・東京地判平成17年3月31日判タ1189号267頁  長嶋一茂事件  本訴請求は、スポーツ用具及び健康器具の販売等を業とする被告(エス・ケイ・ケイ) が無権限で訴外株式会社Zに対して訴外長島一茂(以下「長島」という)の肖像及び氏名 を使用した広告を雑誌に掲載することを許可したことにより原告(ナガシマ企画)が所有 する長島のパブリシティ権を侵害したとして、原告が被告に対し、不法行為に基づく損害 賠償を請求した事案である。  反訴請求は、被告が、被告は原告から長島の肖像等の使用許諾を得ていたにもかかわら ず、原告において、被告が無権限でこれを使用したとする記者発表を行い、被告の信用を 毀損したと主張して、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。  原告は、長島の肖像等の管理や、長島の俳優、タレント活動に関するマネジメント等を 行うことを業とする有限会社であり、平成8年12月6日、長島から、そのパブリシティ 権の譲渡を受けた者であることについては争いがない。  原告は、平成14年11月7日、被告に対し、本件商品(「バイオイオンブレスレッド」 及び「バイオイオンアメジストネックレス」)の広告宣伝のために、長島の肖像等の使用 を許諾し、被告は、本件商品の販売促進のために長島の肖像等及びコメントを使用したポ スターを制作した。  Z社は、長島の肖像等およびコメントを使用した本件商品の広告を本件各雑誌に掲載し た。  判決は、「上記の使用許諾については、原告が主張するように、長島の肖像等の使用形 態を本件商品の販売促進用ポスターに限定したもの」であるとした上で、「被告は、権限 もないのに、Z社に対し、本件商品の広告宣伝のために長島の肖像等を雑誌に掲載するこ とを許諾し、その結果として、本件雑誌に同肖像等を計4回にわたり掲載させ、これによ り、原告の所有、管理するところの長島の肖像等から生じる顧客吸引力の持つ経済的利益 ないし価値、いわゆるパブリシティ権を侵害したといえる。そして、上記パブリシティ権 の侵害により原告の被った損害の額については、原告が雑誌や新聞などの紙媒体における 広告に長島の肖像等の使用を許諾する場合に受領すべき金額と解するのが相当である」と して、1000万円の損害賠償請求を認容した。 ■争 点 (1)(本訴請求について)被告は、Z社に対し、長島の肖像等の使用を許諾したか否か。 (2)(本訴請求について)原告の損害額 (3)(反訴請求について)本件記者発表が被告に対する不法行為となるか。 (4)(反訴請求について)被告の損害額 第3 争点に対する判断 1 争点(1)(被告は、Z社に対し、長島の肖像等の使用を許諾したか否か。)について (1)証拠(甲3ないし9、12ないし14、17の2、18の1・2、19の1・2、 乙1、13、14、21の1・2、証人長島、証人D、証人C、被告代表者)によると、 以下の事実を認めることができる。 ア 被告は、本件商品の販売を手がける以前にも、様々なスポーツ器具や健康器具の販売 を行ってきたが、その販売方法は、ポスター及びパンフレットによって広告宣伝を行い、 各地のゴルフ場などに当該商品を置いて販売するとともに、販売代理店に商品を卸して販 売させるというものであった。  被告は、平成14年7月ころ、本件商品の販売を検討し始めたが、これまでと同様の販 売方法による予定であり、新聞や雑誌に広告を掲載する予定はなかった。 イ 被告代表者であるB(以下「B」という。)は、プロ野球界に知人が多く、元プロ野 球選手であるCと親交があったほか、長島とも一緒に食事をするなど親しい関係にあった。 ウ Bは、平成14年11月ころ、長島に対して本件商品の宣伝を依頼するために、長島 及び原告代表者であり長島の妻であるA(以下「A」という。)と交渉したが、Aから、 広告に長島の肖像等を使用する際の料金について、テレビ、ラジオの場合は3000万円、 雑誌や新聞などの平面媒体の場合は1500万円であるとの説明を受け、予算の関係もあ って契約締結には至らなかった。  その際に、Bは、Aから、長島が出演している太田胃散のコマーシャルとの関係上、長 島を使用した広告には医療器具という表示は使えないと指摘された。 