・東京地判平成17年5月17日  「通勤大学法律コース」事件:第一審  原告(小林英明)は、第一東京弁護士会所属の弁護士であり、『図解でわかる 債権回 収の実際』(原告文献1)、『熱血選書 署名・捺印のすべてがわかる本』(原告文献2 の1)、『新版 印鑑・文書・契約の法律』(原告文献2の2)及び『図解でわかる 手 形・小切手の実際』(原告文献3)の著作者であり、著作権者である。  被告(総合法令出版株式会社)は、『通勤大学法律コース 債権回収』(被告文献1)、 『通勤大学法律コース 署名・捺印』(被告文献2)、『通勤大学法律コース 手形・小切 手』(被告文献3)を発行した。被告c(舘野完)は東京弁護士会所属の弁護士であり被 告各文献の監修者である。被告a(古橋隆之)は税理士であり被告各文献に監修者と記載 されている者である。被告eことb(辛島茂)は被告文献1及び3に監修者と記載されてい る者である。被告d(荒井浄)は司法書士であり被告文献2に監修者と記載されている者 である。  本件は、原告が、被告会社に対しては被告各文献を発行したこと、被告a、被告b及び被 告dに対しては被告各文献の真の執筆者であること、被告cに対しては被告各文献の監修者 であることをそれぞれ理由として、被告各表現(文章及び図表)がそれぞれ原告各表現 (文章及び図表)と同一か極めて類似しており、原告の著作権(複製権及び翻案権)及び 著作者人格権(氏名表示権及び同一性保持権)を侵害すると主張して、差止、損害賠償お よび謝罪広告を請求した事案である。  判決は、「表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎない場合には、複 製にも翻案にも当たらない。他方、表現上の制約がある中で、一定以上のまとまりを持っ て、記述の順序を含め具体的表現において同一である場合には、複製権侵害に当たる場合 があると解すべきである。すなわち、創作性の幅が小さい場合であっても、他に異なる表 現があり得るにもかかわらず、同一性を有する表現が一定以上の分量にわたる場合には、 複製権侵害に当たるというべきである」とした上で、一部(3個所)について、複製権、 氏名表示権、同一性保持権の侵害を肯定し、その限りで差止および損害賠償の請求を認容 した。 (控訴審:知財高判平成18年3月15日) ■争 点 (1) 被告a、被告b及び被告dは、被告各文献を執筆したか (2) 著作権(複製権及び翻案権)侵害の成否  ア 依拠性の有無  イ 原告各表現の著作物性   ウ 原告各表現と被告各表現の同一性ないし類似性 (3) 著作者人格権侵害の成否  ア 氏名表示権侵害の成否  イ 同一性保持権侵害の成否 (4) 被告cは本件各文献の監修者として不法行為責任を負うか (5) 損害の発生及び額 (6) 謝罪広告の要否 ■判決文 1 争点(1)(被告a、被告b及び被告dの執筆の有無)について  (1) 前記争いのない事実及び証拠によれば、次の事実が認められる。  ア 被告各文献には、著者として「ビジネス戦略法務研究会」と記載されており、まえ がきに、「本書の執筆を行ったビジネス戦略法務研究会は、第一線で活躍しているビジネ スマンを中心に、企業の法務スタッフ、弁護士、税理士、司法書士、米国ロースクール卒 業生などのメンバーより構成されて」いること、「本書は数名のメンバーが執筆を分担の うえ」、被告c、被告aらが監修したことが記載されている。執筆者について具体的な個人 名は一切記載されていない(甲4ないし6、14ないし16)。  イ 原告は、本件訴訟提起に先立ち、被告会社に対し、再三にわたり、被告各文献の執 筆者を明らかにするように求めたが、被告会社はこれに応じなかった。第1事件提起後、 被告会社は、平成16年3月1日付準備書面において、被告各文献の執筆者について、被 告会社が主催するビジネス戦略法務研究会を構成する2名が分担して執筆した旨主張した。 そして、その2名の個人名は明らかにしていないが、その2名のうち、執筆担当者Aの経 歴について、「1954年生、早稲田大学法学部卒業、会社総務部、海外業務経験を経て、 現在会社役員」であると主張し、また、執筆担当者Bの経歴について、「1953年生、 東京大学法学部卒業、会社総務部勤務を経て、現在会社役員」であると主張している。そ して、この準備書面は、被告会社代表者が被告会社の訴訟代理人弁護士に説明した事実を もとに作成され、任意に提出されたものである(甲17ないし24(枝番を含む)、当裁 判所に顕著な事実、被告会社代表者)。  