・大阪地判平成16年11月25日判時1901号106頁  海洋堂フィギュア事件:第一審  本訴は、原告(株式会社海洋堂)が被告(フルタ製菓株式会社)に対し、被告の製造販 売する菓子「チョコエッグ」(卵形のチョコレートの中におまけを入れる商品シリーズ)、 「妖怪シリーズ」(キャンデーに妖怪のフィギュアをおまけとして付ける商品シリーズ)、 「アリス・コレクション」等のおまけとして各種のフィギュアの模型原型を原告が製造し、 これを被告に提供するに当たり、両者の間で複数の著作権使用許諾契約を順次締結し、許 諾料(ロイヤルティ)や違約金について定めていたところ、被告が原告に商品の製造数量 について実際より過小の虚偽の報告をし、あるいは未払のロイヤルティがあるとして、こ れらの契約に基づくロイヤルティ及び約定違約金の支払並びに商事法定利率による遅延損 害金の支払を求めた事案である。  反訴は、被告が、原告に対し、上記複数の著作権使用許諾契約のうちの一部について、 ロイヤルティ支払条項の料率が高額に過ぎ、錯誤あるいは公序良俗違反ゆえに無効である などとして、被告が原告に対して支払ったロイヤルティの一部を不当利得として返還請求 した事案である。  判決は、模型原型についてはおおむね「著作権法2条1項1号にいう「思想又は感情を 創作的に」表現した成果物という面については、これを肯定することができる」としなが らも(他方、「アリス・コレクション」については「アリス・コレクションにおける忠実 な立体化やありふれた彩色によって制作された模型原型は、作者の何らかの個性が創作的 に表現されているものと認めることはできない」として否定)、「客観的にみて、一般の 社会通念上、美的鑑賞を目的とする純粋美術に準じるようなものとまではいえない」とし て、著作物性をすべて否定した。そして、「本件各契約の違約金支払規定の合意において、 模型原型が著作物であり、原告が著作権を有しあるいは管理していることが要素となって いたということはできない。したがって、本件模型原型に著作物性が認められないとして も、あるいは原告が著作権を有しても管理してもいなかったとしても、そのことをもって 本件各契約、とりわけその中の違約金支払規定が、錯誤により無効となるものではない」 とした上で、被告に対して、1億6千万円あまりの支払いを命じた。 (控訴審:大阪高判平成17年7月28日) ■評釈等  野一色勲・知財管理55巻9号1265頁 ■争 点 (1)本件各契約における対象物である各種フィギュアの模型原型は著作物か。 (2)本件各契約の違約金支払規定は、被告が模型原型が著作物であり原告がその著作権 を有しあるいは管理しているとの錯誤に陥っていたことを理由として、無効となるか。 (3)本件各契約の違約金支払規定は公序良俗違反か。 (4)本件契約〔11〕は有効に成立し、また違約金に関する合意がなされているといえ るか。 (5)本件契約〔14〕は有効に成立しているか。 (6)未払のロイヤルティ・違約金等の額 (7)原告の不当利得の成否及び被告の損失 ■判決文 第4 争点に対する判断 1 争点(1)(本件各契約における対象物である各種フィギュアの模型原型は著作物か) について (1)前記第2の1の前提事実並びに証拠(甲第1ないし第8号証〔甲第8号証中被告作 成部分についてはその存在のみ。以下同じ。〕、第29号証、第31ないし第33号証、 乙第1号証、第3ないし第5号証、第22号証ないし第34号証、第36号証ないし第4 2号証、第47号証、第60号証の1ないし3、第61ないし第64号証)及び弁論の全 趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。 ア 本件模型原型は、大量販売される菓子に、その複製物をおまけとして付することが予 定されている立体物である。  本件模型原型の制作過程は次のとおりである。  原告は、被告との間で商品企画を検討した後、当該企画に適する模型原型造形師を選定 し、原告の専務取締役であるCと当該造形師が中心となって、模型原型のサイズ、セール スポイントとなる特徴、数等を打合せる。打合内容に従って、造形師が基となる画を作成 し、原告が検討修正した後に造形にとりかかる。造形師が造形した原型(造形原型)は、 原告のチェックを受けた後、原告従業員の塗装担当者によって彩色される。彩色された原 型が本件模型原型である。 イ チョコエッグ及びチョコエッグ・クラシック  チョコエッグ及びチョコエッグ・クラシックは、様々な種目・科に属する実在の動物 (本件契約〔3〕の対象となった「ツチノコ」を除く。)を正確に模したフィギュアをお まけとして卵形チョコレートの中に入れる商品シリーズである。  被告がおまけとして付していたフィギュアは、頭部、胴部、足部、尾部などの形状、大 きさの比率、その姿勢はもとより、動物の毛並み、虫の足の突起、魚の鱗等に至るまで、 可能な限り、実際の動物と同様に立体的に表現され、色彩も、複数の色彩を細かく用い、 実際の動物と同様の色、模様が付されている。  チョコエッグ及びチョコエッグ・クラシックの発売に際しては、「タマゴの形をしたミ ルクチョコの中に青いカプセルを封入しました。カプセルの中にはリアルな動物コレクシ ョンが入っています。日本の固有種から今はもういなくなってしまった絶滅種にいたるま で様々な種類の動物たちを次々ご紹介いたします。」(本件契約〔1〕の対象であった 「日本の動物コレクション〔1〕」、乙第22号証)、「フィギュアマニア垂涎の動物コ レクション!動物・昆虫博物館などでも利用され、研究員もうならせるリアルな造形の本 格フィギュア」(本件契約〔4〕の対象であった「日本の動物コレクション〔4〕」、乙 第25号証)、「チョコエッグに新しいシリーズが誕生。好評の日本の動物シリーズに加 え、リアルなペット動物コレクションが誕生しました。