・東京地判平成17年2月1日判時1886号21頁  ヘルプアイコン事件  原告(松下電器産業株式会社)は、「情報処理装置及び情報処理方法」という名称の特 許権(特許第2803236号)を有している(本件第1発明〜本件第3発明)。  被告(株式会社ジャストシステム)は、「一太郎」「花子」の各製品の製造、譲渡等ま たは譲渡等の申出をしている。被告から被告製品の譲渡等を受けたユーザーは、これをパ ソコンにインストールして使用している。被告製品をインストールしたパソコンにおいて、 ヘルプ機能の動作および表示が行われる。  本件は、原告が被告に対し、被告による上記行為が本件特許権を侵害すると主張して、 特許法100条に基づき、被告製品の製造及び譲渡等の差止め並びに廃棄を請求した事案 である。 ■争 点 (1)被告製品をインストールしたパソコンに表示される「ヘルプモード」ボタン及び 「印刷」ボタンは,本件各構成要件にいう「アイコン」に該当するか。 (2)間接侵害(特許法101条2号、4号)が成立するか。 (3)本件特許に無効理由が存在することが明らかか否か。 ■判決文 第4 当裁判所の判断 1 争点(1)(構成要件充足性)について  (1) 本件明細書における「アイコン」の意義  ア 本件明細書(甲13の13)に「アイコン」の定義はないが、特許請求の範囲には、 「機能説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン」、「所定の情報処理機能を実 行させるための第2のアイコン」及び「表示手段の表示画面上に表示されたアイコン」と の記載がある。  イ また、本件明細書(甲13の13)の発明の詳細な説明には、上記特許請求の範囲 と同旨の記載のほか、「アイコン」について、次のような記載がある。  (ア) 「先ず、ステップS1で、ウィンドウ情報記憶部5を参照して、表示装置1の表 示画面上のどの位置にどんなオブジェクトがあるかを知る。つまり、表示装置1に表示さ れている各種の処理コマンドを指示するアイコンの表示位置データを得る。」(4欄9行 ないし14行)  (イ) 「次にステップS2において機能説明を指示するアイコンが指定されたか否かを 判別するが、ここでは、ポインティング装置2に設けられたボタンが押された時のマウス カーソルの位置から、その位置に表示されているアイコンの種類を識別する。そして指定 されたアイコンが機能説明を指示するアイコンであったならばステップS3に移行し、ポ インティング装置2の移動に伴って機能説明を指示するアイコンを移動させる。ステップ S4でポインティング装置2のボタンが離されると、ステップS5に移行し、ボタンが離 された時の機能説明を指示するアイコンの位置のデータと、ウィンドウ情報記憶部5から 得たデータとから機能説明を行うべき機能の種類を識別し、機能説明のアプリケーション を起動し、機能説明を行う。ステップS2の判断で、機能説明アイコンでない場合、ステ ップS6に移行し、指定されたアイコンで示される機能動作を実行し、その機能の終了に よって第2図のフローチャートの制御を終了する。」(4欄14行ないし30行)  (ウ) 「以上の構成で、まず、第3図に示すようにウィンドウがオープンされ、このと き、画面情報として、ウィンドウの位置情報、大きさ等が記憶され、ウィンドウ内に矩形 のホームメニューが複数個表示される。この時、機能説明アプリケーションは、丸印で示 されたアイコンの形で表示されている。そしてポインティング装置2を移動させて、矢印 で示されたマウスカーソルを丸印の機能説明アイコンの上へ重ね合わせ、マウスボタンを プレスして説明対象オブジェクトの上へドラッグして移動し、マウスボタンをリリースす る。例えば通信のアイコンの上に移動する。」(4欄31行ないし41行)  (エ) 「第5図は、機能説明の丸印のアイコンをウィンドウの枠部分に設けられたスク ロールバーの位置に移動してリリースした時の機能説明の表示例を示したものである。又 第6図に示すように、別のウィンドウに表示されているメニューメッセージ上に移動させ る場合の例を示したものである。」(4欄50行ないし5欄5行)  (オ) 「第2図は、本実施例の制御手順を示すフローチャート、第3図、第4図は本実 施例を示す図、第5図、第6図は本実施例の他の表示例を示す図である。」(6欄9行な いし11行)  ウ 前記アで認定したとおり、本件明細書には、「アイコン」を定義する記載はなく、 アイコンとは、前記アの記載から、表示画面上に表示され、情報処理機能等を実行させる ものであり、また、前記イ(ア)の記載から、各種の処理コマンドを指示するものであるこ とが分かる。  もっとも、前記イ(エ)記載のとおり、機能説明のアイコンをウィンドウの枠部分に設け られたスクロールバーや、別のウィンドウに表示されているメニューメッセージ上に移動 させた時の機能説明の表示例が示されているが、「メニューメッセージ」は、「各種の処 理コマンドを指示するもの」ではないから「アイコン」には含まれず、本件発明の実施例 とはいえない。