ウ 被告aは、1954年生まれの税理士であり、早稲田大学法学部を卒業した。同被 告は、大学卒業後、外資系会計事務所や外資系の会社に勤務したが、その後独立し、現在 は、税務事務所を経営しており、平成9年から被告会社の監査役も務めている。被告会社 から著書を出版したこともある。なお、被告aは、被告各文献に監修者と記載されている (甲4ないし6、14ないし16、乙9、丁1、被告a本人)。  エ 被告bは、ペンネームを「e」と称する、1953年生まれの経営コンサルタントで あり、東京大学法学部を卒業した。同被告は、大学卒業後、企業の研修担当、会社総務部 に勤務し、出版社役員を経て独立し、現在は会社役員である。共著ではあるが、被告会社 から著書を出版したこともある。なお、被告bは、被告文献1及び3に監修者と記載され ている(甲4、6、14、16、丁2、被告b本人)。  オ 被告dは、1951年生まれの司法書士であり、早稲田大学法学部を卒業した。同 被告は、海外ビジネスに携わり、平成2年に総合法令に入社し、平成6年には被告会社へ 移籍し、平成7年1月に同社を退職し、現在は、高知市で司法書士事務所を開設している。 なお、被告dは、被告文献2に監修者と記載されている(甲5、15、乙12、丁3)。  (2) 上記認定の事実によれば、以下のとおり、被告a及び被告bは、被告各文献の執筆 者であると推認することができる。  ア 被告会社の平成16年3月1日付準備書面は、被告a及び被告bらに対する第2事件 が提起される前に、被告会社の訴訟代理人弁護士が作成し、任意に提出したものであって、 個人名を出さない以上あえて虚偽の経歴を主張する必要性がない時点のものであることに も照らし、その信頼性は高いものと解される。  イ 被告aについて  被告らは、被告aが執筆したことを否認し、同被告も執筆していない旨供述する(丁1、 被告a本人)。しかしながら、被告会社が被告各文献の執筆者の1人であると主張する上 記執筆担当者Aと被告aの生年及び学歴が一致し、その経歴も極めて類似していること及 び被告各文献に監修者としてではあるが同被告の氏名が記載されていることに照らし、被 告aは被告各文献を執筆したものと推認することができ、上記供述部分は直ちに措信する ことができない。なお、同被告は、被告各文献に関し、被告会社から監修料若しくは執筆 料として、金銭の交付を受けた事実はない旨供述するが、この部分もまた措信することが できない。  ウ 被告bについて  被告らは、被告bが執筆したことを否認し、同被告も執筆していない旨供述する(丁2、 被告b本人)。しかしながら、被告会社が被告各文献の執筆者の1人であると主張する上 記執筆担当者Bと被告bの生年、学歴及び経歴が完全に一致していること並びに被告文献 1及び3に監修者としてではあるが同被告の氏名が記載されていることに照らし、被告b は被告各文献の全部又は一部を執筆したものと推認することができ、上記供述部分は直ち に措信することができない。なお、同被告は、被告各文献に関し、被告会社から監修料若 しくは執筆料として、金銭の交付を受けた事実はない旨供述するが、この部分もまた措信 することができない。  エ 被告dについて  本件全証拠によっても、被告dが被告各文献を執筆したと認めるに足りない。すなわち、 被告dの経歴は、被告会社が被告各文献の執筆者であると主張する上記執筆担当者A及び Bのいずれの経歴とも異なっており、被告dを執筆者と推認すべき理由はなく、他に同被 告を執筆者と認めるに足りる証拠はない。したがって、被告dを被告各文献の執筆者とす る原告の主張は理由がない。  オ 被告らは、被告各文献は、被告会社が自ら主催していると称しているビジネス戦略 法務研究会の担当者2名が執筆し、被告会社の職務著作である旨主張するが、そもそもビ ジネス戦略法務研究会の存在自体明らかとはいえない。なお、被告会社代表者は、ビジネ ス戦略法務研究会について、被告会社の嘱託によりビジネス上のテーマについて会社の会 議室で勉強会を開く組織であり、10年以上前から存在し、企業の法務スタッフ、弁護士、 税理士、司法書士、米国ロースクール卒業生など合計7ないし8名の構成員からなってい る旨供述している。