身近なペットから憧れのペットま で様々な種類のペット動物たちを次々ご紹介いたします。」(本件契約〔6〕の対象であ った「ペット動物コレクション〔1〕」、乙第27号証)、「99年より発売が開始され、 現在第5弾まで製品化されている『チョコエッグ日本の動物』シリーズ。今回は第1弾か ら第3弾に登場したラインナップの中から24種類をピックアップ、またそれだけではな く塗装色や塗装方法の変更、型自体の変更などを施したバーションアップ版として製品化 しました。」(本件契約〔13〕の対象であった「日本の動物コレクション・バージョン アップ版」、乙第29号証)などの謳い文句を記載したパンフレットも商品と合わせて配 布された。  チョコエッグ及びチョコエッグ・クラシックに付されていたおまけの模型原型は、原告 の従業員であるDが、市販の動物図鑑、鳥類図鑑等を参照しながら、本件契約〔1〕ない し〔8〕及び〔13〕における原告の模型原型製造債務の履行の一環として制作し、原告 従業員がこれに彩色し、原告の製品として公表されたものである。 ウ 妖怪シリーズ  妖怪シリーズは、いわゆる百鬼夜行に示唆を得て制作されたフィギュアをおまけとして、 キャンデーと共に箱詰めされる商品シリーズである。  妖怪シリーズのうち、「妖怪コレクション」は、「昨今の京極夏彦氏の妖怪小説などに 代表される妖怪ブームの中、昔の文献『百鬼夜行』の妖怪をモチーフに立体化しました。 大人のコレクターを対象としたリアルで本格的なフィギュアに仕上げ、コレクション性を 高めています。」(本件契約〔9〕の対象であった「百鬼夜行〈1〉」、乙第30号証)、 「話題作『妖怪コレクション』の第2弾。今回もE氏総指揮のもとリアルなフィギュア9 体をリリース。河童や天狗、輪入道などの妖怪に加え、そのうち1体をシークレットにす ることでミステリー性を向上。今回は通常彩色版の他に象牙風彩色版、金色彩色版を加え、 コレクション性の高い商品に仕上げました。」(本件契約〔10〕の対象であった「百鬼 夜行〈2〉」、乙第31号証)などの謳い文句を記載したパンフレットと共に、「妖怪根 付」(本件契約〔12〕の対象であった。)は、「『妖怪』をテーマにしたフィギュアコ レクション。今回は江戸時代から存在する『根付け』とよばれる、いわゆるキーホルダー をモチーフにフィギュア化」(乙第32号証)などとの謳い文句を記載したパンフレット と共に販売された。  妖怪シリーズにおける造形原型は、いずれもEが製造した。Eは、造形原型を著作物と 認識しており、原告に造形原型を納入し、代金を受領するに当たり、その著作権をすべて 原告に譲渡する旨合意した。  原告では、原告従業員がEから納入された造形原型に彩色して、模型原型として完成さ せた。 エ アリス・コレクション  アリス・コレクションは、ルイス・キャロルが制作した物語「不思議の国のアリスの冒 険」及び「鏡の国のアリスの冒険」に使用されていた、ジョン・テニエルの挿絵(線画) (ハリー・シーカーや英国マクミラン出版社がこれに彩色している。)に基づき、これを 正確に立体化し彩色したフィギュアをおまけとして、キャンデーと共に箱詰めされる商品 シリーズである。  アリス・コレクションは、「女の子ならだれもが読んだことのあるルイス・キャロル原 作の不朽のファンタジー物語『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』に登場するキャ ラクターをそのままフィギュアにしました。フィギュアのモデルとして、原作版に使用さ れていたジョン・テニエルの挿絵を起用、なじみのある姿にアリスの世界観をいっそう身 近に感じられます。また、特定の2種類を組み合わせると、挿絵の風景をそのまま再現し たジオラマに変身、運動性を持たせることでコレクション性を高めています。」(乙第3 4号証)との謳い文句を記載したパンフレットと共に発売された。  アリス・コレクションにおける造形原型は、いずれもFが製造した。Fは、造形原型を 著作物と認識しており、原告に造形原型を納入し、代金を受領するに当たり、その著作権 をすべて原告に譲渡する旨の合意をした。  原告では、原告従業員がFから納入された造形原型に彩色して、模型原型として完成さ せた。 オ 以上のチョコエッグ、チョコエッグクラシック、妖怪シリーズ、アリス・コレクショ ンは、いずれもお菓子のおまけとして各種のフィギュアがチョコレートの中のカプセルに 入れられたり、キャンデーと共に箱詰めされた商品シリーズであるが、例えば、チョコエ ッグ(バラのもの)では65×43×43(mm)のサイズのチョコエッグの中にフィギ ュアが収納されているし、妖怪シリーズでは140×98×53(mm)の箱にキャンデ ー4個(妖怪根付の場合は2個)と共に収納されている。このように、本件各契約に基づ く各フィギュアは、被告が販売するお菓子のおまけとはいっても、手のひらに載るような ものではあるがそれなりの大きさがあり、被告も、商品の販売に際してフィギュアを需要 者のコレクションの対象として強力に訴えており、商品としては、お菓子よりもむしろ主 たる地位を占めていると評価することもできる。そして、原告は、フィギュアの製造会社 として、この種のフィギュアのコレクターの間では高く評価され、根強い人気がある。本 件各契約においても、原告と被告との間では、原告の提供するフィギュアの模型原型につ いては著作物である旨記載された契約書が取り交わされている。 (2)ア 著作権法は、2条1項1号で著作物を「思想又は感情を創作的に表現したもの であって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」と定義し、10条の「著作物 例示」の規定では「絵画、版画、彫刻その他の美術の著作物」(1項4号)を著作物の例 示として挙げている。一方、同法2条2項は、「この法律にいう『美術の著作物』には、 美術工芸品を含むものとする。」と定めている。 