・東京高判平成17年3月3日  罪に濡れたふたり事件:控訴審  控訴認容。原判決取消。  判決は、「自己が提供し発言削除についての最終権限を有する掲示板の運営者は、これ に書き込まれた発言が著作権侵害(公衆送信権の侵害)に当たるときには、そのような発 言の提供の場を設けた者として、その侵害行為を放置している場合には、その侵害態様、 著作権者からの申し入れの態様、さらには発言者の対応いかんによっては、その放置自体 が著作権侵害行為と評価すべき場合もある」とした上で、「Yは、著作権法112条にい う『著作者、著作権者、出版権者・・・を侵害する者又は侵害するおそれがある者』に該 当し、著作権者であるXらが被った損害を賠償する不法行為責任があるものというべきで ある」として、差止および損害賠償請求を認容した。 (第一審:東京地判平成16年3月11日) ■判決文 ・一般論  「自己が提供し発言削除についての最終権限を有する掲示板の運営者は、これに書き込 まれた発言が著作権侵害(公衆送信権の侵害)に当たるときには、そのような発言の提供 の場を設けた者として、その侵害行為を放置している場合には、その侵害態様、著作権者 からの申し入れの態様、さらには発言者の対応いかんによっては、その放置自体が著作権 侵害行為と評価すべき場合もあるというべきである。」  「インターネット上においてだれもが匿名で書き込みが可能な掲示板を開設し運営する 者は、著作権侵害となるような書き込みをしないよう、適切な注意事項を適宜な方法で案 内するなどの事前の対策を講じるだけでなく、著作権侵害となる書き込みがあった際には、 これに対し適切な是正措置を速やかに取る態勢で臨むべき義務がある。掲示板運営者は、 少なくとも、著作権者等から著作権侵害の事実の指摘を受けた場合には、可能ならば発言 者に対してその点に関する照会をし、更には、著作権侵害であることが極めて明白なとき には当該発言を直ちに削除するなど、速やかにこれに対処すべきものである。」 ・あてはめ  「本件においては、上記の著作権侵害は、本件各発言の記載自体から極めて容易に認識 し得た態様のものであり、本件掲示板に本件対談記事がそのままデジタル情報として書き 込まれ、この書き込みが継続していたのであるから、その情報は劣化を伴うことなくその まま不特定多数の者のパソコン等に取り込まれたり、印刷されたりすることが可能な状況 が生じていたものであって、明白で、かつ、深刻な態様の著作権侵害であるというべきで ある。Yとしては、編集長Aからの通知を受けた際には、直ちに本件著作権侵害行為に当 たる発言が本件掲示板上で書き込まれていることを認識することができ、発言者に照会す るまでもなく速やかにこれを削除すべきであったというべきである。にもかかわらず、Y は、上記通知に対し、発言者に対する照会すらせず、何らの是正措置を取らなかったので あるから、故意又は過失により著作権侵害に加担していたものといわざるを得ない。  Yは、一人で数百にものぼる多数の電子掲示板を運営管理し、日々、刻々とこれに膨大 な量の書き込みが行われるため、すべての書き込みに目を通すことは到底不可能であるか ら、個々の著作権侵害の事実を把握することはできない、と法廷で繰り返し強調していた が、仮にYの主張することが事実であったとしても、著作権者等から著作権侵害の事実の 通知があったのに対して何らの措置も取らなかったことを踏まえないままにこのように主 張するのは、自らの事業の管理態勢の不備をいう意味での過失、場合によっては侵害状態 を維持容認するという意味での故意を認めるに等しく、過失責任や故意責任を免れる事由 には到底なり得ない主張であるといわざるを得ない。  以上のとおりであるから、Yは、著作権法112条にいう『著作者、著作権者、出版権 者・・・を侵害する者又は侵害するおそれがある者』に該当し、著作権者であるXらが被 った損害を賠償する不法行為責任があるものというべきである。なお、著作権者が発言者 に対して著作権侵害に係る発言の削除の要請をするのが容易であるならば、掲示板の運営 者が著作権侵害をしていると目すべきでないこともあり得ようが、本件掲示板においては、 発言者の実名、メールアドレスなどの発信者情報を得ることはできず、本件各発言の削除 要請が容易であるとは到底いうことができない。  この点に関連し、Yは、本件掲示板の発信者は、IPログから追跡可能であると主張す る。Yの主張は、IPアドレスの記録によって発信者が特定できるとの趣旨と理解できる が、IPアドレスによって特定されるのは当該発言がいずれのプロバイダーから発信され たかにとどまり、発言者までの特定は当該プロバイダーが厳格に管理している個人情報を 得て初めて可能になるものであることは、公知の事実である。Yの上記主張をもってして も、Yの著作権侵害による責任についての上記判断を左右することができない。  また、Yは、本件掲示板の運営者として、削除依頼は削除依頼掲示に記載すべきものと するガイドライン……を設定しており、これ以外の方法による削除要請を受理しなくとも よいかのごとく主張するが、これは、Yが一方的に取り決めた通告方法にすぎず、本件掲 示板に何ら特別な関係を持たないXらに法的な効力を及ぼすことはできない。Yは、少な くとも、著作権者と称する者から通知があった場合には、その通知者が連絡を取れる実在 の者であることが明らかに分かり、かつ、当該発言を読んで明らかに著作権侵害の可能性 が高いと判断されるときには、発言者にその旨を通知して対応策を問い合わせる必要があ る。なお、Yは、ファクシミリや電子メールを読んでおらず、内容証明郵便も家族が受領 して自らは見ていないと主張するが、信用することができない。仮に、Yが上記のとおり 一人による事業で管理態勢が不十分であるため、自己に対する電子メールや内容証明郵便 も読むことができないのが事実であるとしても、これによって、不法行為責任等の判断に おいてYが有利に評価されることはあり得ない。  さらにまた、Yは、著作権が侵害された本件書籍の送付を受けていないこと……から、 著作権侵害の確認をすることができなかったと主張するが、上記のとおり、本件各発言の 内容のみから、本件書籍が実際に刊行されたこと及びその内容がどのようなものであるか を容易に知ることができたのであるから、Yが本件書籍の提示を受けていないとしても、 著作権侵害の責めを免れるものではない。  (5) したがって、Yは本件各発言を本件掲示板上において公衆送信可能状態に存続さ せあるいは存続可能な状態にさせたままにしている者として、著作権侵害の不法行為責任 を免れない。」  「……本件対談記事の著作物使用料を200円と認めた上で、各Xが被った損害額を算 定するのが相当である。」