エ その後数日が経過した同月7日、Bは原告の事務所を訪ねて、再度長島と話し合った 結果、長島は、料金を具体的に提示しないまま、被告が本件商品の宣伝のために長島の肖 像等を使用することを承諾した(使用を承諾した範囲についてはしばらく措くとして、そ の後、当該使用については原告においても許諾した。)。  そこで、直ちに長島のマネージャーがBの持参した使い捨てカメラを使用して長島の撮 影を行い、その場で、Bが自己の判断により長島に現金80万円を渡して料金を清算した。  その後間もなく、被告は、上記のとおり撮影した写真等を基に長島の肖像等及びコメン トを使用した本件商品の販売促進用ポスター(乙1)を作成した。 オ 一方、そのころ、BはCに対して本件商品の販売をしないかと持ちかけ、また、代理 店として本件商品を販売する者を紹介してくれるように依頼し、本件商品のパンフレット とともに、上記の経緯で作成したポスター数十枚を渡した。  その後、CはBに対し数社の代理店候補者を紹介し、また、同月14日、友人でありZ 社代表者であるDに対して一緒に本件商品を販売しようと持ちかけ、Dの承諾を得た。 カ 間もなくDは知人を相手に販売活動を始めたが、本件商品の広告を雑誌に掲載した方 が売れ行きが良くなるだろうと考え、同月28日、これをCに提案した。  Cは、Bに対し、Cの知人が本件商品を販売すること、その者が本件商品の広告を雑誌 に掲載したいと考えている旨を伝え(その際、長島の肖像等及びコメントを使用すること を伝えたかどうかは、しばらく措く。)、その広告掲載の可否を打診した。  Bは、本件商品の広告を雑誌に掲載することを承諾し、その際、Cに対して広告には医 療器具などの言葉を使わないようにと注意した。 キ Dは、同年12月9日、本件商品の広告を雑誌に掲載するため、広告代理店である株 式会社W(以下「W社」という。)と打合せをし、同月24日には、同社に対して広告掲 載の申込みをした。  上記広告申込書(甲17の2)の備考欄には「広告掲載の芸能人・スポーツ選手等のク レームは、一切当社では責任を負いかねます。」との記載があった。 ク このようにして、長島の肖像等及びコメントを使用し、商品の問い合わせ先をZ社と した本件商品の広告が、平成15年1月26日発売の「くるまにあ」、同年2月1日発売 の「ヤンヤン」、同月15日発売の「特選外車情報」に掲載された。 ケ Cは、同月19日、東京ビッグサイトで行われた本件商品の代理店募集のためのイベ ントに参加した際、BにDを引き合わせて紹介した。  Bは、DからZ社の名前の入った名刺を受け取り、「どんどんがんばって売ってくれよ」 と声をかけた。 コ 他方、長島は、同月25日、風俗関係の求人誌である前記「ヤンヤン」に自分の肖像 等が使われた本件商品の広告が掲載されていることを知って驚き、すぐにBに電話をした。 Bは、この雑誌への広告掲載については全く知らない、Z社という会社についても知らな いと答えた。  長島は、Z社に対して何らかの措置を執るべきと考え、本件訴訟における原告代理人で ある森田貴英弁護士(以下「森田弁護士」という。)に、Z社に対する抗議と事実確認を 依頼した。  Dは、森田弁護士に電話で事情を説明するとともに、W社に対して雑誌広告掲載の中止 を申し入れたが、同月26日発売の「くるまにあ」への中止申入れは間に合わず、同誌に 広告が掲載された。 サ その後、同年3月4日及び5日に、B、C及びDは、雑誌広告に関して長島から抗議 が来ていることについて相談した。  また、同月11日、BとDは、本件訴訟における被告代理人である荒井清壽弁護士の事 務所を訪れ、上記の問題についての対応を協議した。 シ 長島も、事実関係を確認するためにBと数回にわたって面談したり、森田弁護士がC やDから事情を聞いたりしたが、なかなか事実関係が明確にならなかった。  Cの提案によって、長島、D、B及びCの4者で話し合うことになり、4者は、同年4 月5日に原告事務所に集合し、話合いを持った。また、同月23日には、長島とBが改め て二人で話をしたが、物別れに終わった。 ス その後、原告は、被告に対し、同年4月16日到達の内容証明郵便で2000万円の 損害賠償金の支払を求め、同年5月14日に本件本訴を提起した。そして、翌15日、原 告は、マスコミ各社に対して、本件訴状を提示しての本件記者発表を行い、翌日の日刊ス ポーツ、サンケイスポーツ、スポーツニッポン、スポーツ報知の各紙面に上記発表に沿う 内容の記事(乙3の1ないし4)が掲載された。 (2)以上の認定事実を前提として検討する。 ア 被告は、Z社あるいはCから、長島の肖像等の使用について許諾を求められたことは ない旨主張し、Bの陳述書(乙13)や被告代表者尋問の結果中には、これに沿う部分が ある。また、被告は、本件雑誌に長島の肖像等が掲載されたことにつき被告からCやDに 対して写真のネガフィルム(以下「ネガ」という。)を貸与した事実がないこと(争いが ない)も、被告の主張を裏付ける重要な事実であると指摘する。 イ まず、CからBに対して、本件商品の販売をすることになった知人が本件商品の広告 を雑誌に掲載しても構わないかと問い合わせ、Bがこれを承諾し、その際に、医療器具な どの言葉を使わないようにと伝えたことは前述したとおりである。  被告は、上記問い合わせの際に、長島の肖像等を使用するとの話は一切なかったという のであるが、CやDは雑誌の広告にタレントの肖像等を無許可で使用できないことは当然 知っていたものと考えられるし、殊にDは、W社への広告申込書の記載(前記認定事実) からして、事後的にせよ、その点は気付き得たはずである。そうだとすれば、Dは長島の 肖像等を使用した広告を雑誌に掲載することを計画し、その可否をBに確認する必要があ ると考えて、その旨の確認をCに依頼したのであるから、その依頼の際に、また当該依頼 を受けたCがBに確認する際に、長島の肖像等の使用について何も触れないというのは、 重要な部分の確認が漏れていることになって、かなり不自然なことのように思われる。B にしても、本件商品の広告を雑誌に掲載するといっても、どのような内容の広告を掲載し ようとしているのかを全く聞かないで承諾するというのも通常では考えにくい。上記のや りとりが行われた当時、本件商品を宣伝広告するものとしては本件商品のパンフレットと 前述のポスターしかなかったと認められるから、本件商品の広告を掲載するとした場合、 これらを利用するということは容易に想起されたことと思われる。また、上記のとおり、 BはCからの問い合わせを受けた際に、雑誌の広告には医療器具という言葉を使わないよ うに伝えているが、この時点で本件商品が医療器具としての許可を受けていなかったとい うのであれば、そのような言葉が使われるはずもなく、わざわざこのようなことを伝えた ということは、長島の肖像等が利用されることを念頭に置いた発言と考えないと不可解と いうほかはない。 ウ 次に、同年2月25日に長島からの問い合わせがあった際、及びその後の対応につい てみてみる。上記問い合わせに対して、Bは、この雑誌への広告掲載については全く知ら ないとか、Z社という会社も知らないと答えている(前記認定事実)が、この数日前にB はCからDを紹介され、名刺も受け取っている(前記認定事実)のであり、被告の主張を 前提としても、Cに対して本件商品の雑誌での広告を承諾していたのであるから、このよ うなBの対応は不自然である。  また、CやDは、長島から広告掲載について抗議があったことについて、最初、その理 由が分からなかったと述べている(甲12、13)。そして、同年4月23日に長島とB が二人で話し合った際、Bは、CやDが長島の怒っている理由が分からず、その理由を尋 ねられたことを認める旨の発言をしている(乙21の1・2)。これらのことからすれば、 CやDは当初、長島が怒っている理由が理解できなかったことがうかがわれるが、仮に同 人らが勝手に長島の肖像等を使用したのであれば、長島が怒っている理由が分からないは ずはないと思われる。 エ 被告は、本件雑誌に掲載する広告を作成するについて、ポスター作成に用いた写真の ネガ等をCやDに渡していないことを強調し、この事実自体については争いがない。  被告がこれを重要な事実とするのは、要するに、上記写真のネガは都内のデザイン事務 所に保管していたのであるから、仮にCらからの要求があったならば、被告が同事務所か ら取り寄せることも、Cらに取りに行かせることも極めて容易なことであったにもかかわ らず、これを渡していないということは、すなわち要求がなかった証左であるという点に あると解される。  しかしながら、CらがBにネガを要求したとする平成14年12月ころのネガの保管状 況について、これを客観的に示す証拠はなく、被告主張のようにネガを容易に取り寄せる ことができたかどうかは、不明であるといわざるを得ない。  