イ 本件模型原型は、いわゆる美術の範囲に属するものであることは明白であって、当事 者においても争いのないところである。そこで、本件模型原型が「思想又は感情を創作的 に表現したもの」といえるか否かを検討する。  「思想又は感情を創作的に表現」するというときの創作性とは、表現が当該作者の何ら かの知的活動の成果によるものであって、著作者の個性が現れていることをいい、必ずし も独創性が要求されるわけではない。他人の創作を模倣するにすぎないものや、たとえ他 人の模倣ではないとしても、表現としてありふれたものであったり、表現方法が限定され ているために誰が表現しても同じような表現となったりする場合には、作者の個性が現れ ているということはできず、創作性が否定される。  前記(1)の認定事実によれば、チョコエッグ(本件契約〔1〕ないし〔8〕)及びチ ョコエッグ・クラシック(本件契約〔13〕)に使用されているおまけの模型原型は、市 販の図鑑等を参照して、実在する、あるいはかつて実在した動物(ツチノコを除く。)の 形状、姿勢、毛並み、色彩、模様等を可能な限り細部まで実物に近づくように作成された ものであり、その制作過程では高度の模倣手段・技術を用いて作成されたものと認められ、 出来上がった模型原型及びその複製物は、市販のお菓子のおまけとして頒布されるフィギ ュアとしては、実在し、あるいはかつて実在した動物(ツチノコもこれに準じて考えられ る。)に極めて近いものになっていると認められる。しかしながら、このように、実在の 動物の形状等を可能な限り写実的に模倣して制作される模型原型については、機械的に写 真に撮影したとか,誰が作成してもほぼ同じような表現にならざるを得ないような類型的 な表現方法によった場合と異なり、高度に写実的な動物の模型を制作するという表現手段 の中に、様々な技術や工夫が用いられており、著作者の個性が現れた創作行為が存在する ことは否定できない。そうすると、本件契約〔1〕ないし〔8〕及び本件契約〔13〕に おいて対象となった模型原型は、著作権法2条1項1号にいう「思想又は感情を創作的に」 表現した成果物という面については、これを肯定することができる。  また、妖怪シリーズ(本件契約〔9〕ないし〔12〕)の造形原型は、Eにおいて、古 くから存在する百鬼夜行の妖怪にも示唆を受けて、リアルな形態の立体的な妖怪を各種制 作したものであるが、既存の特定の絵画等をそのまま模して作成されたものとは認められ ず(そのような事実を認めるに足りる証拠はない。)、古来我が国でいろいろな画家等が 描いてきた妖怪とそれ程違いがあるわけではないにしても、制作者の個性が現れていない とはいえないから、「思想又は感情を創作的に表現したもの」であること自体は、これを 肯定することができる。   一方、前記(1)エの認定事実によれば、アリス・コレクション(本件契約〔14〕) は、ルイス・キャロルの物語「不思議な国のアリスの冒険」「鏡の国のアリスの冒険」の 挿絵としてジョン・テニエルが描いた線画を忠実に立体化させ、上記物語の内容に沿うよ うに彩色されたものであって、出来上がった模型原型及びその複製物は、ジョン・テニエ ルの描いた挿絵(線画)を忠実に三次元の像としたものと認められる。なお、原告従業員 が行った彩色と、ハリー・シーカーや英国マクミラン出版社の行った彩色との異同は不明 であるが、アリス・コレクションはジョン・テニエルの描いた挿絵(線画)の雰囲気を三 次元の像においても維持することを目的になされているため、その彩色はハリー・シーカ ー等のものと同様か、少なくとも挿絵の思想又は感情を超えて新たな思想又は感情を表現 するようなものではなく、通常ジョン・テニエルの挿絵に彩色する場合になされるであろ うありふれた彩色であると推測される。そうすると、アリス・コレクションにおける忠実 な立体化やありふれた彩色によって制作された模型原型は、作者の何らかの個性が創作的 に表現されているものと認めることはできない。 (3)ア ところで、先にも触れたように、「美術の著作物」については、著作権法2条 2項が「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする。」と定め ている。同条項は、絵画、版画、彫刻等のような純粋美術のほかに、実用品であっても一 品製作による手工的な「美術工芸品」が「美術の著作物」に含まれていることを明らかに している。この点に関し、美術工芸品以外のいわゆる応用美術についても著作権法によっ て保護されるかどうかが問題になるところである。現行著作権法制定の経緯や、著作権法 による保護と意匠法等の工業所有権法による保護との関係等に照らせば、著作権法上の前 記条項は、実用に供され、あるいは産業上利用されることを目的とする美的な創作物、す なわち、実用品と結合された美術的著作物、量産される実用品のひな型として用いられる ことを目的とする美術的著作物、実用品の模様として利用されることを目的とする美術的 著作物等、一般に応用美術の範疇に含まれるものについては、専ら美の表現のみを目的と するいわゆる純粋美術と同視できるような創作性、美術性を有するもののみを、「美術工 芸品」に準じて、著作権法上の「美術の著作物」として著作権法による保護の対象とした 趣旨であると解するのが相当である。  チョコエッグ、チョコエッグ・クラシック及び妖怪シリーズの模型原型は、まさに、上 記のような大量に生産されるある種の実用品(おまけないし玩具)の模型原型(ひな型) としての性格を有するものであるから、著作権法上保護される著作物に該当するかどうか を判断するためには、著作権法2条2項の観点からの検討が必要である。 イ そこで、本件のチョコエッグ、チョコエッグ・クラシックや妖怪シリーズの模型原型 について、いわゆる純粋美術と同視できる創作性、美術性を有するかについて検討する。  