・大阪地判平成17年1月17日  「セキスイツーユーホーム」事件  本件は、広告写真家である原告が、@その撮影した写真を原告の許諾なく、かつ、撮影 者である原告の氏名を表示しない態様で、「セキスイツーユーホーム」の宣伝のために新 聞広告に使用した行為は、原告の著作者人格権(氏名表示権)および著作権(複製権)を 侵害したものであり、これは被告らの共同不法行為であると主張して、被告ら(積水化学 工業株式会社、セキスイハイム大阪株式会社、株式会社日本エスピー・センター)に対し、 損害賠償を一部請求し、Aその撮影し、被告日本エスピー・センターが保管している写真 フィルムは、原告の所有にかかるものであると主張して、同被告に対し、所有権に基づき、 その返還を請求した事案である。  判決は、「原告が本件契約の履行として行った行為……の性質は、単なる労務の提供と いうべきものではなく、むしろ仕事の完成とその引き渡しというべきものである」などと して職務著作の成立を否定した上で、承諾等も認められないとして、原告による@損害賠 償請求を一部認容した。 ■争 点 (1) 本件写真の著作者(職務著作性の有無) (2) 権利不行使の合意の有無 (3) 本件写真の著作権の譲渡の有無 (4) 本件写真の使用許諾の有無 (5) 本件使用時の氏名不表示の違法性の有無 (6) 被告らの故意又は過失の有無 (7) 原告が被った損害の額 (8) 過失相殺の当否 (9) 本件フィルムの所有権の帰属 ■判決文 第3 当裁判所の判断 1 争点(1)(本件写真の著作者)について  (1) 著作権法15条1項は、法人等において、その業務に従事する者が、法人等の指 揮監督下における職務の遂行として法人等の発意に基づいて著作物を作成し、これが法人 等の名義で公表されるという実態があることに鑑み、同項所定の著作物の著作者を法人等 とする旨を規定したものであり、したがって、同項により法人等が著作者とされるために は、著作物を作成した者が「法人等の業務に従事する者」であることが要件とされている。 ここで、法人等と雇用関係にある者がこれに当たることは明らかであるが、これが争われ、 あるいは直ちに雇用関係があるとはいえない場合には、その者が同項の「法人等の業務に 従事する者」に当たるか否かは、法人等と著作物を作成した者との関係を実質的にみたと きに、その者が、法人等の指揮監督下において労務を提供するという実態にあり、法人等 がその者に対して支払う金銭が労務提供の対価であると評価できるかどうかを、業務態様、 指揮監督の有無、対価の額及び支払方法等に関する具体的事情を総合的に考慮して、判断 すべきであると解される。  (2) そこで、本件契約に基づく写真撮影及びフィルム引渡しまでの過程について検討 するに、乙第11号証(B作成の陳述書)、証人Bの証言及び原告本人尋問の結果によれ ば、原告が、本件契約に基づいて写真を撮影し、そのフィルムを被告エスピー・センター に引き渡すまでの経過は、概ね、以下のようなものであったと認めることができる。  ア 取材前に、原告が被告エスピー・センターに出向き、取材先の間取り等を元に、打 合せを行う。  イ 取材先には、同被告の担当者と原告が赴き、事前の打ち合わせを踏まえ、同担当者 と原告が協議をしながら写真を撮影する。撮影枚数は、1軒当たり約180枚程度である。  ウ 撮影したフィルムは、原告が持ち帰り、現像所に依頼して現像した上、原告におい て、「ツーユー評判記」への掲載に適した写真約20枚を選び出して、そのフィルムを同 被告に引き渡す。この選別には、同被告は直接関与しない。  引き渡さなかったフィルムは、原告において廃棄する。  (3) 上記(2)で認定した、本件契約に基づく写真撮影からフィルム引渡しまでの過程を 前提として検討するに、これに照らしても、原告が本件契約の履行として行った行為は、 写真を撮影した上で、掲載される「ツーユー評判記」に適切なものを選び出し、そのフィ ルムを被告エスピー・センターに引き渡すというものであって、その性質は、単なる労務 の提供というべきものではなく、むしろ仕事の完成とその引き渡しというべきものである (なお、同被告自身、本件契約が請負契約というべきことを争っていない。)