特許発明の実施(特許法2条3項)又は同法101条所定の行為を行う者又 はそのおそれがある者をいい、それ以外の教唆又は幇助する者を含まない」などとして、 請求を棄却した。 ■争 点 (1) MR2AB工法の構成 (2) MR2AB工法は本件発明の技術的範囲に属するか (3) 被告の行為が侵害行為に当たるか (4) 謝罪広告の必要性 (5) 損害の有無及び額 ■判決文 第4 当裁判所の判断 1 争点(3)(被告の行為は侵害行為に当たるか)について (1) 被告自らの実施について  原告は、本件発明が物を生産する方法の発明であることを前提として、被告のパンフレ ットの配布やNETISへの登録申請行為が当該方法により生産した物の譲渡等の申出に 該当する旨主張する。  本件発明が物を生産する方法の発明に該当するか否かは、まず、願書に添付した明細書 の特許請求の範囲の記載に基づいて判定すべきものである(最高裁平成10年(オ)第6 04号同11年7月16日第二小法廷判決・民集53巻6号957頁参照)。本件発明の 特許請求の範囲の記載は、前記第2の1(2)カ認定のとおりであり、本件発明は、マンホ ール枠を含む舗装の切削オーバーレイ工法における複数の工程からなる工法であって、物 の生産を伴うとはいえないことが明らかであるから、方法の発明であって、物を生産する 方法の発明には該当しない。 そして、本件特許権の特許権者は、業として本件発明の実施をする権利を専有し(特許 法68条)、許諾なくこれを実施することは特許権侵害に当たるが、本件発明は方法の発 明であるから、その実施とは本件発明に係る方法の使用をする行為をいうものであり(同 法2条3項2号)、したがって、本件特許権の侵害に当たるのは、本件発明に係る方法の 使用をする行為及び特許法101条3号、4号に該当する行為に限られる。  仮に、MR2AB工法が本件発明の技術的範囲に属するとしても、被告がMR2AB工 法を使用したことも特許法101条3号、4号に該当する行為をしたことも認めるに足り る証拠はなく、MR2AB工法のパンフレットの配布やNETISへの登録申請行為をも って本件発明の実施に当たるとはいえないことは明らかである。  よって、被告が自ら本件発明を実施して本件特許権を侵害した旨の原告の主張は、理由 がない。 (2) 被告の会員との共同行為について  原告は、被告のパンフレットの配布やNETISへの登録申請行為が会員の施工行為と 不可分一体の共同行為である旨主張する。  弁論の全趣旨によれば、被告の事業は、工法の開発、改良等や技術資料、マニュアル等 の作成、研修の実施、普及・啓蒙活動であることが認められ、実際のMR2AB工法を施 工する主体は、あくまで被告の会員であって、被告が自らMR2AB工法を施工する主体 であるということは困難である。なお、証拠(甲5)によれば、NETISに関するホー ムページ中の「NETISに関するQ&A」に関する「新規登録に関する質問」の部分で も、「協会や研究会等で開発された技術を個別企業で登録すると、同一技術を複数社で登 録する可能性があり、閲覧者の混乱を招きますので協会名での登録をお願いします。」と の記載がされていることが認められるが、これはあくまで閲覧者の便宜のためのものにす ぎず、被告が実施の主体となることを前提としているものとまで解することはできない。  このように、MR2AB工法を使用して実際の施工を行う主体は被告の会員であり、被 告の業務は工法の開発、改良等や技術資料、マニュアル等の作成、研修の実施、普及・啓 蒙活動という、会員を補助する役割にとどまっているものであるから、被告のパンフレッ トの配布やNETISへの登録申請行為をもって会員の施工行為と不可分一体であるとい うことはできない。なお、仮に被告が会員と特許権侵害を共同で行っているとしても、差 し止めるべき対象は、本件発明に係る方法を使用する行為をする者の当該使用行為であっ て、被告のMR2AB工法の実施の申出やパンフレットの配布等の行為を差し止めるべき 法律上の根拠はない。 (3) 会員の実施行為の教唆・幇助について  また、原告は、被告の発注者に対する宣伝、技術水準の定立、技術管理者の資格の付与 行為は会員の施工行為を教唆又は幇助するもので、会員との共同不法行為である旨を主張 する。  しかしながら、特許法100条は、特許権を侵害する者等に対し侵害の停止又は予防を 請求することを認めているが、同条にいう特許権を侵害する者又は侵害をするおそれがあ る者とは、自ら特許発明の実施(特許法2条3項)又は同法101条所定の行為を行う者 又はそのおそれがある者をいい、それ以外の教唆又は幇助する者を含まないと解するのが 相当である。けだし、@ 我が国の民法上不法行為に基づく差止めは原則として認められ ておらず、特許権侵害についての差止めは、特許権の排他的効力から特許法が規定したも のであること、A 教唆又は幇助による不法行為責任は、自ら権利侵害をするものではな いにもかかわらず、被害者保護の観点から特にこれを共同不法行為として損害賠償責任 (民法719条2項)を負わせることにしたものであり、特許権の排他的効力から発生す る差止請求権とは制度の目的を異にするものであること、B 教唆又は幇助の行為態様に は様々なものがあり得るのであって、特許権侵害の教唆行為又は幇助行為の差止めを認め ると差止請求の相手方が無制限に広がり、又は差止めの範囲が広範になりすぎるおそれが あって、自由な経済活動を阻害する結果となりかねないこと、C特許法101条所定の間 接侵害の規定は、特許権侵害の幇助行為の一部の類型について侵害行為とみなして差止め を認めるものであるところ、幇助行為一般について差止めが認められると解するときは同 条を創設した趣旨を没却するものとなるからである。  そうすると、被告の前記行為が本件発明の実施及び特許法101条所定の行為に該当し ない以上、仮に被告の行為が会員の施工行為を教唆又は幇助するものであったとしても、 被告の上記行為の差止めを求めることは許されないというべきである。 (4) 以上の次第で、原告の請求1ないし3は、いずれも理由がない。 2 争点(4)(謝罪広告の必要性)について  被告の行為が特許権侵害に当たらないことは、前記1のとおりであるから、特許法10 6条に基づく信用回復措置の請求は理由がない。  なお、証拠(甲6、弁論の全趣旨)によれば、原告が指摘する「月刊下水道」2004 年3月号17頁には、本件発明に係る工法とMR2AB工法等が一覧表にして掲載された ことが認められるが、同表は客観的に両工法を比較したにすぎず、これをもって、本件発 明に係る工法がMR2AB工法に比してあたかも効果がないかのような印象を読者及び発 注者に与えたことを認めるに足りない。また、被告のMR2AB工法の宣伝広告活動が本 件特許権の価値を低下させ、本件特許権についての信用を低下させたことを認めるに足り る証拠はない。  よって、いずれにせよ、謝罪広告請求(原告の請求4)も理由がない。 3 争点(5)(損害賠償請求)について  以上のとおり、原告の本件特許権に基づく差止請求及び謝罪広告請求に理由がない以上、 本件訴訟を提起するに必要な弁護士費用をもって損害ということはできないから、損害賠 償請求(原告の請求5)も理由がない。 4 結論  以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由が ないから棄却することとし、訴訟費用は原告の負担とすることとして、主文のとおり判決 する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 部眞規子    裁判官 東海林保    裁判官 田邉 実