そうすると、Dが、Bにネガの貸与を申入れたが時間的に間に合わなかったと述べてい る(甲12)ことも、一概に否定することはできないし、また、本件雑誌に掲載された長 島の肖像等はW社において長島のポスターでの肖像等を利用して合成したものと推測され るところ、合成等の加工料が1万円程度であることからすると(甲17の2)、Dにおい て、特に写真のネガにこだわらなかったことを不自然だと評価することはできない。  このようにみてくると、このネガ等を渡していないとの事実は、被告が主張するほどに 意味のある事実ではないというべきである。  オ 以上のほか、Bの陳述書(乙13)には、「私は、本件問題が発覚するまで、Dとい う男と全く面識が無く」と記載されているが、被告代表者尋問の結果中には、同月19日、 Cから、本件商品の販売をしている者としてDを紹介されたとの供述部分があり、この点 に単なる記憶違いとは思えない変遷があること、また、被告代表者尋問における、販売代 理店候補の会社に本件雑誌に掲載された広告の写しを見せたことがないかとの質問に対し て、要領を得ない応答をしていること等、Bの供述は総じて信ぴょう性に欠けるといえる。  その一方で、C及びDの各陳述及び証言は、CがBに対し、長島の肖像等を使ってよい かと問い合わせをし、Bからの許諾を得て雑誌に掲載した旨を一致して述べており、本件 中にはこれらの陳述ないし証言と明確に矛盾する証拠等はない。 カ 以上のことを総合すると、被告代表者であるBは、DからCを通じて、長島の肖像等 の使用の可否を打診され、その使用を許諾したものであると認定するのが相当であり、本 件中にはこの認定を覆すに足りる証拠はないというべきである。 (3)なお、被告は、原告から長島の肖像等の使用許諾を受けたことについて、使用形態 や使用方法の限定はなかったと主張し、これに対し、原告は、被告に長島の肖像等の使用 を許諾したのは本件商品の販売促進用ポスターに限定したものであったと主張している。  被告の上記主張は、飽くまで自らが長島の肖像等を使用する場合についてのものであり、 Z社等の第三者による使用を許諾するまでの権限が与えられていたと主張するものではな いと認められるから、前記(2)で述べた不法行為の成立を阻却する事由の主張には当た らないものと解されるが、後の争点とも関係するので、ここで、この点についての判断を 示しておくこととする。 ア 被告は、長島の肖像等につき、何の制限もない使用許諾を得た旨を主張し、これを裏 付ける事情として、被告が長島の肖像等を使用することにしたのは、そもそも被告におい ては本件商品の広告に長島を起用するつもりはなかったが、長島からの強い申出により、 ほぼ確定していたポスターのデザインを急遽変更して起用することになったという経緯が ある上、許諾料が低額であるのは、Bやその妻が長島家と長きにわたり家族ぐるみのつき あいをしていた事情を考慮したものであって、肖像等の使用形態に限定が付されていたた めではないといった事情を述べ、これに沿う証拠(乙14、被告代表者本人)もある。  しかしながら、上記各証拠(乙14、被告代表者本人)によっても、長島がなぜそこま で本件商品の広告に起用されることを希望したのかについては、Bと長島が家族ぐるみで 親しい関係にあったという事情を考慮しても、直ちには首肯し得ないのであって、上記各 証拠(乙14、被告代表者本人)から上記被告の主張が裏付けられているというには疑問 が残る。 イ これに対し、長島の陳述書(甲14)及び証言では、概要、AからBに対し、広告に 長島の肖像等を使用する際の料金について説明したこと、これに対しては予算上の問題が あり、Bからポスターによる広告だけならどうかと提案があったこと、長島はポスターに よる広告だけであれば、さほど多くの人の目に触れることもなく既存のスポンサーに迷惑 をかけることもないだろうと考え、ポスターだけならよいと返事をしたこと、Bから料金 について聞かれ、これまでポスターのみによる広告を承諾したことがないから分からない 旨を答えたところ、Bが80万円を置いていったこと、といったことが述べられている。  