。したがっ て、原告が、同項にいう「法人等の業務に従事する者」に当たるということはできない。  また、著作物の作成者が、法人等からその作成を依頼され、その指揮命令に従いながら これを作成し、かつ、その著作権を法人等に原始的に帰属させるという認識を有していた 場合には、その作成者を同項にいう「法人等の業務に従事する者」に当たるということが できるとしても、本件において、原告が、撮影した写真の著作権を同被告に原始的に帰属 させるという認識を有していたことを認めるに足りる主張も証拠もないから、結局、原告 が、同項にいう「法人等の業務に従事する者」に当たるということはできない。  そして、本件写真を撮影したのが原告であることは当事者間に争いがないから、本件写 真の著作者は、原告であるというべきである。 2 争点(2)(権利不行使の合意の有無)について  被告エスピー・センターは、原告が、平成13年12月、同被告の担当者に対し、本件 写真について、「これまでの新聞広告掲載分については請求しないが今後は2次使用料を 請求する」旨を申し入れ、同被告はこれを承諾したと主張し、これに沿う証拠として、乙 第11号証(ただし、上記申入れの時期として、平成14年1月頃と記載されている。) 及び証人Bの証言がある。  しかしながら、上記Bの供述は、原告と同被告の担当者との間のやり取りについて、同 担当者から報告を受けたというものであって、Bが直接原告とやり取りしたものではない 上、客観的な裏づけを欠くものであって、原告が上記事実を否認し、原告本人尋問におい てもそのような事実はなかった旨供述していることに照らし、直ちに採用することができ ないし、他に同被告主張の上記事実を認めるに足りる証拠はない。  したがって、同被告の上記主張は理由がない。 3 争点(3)(本件写真の著作権の譲渡の有無)について  (1)ア 被告らは、本件写真の性質や、原告及び被告エスピー・センターの事情並びに 認識に照らせば、両者間において、本件写真の著作権を同被告に譲渡する黙示の合意が存 在したと解すべきであると主張する。  しかしながら、著作権を譲渡することは、元の権利者が、その著作物の使途を管理し、 また、その使用者から収益を得る権利と機会を失うことを意味するから、本件写真が「セ キスイツーユーホーム」の宣伝広告を目的とするものであるからといって、原告がその著 作権を同被告に譲渡することに直接結びつくものとはいえない。  また、同被告側の事情は、原告にとって、直ちに、本件写真の著作権を同被告に譲渡す る動機となるものではない。  したがって、被告らの上記主張は直ちに採用することができない。  イ 被告らは、本件契約に基づく写真撮影の対価として、1軒当たり8万円を支払って いたところ、この金額は、撮影した写真の著作権の譲渡の対価も含むものとして合理的で あると主張し、Bも、上記金額は著作権の譲渡の対価を含むものであると証言し、同人が 作成した陳述書である乙第11号証にも、同旨の記載がある。  しかしながら、写真撮影の対価の金額決定は、種々の事情を背景に当事者間の合意によ ってされるものであるから、上記の金額が撮影した写真の著作権の譲渡の対価を含むもの であると直ちにいうことはできない。また、上記Bの供述は、後記(2)で判示するとおり、 平成14年7月8日当時の被告エスピー・センターの認識を示すものとしても採用するこ とはできないが、仮に、これが本件契約時の同被告の認識を示すものであったとしても、 原告も共通の認識を有していたと認めるに足りる証拠はないから、やはり著作権の譲渡が あったと認めるには足りない。  したがって、被告らの上記主張は直ちに採用することができない。  