まず、チョコエッグ及びチョコエッグ・クラシックの模型原型は、上記のとおり、高度 の技術が用いられて、実在の動物を写実的に模したものであり、お菓子のおまけとして安 価で広く頒布されるフィギュアとしては美的な価値も備えており、この種のフィギュアの 蒐集家にとっては、その精巧さや種類の豊富さもあって、それなりに美的鑑賞の対象とも なり得ることは否定できないところである。しかし、動物を写実的に模すのに、制作者の 技術や工夫が見られるといっても、大量に製造され安価で頒布される小型のおまけである から、純粋美術の場合のような美的表現の追求とは異なり、一定の限界の範囲内での美的 表現にとどまっていることも否定できないのであり、客観的にみて、一般の社会通念上、 美的鑑賞を目的とする純粋美術に準じるようなものとまではいえない。したがって、チョ コエッグ及びチョコエッグ・クラシックの模型原型は、著作権法2条2項の規定の趣旨に 照らして、「美術の著作物」には該当しないものというべきである。  なお、本件契約〔3〕の対象とされたツチノコについても、弁論の全趣旨によれば、未 確認ではあるが日本の山野に棲息しているとして、だんだんその目撃談が紹介され絵にも 描かれている「ツチノコ」を、これらの公刊物等を参照して制作された模型原型であると 認められ、上記の動物の場合と同じく、大量に生産される小型のおまけの模型原型として 制作されたものであり、その制作の内容に照らしてみても、純粋美術と同視し得るような ものとは評価できない。したがって、「ツチノコ」も、「美術の著作物」には該当しない。  次に、妖怪シリーズで制作された妖怪の模型原型は、想像上のものであり、実在するも のではないものの、被告の製造販売に係る菓子等のおまけにするために全く新たに創作さ れたものではなく、前記(2)イでも述べたように、旧来から人々の間に語り継がれ、絵 画等に表されてきたものを参照して、立体化したものである(「百鬼夜行」については、 過去の文献である「百鬼夜行」に掲載された妖怪を立体化したものであることも認められ る。)。しかるところ、本件模型原型は、旧来、絵画等に表されてきた妖怪と比較して、 それらをそのまま模したものではなく、創作者の個性がそれなりに現れたものであるとは 考えられるが、やはり、前述のチョコエッグ等と同じく、大量に製造され安価で頒布され る小型のおまけのために製造された模型原型であるから、制作者の技術や発想において優 れたものがあり、創作的表現がされているとしても、純粋美術の場合のような美的表現の 追求とは異なり、一定の限界内での美的表現にとどまっているといわざるを得ない。した がって、妖怪シリーズのフィギュアの模型原型についても、客観的にみて、一般の社会通 念上、美的鑑賞を目的とする純粋美術に準じるようなものとまではいえないから、「美術 の著作物」には該当しないものというべきである。なお、妖怪シリーズのフィギュアも、 上記のチョコエッグの動物フィギュアと同じく、細部にわたるまで細かな成形、彩色が行 われており、それらは、模型制作上の技術が高いことをうかがわせるが、そのことは、必 ずしも、純粋美術と同視できるような創作性の存在に直結するわけではない。 ウ なお、量産品のひな型であっても、専ら美の表現を追求した純粋美術と同視できる創 作性、美術性を有するものが存在することは否定し得ず、そのような創作性、美術性を有 するものが存在したとすれば、それについて、量産品のひな型であるという理由によって、 著作権法上の「美術の著作物」への該当性が否定されることはないというべきである。  しかし、前記イのとおり、本件各契約の対象となったフィギュアの模型原型は、そのも の自体に、純粋美術と同視できる創作性、美術性を備えているとは認められず、その故に 著作物に該当しないというべきであって、量産品の原型であることによって直ちに著作物 であることが否定されるものではない。  原告は、量産されるものであっても著作物性が否定されるものではなく、本件模型原型 には純粋美術と同視し得る創作性、芸術性があると主張するが、原告の主張は、リアルな 模型原型を制作する技術力について述べるものにすぎない。技術力と創作性や芸術性は異 なるから、原告の主張は失当である。 (4)よって、本件模型原型は、いずれも著作権法上の著作物性を肯定することはできな い。 2 争点(2)(本件各契約の違約金支払規定は、被告が模型原型が著作物であり原告が その著作権を有しあるいは管理しているとの錯誤に陥っていたことを理由として、無効と なるか)について (1)前記第2の1の前提事実並びに証拠(甲第1ないし第9号証、第11号証、第12 号証の1、2、第14、第15号証〔甲第15号証中被告作成部分についてはその存在の み。以下同じ。〕、第18、第19号証の各1、2、第20号証、第22ないし第26号 証、第29号証、乙第1号証、第6号証、第19号証、第43ないし第46号証)及び弁 論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。なお、本件契約〔11〕及び〔14〕 については、後記4及び5において詳述する。 ア 被告は、卵型のチョコレートの中におまけの入った商品が売れているという話を聞き、 試験販売したところ好評であったので、原告に動物の模型の製造を依頼し、その複製物を 卵形のチョコレートに入れて販売する企画を立てた。これがチョコエッグの企画である。  チョコエッグの企画開発は、当時の被告の代表取締役であったAと、Aの長男で当時被 告の常務取締役であったBを中心として行われた。原告と被告の間の交渉は、原告側はC が、被告側はBが担当した。  Cは、「チョコエッグ」がこれまでにない新しい商品であるため、従来の子供向けのお まけではなく、大人も納得できるようなおまけにしたいと考え、模型の開発リスクを負担 する代わりに、原告に自由に企画開発させて欲しいと申し出た上、模型原型を被告が買い 取る方式ではなく、販売数に応じて被告がロイヤルティを支払う方式で行いたいと提案し た。  