そして、これらの陳述及び証言部分は、前記認定事実、特に、被告はAから、広告に長 島の肖像等を使用する際の料金について、テレビ、ラジオの場合は3000万円、雑誌や 新聞などの平面媒体の場合は1500万円であるとの説明を受けていたこと、この説明を 受けた際には契約締結に至らなかったにもかかわらず、その数日後に、長島が本件商品の 宣伝のために長島の肖像等を使用することを承諾し、その場で使い捨てカメラを使って撮 影を行ったこと、被告が原告に支払った許諾料は80万円にすぎないこと、といった事実 とも整合し、80万円で長島の肖像等の使用が許諾された合理的な経緯として理解できる。  そうすると、上記の使用許諾については、原告が主張するように、長島の肖像等の使用 形態を本件商品の販売促進用ポスターに限定したものと認定するのが相当であり、これを 覆すに足る証拠はない。 2 争点(2)(原告の損害額)について (1)前記のとおり、被告は、権限もないのに、Z社に対し、本件商品の広告宣伝のため に長島の肖像等を雑誌に掲載することを許諾し、その結果として、本件雑誌に同肖像等を 計4回にわたり掲載させ、これにより、原告の所有、管理するところの長島の肖像等から 生じる顧客吸引力の持つ経済的利益ないし価値、いわゆるパブリシティ権を侵害したとい える。  そして、上記パブリシティ権の侵害により原告の被った損害の額については、原告が雑 誌や新聞などの紙媒体における広告に長島の肖像等の使用を許諾する場合に受領すべき金 額と解するのが相当である。 (2)そこで、本件における上記許諾料の額について検討すると、既に認定したとおり、 被告代表者であるBが原告の代表者であるAと本件商品の広告に長島の肖像等を利用する ことについて交渉した際に、Aから雑誌や新聞などの平面媒体であれば使用許諾料は15 00万円になるとの説明を受けているし、その他の証拠(甲14、15、証人長島)に照 らしても、上記の額が長島の肖像等を新聞や雑誌等の紙媒体の広告宣伝に用いる場合の一 つの基準であると認められる。そして、甲15によれば、上記1500万円という許諾料 は必ずしも絶対的なものではなく、その依頼主との関係や広告宣伝の内容等によって多少 の変動はあるが、その場合でも1000万円以下になるということは通常ではあり得ない ことが併せ認められる。 (3)本件の場合、上記(2)のとおり、BはAから基準どおり1500万円という許諾 料の提示を受けて、一旦は本件商品の広告宣伝に長島の肖像等を用いることを差し控えて いるが、その後、ポスターでの利用に限るという限定はあるものの、原告から80万円で 同肖像等を使用することの許諾を得ている。したがって、その後再び、原告と被告におい てポスター以外の雑誌や新聞等の紙媒体について長島の肖像等を使用することの交渉を行 ったとすれば、その許諾料が1500万円になるかは疑問である。そして、ポスターに限 っての使用許諾料が80万円であったといっても、この点は、長島とBが従来から個人的 な交際があり、被告において本件商品の広告宣伝にそれほど多額の費用をかけることがで きないとの事情が配慮されていると認められるから、それが通常の場合の許諾料ともいい 切れない。 (4)以上によれば、被告が本件雑誌に長島の肖像等が掲載されるに先立って、ポスター 以外の雑誌や新聞等の紙媒体への長島の肖像等の使用許諾を求めた場合に、その許諾料は 少なくとも1000万円を下回ることはなかったものとは認められるが、これ以上の許諾 料が必要であったとまでの立証はないものと認めるのが相当である。 (5)次に、原告は、上記の損害のほかに、本件雑誌に掲載された広告の広告主が無名企 業であり、広告としての質も低く、また、本件雑誌の中に風俗関係の求人誌が含まれてい たことから、このような広告の掲載によって長島の肖像等の経済的価値の源泉である長島 のイメージや社会的信用の低下を招いたとして、原告には500万円に相当する無形の損 害が発生した旨主張する。  原告は、当然のことながら長島個人とは別の人格であるし、長島はタレントとしては原 告以外の芸能プロダクションに所属しているものと認められるから(甲15)、原告の主 張する無形の損害というものの実質は必ずしも明確ではないが、上記主張は、一応、長島 に係るタレントとしての価値、あるいはパブリシティ権の価値の低下をいい、それが原告 の損害であると主張するものと解される。  