本件明細書にも、前記イ(オ)のとおり、第3図及び第4図は、「本実施例」 とされているが、機能説明のアイコンをメニューメッセージ上に移動させた図である第6 図は、本実施例の「他の表示例」とされており、区別されている。したがって、同じく 「他の表示例」とされている第5図に記載された機能説明のアイコンをスクロールバー上 に移動させた例も本件発明の実施例とはいえない。したがって、スクロールバーは「アイ コン」には含まれない。  エ 被告は、本件明細書第2図において「アイコン」はドラッグないし移動できるもの であることが必要とされている旨主張する。  本件明細書第2図は、本実施例の制御手順を示すフローチャートであり、ウィンドウ情 報取得の後、説明アイコンがYesの場合にドラッグ、リリース、解析・起動の順に手順 が記載され、その内容の説明が前記イ(イ)認定のとおり記載されている。この実施例では、 第1のアイコンをドラッグし、第2のアイコンの上にリリースする方法となっているが、 本件明細書の実施例以外の箇所においては、「アイコン」をドラッグないし移動させるこ とは記載されていない。また、本件発明の特許請求の範囲には、アイコンの「指定」との み記載されており、指定方法について、アイコンをドラッグないし移動させることに限定 はされておらず、かかる方法の限定の記載はない。よって、本件明細書第2図をもって、 本件発明における「アイコン」について、移動可能であるものに限定されていると解する ことはできない。  オ 被告は、「アイコン」はデスクトップ上に配置可能なものであることが必要とされ ている旨主張する。  しかしながら、本件明細書第3図においては、「ウインドウタイトル」というウィンド ウ内に表示されるものがアイコンであるとされているから、本件発明における「アイコン」 がデスクトップ上に配置可能なものであることが必要であるとはいえない。  カ 以上のとおり、本件明細書の記載からは、「アイコン」について前記ウに認定した 以上に定義されているとはいえず、被告が主張するような限定があるとはいえない。  (2) 出願当時における「アイコン」の意義  ア 次いで、被告の主張について、本件特許出願当時の「アイコン」の意義を参酌して 検討する。本件特許出願当時(平成元年10月31日)の文献には、次のような記載があ る。  (ア) 昭和64年1月1日発行の「現代用語の基礎知識1989」(甲13の56)に は、アイコンについて「ディスプレイの画面の中に、目で見てそれと分かる絵を示し、そ の絵に相当する処理をさせる方式。たとえば、時間を知りたいときは、時計の形をした絵 をマウスで指定する。」との記載がある。  (イ) 昭和64年1月1日発行の「月刊アスキー(1989年1月号)」(甲15)に は、以下の記載がある。  a 「これらのアイコン群は、アクセス可能なデバイスとアプリケーションを表してい る。この部分をマウスでドラッグして上下に移動させると、一番上のNeXT社のロゴマ ーク以外のアイコンは上下端に完全に隠してしまうことができる。」との記載がある。  b 「消去するファイルは、Macなどと同じように、マウスでドラッグしてブラック ホールにオーバーラップさせる。」との記載がある。  c 「[Directory Browser]メニューは…選択したウィンドウ内に 収納されているファイルの一覧を階層構造で表示する。その内容の一部をアイコン表示し ているウィンドウが、下の2枚のウィンドウである。」との記載があり、この記載に関す る図3には一般的な初期画面として、「[Directory Browser]メニュ ーで選択したウィンドウ内のアイコン群。」として、ウィンドウ内にファイル名とデザイ ン化された図柄がセットになったものが多数配列されている図が示されている。  d 「ボイスメールの場合は、[voice]コマンドのアイコンをクリックすると、 音声再生が行われる。」との記載があり、この記載に関する図4にはElectroni c Mailの初期画面としてメールウィンドウ内に「voice」の文字と唇の図柄が セットになったものその他の文字とデザイン化された図柄がセットになったものが数個配 列されているほか、作成したメールの送信用ウィンドウ内にも、同様のものが数個配列さ れている図が示されている。  (ウ) 昭和63年3月30日発行の「電子情報通信ハンドブック」(甲13の57)に は、「ディスプレイ上ではマルチウィンドウ機能により、複数の画面を同時に表示し、相 互にデータ交換を行って、仕事の流れを目で確認しながら進めることができる。また、各 種のデータや処理機能を「絵」(アイコンと呼ぶ)として表示し、マウスで指示、選択す ることにより処理を進める。」との記載がある。  (エ) 昭和61年11月20日発行の「図解コンピュータ百科事典」(甲13の58) には、「アイコンとは、機能やファイルを視覚的にだれにでもわかりやすく絵文字で表現 したものである。