Bは、被告においては従前から菓子とおまけを一体化した商品を製造販売しており、そ の際にはおまけの原型を数万円から数十万円で買い取る方式を採っていたが、Cの提案を 踏まえ、ロイヤルティ方式の方が原告も模型原型の制作に熱心になるであろうとの判断の 下、ロイヤルティ方式を採ることに合意し、Aはこれを了承した。  模型原型は、前記1(1)ア記載の方法で制作された後、彩色されていないものと共に 被告に渡された。被告は、海外の工場にて金型を制作して複製物を製造し、卵形チョコレ ートの中に入れて、商品として完成し、販売した。 イ 原告と被告は、平成11年9月、「日本の動物コレクション第1弾」として、動物2 4種類の模型原型について、被告の報告する販売数量に応じたロイヤルティを支払う旨の 契約(本件契約〔1〕)を口頭にて締結した。また、同年12月には、別の模型原型につ いて同様の内容による本件契約〔2〕を、さらに平成12年2月には別の模型原型につい て同様の内容による本件契約〔3〕をそれぞれ口頭にて合意締結した。  その後チョコエッグの売行きが好調で販売数量が多くなったため、本件契約〔4〕以降 は、原告と被告の間で契約書を取り交わすこととした。契約書には、前文に「甲(注記: 原告)が著作権を管理又は所有する別紙記載の著作物(以下「本件著作物」という)を使 用した別紙記載の商品(以下「指定商品」という)の製造、販売、または頒布について、 以下の通り契約を締結する。」と記載され、また、原告が被告に対し「本件著作物」を使 用した指定商品を製造、販売又は頒布することを独占的に許諾すること、独占的許諾に対 するロイヤルティとして、希望小売価格に一定のパーセンテージ及び指定商品の製造数量 を乗じた金額を支払うこと、支払方法は毎月末に製造数量を集計の上、翌月20日に原告 指定の金融機関口座に振り込む方法にて支払うこと、製造数量は集計した翌月10日まで に原告に報告すること、仮に実際の製造数量が報告数量を上回っていた場合には、契約の 解除の有無にかかわらず、被告は原告に対し、上回っていた指定商品1個につき、ロイヤ ルティ単価の倍額の違約金を支払うことなどが規定された。なお、本件契約〔4〕以降に 締結された契約の契約書は、本件契約〔11〕を除き、いずれも同様の条項が記載されて いる。 ウ 原告と被告は、さらに、妖怪や、ファンタジー物語で有名な「不思議の国のアリス」 の登場人物等をおまけにして、菓子と一緒に箱に入れる商品シリーズ、すなわち妖怪シリ ーズやアリス・コレクションを企画した。  妖怪シリーズについては、原告はその造形原型の制作をEに依頼し、彩色を原告におい て行った後、完成した模型原型を被告に渡した。被告は、複製物を制作し、キャンデーと 共に箱詰めして販売した。妖怪シリーズに関する原告と被告の間の契約は、それまでのチ ョコエッグにおける契約と同様、原告が被告に対し模型原型の複製物を使用した商品の製 造等を許諾する代わりに、被告は一定のロイヤルティ単価に製造数量を乗じた金額をロイ ヤルティとして支払うこと、被告が報告する製造数量よりも実際の製造数量が上回った場 合には、上回った数量分についてロイヤルティの2倍相当の違約金を支払うことなどを内 容とする契約であり、本件契約〔4〕等で使用された契約書と同様の条項が記載された契 約書が取り交わされた。  アリス・コレクションについては、原告はその造形原型の制作をFに依頼し、彩色を原 告において行った後、完成した模型原型を元に複製品を製造し、被告の注文に応じて複製 品を販売した。被告は、原告から渡された複製品をキャンデーと共に箱詰めして販売した。 アリス・コレクションに関する原告と被告の間の契約にも、本件契約〔4〕等で使用され た契約書と同様の条項が記載された契約書が取り交わされた。 エ Aは平成13年4月に病気のため入院し、Bは、同年11月に被告常務取締役の職を 辞して退職した。その後、AやBは本件各契約に関与していない。  被告では、A入院後からG及びHも代表取締役となって業務を担当するようになり、平 成13年10月には、Aを会長、Gを社長、Hを副社長とする決議を行った。更に平成1 5年4月には、Aを相談役、Gを会長、Hを社長とする旨の決議がなされた。  A及びBが本件各契約に関与しなくなった平成13年12月以降も、被告は、本件各契 約に関し、指定商品の製造数量を報告し、平成14年3月までは毎月1000万円以上、 その後も相応のロイヤルティを原告に対して支払っていた。 オ 平成14年1月、英国マクミラン出版社の著作権につき我が国で独占的実施権を許諾 されていると主張する株式会社サンモアは、被告に対し、アリス・コレクションのフィギ ュアが英国マクミラン出版社の著作権と株式会社サンモアの商標権を侵害するという理由 で、製造販売の中止を要求した(乙第1号証)。被告は、独自に調査しあるいは弁護士を 雇うなどして、上記要求に対応した。  また、平成14年5月ころ、Eは、被告との契約において模型原型制作費用の内金とし て受け取っていた250万円を、被告との制作請負契約を解約したことを理由に、返金し た。被告は、被告とEの間の契約では著作権に基づくロイヤルティ支払方式が採られてお らず請負契約による模型原型の買取方式が採られていたことを知り、また、内部調査の結 果、Eが妖怪シリーズの模型原型の制作者であることを確認した。  以上の過程において本件各契約における著作権の管理の問題や著作物性の問題が認識さ れたものの、被告は、原告に対し、本件各契約では、模型原型は著作物であり、原告に著 作権あるいはその管理権があることを前提としていることについて改めて問合せたり、ロ イヤルティ支払方式を採っていることや違約金支払規定について再考を促したりしていな い。 