被告会社代表者の供述どおり同研究会が存在するとすれば、わずか7 ないし8名の構成員の中に、他に、被告aや被告bほど執筆担当者A及びBの生年、学歴及 び経歴に酷似する人物が存在すると認めるに足りないから、被告aや被告bがその構成員で あって、被告各文献を執筆したといわざるを得ない。なお、仮にビジネス戦略法務研究会 の担当者が執筆したとしても、直ちに被告会社の職務著作になるわけではなく(著作権法 15条1項)、著作権侵害の主体が被告会社になるわけではない。 2 争点(2)ア(依拠性)について  (1) 証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。  ア 原告文献1の発行時期は平成14年7月25日であるのに対し、これに対応する被 告文献1の発行時期は同年12月4日である。原告文献2の1の発行時期は平成3年11 月28日、原告文献2の2の発行時期は平成7年10月19日であるのに対し、これらに 対応する被告文献2の発行時期は平成14年11月6日である。原告文献3の発行時期は 平成14年7月25日であるのに対し、これに対応する被告文献3の発行時期は平成15 年2月5日である(甲1ないし6(枝番を含む))。なお、原告文献2の1は、平成6年 5月までに5回の増刷を重ねた(甲17)。  そして、被告bは、原告各文献を知っていた(被告b本人)。  イ 原告文献1と被告文献1とを対比すると、両者は債権回収という同じ法律問題を取 り扱っており、基本的な概念及び構成、章立ての順序が類似している上、各章内の小見出 しも類似している。また、別紙対照表1の原告文献1欄と被告文献1欄のそれぞれ対応す る部分の下線部分を比較すると類似した文章や図表が多く見受けられる(甲1、4)。  ウ 原告文献2の1と被告文献2を対比すると、両者は署名・捺印という同じ法律問題 を取り扱っており、基本的な概念及び構成、章立ての順序が類似している上、各章内の小 見出しも類似している。また、別紙対照表2−1及び2−2の原告文献2の1及び同2の 2欄と被告文献2欄のそれぞれ対応する部分の下線部分を比較すると類似した文章や図表 が多く見受けられる(甲2(枝番を含む)、5)。  エ 原告文献3と被告文献3を対比すると、両者は手形・小切手という同じ法律問題を 取り扱っており、基本的な概念及び構成、章立ての順序が類似している上、各章内の小見 出しも類似している部分が多い。また、別紙対照表3の原告文献3欄と被告文献3欄のそ れぞれ対応する部分の下線部分を比較すると類似した文章や図表が多く見受けられる(甲 3、6)。   (2) 既存の著作物の表現内容を認識し、それを自己の作品に利用する意思を有しなが ら、既存の著作物と同一性のある作品を作成した場合は、既存の著作物に依拠したものと して複製権侵害が成立するというべきであり、この理は、翻案権侵害についても同様であ る。  そして、被告各文献は、いずれも原告各文献が出版された後に出版されているが、特に、 被告文献1は、原告文献1の出版から約4か月後、被告文献3は、原告文献3の出版から 約6か月後という極めて近接した日にそれぞれ出版され、また、原告文献2の1は相当数 販売されたものであって、被告a及び被告bはこれに接する機会があったこと(前記(1)ア)、 現に被告bは、原告各文献を知っていたこと(前記(1)ア)、被告各文献は、それぞれ対応 する原告各文献と、基本的な概念及び構成、章立ての順序、各章の内容、さらに記載され ている内容も類似している箇所が多いこと(前記(1)イないしエ)、後記認定のとおり、 被告各文献の中には、そこに記述されている順序及び構成で表現される必然性のない文章 等について、原告各文献の各対応部分とほぼ同一の表現がされている部分があること、以 上の事実を総合すれば、被告文献1は原告文献1に、被告文献2は原告文献2の1及び2 の2に、被告文献3は原告文献3に、それぞれ依拠して執筆されたことは明らかである。 上記認定に反する乙第11、第12号証及び被告会社代表者尋問の結果は、信用すること ができない。 3 争点(2)イ、ウ(著作物性、複製権及び翻案権侵害の成否)について  (1) 著作物の複製(著作権法21条、2条1項15号)とは、既存の著作物に依拠し、 その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいう(最高裁昭和50年 (オ)第324号同53年9月7日第一小法廷判決・民集32巻6号1145頁参照)。 