・東京地判平成17年6月14日判時1917号135頁  矢沢永吉パチンコ事件  被告株式会社平和が製造販売したパチンコ遊技機「CRあっ命XJ」の中央液晶画面に おける予告演出の一種として用いられた画像および人物絵について、これが原告(矢沢永 吉)に酷似した画像を原告に無断で使用したものであり、その余の被告ら(23名)が同 遊技機を自己が経営するパチンコ店等に設置したことなどにより、原告のパブリシティ権 が侵害されたと主張して、原告が、被告平和に対し謝罪広告の掲載を求めた上、その余の 被告らに対し上記パチンコ遊技機の使用の差止めを求めた。  判決は、「以上のような本件パチンコ機の内容、その中における本件人物絵の位置づけ 及び使用の態様などからすると、被告平和は原告の顧客吸引力を用いる目的で本件パチン コ機に本件人物絵を使用したものとは認められず、また、現実にも原告の顧客吸引力の潜 用あるいはその毀損が生じているとは認めがたい」などとして、原告の請求を棄却した。 ■判決文 三 争点三について (1)いわゆるパブリシティ権について  人は、氏名・肖像などの自己の同一性に関する情報を無断で商業目的の広告・宣伝ある いは商品・サービスに付して使用された場合には、人格的利益を害されるとともに、例え ば当該個人が固有の社会的名声を有する有名人である場合のように、同人の同一性に関す る情報に特別の顧客吸引力がある場合には、収益機会の喪失、希釈化、毀損などの経済的 利益の侵害をも受けることから、無断使用の態様如何によって、人格権を根拠として、当 該使用の差止め、慰謝料、財産的損害の賠償請求、さらには信用回復措置などを求めるこ とができるものと解される。原告がパブリシティ権と称しているのは、人格権に含まれる 上記の顧客吸引力という経済的利益の利用をコントロールし得る法的地位を指すものと解 される。  しかしながら、実際に生じ得る個人の同一性に関する情報の使用の態様は千差万別であ るから、権利侵害の成否及びその救済方法の検討に当たっては、人格権の支配権たる性格 を過度に強調することなく、表現の自由や経済活動の自由などの対立利益をも考慮した個 別的利益衡量が不可欠であり、使用された個人の同一性に関する情報の内容・性質、使用 目的、使用態様、これにより個人に与える損害の程度等を総合的に勘案して判断する必要 があるものと解される。 (2)本件における原告の権利侵害の有無 ア 本件画像中の人物絵と原告の肖像との類似性 (ア)本件画像は、楽屋裏の通路で、白い上着とズボンの男が、赤いタオルを肩にかけ、 右手で地面を指さし、傾けた白いスタンドマイクを左手で持って、横を向いてポーズをと っている様子を描いたものである。本件画像中の人物絵は写実的に描かれておらず、いわ ゆる漫画絵に属するものであるが、前記のとおりの白い服装に赤いタオルという身なりや ポーズは、原告の特徴を表していると言えなくもない。現に、本件人物絵は、被告平和の 内部では「マイク」と呼ばれてはいたが、いずれもパチンコ情報誌である「パチンコ攻略 マガジン」の平成一六年八月二二日号及び「パチンコ大攻略VOL32」は、本件パチン コ機を紹介する中で、本件画像を掲載した上、本件画像の人物に原告を意味する「永ちゃ ん」、あるいは「YA○AWA」という呼称を付している。さらに、本件パチンコ機には、 本件人物絵と同様の役割を担い、被告平和の内部では「グラサン」、「怪獣」と呼称され ている漫画絵(以下、それぞれ「グラサン」、「怪獣」という。)が使用されているとこ ろ、上記のパチンコ情報誌はこれらの漫画絵に、それぞれ「タ○リ」、「ガ○ャピン」あ るいは「たもさん」、「ガチャピン」との呼称を付して紹介している。このように本件人 物絵以外にも特定の人物あるいはキャラクターと受け取られる漫画絵を用いていることか らすると、被告平和において、本件人物絵の制作にあたって原告の肖像のイメージがあっ たものと推認することができる。また、原告のファンから原告はパチンコ機への出演を承 諾したのかという問い合わせのメールやレターが寄せられた。 (イ)しかしながら、白い服装でタオルを肩にかけ、スタンドマイクを傾けて持つポーズ は、今日においては、ロック歌手のステージイメージとしては一般的なものであり、必ず しも原告に特有のものとは言えない。