カ 原告は、平成14年8月30日付け「契約解除通知書」(甲第18号証の1)により、 被告が指定商品の製造数量を大幅に上回る数量のカプセル入りフィギュアを製造している ことなどを理由として、本件契約〔13〕を解除する旨の意思表示をした。これに対し、 被告は、平成15年1月6日付け「ご回答書」(甲第20号証)で、原告の指摘する事実 はないから、原告は本件契約〔13〕を解除することはできず、本件契約〔13〕は有効 であるとの回答をした(なお、本件訴訟で被告は解除の効果を争っていない。)。このと き、被告は、本件契約〔13〕について、模型原型に著作物性が認められないことや原告 が著作権を管理所有していないことなどの点について特に主張しなかった。 キ 原告が平成15年8月29日付けで製造数量を一部報告していなかったことなどを原 因とする違約金支払請求を行ったところ(甲第12号証の1)、被告は、平成15年9月 18日付けで、模型原型は著作物ではなく、原告は著作権を管理所有していないから、本 件各契約は錯誤により無効である旨主張した書面(甲第14号証)を原告に送付した。 (2)以上の認定事実によれば、原被告間の本件各契約において、ロイヤルティ支払方式 が採られた理由は、模型原型が原告の著作物であることを前提に、その使用料を支払うと いう趣旨からそうなったものではなく、新たな商品開発を行うに当たり、いかなる模型原 型を制作するか決する権限を原告に与え、販売数量の多寡による利益と不利益を原告への ロイヤルティに反映させ、原告に、より優れた模型原型を制作するように動機付けを与え る趣旨であったというべきである。  チョコエッグは予想以上に販売が伸び、そのため本件契約〔4〕以降は契約書を取り交 わすことになり、当該契約書の前文には、模型原型が著作物であってその権利を原告が有 していることが明記された。しかし、そうであるとしても、前記認定の契約当初からの経 緯に照らすと、CとBが、模型原型が著作物であり、その著作権を原告が有し又は管理し ていることを前提として、著作物の使用料としてロイヤルティを支払う方式を採ったとは 考えられない。むしろ、模型原型が著作権法上の著作物に該当するか否かにかかわらず、 原告がより優れた模型原型を制作し、それによって被告の菓子等の売上が増加した場合に 、被告のみならず原告もそれによる利益を享受し得るようにする点に、ロイヤルティ方式 を採る趣旨があったとみる方が、前記認定の原被告間の契約をめぐる経緯に合致するとい うべきである。  さらに、契約書には、虚偽の数量報告をした場合には、報告しなかった数量分について ロイヤルティの2倍に相当する違約金を支払う旨の規定(違約金支払規定)が入れられた が、その趣旨は、ライセンシーによる報告数量の真実性を担保するため、予めロイヤルテ ィよりも多い金額を違約金として定めたものと認められ、原告に著作権が帰属することか らそのような違約金支払規定を置いたとは認められない。  以上によれば、本件各契約の違約金支払規定の合意において、模型原型が著作物であり、 原告が著作権を有しあるいは管理していることが要素となっていたということはできない。 したがって、本件模型原型に著作物性が認められないとしても、あるいは原告が著作権を 有しても管理してもいなかったとしても、そのことをもって本件各契約、とりわけその中 の違約金支払規定が、錯誤により無効となるものではない。 (3)被告は、契約書において、模型原型を著作物とし、原告が著作権を管理所有してい ることが前文に明記されるとともに、違約金支払規定が加えられたことからすれば、本件 各契約、その中でも違約金支払規定は、模型原型が著作物であって原告がその著作権を管 理所有していることを、契約(合意)の本質(要素)とするものである、したがって、模 型原型が著作物ではなく原告がその著作権を管理所有していない以上は、被告には契約 (合意)の本質(要素)に錯誤があることとなるから、本件各契約、その中でも違約金支 払規定は無効であると主張する。  しかし、契約の本質(要素)は、契約書等の文言のみならず、当該契約が締結されるに 至った過程等を踏まえて、当事者の合理的意思解釈から決定されるべきである(どんな些 細な事柄であっても錯誤がある以上は無効が主張できるとすることは取引の安全性を著し く害することとなる。)。本件各契約における契約書において、模型原型が著作物であっ て、その著作権を原告が管理又は所有していることを根拠として、違約金支払規定が入れ られたことをうかがわせる事情はない上、仮にこれが契約の本質(要素)となっていたの であれば、平成14年1月のアリス・コレクションに関して第三者から著作権等の侵害で あるとの指摘を受けたときに、あるいは同年5月の妖怪シリーズの造形師が被告との間で はロイヤリティ方式ではなく買取方式を採っていることが判明したときに、この点につい て原告に問い合わせるなどするはずのところ、被告はそのような行動を一切起こしていな い。  したがって、被告の主張は失当である。 3 争点(3)(本件各契約の違約金支払規定は公序良俗違反か)について (1)証拠等により認定される事実は、前記2(1)記載のとおりである。  なお、本件契約〔11〕及び〔14〕については、後記4及び5において詳述する。 (2)被告は、ロイヤルティ方式を採用したことにより原告が本件各契約によって多額の 金員を得ていること、原告が造形原型を外注した場合には、外注先に支払う金額(制作費) と被告から受け取る金額との差額が大きいこと、にもかかわらず、更に原告が違約金とし てロイヤルティの2倍相当額を受け取ることができるとするならば、その結果は暴利行為 というほかないとして、本件各契約の違約金支払規定が公序良俗に反し無効である旨主張 する。  しかしながら、違約金支払規定は、被告が虚偽の報告をした場合に限り適用されるもの であるから、被告が虚偽の報告をしない限りこれを支払う必要はない。