ウ 被告らは、本件契約締結当時、宣伝広告業界においては、特定の商品等の販促物の 素材として、写真家に写真撮影を発注する場合、撮影された写真の著作権及びそのフィル ムの所有権は発注者に譲渡することが一般的であり、被告エスピー・センターも、設立以 来そのように取り扱ってきたと主張する。  しかしながら、撮影した写真の著作権を譲渡するか否かは、著作権者の意思にかかるも のであるから、仮に、そのような慣行が存在したとしても、本件において、直ちに著作権 の譲渡があったと認めるには足りない。  また、被告らは、被告エスピー・センターが、約20年間にわたり原告に写真撮影を発 注してきたが、本件紛争までは、原告が、これらの写真の著作権を主張したことはなく、 同被告との信頼関係が崩れていく過程において、初めて本件写真の著作権を主張し始めた とも主張する。  しかしながら、同被告による原告撮影の写真の使用態様が、原告の意とするところに反 しなければ、そもそも紛争は生じることはなく、原告において著作権の主張をする必要も 生じないのであるから、長年にわたって著作権の主張をしなかったからといって、これが 著作権を譲渡していたからであるということもできない。  なお、被告らは、原告が、その撮影した写真の著作権について、全く管理をしていない 旨主張するが、これも、直ちに、原告が著作権を譲渡していたことを示すものということ はできない。  したがって、被告らの上記主張は直ちに採用することができない。  エ そして、他に、本件写真の著作権について、原告が被告エスピー・センターに譲渡 する旨の合意が、両者間に存在していたことを認めるに足りる証拠はない。  (2)ア 一方、Bが作成し、平成14年7月8日付で被告エスピー・センター名義で原 告に送付した書簡(甲3)の中には、@ 本件写真の著作権及びその取り扱いに関して原 告に迷惑や不快感を与えたことに対する謝罪、A 多くの写真家とは「買い取り」契約を 締結しており、同被告の担当者も同様の意識で原告に依頼をしたこと、この際、詳細な条 件確認を怠ったことが問題発生の原因となったこと、B セキスイツーユーホーム大阪の 担当者から、本件写真の貸し出し依頼があった際、その使途を確認せず、本件写真が新聞 広告に掲載されていることを知ってからも、同社に抗議や使用料金の請求をしなかったこ との謝罪、C 当時の同社の担当者に対し、経過報告と共に、原告が撮影した写真につい て無断使用は禁ずる旨の申し入れを行い、了承を得たこと、が記載されていることが認め られる。  上記の記載は、いずれも、被告エスピー・センターが、本件写真の著作権を自らが有し ていると認識していたならば、いずれもその認識と矛盾する内容であるから、上記の記載 が存在することにより、平成14年7月8日当時において、被告エスピー・センターは、 原告と同被告が、本件写真の著作権について、原告が同被告に譲渡する旨の合意が存在す るとの認識を有していなかったと推認することができる。  イ この点につき、被告らは、上記書簡は、原告からの抗議を受けた同被告が、紛争が 被告セキスイハイム大阪に拡大することを防止するために、原告の主張に配慮した表現を とっているものであって、必ずしも被告エスピー・センターの認識を正確に現したもので はなく、同被告は、本件写真の著作権を譲り受けたと認識していたと主張し、これに沿う 証拠として、乙第11号証及び証人Bの証言がある。  しかしながら、確かに、写真撮影を依頼する広告制作会社と写真家の関係上、広告制作 会社が写真家の主張に配慮した表現を用いることはあり得るとしても、上記書簡の上記供 述は、同被告が本件写真の著作権を有することとは明らかに矛盾する内容というべきであ るから、被告らの上記主張は採用することができない。  (3) 以上のとおり、本件写真の著作権について、原告が被告エスピー・センターに譲 渡する旨の合意が両者間に存在していたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、平 成14年7月8日の段階では、同被告も、そのような認識を有していなかったことが認め られるところであるから、この点についての被告らの主張は理由がない。 