ここで、再製とは、既存の著作物と同一性のあるものを作成することをいうと解すべきで あるが、同一性の程度については、完全に同一である場合のみではなく、多少の修正増減 があっても著作物の同一性を損なうことのない、すなわち実質的に同一である場合も含む と解すべきである。  また、著作物の翻案(著作権法27条)とは、既存の著作物に依拠し、かつ、その表現 上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ、具体的な表現に修正、増減、変更等を加えて、 新たに思想又は感情を創作的に表現することにより、これに接する者が既存の著作物の表 現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう。  そして、著作権法は、思想又は感情の創作的な表現を保護するものであるから(著作権 法2条1項1号)、既存の著作物に依拠して創作された著作物が思想、感情若しくはアイ デア、事実若しくは事件など表現それ自体でない部分又は表現上の創作性がない部分にお いて、既存の著作物と同一性を有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらない と解するのが相当である(最高裁平成11年(受)第922号同13年6月28日第一小 法廷判決・民集55巻4号837頁参照)。  このように、複製又は翻案に該当するためには、既存の著作物とこれに依拠して創作さ れた著作物との同一性を有する部分が、著作権法による保護の対象となる思想又は感情を 創作的に表現したものであることが必要である(著作権法2条1項1号)。そして、「創 作的」に表現されたというためには、厳密な意味で独創性が発揮されたものであることは 必要ではなく、筆者の何らかの個性が表現されたもので足りるというべきであるが、他方、 文章自体がごく短く又は表現上制約があるため他の表現が想定できない場合や、表現が平 凡かつありふれたものである場合には、筆者の個性が表現されたものとはいえないから、 創作的な表現であるということはできない。  (2) 本件における原告各文献及び被告各文献のような一般人向けの法律問題の解説書 においては、それを記述するに当たって、関連する法令の内容や法律用語の意味を整理し て説明し、法令又は判例・学説によって当然に導かれる一般的な法律解釈や実務の運用等 に触れ、当該法律問題に関する見解を記述することが不可避である。  既存の著作物とこれに依拠して創作された著作物との同一性を有する部分が法令や通達、 判決や決定等である場合には、これらが著作権の目的となることができないとされている 以上(著作権法13条1ないし3号参照)、複製にも翻案にも当たらないと解すべきであ る。そして、同一性を有する部分が法令の内容や法令又は判例・学説によって当然に導か れる事項である場合にも、表現それ自体でない部分において同一性を有するにすぎず、思 想又は感情を創作的に表現した部分において同一性を有するとはいえないから、複製にも 翻案にも当たらないと解すべきである。  また、手続の流れや法令の内容等を法令の規定に従って図示することはアイデアであり、 一定の工夫が必要ではあるが、これを独自の観点から分類し整理要約したなどの個性的表 現がされている場合は格別、法令の内容に従って整理したにすぎない図表については、誰 が作成しても同じような表現にならざるを得ない。よって、図表において同一性を有する 部分が単に法令の内容を整理したにすぎないものである場合にも、思想又は感情を創作的 に表現した部分において同一性を有するとはいえないから、複製にも翻案にも当たらない と解すべきである。そのように解さなければ、ある者が手続の流れ等を図示した後は、他 の者が同じ手続の流れ等を法令の規定に従って図示すること自体を禁じることになりかね ないからである。  さらに、同一性を有する部分が、ある法律問題に関する筆者の見解又は一般的な見解で ある場合は、思想ないしアイデアにおいて同一性を有するにすぎず、思想又は感情を創作 的に表現した部分において同一性を有するとはいえないから、一般の法律書等に記載され ていない独自の観点からそれを説明する上で普通に用いられる表現にとらわれずに論じて いる場合は格別、複製にも翻案にも当たらないと解すべきである。