また、数量が正確 に報告されることを前提として成り立つロイヤルティ支払方式が採られる場合、報告数量 の正確性を担保するために虚偽報告の事実が判明したときにはロイヤルティの2倍以上の 違約金を支払うとの合意をすることは合理的であり、また通常行われているものと推測さ れるから、ロイヤルティの2倍相当額の違約金を支払う旨の規定が暴利行為であるなどと いうことはできない。なお、暴利行為として公序良俗に反すると評価されるのは、一方当 事者の窮迫、無知、無経験などにつけ込んで、他方当事者が過度に不公正な取引を行う場 合であるが、本件において被告は本件各契約締結前からおまけの原型に関する取引等を行 っており、窮迫、無知、無経験等の状況にあったということはできないから、その点にお いてもロイヤルティ支払規定及びその適用が暴利行為であるということはできない。本件 において原告が被告に対して膨大な違約金を請求しているのは、被告も認めるとおり被告 が膨大な製造数量を原告に報告しなかった結果にすぎない。  真実の数量を報告することを前提にするロイヤルティ支払方式に合意した上で、その真 実報告義務に違反しながら、違約金支払規定及びその適用は公序良俗違反であるとする被 告の主張は、到底採用できない。 4 争点(4)(本件契約〔11〕は有効に成立し、また、違約金に関する合意がなされ ているといえるのか)について 《中 略》 (2)以上の認定事実によれば、次のようにいうことができる。 ア 本件覚書は、被告が本件契約〔9〕及び〔10〕の指定商品の販売を打ち切られたこ とにより残った大量のおまけを、本件契約〔10〕の契約期間中、新しい商品として菓子 と共に販売できるようにするために、対象となる模型原型とこれを使用した指定商品の製 造販売期間を修正することを目的として、作成されたものである。Bは、この修正を行う ことについて、特に被告から権限を得ていたわけでもないのに、Aに許可を得ることなく、 独断で行った。  本件覚書は、Bの独断で作成されたものであったが、被告はその後もこれが無効である との主張を行うこともなく、本件覚書に従って、製造数量を報告し、ロイヤルティを支払 った。  したがって、Bに本件契約〔9〕及び〔10〕を修正する権限が与えられていたという ことはできないが、被告は修正後の本件覚書の内容を追認したというべきである。 イ 本件覚書には、ロイヤルティ支払規定や数量報告規定は存在するものの、違約金支払 規定も、違約金の支払については本件契約〔9〕あるいは〔10〕の条項を適用する旨の 規定もない。  しかしながら、本件覚書は、第1条「覚書の主旨」で、本件契約〔9〕及び〔10〕に ついての再発売であること、販売期間については「本契約が終了する平成14年2月28 日まで」、すなわち本件契約〔10〕を本契約としてこれと同じ契約期間であることが明 記されている上、その他には許諾地域、対価、支払方法についてしか定めを置いていない。 このような場合には、本契約とされた本件契約〔10〕に合意されている規定は、これを 排する旨の規定がない限り、本件覚書においてもそのまま適用することが前提とされてい ることが書面上も明らかというべきであって、本件覚書第5条の本件覚書に規定がない場 合の誠実な協議とは、本件契約〔10〕を前提とする協議をいうと解すべきである。特に、 違約金支払規定は、ロイヤルティ支払方式を採る場合に被告の製造数量の報告の真実性を 担保するために必要な規定であるから、本件契約〔4〕以降その旨合意されながら、本件 契約〔11〕において特に排除すべき必要性も認められない。  そうすると、本件覚書は、本件契約〔10〕の違約金支払規定を含めた各規定の適用を 当然前提としているというべきであって、被告は、そのような契約としてこれを追認した というべきである。 (3)被告は、本件覚書の署名押印が本件契約〔9〕や〔10〕の契約書の記名押印と異 なることを理由に、また、本件覚書には違約金支払規定がないことを理由に、契約の成立、 とりわけ違約金支払規定の合意の成立、追認を否定し、本件覚書がBの偽造である旨、違 約金支払規定は知らない旨述べる被告取締役らの陳述書(乙第45、第46号証)を提出 する。  しかしながら、被告が本件覚書に基づいて製造数量を報告し、ロイヤルティを支払って いることからすれば、Bに本件覚書を締結する権限がなかったとしても被告においてこれ を追認したというべきであるし、本件覚書が本件契約〔10〕を「本契約」と位置付け、 本件契約〔9〕あるいは〔10〕が19条によって構成されているのに対して本件覚書が わずか5条によって構成されていることからすれば、本件覚書に記載されていない点につ いては本件契約〔10〕において規定されている内容が当然前提とされているというべき である。 5 争点(5)(本件契約〔14〕は有効に成立しているのか)について (1)前記第2の1の前提事実及び証拠(甲第1ないし第7号証、第9号証、第11号証、 第15ないし第17号証、第29号証、乙第17、第18号証、第45、第46号証)に よれば、次の事実が認められる。 ア 原告と被告は、「不思議の国のアリスの冒険」等の挿絵を立体化したフィギュアを菓 子と共に販売するアリス・シリーズを企画した。なお、原告と被告の契約は、従前よりB が窓口となっていたが、Bは、入院等の理由によってAから社長の肩書きを外して会長と した平成13年10月3日の取締役会の決議に反対し、平成13年11月10日付けで被 告の常務取締役を辞任の上退職し、同月22日付けでエフトイズを設立した。 イ 原告は、アリス・シリーズについて、ロイヤルティを1個当たり小売価格の3パーセ ント、契約期間を平成13年11月22日から平成14年11月21日、製造数量を毎月 末に集計の上、翌月10日までに原告に報告し、翌月20日までにロイヤルティを算出の 上支払うこと、仮に報告した数量よりも実際の製造数量が上回っている場合には上回った 分についてはロイヤルティの2倍相当額の違約金を支払うことを内容とする、平成13年 11月22日付けの契約書(甲第15号証。