アイコンは、システムごとに決められたものとユーザが自分で自由に決 めるものがある。しかし、バラバラな絵文字を使うことは、逆にわかりにくくなる危険性 がある。アイコンの標準化は、1986年からやっと検討着手した段階である。代表的な アイコンとしてゼロックスのワークステーション“STAR”で採用されているものを紹 介する。」と記載され、アイコンの例として、12例が挙げられているが、いずれもその 機能を絵で表現したものである。  (オ) 昭和61年4月25日発行の「JStarワークステーション」(甲13の44、 甲14の1、乙2、5)には、以下の記載がある。  a 上記(エ)で記載したゼロックスのワークステーション“STAR”で採用されたア イコンについて、「一般オフィスで使用される用紙、フォルダ、ドロア、メール箱などの 使用形態を画面上にシミュレートし、絵文字を使ったデスクトップというモデルを基本と している。この用紙やフォルダなどを見やすく描いた絵文字をアイコン(icon)とよぶ。 図3.3にJStarに使用されるアイコンの主なものを示す。一見して各絵文字が何を 表すのかがよくわかるデザインになっている。」とあり、8種類のアイコン例が示されて いるが、いずれも絵で表現されたものである。「アイコン(絵文字)」という記載もある (甲13の44、甲14の1)。  b 「このようなアイコンが画面上に表示され、その配置もユーザの好みに応じて自由 に変更できる。まさに事務机の上に置いてある書類や事務機をシミュレートしてあり、こ れがワークステーションの概念に欠かせなくなったデスクトップ思想である。」、「オフ ィスの机の上の状態を画面上にシミュレートしたデスクトップとアイコンの考え方は、ユ ーザに親しみやすさを感じられると同時に、覚えやすさと操作のしやすさの向上が目的と なっている。」、「アイコンは大きく分類して2種類ある。一つは文書アイコンやレコー ドファイルアイコンなど、中身の実体をもったデータアイコンと、プリンタアイコンや電 子メールの送信箱アイコンのように特定の機能を実行するためのアイコンがある。」、 「基本的に文字だけの表示とステップキーや数字入力に頼ってユーザインタフェースを構 成している従来の機器に比べ、アイコンとマウスを使ったシステムはユーザの心理的負担 を大幅に軽減し、ユーザインタフェースを大きく改善している。」との記載がある(甲1 3の44)。  c 図6.5には、デスクトップ表示例として、アイコンがデスクトップ上に並んでい る例が示され、図6.6には、アイコンのデザイン例として、9つの機能に関して5つず つ例が示されているが、アイコンはいずれもデザイン化された絵で示されている(甲13 の44)。  d 「一般に機能を表すアイコンはどのアイコンにも移動/転記はできない。たとえば プリンタアイコンを送信箱に転記しようとしても受けつけられない。」との記載がある (甲14の1)。  e 「アイコンはその状態と使用目的によって、いくつかの異なった方法で表示される。 たとえば、デスクトップ上では大きく、コンテナウィンドウ内では小さく表示される。」 との記載がある(甲14の1)。  f 図6.8には、長方形の右上隅を折り返した絵が描かれ、これに関して「文書アイ コンのミニチュアで、文書アイコンを移動したり転記したりする命令を発するとこの形に なり、移動先や転記先を指定するユーザの操作を促す。同様のミニチュアアイコンがフォ ルダやドロアやプリンタアイコンなどについてもある。」という記載がある(甲13の4 4)。  g 「図形処理においては、アイコンや文字と全く同様に、線や四角形も選択、移動、 転記そして変形等の操作が可能になっている。」という記載がある(乙2、5)。  イ 前記ア認定のとおり、本件特許出願当時の文献によれば、アイコンとは、「表示画 面上に、各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示したもの」と一般に理解され ていたものということができる。  被告は、本件特許出願当時、「アイコン」は、「ドラッグ」ないし「移動」ができるこ とが前提とされ、「デスクトップ上」へ配置可能なことが前提とされていたなどと主張す るので、以下この点について検討する。  ウ 移動可能性の要否  (ア) 本件特許出願当時の文献「月刊アスキー(1989年1月号)」(甲15)には、 アイコン群をマウスでドラッグして移動させる旨の記載がある(前記(2)ア(イ)a)。他 方、同じ文献には、メールウィンドウ内のコマンドを表しているアイコンとメール送信用 のウィンドウ内のアイコンがあり(前記(2)ア(イ)d)、これらのアイコンがドラッグ又 は移動できるとの記載はないし、ウィンドウ内で機能を実行するためにクリックされるも のであるから、ドラッグや移動とは関係ないものと解される。  よって、上記文献に記載されたすべてのアイコンがドラッグ又は移動できるものとはい えない。  (イ) 本件特許出願当時の文献「JStarワークステーション」(甲13の44、乙 2、5)には、移動できるアイコンを前提とした「このようなアイコンが画面上に表示さ れ、その配置もユーザの好みに応じて自由に変更できる。」との記載(前記(2)ア(オ)b)、 「アイコンを移動したり転記したりする」との記載(前記(2)ア(オ)f)及び図形処理に おいてアイコンや文字と同様に移動等ができる旨の記載(前記(2)ア(オ)g)がある。  しかしながら、「このようなアイコンが画面上に表示され、その配置もユーザの好みに 応じて自由に変更できる。」との記載の後に「これがワークステーションの概念に欠かせ なくなったデスクトップ思想である。」と続く文章であることからも分かるように、上記 記載は、デスクトップ思想におけるアイコンの位置付けについて触れたものであって、ア イコンの一般論を述べているものではない。また、「アイコンを移動したり転記したりす る」との記載は、図6.8「カーソルの形の種類と使用される状況」という図の中にあっ て、カーソルの形を状況に応じて変化させ、ユーザーが次にとるべきアクションを図形パ ターンで視覚に訴えることによって分かりやすく親しみやすいインターフェイスを実現す ることを説明する文脈で、もしユーザーが文書アイコンを移動したり転記したりする命令 を発した場合には、カーソルが文書アイコンのミニチュアの形に変化してユーザーに移動 先や転記先を指定する操作を促すことを説明しているものであって、アイコン一般につい て移動が可能であるという趣旨を述べているものではない。さらに、図形処理においてア イコンや文字と同様に移動等ができる旨の記載は、図形処理のユーザーインターフェイス の改善を述べる文脈で、例示としてアイコンや文字を挙げたものであり、すべての文字が 移動可能でなければならないとはいえないのと同様に、すべてのアイコンについて移動可 能であるという趣旨をいうものとは解されない。  他方、同じ文献中には、アイコンの中には移動等が制約されるものが存在することを前 提とする記載もある(前記(2)ア(オ)d)。  よって、上記文献によっても、すべてのアイコンがドラッグ又は移動できるものとはい えない。  (ウ) そして、前記(2)アで認定したとおり、本件特許出願当時の文献において、「ア イコン」が移動可能なものに限定される旨を明確に記載したものは見当たらないことから すれば、本件特許出願当時、「アイコン」がドラッグないし移動ができることを必要とす ると解されていたと認めることはできない。  (エ) 被告は、乙3の記載に依拠してアイコンに移動可能性が必要である旨主張する。  「先端ソフトウェア用語事典」(乙3)は、本件特許出願後である平成3年5月25日 に発行されたものである。上記文献には、アイコンの定義としては、「計算機資源を表す ためにディスプレイ画面上に表示される小さな絵。」との記載があるのみで、移動可能性 については触れるところがない。また、上記文献には、「マウスを用いてアイコンの選択 ・起動・移動・複写・削除などができる。」との記載があるが、その直後に「これを文字 コマンドによる指示に対比して、直接操作(direct manipulation)と呼んでいる。」と されていることから分かるように、アイコンはマウスによって直接操作できるということ を説明する文脈であり、「移動」はその操作の一例にすぎない。また、「ファイルを複写 するには、通常、複写したい先のディレクトリにファイルアイコンを引きずっていけばよ い。ファイルを削除するには、ゴミ箱のアイコンの所までファイルを引きずっていく。プ リンタのアイコンが画面上にある場合には、アイコンをプリンタの所まで引きずっていけ ばファイルが印刷されるであろう。」との記載もあるが、ファイルの複写、削除、印刷に 関しても、アイコンをドラッグさせて行うという一つの方法を紹介しているものであって、 同文献から読み取れるのは、アイコンの中には移動できるものも存在するという程度にと どまり、それを超えて、すべてのアイコンがドラッグないし移動可能なものであるという 趣旨をいうものと解することはできない。  (オ) また、被告は、乙4の記載に依拠してアイコンに移動可能性が必須である旨主張 する。  「情報システムハンドブック」(乙4)は、本件特許出願後である平成元年12月5日 に発行されたものである。上記文献は、アイコンの定義としては、単に「ユーザの利用で きる資源、メニューの選択肢などを図記号として表示したもの。コンピュータとユーザと のインタフェース(ユーザインタフェース)を改善するために考案された手段の一つ。」 と記載するのみで、移動可能性について触れるところがない。また、上記文献には、「文 書を印刷したいときは、文書アイコンをプリンタアイコンに重ねるだけでよい。」という 記載があるが、この記載は、同じ文書アイコンを引き出しアイコンに重ねた場合やゴミ箱 アイコンに重ねた場合との結果の違いを述べた上で、同じ操作を行っても受け取るオブジ ェクトによって結果が異なることが、ユーザーにとって使いやすいことを示すための一例 にすぎないものであって、ここから、すべてのアイコンがドラッグないし移動可能なもの であるという趣旨を読み取ることもできない。  (カ) その他、本件特許出願後である平成2年5月25日発行の「岩波情報科学辞典」 (甲13の19)においても、アイコンとは、「計算機が人間とのインターフェースとし て画面上に表示する処理の対象物や処理そのものを示す図柄をいう。」と定義され、移動 可能性については触れていない。また、上記文献には、「高度な機能をもったウィンドウ システムのもとでは、アイコンへの操作だけで仕事を済ませることも可能で、たとえば文 書を表わすアイコンを選択し、次にプリンターやくず箱を表わすアイコンへ移動する(ド ラッグ(drag)という)という操作によって文書の印字や削除の処理を表現することがで きる。」との記載もあるが、すべてのアイコンがドラッグないし移動可能なものであるこ とをいうものではない。  その他、本件特許出願後の文献においても、「アイコン」が移動可能なものに限定され る旨を記載したものは見当たらない。  (キ) 以上によれば、本件特許出願の前後を通じて、「アイコン」の意義について、 「ドラッグ」ないし「移動」ができることを必要とすると解されていたものとはいえない。  エ デスクトップ上への配置可能性について  被告は、甲13の44に依拠して、本件特許出願当時「アイコン」は、「デスクトップ 上」へ配置可能なことが必要とされていたと主張する。  この点については、本件明細書上も限定されていないことは前記(1)オのとおりである。 また、本件特許出願当時の文献である「JStarワークステーション」(甲13の44) においても、デスクトップ上にないウィンドウ内にあるものを「アイコン」と呼ぶことが あること、アイコンがデスクトップ上ではなくコンテナウィンドウ内にある場合があるこ とが前提となっていたことは、前記(2)ア(オ)eで認定したとおりであり、これらの「ア イコン」がデスクトップ上に配置可能であったことを示す証拠はない。さらに、本件特許 出願当時の文献である「月刊アスキー(1989年1月号)」(甲15)においても同様 であることは、前記(2)ア(イ)c認定のとおりである。  また、前記(2)アで認定したところによれば、本件特許出願当時の文献において、「ア イコン」がデスクトップ上に配置可能なものに限定される旨を記載したものは見当たらな い。その他、前記(2)アで認定した事実をすべて検討しても、本件特許出願当時の「アイ コン」の意義について、デスクトップ上に配置可能であることが必要とされていたと認め ることはできない。  以上によれば、本件特許出願の前後を通じて、「アイコン」は、デスクトップ上に配置 可能なことを必要とすると解されていたものとはいえない。  オ なお、本件全証拠によるも、本件発明の「アイコン」について、モードレス環境で 用いられることが必要であるとの限定が存在するものとは認められない。  (3) 小括  以上(1)(2)によれば、本件発明にいう「アイコン」とは、「表示画面上に、各種のデー タや処理機能を絵又は絵文字として表示して、コマンドを処理するもの」であり、かつそ れに該当すれば足りるのであって、本件明細書の記載によっても、本件特許出願当時の当 業者の認識においても、それ以上に、ドラッグないし移動可能なものであるとか、デスク トップ上に配置可能なものであるなどという限定を付す根拠はないというべきである。  (4) 被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンの「アイコン」該当性に ついて  被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンは、別紙イ号物件目録及びロ号 物件目録記載のとおり、表示画面上に、各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表 示して、コマンドを処理するものである。よって、被告製品の「ヘルプモード」ボタン及 び「印刷」ボタンは、本件発明における「アイコン」に該当する。 2 被告製品をインストールしたパソコンの構成要件充足性について  (1) 本件第1発明について  上記のとおり、被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンは、「アイコン」 に該当するところ、上記のうち、「ヘルプモード」ボタンは、「アイコン」に該当する 「印刷」ボタンの機能説明を表示するので、「アイコンの機能説明を表示させる機能を実 行させる第1のアイコン」に該当する。「印刷」ボタンは、これをクリックすると所定の 機能を起動するので、「所定の情報処理機能を実行させるための第2のアイコン」に該当 する。これらが被告製品をインストールしたパソコンの画面に表示される。  次に、被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンは、いずれもマウスクリ ックによって選択することが可能であり、これが「前記表示手段の表示画面上に表示され たアイコンを指定する指定手段」に該当する。  