けだし、ある法律問題 についての見解自体は著作権法上保護されるべき表現とはいえず、これと同じ見解を表明 することが著作権法上禁止されるいわれはないからである。  そして、ある法律問題について、関連する法令の内容や法律用語の意味を説明し、一般 的な法律解釈や実務の運用に触れる際には、確立した法律用語をあらかじめ定義された用 法で使用し、法令又は判例・学説によって当然に導かれる一般的な法律解釈を説明しなけ ればならないという表現上の制約がある。そのゆえに、これらの事項について、条文の順 序にとらわれず、独自の観点から分類し普通に用いることのない表現を用いて整理要約し たなど表現上の格別の工夫がある場合はともかく、法令の内容等を法令の規定の順序に従 い、簡潔に要約し、法令の文言又は一般の法律書等に記載されているような、それを説明 する上で普通に用いられる法律用語の定義を用いて説明する場合には、誰が作成しても同 じような表現にならざるを得ず、このようなものは、結局、筆者の個性が表れているとは いえないから、著作権法によって保護される著作物としての創作性を認めることはできな いというべきである。よって、上記のように表現上の創作性がない部分において同一性を 有するにすぎない場合には、複製にも翻案にも当たらない。  他方、表現上の制約がある中で、一定以上のまとまりを持って、記述の順序を含め具体 的表現において同一である場合には、複製権侵害に当たる場合があると解すべきである。 すなわち、創作性の幅が小さい場合であっても、他に異なる表現があり得るにもかかわら ず、同一性を有する表現が一定以上の分量にわたる場合には、複製権侵害に当たるという べきである。  本件において著作権侵害を判断するに当たっては、これらの観点から検討する必要があ る。  (3) 原告は、自ら原告各文献を別紙対照表1ないし3記載の各番号に記載された各部 分に分けた上、個々の原告各表現における文章ないし図表が著作物に当たり、被告各表現 がそれぞれこれを侵害する旨主張するところ、いかなる単位で著作権侵害を主張するかは 原告の処分権の範囲内の事項ということができる。  そこで、以下、前記(2)の観点から、それぞれについての著作権侵害の成否を検討する。 その判断は、別紙「複製権及び翻案権侵害に関する当事者の主張並びに当裁判所の判断」 中、当裁判所の判断欄記載のとおりであり、複製権侵害が認められるのは、被告表現1− 14、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76であり、それ以外は複製権及び翻案 権のいずれも侵害しない。 4 争点(3)(著作者人格権侵害の成否)について  上記のとおり、被告表現1−14、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76につ いて、複製権侵害が認められるところ、これらの被告表現には、原告の氏名が表示されて おらず、かつ原告の意に反する改変がされている。  よって、被告表現1−14、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76について、 原告の氏名表示権及び同一性保持権侵害が認められる。 5 差止請求について  前記3、4のとおり、被告表現1−14、被告表現2−2−66、被告表現2−2−7 6は、それぞれ、原告表現1−14、原告表現2−2−66、原告表現2−2−76に係 る原告の著作権及び著作者人格権を侵害するから、原告は、著作権及び著作者人格権に基 づき、被告会社、被告a及び被告bに対し、被告表現1−14、被告表現2−2−66、被 告表現2−2−76の複製及び頒布の差止めを請求することができる(著作権法112条 1項)。原告は、被告各文献自体についての差止めを請求するところ、被告各表現のそれ ぞれを物理的に分離することはできないから、著作権及び著作者人格権を侵害する上記各 表現を含む被告文献1及び2の発行及び頒布の差止めを請求する限度で理由があることに 帰する(すなわち、被告会社、被告a及び被告bは、上記各表現を削除しない限り被告文献 1及び2の発行及び頒布をしてはならないことになる。)。なお、販売は頒布に含まれる から(同法2条1項19号)、頒布差止めと別個に販売差止めを認める必要はないし、頒 布「等の一切の行為」は不特定といわざるを得ない。  