以下「本件アリス契約書」という。)を作成 し、被告に送付した。なお、同契約書の内容は、基本的には本件契約〔4〕以降で取り交 わされた契約書の内容と同様である。 ウ 本件アリス契約書は、乙欄に、被告の本件所在地、社名及び代表取締役氏名(A)が 手書きされ、押印された状態で、原告に返送された。  本件アリス契約書の乙欄と、本件契約〔4〕の契約書等(甲第1ないし第7号証、第9 号証、第11号証)の乙欄を比較するならば、後者においては、被告の本店所在地、社名 及び代表取締役氏名がゴム印等による記名であるのに対し、本件アリス契約書の被告の本 店所在地、社名及び代表取締役氏名はいずれも手書きである、本件契約〔4〕の契約書等 の乙欄の印影は、被告の社長印と思われる印章によるものであるのに対し、本件アリス契 約書の乙欄の印影は、社長印ではなく個人印と思われる印章によるものである、という点 で相違する。  本件アリス契約書の乙欄の署名押印と、本件覚書の乙欄の署名押印は、同じである。 エ 本件アリス契約書には、契約期間が平成13年11月22日から平成14年11月2 1日まで、とされていたが、平成14年5月までに、被告はアリス・コレクションを30 4万個製造し、原告に対し、ロイヤルティとしてその一部分を支払った。  また本件契約〔14〕では、アリス・コレクションが新しい企画であったことから、原 告において販売が伸びなかった場合のリスクを負うために、模型原型の複製物を原告が製 造し、被告の注文に応じてこれを納品することとなっていた。原告は、複製物の製造につ いて平成14年11月27日に796万5000円及びその消費税分を請求し、被告は平 成15年3月31日に836万3250円を支払った。  原告は、平成14年11月27日、被告に対し、ロイヤルティ159万3000円と消 費税分7万9650円を請求したが、被告はこれに対してロイヤルティ等を支払おうとし なかった。被告は、原告に対し、本件訴訟提起前に、支払わない理由は本件アリス契約書 (甲第15号証)が権限のない者によって作成されたからであるとの説明等をしたことは ない。 (2)以上からすれば、次のようにいうことができる。  アリス・コレクションの企画は、従前どおり原告側はCが、被告側はBが担当して交渉 を進めていたが、本件アリス契約書を取り交わす段階で、被告側の経営権問題等が生じB が被告を退職することとなった。  Bは、アリス・コレクションに関する契約を締結する権限がないにもかかわらず、原告 から送付されてきた、自らが被告常務取締役を辞任し被告を退職した後であるが契約期間 開始日である平成13年11月22日付けの本件アリス契約書に、被告の本店所在地、社 名及び代表取締役氏名を記載して押印した。  被告は、Bが被告を退職した後も、本件アリス契約書が有効に成立していることを前提 として、1664万7000円(304万個の製造個数のうち、被告がロイヤルティを支 払った額)を支払い、また、アリス・コレクションに入れる複製物の製造制作費として8 36万3250円の金額を支払った。  したがって、本件アリス契約書は権限のないBによって作成されたものの、被告はこれ を追認したというべきである。 (3)被告は、本件アリス契約書が権限なき者によって作成されたから無効であると主張 し、本件アリス契約書はBによって偽造された旨述べる被告取締役らの陳述書(乙第45、 第46号証)を提出している。しかしながら、その後の被告の言動からすれば、被告は、 Bが独断で締結した本件契約〔14〕を追認したことが明らかであるというべきである。 6 争点(6)(未払のロイヤルティ・違約金等の額) 《中 略》 7 争点(7)(原告の不当利得の成否及び被告の損失)  被告は、原告に対し、妖怪シリーズ及びアリス・コレクションについて、錯誤(被告は 模型原型が著作物であり、原告が著作権者又は著作権の管理者であることを信じて契約を 締結したが、模型原型が著作物ではなく、原告が著作権者又は著作権の管理者ではなかっ たことは、契約の錯誤に該当する)あるいは暴利行為(制作費の数倍のロイヤルティを取 得し、また制作者と被告の間に立って多額の利ざやを稼いでいること)などから、既に被 告が原告に対して支払った妖怪シリーズとアリス・コレクションに関するロイヤルティ金 額から、模型原型について妖怪シリーズの造形師であるE及びアリス・コレクションの造 形師Fに支払ったであろう制作費の2倍の金額を引いた残金について、原告の不当利得に 該当するとして返還請求している。  しかしながら、本件各契約では、模型原型が著作物であることや原告が著作権者又は著 作権の管理者であることは契約の要素となっておらず、したがって、仮にこの点に何らか の錯誤があるとしても、そのことをもって本件各契約が無効となることはないことは、前 記2で述べたとおりである。  また、買取方式とするかロイヤルティ方式とするかは当事者の意思に原則として委ねら れており、その他本件でロイヤルティ方式が暴利行為に該当するといえるような事情(原 告が被告の窮迫、無知、無経験等につけ込み、過度に不公正な取引を行っていると認める に足りる事情)は認められないことから、本件契約を暴利行為として民法90条により無 効とすることができないことは、前記3で述べたとおりである。  したがって、被告による不当利得の主張は理由がなく、被告の反訴請求は失当である。 8 よって、原告の本訴請求は、主文第1項の限度で理由があるからこれを認容し、その 余は理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却し、主文 のとおり判決する。 大阪地方裁判所第21民事部 裁判長裁判官 小松 一雄    裁判官 中平 健    裁判官 大濱 寿美