しかし、上記のような価値の低下が直ちに原告の損害となるかは別論として、いずれに しても、本件中には、本件雑誌に掲載された広告の広告主がZ社であることや、当該広告 が掲載された雑誌の中に風俗関係の求人誌が含まれていたからといって、そのことから直 ちに、長島に係る上記原告主張のような価値の低下が発生したとまで認め得るだけの証拠 はないし、それほどまでに本件雑誌に掲載された広告の質が低いとも見受けられない。  本件雑誌に掲載された長島の肖像等は、既に原告において使用を許諾したポスターに用 いられている肖像等と基本的には同一のものであり、広告の背景等が異なっているにして も、ポスターのそれに比して、それほど質が低いとも、見劣りするとも認められないし、 広告主として被告の名称が掲げられているのとZ社の名称が掲げられているのとで長島の イメージや社会的な信用に格別異なった影響があるとも思われない。そして、本件商品と 長島との結びつき等に関しても、原告は長島の肖像等を本件商品の販売促進用のポスター に使用することを許諾しているし、本件雑誌への広告の掲載は短期間であったのであるか ら、長島のイメージや社会的な信用に賠償を要するような影響があったとも認め難い。  以上のとおり、原告の上記主張は採用できない。 3 争点(3)(本件記者発表が被告に対する不法行為となるか。)について (1)被告は、原告において被告が本件商品の宣伝広告のために長島の肖像等を無断で使 用した等の内容虚偽の本件訴状をマスコミに公表し、日刊スポーツ紙などにその旨の記事 を掲載させたと主張する。 (2)そこで、既に認定した事実に基づいて本件訴状の記載をみると、〔1〕本件訴状で は雑誌等に長島の肖像等を掲載したのがZ社ではなく、被告であるかのような記載になっ ている点、及び〔2〕本件訴状の記載ではポスターについても被告が無断で長島の肖像等 を使用したかのような記載となっている点が、それぞれ事実と相違し(上記〔1〕)、あ るいは誤解を与えかねない(上記〔2〕)記載になっていると一応いうことができる。  そして、本件記者発表で行われた説明の内容については、本件証拠上は必ずしも明らか ではないが、本件記者発表を受けて作成されたと認められる記事(乙3の1ないし4)か らすれば、本件記者発表では、出席した記者に対して本件訴状が示され、原告が本件訴え を提起したこととともに、訴え提起前に話合いが行われたが合意には至らなかった等の若 干の経緯についての説明があったものと推認されるほか、上記記事中に、いずれも「雑誌 広告など」、「車雑誌や求人雑誌など」、「雑誌や新聞の広告」、「自動車マニア向け雑 誌など」、「車雑誌など」といった本件訴状には記載のない同趣旨の記述があることから すれば、広告が掲載された媒体についても一応の説明があったものと推認される。  本件証拠上は、以上に述べた以外には本件訴状の記載内容を超える説明があったような 形跡はないから、これらのことからすれば、本件記者発表で公表された事実は、基本的に は本件訴状に記載された事実を中心として、上記程度の事情説明が付加されたものであっ たと認めるのが相当であり、また、上記〔1〕及び〔2〕の点についての正確な説明があ ったとは認められない。 (3)ア そこで、本件記者発表において、上記のような本件訴状を特段の説明も加えな いままに公表したことが違法といえるかについて検討する。 イ 本件訴状については、これによる訴え提起自体を違法とまで解し得ないことは明らか であるが、このことと本件訴状を示して記者発表することとを同一に論じることはできな い。訴状を示して訴え提起の事実を公表するということは、単に訴えを提起したとの事実 だけに止まらず、訴状に記載されたところの事実をも公表するものであり、マスコミ等に おいて訴状に記載された事実が報道されることも想定されるのであるから、そのような記 者発表を行う者には、訴状としての記載の適否とは別に、正確な事実の公表に努めるべき 注意義務があるものといわざるを得ない。 ウ 上記の観点から具体的に検討してみると、まず、上記(2)〔1〕の点についてであ るが、本訴提起当時において原告が認識し得たところ(訴状補充修正申立書)によれば、 原告は、長島の肖像等が雑誌に無断で掲載されたについては、被告が無権限でZ社に対し て同掲載を許諾したことに原因があり、被告において責任を負うべきものと考えていたこ とが認められ、この基本認識に誤りのないことは既に述べたとおりである。