また、差止めは、著作権等を侵害し又は侵害するおそれのある者に対して請求すべきも のであり(著作権法112条1項)、いかなる第三者かを特定することもなく「第三者を して被告各文献を発行、頒布すること」の差止めを認めるのは相当でないし、また、上記 被告らがそれ以外の第三者をして被告各文献を発行、頒布するおそれがあることを認める に足りない以上、その差止めを請求する部分は、理由がない。なお、判決の既判力は民訴 法115条所定の者のみに、判決の執行力も民事執行法23条所定の者のみにしか及ばな いのであるから、上記被告ら以外の者が被告文献1及び2を発行、頒布するおそれがある 場合には、その者に対して別途差止請求訴訟を提起すべきである。 6 争点(4)(被告cの不法行為責任の成否)について  (1) 前記争いのない事実及び証拠によれば、次の事実が認められる。  ア 被告cは、被告各文献すべてについて監修し、被告各文献のいずれにおいても、監 修者の筆頭に名を連ねている(甲4ないし6)。  イ 被告cは、平成14年9月ころ、長年の友人であり、被告会社代表者の友人でもあ ったh(以下「h」という。)を通じて、被告各文献の監修を依頼された。被告cは、文献 を監修するのは初めてであったが、その依頼を引き受け、被告文献1については、平成1 4年11月初旬ころ、hを通じて被告会社から渡された被告文献1の校正済みゲラ刷り原 稿を1回ないし2回程度点検し、2、3日後に返却した。その際、加筆訂正した箇所はな かった。被告文献2については、平成14年10月ころ、同様にhを通じて渡された被告 文献2の校正済みゲラ刷り原稿を1回ないし2回程度点検し、2、3日後に返却した。そ の際も、加筆訂正した箇所はなかった。被告文献3については、平成15年1月中旬ころ、 同様にhを通じて渡された被告文献3の校正済みゲラ刷り原稿を1時間程度で目を通して、 すぐに返却した。その際も、加筆訂正した箇所はなかった。 なお、被告各文献の監修に 関して、被告cと被告会社代表者とが直接連絡を取ったことはなかった(丙4、5)。  ウ 被告cは、被告会社から、被告各文献の監修料名目で、被告文献1及び2について は平成15年2月4日付けで、被告文献3については平成15年2月25日付けで、それ ぞれ5万5555円(源泉所得税5555円を含む)の合計16万6665円を受領した (丙1ないし4)。  (2) 以上の認定事実に基づき、被告cの不法行為責任につき判断する。  一般に、監修とは、書籍の著述や編集を監督することといわれるが(広辞苑第5版60 0頁)、監修者としての関与の程度には、出版物の権威付けのために名義のみを貸すにす ぎないものあるいは単に表現上の軽微な事項や内容的に不適切な点を指摘するものから、 監修者自ら内容を検討し、相当部分について加筆補正するなど、監修者が著作物の実質的 な内容変更を行うものまでさまざまな形態が考えられる。後者の場合のように、本来の著 作者とともに共同著作者と評価され得る程度に関与している場合は、監修者も著作者とと もに著作権侵害について共同不法行為による損害賠償責任を負う場合があるというべきで あるが、監修者としての関与の程度が出版物の権威付けのために名義のみを貸すにすぎな い場合又は単に表現上の軽微な事項や内容的に不適切な点を指摘するにすぎない場合は、 特段の事情がない限り、共同不法行為責任を負わないというべきである。  そして、上記(1)認定のとおり、被告cは、被告各文献すべてについて監修したものの、 監修者としての関与の程度は、校正済みのゲラ刷り原稿を2、3日かけて点検したにすぎ ず、何らの加筆訂正も行っていないこと、監修料として受領した金額は1冊当たり5万円 程度にすぎず、被告各文献の内容及び分量を考慮すると名義料程度の金額と認められるこ と、以上の事実によれば、被告cについて、被告各文献が原告各文献に係る原告の著作権 及び著作者人格権を侵害しているか否かについて注意を払うべき義務を認めるに足りない。 よって、同被告に本件著作権及び著作者人格権侵害につき、被告会社との共同不法行為責 任を認めるべき事情はないというべきである。したがって、この点に関する原告の主張は 理由がない。 7 被告会社、被告a及び被告bの故意過失について  (1) 証拠によれば、次の事実が認められる。  ア 被告会社は、平成6年8月1日、総合法令の子会社で出版事業を担当する会社であ ったホーレイプランニング株式会社の商号を変更した会社であって、当時、被告会社代表 者は、総合法令の代表者を兼ねており、両社は出版事業に関して極めて密接な関係にあっ た(乙6ないし10、被告会社代表者)。  