また、本件人物絵の顔は、容貌が細かく描写されて おらず、画像のサイズが小さいこともあって、特定の人物を想起させるような特徴に乏し く、また、タオルや所持品にも原告の氏名やイニシャル等原告を表示するものは付されて いない。パチンコ情報誌である「パチンコ勝」平成一六年九月号及び同誌一〇月号は、い ずれも本件パチンコ機の紹介記事の中で、本件画像を掲載しつつ、本件人物絵に「病人」 あるいは「掃除人」との呼称を付している。さらに同誌各号は、「グラサン」、「怪獣」 について、「男女」、「ぬいぐるみ」あるいは「男女」、「着ぐるみ」と紹介している。 このように、本件人物絵あるいは「グラサン」、「怪獣」と呼ばれる漫画絵は観るものに より異なる受け取られ方をしているということができる。さらに、その他の多数のパチン コ情報誌は、本件パチンコ機の紹介記事の中で、本件人物絵あるいは「グラサン」、「怪 獣」を取上げてもいないことから、これらの漫画絵自体の注目度は低いものと認められ、 このことは類似性の程度を物語るものといえる。また、原告のファンから問い合わせがあ ったとの点についても、後記のとおり本件パチンコ機に実際に使われている画像自体から 原告のファンが本件人物絵が原告であると判別することは著しく困難であると認められる から、前記のパチンコ情報誌の「YA○AWA」、「永ちゃん」の記載が影響を与えてい るものと見ることができる。 (ウ)以上によれば、被告平和が本件人物絵を制作するに当たって原告の肖像がイメージ にあったものと推認されるところではあるが、既に述べたとおり、本件人物絵は客観的に 見て、原告とある程度の類似性は有するものの、原告を知る者が容易に原告であると識別 し得るほどの類似性を備えたものとはいい難い。 (エ)さらに、本件画像は、実際は、本件パチンコ機の液晶画面中の動画として使われて いるものであるが、その使われている状況は、本件パチンコ機のゲーム性構築のモチーフ となっているお笑い芸人のTIMの二人が、舞台裏の扉から入って着替え室までの通路を 高速で走り抜ける際に、TIMの視点から見たすれ違う周囲の状況を描写するものとして 使われており、本件人物絵の登場時間はわずかに〇・三秒であり、しかもすれ違うまで高 速で動いているように見えるため、その正確な形状を認識することすら困難である。した がって、本件パチンコ機の実際の中央液晶画面において本件人物絵から原告であることを 識別することは、およそ不可能に近いといわざるを得ない。 イ 本件パチンコ機における本件人物絵の位置づけ・使用態様等 (ア)本件パチンコ機は、人文字芸を得意とするお笑いタレントコンビであるTIMを題 材としてパチンコ機のゲーム性を構築しており、名称の「CRあっ命XJ」は、TIMの 人文字芸からとったものであることは明らかであり、また、本件パチンコ機の盤面上には、 同コンビのゴルゴ松本及びレッド吉田の容姿をデフォルメした漫画絵が多数描かれている。 また、本件パチンコ機の盤面中央に配した液晶画面には、本件パチンコ機を作動させてリ ーチがかかった際、同コンビの漫画絵が持ちネタである人文字芸等を演じる各種映像が映 るようになっている。 (イ)他方で、本件人物絵は、本件パチンコ機の中央液晶画面に表示される数あるアクシ ョンのうちの一つである予告アクションの一場面に、TIMが舞台裏から着替え室に走り 抜ける際にすれ違う人物として登場するものであり、本件人物絵の登場する予告画面はス ーパーリーチを確定し、ゴール確率を大幅に向上させる効果がある。本件パチンコ機の液 晶画面に本件人物絵が登場するのは上記予告アクションに限られ、本件パチンコ機の盤面 上や筺体にも本件人物絵は描かれていない。本件人物絵の登場する予告アクションが出現 する確率は、八五六・四分の一、すなわち、本件パチンコ機の盤面中央に存在する入賞口 に約八五六個パチンコ玉が入るごとに一回とされているところ、打ったパチンコ玉が入賞 口に入るのは、概ね二五〇個に一五個程度とされていることからすると、平均的なパチン コ店においてパチンコ機が一日稼働した場合の平均的なパチンコ玉の打ち込み個数である 三万個を前提とすると、一台のパチンコ機における出現頻度は一日に二回程度に過ぎない ものである。また,本件人物絵は、中央液晶画面の右端に、液晶画面の約一〇分の一の大 きさで登場し、本件人物絵の大きさの本件パチンコ機の本体面積に占める割合は〇・三パ ーセントである。