その一方で、 本件訴状では上記の点が「被告は…雑誌、新聞等紙媒体に掲載せしめた」と記載され、あ たかも被告自らが広告を掲載したかのような表現となっており、この表現は事実関係の記 述としては正確とはいえない。しかし、前述した原告の認識に照らすならば、上記の表現 は、広告を掲載したのは実質的にみれば被告であると評価し得るとの趣旨を記述したもの と認められるところであり、既に認定した事実経過からしても、その意味ではあながち誤 りとまではいえない。そして、長島の肖像等が本件雑誌に掲載されたのは、いずれにして も被告の責任の範囲内の事柄というべきであり、被告自らが無断で掲載したというのと、 無断で代理店に許諾を与えて掲載させたということとで、被告に対する社会的な非難や評 価に格別の相違があるとも思われない。  次に、上記(2)〔2〕の点についてみると、原告はポスターに長島の肖像等を使用し たことを問題視しているわけではないから、その立場からすれば、本件訴状や本件記者発 表で、ポスターに限っては被告に使用を許諾しているといったことを説明する必要があっ たとは認められない。確かに、この点を説明しないと、本件記者発表に出席した記者らが ポスターについての使用許諾のことを知っているとは考えられないから、同記者らがあら ゆる紙媒体における使用が無断であると考えることは避けられないであろうが、上記のと おりの立場にある原告が、その点に思い至らなかったとしても一概に非難することはでき ない。そして、本件記者発表においては、原告関係者によって雑誌への広告掲載を問題と している旨の説明があったとうかがわれることは上記(2)で述べたとおりである。 エ 以上のとおり、本件記者発表における原告の説明内容は、被告に与える影響について 思慮が足りなかったという点では問題なしとしないが、その不適切さの程度は比較的軽微 なものということができるし、もともと本件記者発表が行われた趣旨である、長島の肖像 等が被告によって無断で雑誌広告に用いられたという大筋においては真実ということがで きる。  また、被告は、原告は被告の信用を低下させるべく、故意に内容虚偽の本件訴状を作成 し、これを公表した旨を主張するが、本件中にはそのような事実を認めるに足りるだけの 的確な証拠はない。   そして、前記イのように、一定の事実を公表する以上は原告には正確な情報を公表すべ き義務があったとはいえても、もともと訴状は、具体的な紛争の存在を前提とする、一方 当事者の主張であり、自らの請求を正当化する観点から必要と思われる事実が記載される にすぎず、相手方の言い分や関連する事情が網羅的に記載されるものではないし、これに 接する者においても、そのようなものとして受け止めるのが通常である。  本件記者発表を報道する記事(乙3の1ないし4)をみても、基本的には、原告の主張、 言い分を伝えるという形で構成されているし、被告に対する裏付け取材が行われたことを うかがわせる記事も存在する。その意味では、被告としても、前日に被告代表者の妻に対 して長島から本件記者発表を予告する電話(乙19の1・2)があったのであるから、自 らの主張、言い分を述べる機会はあったといえなくもない。  このような事情を総合的に考慮するならば、本件訴状の記載や同訴状を示しての本件記 者発表は、原告が自ら訴えを提起したこと、あるいはその理由を説明するもの自体として は不相当なものとはいえないし、その際に、関連事情についての説明が不足していたため に、結果として、本件記者発表に出席した記者らに不正確な情報を提供したとのうらみは あるが、この点をもって違法とまでは認め難いというべきであり、本件中にはこの認定を 左右し得るまでの証拠は存しない。 第4 結論  以上のとおり、原告の本訴請求については、金1000万円及びこれに対する平成15 年6月11日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度において理由 があるので認容し、その余は理由がないので棄却することとし、被告の反訴請求について はその余の点について判断するまでもなく理由がないので棄却することとして、主文のと おり判決する。 裁判長裁判官 河村 吉晃    裁判官 白川 純子    裁判官 安江 一平