イ 原告は、昭和61年以降現在に至るまで27冊の法律関係の単行本を著作し、昭和 61年9月25日原告旧著作Aを、昭和62年9月25日原告旧著作@を、平成元年2月 10日原告旧著作Bを、平成2年3月23日原告旧著作Cを出版した。なお、原告文献1 は、原告旧著作Aの改訂版であり、原告旧著作Aとほぼ同一である。また、原告文献2の 1は、原告旧著作Cと基本的な内容がほぼ同一である。次に、原告文献2の2は、原告旧 著作Cの改訂版であり、原告旧著作Cとほぼ同一である。さらに、原告文献3は、原告旧 著作Bの改訂版であり、原告旧著作Bと同一である。(甲17、原告本人)。  ウ 平成3年7月ころ、当時、総合法令の商品制作部課長であったf及び同社の出版編 集部係長であったgが、原告に対し、当時既に出版されていた原告旧著作Cの内容を「2 人の人物の会話調の形式」に変更した書籍を出版したい旨申し出、そのような経緯で、原 告文献2の1が総合法令から出版された。なお、原告文献2の1の末尾に記載されている 「著者紹介」欄には、原告の経歴とともに、原告がその当時までに著作した文献として、 原告旧著作@ないしBが紹介されている(甲2の1、17、乙11、原告本人)。  エ 平成5年12月ころ、当時、総合法令の編集部部長であった被告dが、原告に対し、 原告がそれまで執筆してきた文献を元に、総合法令から文献を出版するための原稿の作成 を依頼したが、結局、総合法令から原告の著作にかかる新たな文献の出版という企画は、 その後実現することはなかった。  平成6年5月ころ、総合法令の担当者から、原告に対し、原告文献2の1について改訂 版を出版したいとの連絡があったので、原告は、その旨了解し、その改訂版の原稿の作成 の準備をしていたが、その後、突然、総合法令の担当者から改訂版の出版は急遽とりやめ になった旨の連絡があり、原告はやむなく了承した(甲17、乙12、原告本人)。   (2) 前記(1)認定のとおり、原告文献2の1は総合法令から出版されたものであること、 原告文献1、2の2及び3は、基本的な内容を原告旧著作AないしCと同じくするもので あるところ、総合法令のf及びgが原告旧著作Cを示して原告文献2の1の執筆依頼をし、 また原告文献2の1の末尾に記載されている「著者紹介」欄に原告旧著作@ないしBが紹 介されていること、総合法令の編集部部長であった被告dが、原告がそれまで執筆してき た文献をもとに、総合法令から新たな文献を出版するための原稿の作成を依頼したこと等 に照らせば、少なくとも、総合法令は、原告文献2の1のみならず、原告文献1、2の2 及び3と内容を同じくする原告旧著作AないしCの存在を認識していたことは明らかであ る。  上記事情に加えて、総合法令は、被告会社の親会社であり出版部門に関しては被告会社 の前身ともいえる会社であって、被告会社代表者は、当時、総合法令の代表者も兼ねてい たという事情の下では、被告会社は、被告文献1及び2を発行するに当たり、これらが他 人の著作権を侵害していないかどうか調査し、他人の著作権を侵害しないようにすべき義 務があったというべきである。被告会社は、上記義務を怠り被告文献1及び2を発行した のであるから、少なくとも、過失があるものというべきであって、損害賠償責任を免れな い。  (3) 被告a及び被告bは、原告文献1及び2の2に依拠して被告表現1−14、被告表 現2−2−66、被告表現2−2−76を執筆したのであるから、故意又は過失があった ことは明らかである。  なお、被告aと被告bの執筆の分担は明らかではないから、同被告らにおいて反証しない 以上、民法719条により、被告会社とともに(不真正連帯)損害賠償責任を負うものと 解する。 8 争点(6)(損害の発生及び額)について  (1) 財産的損害について  ア 被告会社が、被告文献1及び2につき、それぞれ定価850円で1万部を発行した ことは当事者間に争いがない。  また、原告文献1及び2の2についての使用料相当額は、上記定価の10パーセントと 認めるのが相当である。  イ ところで、上記認定のとおり、被告表現1−14、被告表現2−2−66、被告表 現2−2−76が原告の著作権を侵害するものであるところ、その分量は、被告表現1− 14については約1頁、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76についてはそれぞ れ約2頁と認められる。