4 争点(4)(本件写真の使用許諾の有無)について  被告らは、本件写真の性質や、原告及び被告エスピー・センターの事情並びに認識に照 らせば、原告は、本件写真を、「ツーユー評判記」の掲載に限定することなく、「セキス イツーユーホーム」の宣伝広告のために使用することを許諾していたと解すべきと主張す る。  しかしながら、著作権者が、その著作物を、ある特定の媒体に使用する前提で使用を許 諾した場合に、これと同様の目的であり、また類似の媒体であるからといって、別個の媒 体に使用することまで許諾したものと直ちにいうことができないのは当然である。  そして、上記3(1)で検討したところに照らしても、本件において、原告が、本件写真 を、「ツーユー評判記」の掲載に限定することなく、「セキスイツーユーホーム」の宣伝 広告のために使用することを許諾していたと認めるに足りる事情はない。  また、証人Bは、同被告から原告への写真撮影の依頼は、「セキスイツーユーホーム」 の宣伝広告のための写真撮影の依頼であって、「ツーユー評判記」への掲載に限定する趣 旨ではなかったと証言する。しかし、同人の証言や、同人が作成した陳述書である乙第1 1号証によれば、原告への写真撮影依頼は「ツーユー評判記」へ掲載する写真であること を前提とするものであったことは明らかであり、また、仮に同人の前記証言を採用すると しても、この点につき原告と同被告との間に明示的な合意がなかった以上、上記証言は同 被告の認識を述べるにすぎず、原告がその旨許諾していたことを認めるには足りない。  なお、証人Bは、同被告の担当者が、取材先に対し、撮影した写真を「ツーユー評判記」 以外にも、新聞等で使用することがある旨を説明したと証言し、これを原告が聞いていた こともあり得ると証言するが、可能性を述べるにすぎないものであるから、被告らの上記 主張を裏付けるものとはならない。  そして、他に、原告が、本件写真を、「セキスイツーユーホーム」の宣伝広告一般のた めに使用することを許諾していたと認めるに足りる証拠はない。  したがって、この点についての被告らの主張は理由がない。 5 争点(5)(本件使用時の氏名不表示の違法性の有無)について  著作権法19条3項は、著作者名の表示は、著作物の利用の目的及び態様に照らし著作 者が創作者であることを主張する利益を害するおそれがないと認められるときは、公正な 慣行に反しない限り、省略することができると規定する。  これを本件についてみるに、本件写真は、「セキスイツーユーホーム」の宣伝誌である 「ツーユー評判記」に掲載するために、すなわち「セキスイツーユーホーム」の宣伝広告 に用いる目的で撮影されたものであるところ、本件使用も、まさに「セキスイツーユーホ ーム」の広告である新聞広告に用いたものである。そして、原告本人尋問の結果によれば、 一般に、広告に写真を用いる際には、撮影者の氏名は表示しないのが通例であり、原告も 従来、この通例に従ってきたが、これによって特段損害が生じたとか、不快感を覚えたと いったことはなかったことが認められる。  上記の事情に照らせば、本件使用は、その目的態様に照らし、原告が創作者であること を主張する利益を害することはなく、公正な慣行にも合致するものといえるから、同項に よって原告の氏名表示を省略する場合に該当するというべきである。  この点につき、原告は、本件使用は無断使用であることを理由に、同項の適用はない旨 主張する。しかしながら、著作者人格権と著作権は別個の権利であり、前者は著作者に専 属するものであるのに対し、後者は著作者が他者に譲渡することができるものであること に照らせば、著作物の使用が著作権者の許諾を受けたものであるか否かは、同項の適用の 可否とは関係がないものというべきであるから、原告の上記主張は採用することができな い。  よって、その余の点について判断するまでもなく、著作者人格権(氏名表示権)に基づ く原告の請求は理由がない。 《以下略》