さらに、被告製品の「ヘルプモード」ボタンをマウスでクリックし、次に「印刷」ボタ ンをクリックすることが、「前記指定手段による、第1のアイコンの指定に引き続く第2 のアイコンの指定」に該当する。これに「応じて」、「印刷」ボタンの説明が被告製品を インストールしたパソコンの画面に表示されることが、「前記表示手段の表示画面上に前 記第2のアイコンの機能説明を表示させる制御手段」に該当する。  そして、被告製品をインストールしたパソコンが「情報処理装置」であることは明らか である。  したがって、被告製品をインストールしたパソコンは、本件第1発明の構成要件1−A ないしDをいずれも充足する。  (2) 本件第2発明について  被告製品の「ヘルプモード」ボタンをマウスでクリックし、その後別の操作を行ってか ら、「印刷」ボタンをクリックすることが、「前記指定手段による第2のアイコンの指定 が、第1のアイコンの指定の直後でない場合」に該当する。この場合、「印刷」ボタンの 説明は表示されず、所定の機能が起動されるが、これが「前記制御手段は」、「前記第2 のアイコンの所定の情報処理機能を実行させる」に該当する。  そして、被告製品をインストールしたパソコンが「情報処理装置」であることは明らか である。  したがって、被告製品をインストールしたパソコンは、本件第2発明の構成要件2−A 及びBをいずれも充足する。  (3) 本件第3発明について  被告製品をインストールしたパソコンは、キーボードやマウス等の「データを入力する 入力装置」と、モニターの「データを表示する表示装置」とを「備える装置」である。被 告製品をインストールしたパソコンを動作させることにより、かかる装置を制御すること になる。  次に、「ヘルプモード」ボタンは、「印刷」ボタンを機能説明を表示するので、「機能 説明を表示させる機能を実行させる第1のアイコン」に該当し、「印刷」ボタンは、これ をクリックすると所定の機能を起動する機能を有しているので、「所定の情報処理機能を 実行させるための第2のアイコン」に該当し、これらが被告製品をインストールしたパソ コンの画面に表示される。  さらに、被告製品の「ヘルプモード」ボタン及び「印刷」ボタンは、マウスクリックに よって順次選択することが可能であり、これが「第1のアイコンの指定に引き続く第2の アイコンの指定」に該当する。これに「応じて」、「印刷」ボタンの説明が被告製品をイ ンストールしたパソコンの画面に表示されることが、「表示画面上に前記第2のアイコン の機能説明を表示させる」ことに該当する。  そして、被告製品をインストールしたパソコンの使用が「情報処理方法」であることは 明らかである。  したがって、被告製品をインストールしたパソコンの使用は、本件第3発明の構成要件 3−AないしDをいずれも充足する。  (4) 以上のとおり、被告製品をインストールしたパソコン及びその使用は、本件発明 の技術的範囲に属するものである。 3 争点(2)(間接侵害)について  (1) 特許法101条は、いわゆる間接侵害について規定しており、同条2号は、特許 が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内におい て広く一般に流通しているものを除く。)であってその発明による課題の解決に不可欠な ものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられるこ とを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為 を特許権等の侵害であるとみなしており、同条4号は、特許が方法の発明についてされて いる場合について、同旨を規定している。  (2) 前記2において判示したとおり、被告製品をインストールしたパソコン及びその 使用は、本件各発明の構成要件を充足するものであるところ、被告製品は、「被告製品を インストールしたパソコン」の生産に用いるものであり、かつ、「(従来の方法では)キ ーワードを忘れてしまった時や、知らないときに機能説明サービスを受けることができな い」という本件発明による課題の解決に不可欠なものであると認められる。また、被告製 品が「日本国内において広く一般に流通しているもの」でないことは明らかである。  (3) 被告は、Windowsというマイクロソフト社のオペレーティングシステムそ のものに、本件発明と同様の機能があるから、被告製品は「その発明による課題の解決に 不可欠なもの」ではないと主張する。その主張の趣旨は必ずしも判然としないが、仮に被 告がいうように、Windowsのヘルプ表示プログラム等によって、「『ヘルプモード』 ボタンの指定に引き続いて他のボタンを指定すると、当該他のボタンの説明が表示される」 という機能が実現されるとしても、別紙イ号物件目録ないしロ号物件目録記載の機能は、 あくまで被告製品をインストールしたパソコンによってしか実行できないものであるから、 被告製品は本件発明による課題の解決に不可欠なものであり、被告製品をインストールす る行為は、本件特許権を侵害する物の生産であるといわざるを得ない。  (4) 被告は、遅くとも、平成14年11月7日に原告が申し立てた仮処分命令申立書 の送達の時以降、本件発明が特許発明であること及び被告製品が本件発明の実施に用いら れることを知ったものと認められる(甲13の1、弁論の全趣旨)。  (5) 以上によれば、被告の前記第2の1(4)の行為について、特許法101条2号及び 4号所定の間接侵害が成立する。 4 争点(3)(権利濫用)について  (1) 公知技術  証拠によれば、本件特許出願当時、以下のような技術が公知であったことが認められる。  ア 昭和61年12月11日公開の引用例(特開昭61−281358の公開特許公報。 甲13の25)には、次の記載がある。  (ア) 発明の名称  ワードプロセツサの機能説明表示方式  (イ) 特許請求の範囲  「文字・記号キー、削除、挿入等の編集処理を指示する機能キー及び操作説明キーを有 する入力手段、該入力手段からの入力に基づいて文書もしくは操作ガイダンスを表示する 表示手段を有するワードプロセッサにおいて、上記操作説明キーと上記機能キーとが連続 して入力されると該機能キーにより特定される編集処理機能を説明する説明文を上記表示 手段に表示することを特徴とするワードプロセッサの機能説明表示方式。」  (ウ) 発明の効果  「本発明によれば、操作説明キーと所望の機能キーとを連続して入力することにより、 上記機能キーの処理内容を容易に確認できる。」  イ 昭和61年4月25日発行の刊行物1(「JStarワークステーション」。乙5) には次の記載がある。  (ア) 「JStarでは…独自に開発した「仮想キーボード」を使用している。この 「仮想キーボード」とは、画面上に実際のキーボードに対応するソフトウェアキーボード を設け、ユーザの操作によりデータとして用意している複数のビットマップとインタプリ テーションを切り換えて表示し使用する、というものである。」  (イ) 「画面表示された仮想キーボードのキーをマウスで選ぶとそのキーをタイプした のと同じことになる。」  (ウ) 「文書を開いて、図形枠を挿入したい場所をマウスでクリックする。特殊仮装キ ーボードの中に図形枠を挿入するファンクションキーがあるので(図9.33における 「A」のキーに対応)、そのキーを押すと図形枠が挿入され、対となる錨記号が文字中に 挿入される。」  ウ 昭和61年5月発行の刊行物2(「日経バイト」。甲13の27)には、「画面上 のボタンを選択するのに、マウスの代わりにキーボードを使うことも許している。この図 では『Yes』をY(編注:下線部は□囲み文字。以下同様に□囲み文字部分に下線を付 した。)またはEnterまたはReturnキーで…選択できるようになっている」と の記載がある。  エ 平成元年4月14日発行の刊行物3(「一太郎Ver.4 活用編」。甲13の2 6)には、「画面のESCマークを直接左クリックすると、ESCキーを押すのと同じ操 作を行うことができます。」との記載がある。  (2) 本件第1発明の進歩性について  ア 前記(1)アで認定したとおり、引用例には、機能キーと操作説明キーを有するワー プロにおいて、操作説明キーと機能キーが連続して入力されると、機能キーにより特定さ れる処理の説明を表示する発明が開示されている(以下「引用例発明」という。)。  したがって、本件第1発明と引用例発明を対比すると、本件第1発明は、表示画面上に おけるアイコンに関する発明であって、「アイコンの機能説明を表示させる機能を実行さ せるアイコン」を有するのに対し、引用例発明は、キーボードのキーを対象とする発明で あって、操作説明キーを有しているが、上記のようなアイコンがないという点において、 相違するものということができる。  本件第1発明は、従来キーボードのキーに担わせていた役割を、現実のキーボードのキ ーと対応する必然性のない「アイコン」という別個の概念に担わせているものであるのに 対し、引用例発明は、あくまで現実のキーボードのキーに関するものであるところ、キー ボードのキーを対象としており、表示画面上のアイコンというもの自体が全く想定されて いない引用例発明について、キーボードのキーをこれとは質的に相違するアイコンに置き 換えることを示唆する刊行物はないから、キーボードのキーに関する引用例発明からアイ コンに関する本件第1発明に想到することが容易であったとはいえない。  イ 被告は、刊行物1及び刊行物2に「実際のキーボードに用意されたキーの操作」を 「画面に文字以外の絵又は絵文字によって表示されるマークに対するマウスの選択」で代 替させることが開示されているから、キーボードのキーを対象とする引用例に刊行物1及 び刊行物2を組み合わせると、表示画面上のアイコンを対象とする本件第1発明に想到す ることが容易であると主張する。  