被告文献1の本文は189頁、被告文献2の本文は221頁であ るから、頁数の割合に応じて算定することにする。  ウ 以上によれば、被告表現1−14の著作権侵害によって原告が被った財産上の損害 は、次のとおり、4497円(1円未満切捨て)である。  850×0.1×(1÷189)×10,000=4,497  また、被告表現2−2−66、被告表現2−2−76の著作権侵害によって原告が被っ た財産上の損害は、次のとおり、各7692円(1円未満切捨て)である。  850×0.1×(2÷221)×10,000=7,692  よって、財産的損害の合計は、以下のとおり合計1万9881円である。  4,497+7,692×2 =19,881  (2) 著作権及び著作者人格権に基づく慰謝料について  原告文献1及び同2の2の著作に当たり、原告が相当の労力と時間を費やしたことは上 記認定の事実経過からも想像に難くないが、著作者人格権の侵害の態様その他本件に現れ た一切の事情を総合考慮すると、氏名表示権及び同一性保持権の著作者人格権侵害に基づ く慰謝料としては、侵害と認められる被告各表現につき、それぞれ5万円の合計15万円 と認めるのが相当である。  なお、著作権侵害については、上記のとおり、財産的損害について損害賠償が認められ る以上、さらに慰謝料請求を認める根拠はないから、著作権侵害に基づく慰謝料を請求す る原告の主張は失当である。  (3) 弁護士費用について  本件訴訟の性質、経緯その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、被告会社、被 告a及び被告bの著作権及び著作者人格権侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は、合 計10万円が相当である。  (4) 損害額の合計  以上により、損害額の合計は26万9881円であるから、被告会社、被告a及び被告b は、原告に対し、各自同金額及びこれに対する不法行為の後である平成15年2月5日か ら支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。 9 争点(7)(謝罪広告の要否)について  (1) 著作者人格権の侵害となるべき行為をしたことを理由として謝罪広告を請求する には、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な感情すなわち名誉感情の毀損で は足りず、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける 客観的な評価、すなわち社会的声望名誉が低下したことを必要とするものと解される(最 高裁昭和58年(オ)第516号同61年5月30日第二小法廷判決・民集40巻4号7 25頁)。  (2) 上記認定のとおり、被告表現1−14、被告表現2−2−66、被告表現2−2 −76は、原告の著作者人格権を侵害するが、その部分に原告の氏名を表示しなかったり、 同一性を保持しなかった侵害行為の態様は、著作者である原告がその品性、徳行、名声、 信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価が低下したといえるような態様 のものということはできないこと、その他本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、被 告会社、被告a及び被告bに対する損害賠償請求を認めた上、さらに謝罪広告を掲載させる ことまでの必要性は認められない。 10 結論  以上のとおり、原告の請求のうち、原告の著作権及び著作者人格権に基づく差止請求は、 被告会社、被告a及び被告bに対し、侵害部分を含む被告文献1及び2の発行、頒布の差止 めを請求する限度で理由がある。  また、原告の著作権及び著作者人格権侵害を理由とする損害賠償は、被告会社、被告a 及び被告bに対し、各自26万9881円の支払を請求する限度で理由がある。  原告のその余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主文のとお り判決する。 東京地方裁判所民事第47部 裁判長裁判官 高部眞規子    裁判官 東海林保    裁判官 熊代 雅音