さらに、既に述べたとおり、本件人物の登場時間は〇・三秒であり、高 速で動いているように見えることからその形状を正確に把握することは著しく困難である。 ウ 被告平和のパチンコ情報誌に対する本件パチンコ機の情報提供  被告平和は、本件パチンコ機をパチンコ情報誌の記者に取材させる際、その宣伝ルーム において見本機の撮影を許したほか、カタログ、販売促進用ビデオ、販売促進用グッズ等 を配布したが、これらにおいては、TIMの写真、本件パチンコ機に用いるTIMの漫画 絵、本件パチンコ機の盤面の写真、本件パチンコ機のロゴ等が主体となっており、本件人 物絵の画像データは配付しなかった。被告平和は、パチンコ情報誌の記者に対して、各予 告アクションに登場する人物絵等のデータ及び役割についての資料を交付しているが、そ の中でも本件人物絵は「マイク」と記載されており、画像データ等は付されていない。各 雑誌の記者は、宣伝ルームにおいて見本機の写真及びビデオを撮影したが、本件画像の撮 影に成功したパチンコ情報誌のうち三誌が前記のとおり本件人物絵を掲載し、本件画像の 撮影に成功しなかった雑誌及び撮影に成功してもこれを重要でないものと判断した雑誌に おいては、これを掲載しなかった。  エ(ア)以上の事実によれば以下の諸点を指摘することができる。〔1〕本件人物絵の制 作において原告の肖像のイメージはあったものと推認されるが、本件人物絵は、客観的に 見るとある程度原告を想起させるものではあるが、原告を知る者が容易に原告であると識 別し得るほどの類似性を有しない。〔2〕本件人物絵は特に醜悪あるいは滑稽な描かれ方 をしていない。〔3〕本件人物絵が本件パチンコ機の中央液晶画面に登場する頻度は極め て小さい上、その登場時間も一瞬であり、その大きさも小さいことからすると、本件パチ ンコ機の遊技者が本件人物絵の存在を認識すること自体困難であり、たとえ本件人物絵の 存在自体を認識することができたとしても、それが何かを識別することはやはり困難であ る。〔4〕本件人物絵が中央液晶画面に登場するのは上記〔3〕に限られ、そのほかに本 件パチンコ機の盤面上や筺体には一切用いられていない。〔5〕本件パチンコ機は、その 名称、ゲーム性の構築、盤面の装飾、中央液晶画面の映像、宣伝・広告の仕方からして、 TIMの芸名、肖像及び芸風の有する知名度等の顧客吸引力を利用する商品であることは 明白である。〔6〕被告平和は、パチンコ情報誌に対して、本件人物絵の画像データを提 供していないし、人物絵の役割・データを説明する資料においても「マイク」という呼称 を用いている。〔7〕本件人物の登場する予告アクションの場面はスーパーリーチを確定 し、ゴール達成率の大幅向上を告げるものではあるが、数あるアクション中の一場面に過 ぎず、場面の重要性と頻度からすると、この場面に登場する人物の知名度等が本件パチン コ機の顧客吸引力に大きな影響を及ぼすとは考えがたい。 (イ)そして、以上のような本件パチンコ機の内容、その中における本件人物絵の位置づ け及び使用の態様などからすると、被告平和は原告の顧客吸引力を用いる目的で本件パチ ンコ機に本件人物絵を使用したものとは認められず、また、現実にも原告の顧客吸引力の 潜用あるいはその毀損が生じているとは認めがたい。人格的利益についても、本件におい ては、肖像権の対象となるような原告の容姿の写真、ビデオあるいは詳細な写実画が使用 されたものではなく、使用された漫画絵である本件人物絵は、その制作に当たって原告の 肖像のイメージはあったにせよ、原告との類似性はそれほど高くなく、またことさら醜悪 あるいは滑稽に描かれておらず、さらにパチンコ遊技中の識別可能性に乏しいものであり、 被告平和においても積極的に本件人物絵をパチンコ情報誌等に提供しているものではない ことからすると、原告に対して法的な救済を必要とする人格的利益の侵害が生じていると は認められない。したがって、本件においては、原告に対する違法な権利侵害が生じてい ることを認めるに足りないというべきである。 四 結論  以上によれば、原告の請求は、いずれも、そのほかの点について判断するまでもなく理 由がないからこれらを棄却することとし、主文のとおり判決する。 裁判長裁判官 永野 厚郎    裁判官 西村康一郎    裁判官 澁谷 輝一