前記(1)イで認定したとおり、刊行物1には、実際のキーボードに対応する仮想キーボ ードを画面上に表示し、画面上に表示された仮想キーボードをマウスで操作することによ り実際にキーをタイプしたのと同じになること及び特殊仮想キーボードを画面に表示し、 キーボード上のキーに割り当てた機能を、仮想キーボード上で絵として表現されたマーク をマウスで操作することにより選択し、実行する発明が開示されている。  しかしながら、刊行物1に記載されているのは、画面上に実際のキーボードに対応する ソフトウェアキーボードを設けた「仮想キーボード」である。この仮想キーボードの専用 ウィンドウ内に表示されるキーは、あくまで「キー」とされており、「アイコン」とは完 全に区別して記載されているから、刊行物1にキーボードのキーをアイコンに置き換える ことが示唆されているとはいえない。  また、前記(1)ウで認定したとおり、刊行物2は、画面上の「Yes」ボタンに代えて Y、Enter又はReturnキーで選択するものにすぎず、「アイコン」に関するも のではない。  なお、本件特許出願当時、現実のキーボードや仮想キーボードのキーに絵柄をあててい る文献も存在しており(乙5ないし9)、こうしたキーが画面上に表示されれば、一見ア イコンに類似しているとみる余地もないわけではない。しかし、たとえキーに機能を絵で 表現したマークが表示されていたとしても、現実のキーボードのキーはもとより、画面上 に表示された仮想キーボードのキーも、あくまで現実のキーボードに一対一で対応するも のにすぎず、その範疇を超えるものではないのに対し、アイコンは、前記1(3)で認定し たとおり、「表示画面上に、各種のデータや処理機能を絵又は絵文字として表示して、コ マンドを処理するもの」であって、現実のキーボードのキーと対応する必然性はなく、む しろ現実のキーボードのキーに存する数量的あるいは位置的な制約を離れて、多様な機能 を自由に担わせることができるものであって、この両者の間には、なお質的な相違が存在 しているといわざるを得ない。  そうすると、本件特許出願当時の当業者にとって、引用例発明と刊行物1及び刊行物2 の技術を組み合わせて本件第1発明に想到することが容易であったとまではいうことがで きない。  ウ さらに、被告は、刊行物2及び刊行物3により、アイコンとキーは相互置換性があ るとして、キーに関する引用例発明に刊行物2及び刊行物3を組み合わせると、表示画面 上のアイコンを対象とする本件第1発明に想到することが容易であるとも主張する。  しかし、前記(1)ウで認定したとおり、刊行物2は、画面上の「Yes」ボタンに代え てキーで選択するものにすぎず、「アイコン」に関するものではない。また、前記(1)エ で認定したとおり、刊行物3は、ESCキーの機能を画面上に表示されたESCマークで 代替するものであって、やはり「アイコン」に関するものではないから、刊行物2及び刊 行物3によりアイコンとキーは相互置換性があるということはできない。  そうすると、本件特許出願当時の当業者にとって、引用例発明と刊行物2及び刊行物3 の技術を組み合わせて本件第1発明に想到することが容易であったとまではいうことがで きない。  エ なお、前記1(2)アで認定したとおり、本件特許出願当時も「アイコン」という概 念自体は公知であったと認められるが、上記ア、イで判示したとおり、キーボードのキー とアイコンとは質的に相違するものであるから、「アイコン」という概念自体が公知であ ったことを前提としても、キーボードのキーに関する引用例発明に対して、さらに「アイ コン」という概念を導入し、これらを組み合わせて本件第1発明に想到することは、本件 特許出願当時の当業者にとって容易であったとまでは認められない。  (3) 本件第2発明の進歩性について  本件第2発明は、本件第1発明を前提とするものであるから、本件第1発明が本件特許 出願当時の当業者にとって容易に想到することができたものとはいえない以上、本件第2 発明も本件特許出願当時の当業者にとって容易に想到することができたものであるとはい えない。  (4) 本件第3発明の進歩性について  また、本件第3発明は、本件第1発明を方法の発明として表現したものであるから、本 件第1発明が本件特許出願当時の当業者にとって容易に想到することができたものとはい えない以上、本件第3発明も本件特許出願当時の当業者にとって容易に想到することがで きたものであるとはいえない。  (5) 以上によれば、その余の点について検討するまでもなく、本件特許について、無 効理由が存在することが明らかであるということはできない。 5 結論  以上のとおり、原告の請求は理由があるからこれを認容することとし、主文のとおり判 決する。なお、仮執行宣言は相当でないから付さないこととする。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 高部眞規子    裁判官 瀬戸さやか    裁判官 熊代 雅音